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多分、最初から人選をミスっていたのではないかと思う。
最初の数こぎで、俺は背中に這いよる濃厚な汗の気配を察知していた。自転車で走るということは、速度と等価の風を体に受けるということであるからして、多少の冷却効果が見込めたが、俺の体が備える暖房効果に敵うほどのポテンシャルではなかった。平地でさえそうなのだから、ましてや坂道では推して知るべしである。
「あはは、たのしー!」
だのに、なんでか後ろの夏江はご機嫌である。大体、自転車はこいつのものであるのに、何故漕ぎ手が俺なのか。まあ、俺が後輪にまたがったとして、こいつの脚力でペダルが回るとは思えないが、それにしても解せない。
「今、ーっ、ーっ、背中につかまっても、ーっ、ーっ、安全は保証しないぞ、ーっ、ーっ、」
「え? なに? 聞こえない」
意訳すると、坂道に差し掛かったので、どこか掴まった方がいいと思うけれど、既に俺の背中はびしょびしょで人間ぬらりひょん状態なので、別の場所を掴みなさいね――くらいの意味だったのだが、夏江に意に介した様子はなく、どころかむしろ彼女の手は俺の腰をがっちりとホールドし、俺は、押し当てられる彼女の頬と、やわらかな頬毛の気配を背中に感じていた。
こんなことは生まれて初めてだ。
いいのかな。気にならないかな。その。
汗のにおい、とか。
「あっははははは、原畑、くっせー!」
「……そうかよ」
後ろには夏の気配、前にも夏の気配、ここはまだ夏の最中だ。どれだけペダルを漕げば、このこんもりとした暖気の層を抜けて、夏の向こう側へとたどり着けるだろうか。俺たちは、のろのろと坂を登る弾丸と化して、夏からの逃亡に挑む。