12:カマトトと猫の爪と、精霊の季節
「ロンゴイルさん、本当に、どうしてわたしをこの町に呼んだんですか」
この質問も何度目になるだろう。毎回なんだかんだではぐらかされているような気がするのだが、それでもこのまま放っておくこともできない。
ロンゴイルさんは、困った顔でハゴムを見た。ハゴムは机に足を上げたまま帽子で顔を覆って、知ったことかとでも言いたげに片手をパタリと上げ、下ろした。
「……被害者があの男かもしれないと知って、もしかしたらあなたを安心させることができるかもしれないと思ったのですが……」
ははは。そんなことを言われてしまっては、苦笑しか出てこない。その目論見はものすごい勢いで外れてしまったというわけだ。
「結果的には、これでよかった。
あの男が何を狙っているのかはわかりませんが、生きているのであればまた、あなたが狙われないとも限らない」
「負け惜しみのように聞こえますけど」
「そうでしょうか?」
『かなり』
ベル君を見送った猫はしばらく足元をうろついていたけれど、やがて歩き回るのにも飽きたのか、わたしの膝に飛び乗った。
こっちの顔をみあげて「にゃあ」と、何かを催促するさまは普通の猫とまるでかわらない。
「なんだろ。撫でろっての? ――いてっ」
何気なく触ってみたら、何がご不満だったのか、肩足に手を払われた。普通の猫足と同じように隠せるらしい爪の、その先だけは鳥の足に似ていて小さな鉤爪があってかなり鋭そうに見える。引っかかれなくてよかったと思うべきだろうか。
「餌が欲しいんだろう。そこの棚の中に、客がやってた餌の残りがある」
ハゴムが、帽子を上げもせずにカウンターの方を示す。飼ってるわけじゃないとか言ってなかったっけか。いや、まあ、たぶん本人の認識としては飼育はしていないのだろう。『あなた以外はみんな気づいていると思いますが、その猫は野良猫ではなく、あなたの飼い猫です。いままでどおり、やさしく世話してあげてください』というコピペのあれなだけで。
カウンター近くの棚を見ていたロンゴイルさんが、干した芋のようなものを見つけて猫に示す。猫がふにゃにゃ、とわめき始めたので多分それが餌なのだろう。差し出されたそれを肩足でつかむと、かつかつと食べ始めた。猫というよりリスっぽい食べ方だと思う。
しかしあれ、芋けんぴにも見えるけど、実際なんなんだろう。魚の練り物みたいなやつだったら、見た目で正体がわからない。かと言って尋ねてみてそれが正解だった日には、わたしがこの世界でカマトトの語源になってしまいかねない。「蒲鉾もお魚でできてるの?」ってそんなもん聞いてる時点でおまえわかって聞いただろ感溢れてしまうが、実際、カマボコが魚でできていると教わった子供の頃の魚嫌いだったわたしはひどいショックを受けて幼稚園休んだのでまさにカマボコオトト事例を指してカマトトぶりやがってとか言うのには多少の疑問を感じている、いやそれは本当にどうでもいいことなんだけれど。
「……あれ」
そんなどうでもいいことを考えていたら、猫の肩足にも汚れがついているのに気がついた。よく見ようとして近づいてみる。
「シャー!」
「とらないとらない」
餌はやらんぞー! してくる猫の目を見ないことで、敵意はないんだよーと頑張って示してみる。警戒心をあらわにしながらも、すぐにまたがっつき始めた猫の、肩からカイリキー状に生えたつま先。そこにも、血がついていた。
ふむ。尻尾の先の、血の汚れ。そしてこの子の寝床のすぐ側にあった折れた枝、その枝についていた血の足型。
――結論。
「……おまえ、尻尾踏まれて、怒って引っ掻いたな?」
「うにゃにゃにゃ」
夢中になって芋風の何かを齧っている猫は、わたしの問いに返事をしなかった。
結局、事件のあった部屋を見せてもらえなかったまま木賃宿から引き返す。捻った足を若干引きずり気味なわたしの歩く速度はかなり遅いので、ロンゴイルさんは少し歩いては足をとめ、を繰り返している。夕方と言うにはまだ少し早いが、日差しは赤みを増し、影は長くなりはじめている。ここしばらくの気候は冬の訪れを間近に感じるもので、夜が少しずつ長くなってきているのを感じる。きっとまだ解明されていないのだろうけれど、この世界も宇宙規模で見れば地動説の宇宙に違いない。
秋のことを精霊の季節、冬のことを魔女の季節と呼ぶのだろうことは、人の会話の中でなんとなく察している。精霊が実りをもたらすために働くから、精霊の季節。魔女が食べ物を求めてうろつくから、魔女の季節。四季があると考えれば、地軸があるのだろうか、なんてことも考えつくが――残念ながらわたしには天体系の知識は中学レベルまでしかないので、どうあがいても二度の異端審問の果てに「それでも地球は回っている」とか呟きながら地動説を説いてごめんなさいなんて宣誓書を読むような事態にはならない。
いや、なんとなくね。猫がコロニーの無重力部分でロボットファイトする小説があって。猫と四季と天動説を並べていたら連鎖的に思い出したのよ。いやさすがにこんな暴力的な省略、たぶんあの小説のファンの人は怒るだろうから心の中でそっと謝っておくことにする。はれるでしょう。
「それにしても、わたし、猫は初めて見ました」
「猫はどこにでもいるものですが――」
ロンゴイルさんを見上げる。
不思議そうな表情をしながらこちらを振り向いたロンゴイルさんの顔が、逆光で見えなくなる。
「ああ――そうでしたね」
だけどその声だけで、ロンゴイルさんが微笑んでいるのがわかった。
でも、泣笑いだったかもしれない。
「妻も、初めて会った頃そう言っていました」
精霊人だったという、亡くなった奥さんの名を懐かしそうに呟いたから。




