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11:宿帳と雷と、推理小説

「死んだ後の……? どうしてそのような傷が」

「オレに聞かれても困る」


 眉間に皺を寄せ、ハゴムは吐き捨てる。

 唇の前で軽く拳を作って、わたしは唸った。


「つまり……別人ってことよね」

「別人?」

『イノリが見た商人と、死体の人よ』


 片方の眉を跳ね上げたロンゴイルさんに、わたしの喉は自動応答する。


「ですがウィノリは、死体が着ていた服は確かにその商人が着ていた服だと言いましたね」

「つまり、着替えさせられた」


 人差し指を伸ばし、虚空に浮かべた問題文を撃ち抜く。疑問をひとつひとつ潰して行けば、最後には綺麗なかたちが残るに違いない。推理小説な気分ね。こうなると鹿撃ち帽とパイプ、あとインバネスコートが欲しいところだけど、シャーロック・ホームズが鹿撃ち帽被ってたって描写は原作本文中には一切ないらしい。

 そういえば前に、童話とか書いたら売れるんじゃないかって妄想をしたことがあったけれどこの世界、今のところ知り合った人の中では文字が全く読めないって人こそほとんど見ないものの、多くの人がアルファベットやカタカナくらいに相当する文字しか書けていない。

 世間的に立場があるらしい人達は別として、街中で普通に暮らしている人の中には自分の名前が書けて読めたらそれでいい、な人も結構いたりする。そんな状況なので、小説なんて娯楽は当然のように存在していなかった。物語は存在しているのだけれど、吟遊詩人が街を渡り歩いて口伝え、な感じなのだ。そういったものの中に推理物は……あんまり、なさそうだなあ。


「着替えさせるといっても、何のために」


 だのでまあ、ロンゴイルさんが狂言まわしになるのも致し方ないのである。若干、申し訳無さがあるのだけれど。


「素直に考えるなら……死体を自分だと思わせるため、ですよね」


 そうなると、窓から逃げたこともなんとなくわかる。

 宿の中で関わった人の中には、顔を覚えている人もいるかもしれない。そんな中を、まるで違う格好で歩いていれば不審に思われるかもしれない。

 外に出てしまえば――そしてそれが、夜だとすれば。顔を隠して足早に歩いても、「なんか急いでるな」くらいの感想は持たれたとしても、すぐには気づかれないだろう。


「待て、物盗りじゃなかったのか?」


 ハゴムが、面倒くさそうな顔で割って入ってくる。宿を休業させられていては収入がない以上、面倒事が続くのも困るということだろうが……。ロンゴイルさんが少しだけ考えこむような様子で腕組みをすると、「ハゴム」と、彼の名を呼んだ。


「その男は隣国の間諜なのだ、おそらくな」

隣国ウィルデオルドの……?」

「ああ」


 それだけ聞いて、ハゴムは納得できたのか出来ていないのか、うめき声を上げて机に足を投げ出した。


「またいくさか!」

「そうとも限らん、今のところはまだ向こうの目的もわかっていない」


 ロンゴイルさんはそう言いながら立ち上がると、フロントのカウンターに向かった。


「宿帳はこれか?」

「好きにしろ、客にはとりあえず書かせているが、本名かどうかは知らんぞ」


 大きな葉っぱを乾燥させて束ねたものを引っ張り出したロンゴイルさんが、眉をしかめた。あれが宿帳、らしい。あまり保存性に長けているとは言えないだろうが、一時的な記録には良いのだろう。


「本当に確認していないのだな。明らかな偽名もいくつかあるぞ」

「身元のしっかりしたやつはこんな場末の宿を選ばんからな」


 申し訳ないけれど、それもそうか、と思ってしまった。となると、宿帳はあまり役に立ちそうもない。


「だが……こうなると、殺された者が本当は誰だったのかも、調べなければならんな」


 片手で額を覆ったロンゴイルさんが唸る。そのあたりは頑張ってね、としかわたしには言えない。


「ですってよ、ベル君。頑張ってね」

「えっ、何でしょうか」

「こいつ……」


 ずっと猫を撫でていたようで、まるで聞いていなかったらしい。

 ロンゴイルさんが笑みを深める。ついでにこめかみに血管が浮いているようにも見えるが、きのせいだよ、うん、きっときのせい。


「ベルデネモ。君にひとつ頼み事をしたいのだが、いいかね」

「……え、ええと、はい」


 圧力的な何かを感じ取ったのか、ベル君が妙におどおどしながらロンゴイルさんに向き直る。ロンゴイルさんは深まった笑顔をそのまままったく崩さずに、ゆっくりと言い含めた。


「すぐに、聞き込みに行くように。今度は例の商人と同じ部屋に泊まっていたという男についてだ」

「はい、物盗りをした下手人について、ですね」


 あ。こいつ本当に話まったく聞いてなかったな……。

 ロンゴイルさんの表情から、笑顔が消えた。


「馬鹿者! ここしばらく、お前はたるみ過ぎだ!

 聞き込みはあとで自分が行う、お前は訓練場で剣を振ってこい!」


 雷が落ちた。


「はい!」


 即答すると、逃げるような速さでベル君が外に出ていく。

 猫が「にゃー」と、いってらっしゃいと見送るかのように鳴いた。


「あ、逃げた」

「あとで訓練場を確認しておきます」


 意味がわからなくてロンゴイルさんの顔を見上げる。

 苦笑しながら、教えてくれた。


「自分がいつ訓練場を見に行くかわからないのに、手を抜いた練習をしていたり、万が一にも訓練場にいさえしなかった日には、それだけやる気がなかった、という話ですから」


 つまり……逆説、見に来てるときだけしっかり練習してたら他の時間は手抜きでも問題ないけど、そもそもいつ見に来るかわからないから全力でやり続けろ、ということか。本当に体育会系だなあ……。

 だけど――ここに至ってわたしは、なぜ自分がこの町に呼ばれたのかがまったくわからなくなってきていた。

丸一日、ろんごいさんにイノリと呼ばせていた件。(2/28修正)

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