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 御身の肥大化はとどまることを知らず――というのは俺が大好きな漫画「上海丐人族」に登場する一節だ。これほど自分の状態を的確に表す言葉を俺は知らない。


 俺、原畑直人は、小さい頃から大きな男だった。常に体育の授業では最後尾に並んだし、教室の席は背後の壁すれすれに座った。俺より後ろに他の生徒が座ると、黒板が見えなくなるからだ。通常、男女二列で席を作るが、俺の横には誰も座らなかった。座れなかった。俺の体は、縦幅だけでなく、横幅もラージサイズだったからだ。


 小学校の頃からそんなかんじだったので、中学、高校と、教育課程が進むにつれて、よりひどくなった。実は、成長期というものを実感したことがない。生まれて二十年と少し、常に成長を続けた結果として、どこが成長の山なのか自分でも判断がついていないのだ。しいていえば、歳と共に、縦幅の成長率を横幅の成長率が凌駕するようになったので、その率が逆転する瞬間が自分のピークだったといえなくもない。


 つまり、俺は太っているのだ。


 そのこと自体は、別にいいといえばいい。何しろ、物ごころついた時からそうなので、あまり自覚がない。飼い猫を見て、彼ないし彼女より自分が明らかに長寿であることを嘆かないように、俺は自分の巨大さを嘆かない。だが、この巨大さがもたらす実生活への不利益だけは、いかんともしがたいのだ。


 電車の席は、俺が座るには小さすぎるし、かといって立って過ごすには、吊革の位置も天井も低すぎる。市販の服は靴下でさえ合うサイズがないので、自然、全てオーダーメイドになる。


 そして、夏だ。


 夏の季節は、最悪だ。暑ければ、普通は薄着になればいい。極論として、その服さえも脱げばいい。だが、どんなに酷暑を極めようとも、俺が着込む脂肪は脱げない。分厚い羽毛布団を幾重にも縛り付けられて過ごす夏を想像してほしい。いくら現代社会が冷房の恩寵を享受して久しいとはいえ、日常の全てを冷房が効いた部屋で過ごすことは不可能だ。たとえば、大学とアパートとの往復を常にタクシーで片付けたとしても、扉を開けて乗り込む一瞬、降りる一瞬、俺は自家製羽毛布団に包まれた状態で、夏の日差しにさらされるだろう。そして、俺の汗腺は、その冷却機構としての役目を果たすために、汗を分泌し、俺の周囲に嗅覚的なジェノサイドを起こす……。くそったれな話だ。


 夏なんて滅んでしまえばいいのに。そう思いながら、過ごしてきた人生だった。そして、大学に入って痛感したのは、そう呪いながら人生を過ごしてきた人間は、どうやら自分ひとりではないらしいという事実だった。


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