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4.語るべき言葉があれば(最終話)

 その頃後宮では――。


 久方ぶりの皇帝・ちょう英龍えいりゅうの来訪に全ての女官が浮足立っていた。


 昨夜、英龍が武官とともに王美人おうびじんの元で立ち回ったことは、ごくわずかの者しか知らない。


 英龍は寝台に起き上がった淑妃しゅくひ胡麗これいと向き合っている。二人しかいない静かな部屋で、沈黙の中、英龍は意を決して第一声を発した。


「……麗、すまなかった。外の世界にあこがれていたそなたを後宮に閉じ込めてしまったこと、余はずっと後悔していた。そなたを抱いたことも、そのほうがそなたにとってよいことだと勘違いしていたのだ。だがそのせいでそなたは体を悪くしてしまった……。なんと詫びていいのか分からず、余はこれまでここに来ることができなかった」


 英龍は頭を下げた。


「ゆるしてくれなんてずうずうしいことは言わぬ。ただ、余はそなたに謝りたかったのだ。そして……ゆるされるなら、余はこれからはそなたや菊花と共に時を過ごしたい」


 その時、英龍の肩に胡麗がそっと手を触れた。


 英龍が思わず顔を上げると、目の前には優しくほほ笑む顔があった。――それはとても懐かしい笑顔だった。


「英龍、あなたは皇帝でしょう? そんなに簡単に頭を下げてはいけないわ」

「麗……」

「私は後宮に閉じ込められたなんて思ったことはなかったわ」


 意外な告白に驚く英龍に、麗は少し困ったような顔をした。


「私はあなたと共に生きることを望んでいたの。いつだって私にはあなたしかいなかったもの。だからあなたのいるここで暮らせて私は幸せよ。あなたとの子供ができたことも……。ただ、私があなたといたいと思う気持ちは、たぶんあなたと同じなんだと思う。だから、あなたに抱かれたことで、私もあなたのように戸惑ってしまって……。それからは具合が悪くなってあなたと会うこともできなかったから……。あの時、二人でこうやってお互いの気持ちを話せばよかったのに」


 当時、二人の世界はこの後宮の中にしかなかった。

 それはこの二人にとって、お互いしかいない世界と同義であった。


 だからこそ、そのたった一人とのすれ違いに二人は悩み、心を痛め、言葉をなくしてしまったのだ。


 その一人がいなくなれば――世界が消滅するから。

 言葉一つで瀕死の世界に終わりを告げてしまいそうだったから。


 けれど、もう違う。


 今の二人には語るべき言葉がある。


「……うむ、そうだな。楊珪己にもそう言われた」

「あら? 菊花の仲良しの珪己さんね?」

「そうだ。実は、麗に会って気持ちを伝えるよう助言してくれたのも楊珪己なのだ」

「ふふ、珪己さんは菊花にも同じことを言ったみたいよ。親子でお世話になっているわね。私も一度会ってみたいわ」

「残念だが楊珪己はすでに女官を辞めたのだよ。事情があって少しの間女官になってもらっていただけでな」

「……そう。菊花も残念ね」

「大丈夫。菊花にはそなたと余がいるではないか。これからは共に菊花を護ろう」


 英龍は麗の手をそっと握った。

 その手が握り返してくる感触に、英龍は心が温まるのを感じた。


 麗がしみじみとつぶやいた。


「私、ずっと自分のことだけで精いっぱいだった……。だからこれまで菊花に寂しい思いをさせてしまっていたし、そのことに気づいていても何もできなくなっていたの。……ねえ、英龍。大切なものこそ、傷つけることが怖くて、真正面から向き合えなくなるものなのね。でもこれからは私たち、きっと大丈夫よね……?」

「……ああ」



 *



 さて、以上が湖国ここく初の女武官となった楊珪己のはじまりの物語である。しかしこれは序章でしかない。その後、楊珪己がどのように活躍したか――それは次巻を参照願いたい。


 一つ書き記すと、湖国以前も含めて史上初の女皇帝となった龍菊皇帝とは、この時菊花という名であった少女姫のことである。龍菊皇帝が心から信頼する官吏の一人は女武官であったと、史書・湖国通鑑には記されている。


これにて終了です。

最後まで読んでくださりありがとうございました。


 *


この話は哲学的なことを考察するために作りました。


まず、一人の人生の流れを主軸に、関係者も含めたすべてを利用してそれを語ろうと決めました。


次に、テーマは『生きることとはなにか』をメイン、『愛とはなにか』をサブとしました。

生きることに強く悩みだす世代として少女を考え、また、少女が興味を持ちやすいようにサブテーマを愛とした次第です。


少女が主人公であることを強調するため、また人生の中でテーマを語るために、タイトルを列伝としました。

列伝らしい雰囲気を作るため、あえて説明調な記載をところどころで多用していますが、読みにくい部分もあったかと思います。


物語の舞台を架空の中華風の国としたのは、当時、中国の歴史本を読んでおり、宋の国がこういう国になっていたら面白かったのに……と、思ったことを反映させたのが理由です。


戦争が終わり国が栄えて、君主によっては女官吏を採用していてもおかしくはないはずで、けれど武芸にまでは女が入り込んでいない世界。

享楽的な雰囲気すらある首都は安全で、文官は重宝されるが武官は価値の低くみられている世界。

愛は語られるようになっても、なんとなく昔からの意識が残り、女からは積極的になりにくい世界。でも愛は非常に多様であることがわかってきた世界。


ちょっと現代に似ていませんか。


たとえば、学問の自由が保障されているのになぜ今でも理系は男性が多数を占めるのか、とか。

男のものと思われていた職業に今でも女性はなかなか就かない、とか。

愛をささやくのはやっぱり男からがよくて、操は大事なものだ、とか。


そういった中で異彩を放つ人は、前述した哲学的なことを考える必要性に駆られることが多いはずです(能天気または本能で……という人もいますが)。


自分の人生を生きるためには、自分をよく知ることが第一歩だと思っています。

そこで登場人物には過去と対峙させました。

過去の見たくないものに蓋をするだけでは、自分を理解しきることはできないからです。

また、愛については多種多様なものであることを経験させました。本当の愛とは何か、これから模索していきます。


最後に、なぜ主人公を武芸者にしたか、ですが、

前述した『典型的な男だけの職業』に入る女性について書きたかったのが理由です。

私が武芸のことにある程度精通しているというのも理由ではあります。書きやすいので。


キャラクターですが、少女を主人公にした時点で、対する主要な男性は二人となることは自動的に決まりました。

真剣に愛を語るためには、主要な男性は二人で十分だと考えたからです。派生して皇族も出てきましたが、この話では基本は二人です。

そして、職業を文官と武官(現代風でいえば文系と理系、営業とエンジニアという感じですね)に分け、少女に対して愛だけではなく人生の師匠または友となることをもくろみました。

そこから生きることと愛をどのように理解していくのか?


ちなみに、各キャラクターの思考は私の脳内で繰り広げられた数々の会議を基にしているので、すべてのキャラクターは自分自身であるといえるかもしれません。李清照だけは実在の宋の時代の詩人ですが、愛を語ったことで有名な詩人は別にいます(しかも男性)。

ただし、菊花姫については現実の親愛なるモデルがいます。


 *


さて、次巻のことですが……途中までは書いてあります。

完結させてから投稿したいと思います。


感想を聞かせていただけるとうれしいです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 全体を通して、洗練された武人肌の文章と感じました。とても心地よい読書体験でした。 登場人物たちが驚くほど生々しく、魅力的です。とくに闇に堕ちている側、呑まれている側から立ち上る迫力や色気が…
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