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結局、体力の限界が、一日目の終着駅だった。日暮れには随分早かったが、普段から太い俺の足は、慣れない運動によって更にぱんぱんに膨れ上がり、もはやペダルを踏み込む力はどこにも残ってなかった。一応、互いの乗る位置を交換し、一度だけ夏江が漕ぎ手役に挑戦してみる一幕はあったが、当然のことながら、後輪に俺が体重をかけると、ペダルは強力な接着剤で地球に固定されたがごとくで、脚力という意味では標準的女子である夏江の敵う相手ではなかった。
ともあれ、少なくとも今日の内に、これ以上自転車で距離をかせぐのは難しそうだった。かといって、ここからバスや電車を使おうとすると、今度はこの自転車が足かせとなる。
消去法的に、たどりついた街で宿をとることにした。都心から離れた町は、俺にはどこも同じ景色に見えた。ほとんど旅行をしない俺にとっては、町の名前は耳なじみのないものだったが、長距離トラックの通り道になっているとかで、宿泊関係の施設にはそこそこの需要があるのだそうだ――と、これはチェックインした安ホテルの従業員からの受け売りである。
何にせよ、コンビニがあるのは助かった。コンビニがあるということは、ATMがあるということである。つまり、夏江の金がおろせる。ノープランかつノーマネーでこの行軍につきあうことになった俺にとって、今や夏江の財布は生命線だった。
「ふう。いいお湯だった」
ほこほこと湯気を付帯させて、浴衣に着替えた夏江がシャワールームから出てきた。これと似たようなシチュエーションを二十四時間以内に自室で見たことがある気がする――いやに具体的なデジャヴュだった。
部屋にシャワールームが備え付けられていたのは、幸運だった。宿には温泉があるらしかったが、俺と夏江にそれを使うという選択肢はない。夏江は、特殊な身体的特徴を周囲に隠すため、そして俺は公共の迷惑を考えて。
「しかし、妙な流れになったな」
まだ熱を帯びた足をソファに投げ出して、俺は窓の外を見る。灯りの少ない夜景というのは、濃淡の少ない青のりのようで、見ごたえに欠ける。
「なに、原畑、後悔してるの?」
「後悔は別に。ただ、酔いは醒めた」
「じゃあ、また補充しよう」
「名案だ」
そして、酒盛りの流れになった。きっと夏からの逃避行を続ける内は、毎夜この儀式が必要になるだろうという気がした。