16:シャンデリアとハーブティーと、報連相
「何かありましたか……ウィノリ!」
早い時点で飛んできたロンゴイルさんは、転がされたイノリを、その横で放心するわたしを見て、血相を変えた。
「一体何が起きたのです、そのナイフは一体……いや、今はそれよりも。
――ウィノリ、怪我はないのか」
「あたしは、あたしは大丈夫だけど、ノーマが」
ウィノリの手を縛るバンダナをロンゴイルさんが開放する。
ソードブレイカーで切ってあげたら早かったのだろうけれど、そのことにも思い至らないくらい、わたしは呆けていたのだろう。
とにかく状況だけは説明しないと、と思うのだけれどうまく言葉が出てこない。
「ケイジが来たわ」
かろうじて、それだけをやっと発音できた。
「ケイジ?」
『あの間諜よ』
ぎょっとした顔で、ロンゴイルさんの手が止まった。
「あたしも見たよ。あの傷の男、馬車駅ですれ違った男で間違いない。
ああ、そんなことより、早く神官様を呼んで、神官様を!」
「大丈夫よ、そんなたいした怪我はしてないの、当たりどころが良かったのかしら」
開放されたばかりの手でわたしを指差して、イノリが騒ぐ。
そりゃ、目の前でナイフを遮ったり痛がったりしてたら、大怪我したんじゃないかと思って心配するのも普通だろうから、むしろちょっと申し訳ない。
ちょっと切れただけの指を見たイノリが、「えええ」と目を丸くした。
「ところで、ロンゴイルさん。あとでお話があります」
にっこりと。もうわたしの表情筋が許す限りの限界までにっこりと笑ってみせる。
何を言われるか察したのか、人当たりのよい中年男の顔が引きつった。
「ホウレンソウ、という言葉があります」
「……砲連装?」
イノリを彼女の部屋に戻らせ、自主練の疲れもあったのだろうけれどわたしの喚き声にも気付かずぐーすか寝ていたベル君を叩き起こして旅籠の玄関を見張りに立たせる。今晩すぐにケイジが再びやってくるとかはないだろうけれど、むしろ怯えてしまっているイノリを落ち着かせるためなのでベル君は犠牲になったのだ、セコムのない世界の警備、その犠牲にな……。
わたしの方も、落ち着くわけがない。捻挫の手当をしてもらったこの宿のフロントで、椅子に腰掛けてロンゴイルさんを絞り上げている現状なわけだ。
こっちの旅籠は、机も椅子も、わりと大量生産品って感じの趣がある。いや大量生産の体制とかまだ整っていなさ気な世界だけど、ニュアンス的な問題で。装飾はいちいちこったりせずにむしろ質実剛健って感じの素朴さがあって、だけどその上にかけられたテーブルクロスとかが保護しているのだろうか、目立った傷などは見当たらず、丁寧に扱われているのだろうことが見て取れる。灯りも、やはり大きな窓が作れないかわり、魔法の灯りが点けられているのだが、コップくらいの大きさと形状の硝子を天井から吊り下げた中に踊らせているのである。硝子が高級品なのは知っているが、ガラス瓶のようなそれのおかげで灯りの位置がころころと移り変わったりせず、そのうえ綺麗なのでいっそシャンデリアのようでさえある。
イノリが、彼女自身が落ち着きたいからと淹れたハーブティーのおすそ分けをもらいながら、わたしはロンゴイルさんの目を睨みつける。そりゃもう全力で睨みつけた。
「報告、連絡、相談。そのあたま二文字を取ってホウレンソウです。
まったく、いい大人なんだから、わかってください!
いいですか? 報告、何はともあれ報告です。これがないと始まらないんです!」
バンバン、と机を殴る。丈夫な木のようで、音は良いけどそれに比して手が痛い。ロンゴイルさんがちょっとビビり気味に、「は、はい」とか呟いている。
「声が小さい!」
「はい!」
ノリでついやってしまったが、なんだか楽しくなってきたので良しとする。
「結果や経過、異常や問題、そういったものはきちんと報告してもらう必要があります。
とはいえ、ロンゴイルさんは報告を受ける側でしょうからこのあたりは実用性を感じないかもしれません。でもちゃんと聞いてください。
この時に、例えば『間諜らしき人物が別の町で事件を起こした』という報告が届いたとしましょう。例ですよ、例。たとえ。
この報告に関してですね、ロンゴイルさんでない誰かが受け取ったとして、そうね、ベル君が勝手に『これはロンゴイルさんに聞かせるまでもないな』なんて判断しちゃったとしたら、どうします」
「どうすると言われても……現に、今回は届きましたが」
「だからたとえですってば、たーとーえ!!」
思わずまた机を、言葉にあわせてバンバンバンした。逆転する裁判のゲーム、あれちょくちょく机殴ってるけど手が痛いんじゃないだろうか、なんてことをふと思う。3が好きです。いやそれはどうでもいいんだ今は。
「今のところ問題なく報告が届いていたとしても!
その報告に対してロンゴイルさんが万一『そんなはずがないだろう、あいつは死んだのだ』とか言って耳を貸さなかったりしていたら、報告するだけ無駄だなーってなっちゃったりするでしょう!」
「いや、生きて……」
「たーーーー、とーーーー、え!!!」
わたしは半分立ち上がり、机から身を乗り出して唸る。
「は、はい……」
「ハイが小さぁい!」
「はい!!」
ぜえぜえ、と呼吸を荒げながら座り直し、わたしは指を立てた。
「とにかくです。そうやって報告を受けたら、今度は連絡。必要な相手に必要なだけ、連絡をする必要があります。わかります?」
「連絡、ですね」
ロンゴイルさんは僅かに首を傾げて顎を撫でると、「しかし誰に連絡をするというのです?」と、まったくわかっていない返事をしてきた。
『必要な相手に、です』
さっきわたしそう言ったじゃん、と思いながら額を抑える。
ええいこれだから王族がどうのとかいう世界のエライヒトってのは!
頑張って顔を上げて、わたしは今回における「必要な相手」が誰だったのかを列挙する。
「それこそ、わたしの身柄を狙っているやつがいるらしいってのに、当のわたしに何の話もしなかったでしょう。それどころか護衛を期待しておいてベル君にも、何も話していなかったでしょう!」
「何故、それを……」
驚き絶句するロンゴイルさんに、わたしは頭を抱えて唸るようなため息を吐いた。




