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1.目覚め

 目覚めると、珪己は住み慣れた自室の寝台の上にいた。


 窓からは、ちち、と小鳥のさえずりが聞こえ、優しい陽の光が差し込んでいる。


 そばには父である楊玄徳が座っていた。


「……父様、どうして?」

「まだ寝ていなさい。珪己はあれから丸一日眠り続けていたんだよ」

「私はどうしてここに戻っているの?」

「……王美人のことは覚えているかい?」


 珪己はこくんとうなずいた。


「気を失った珪己はそのまま小舟で宮城から出されたんだよ。近くの船着き場からは馬車でここに運び込んでもらった。あのまま後宮においておくこともできない状況だったしね。それに……珪己が宮城にいる必要もなくなったから」

「……そう」

「お疲れ様、珪己。大変な思いをさせてしまってすまなかったね」


 珪己はふるふると首を振った。


「……父様」

「なんだい?」

「姫様は心配されてない?」

「うん、大丈夫だ。心配しなくていいよ」


 そう言って玄徳が示したものは、珪己が胸元にずっとしまっていた菊花の文であった。


「これはあとで皇帝陛下に届けておくから安心しなさい」


 全ての使命を果たしたことを、珪己はようやく実感できた。


「ほら、もう少し寝るといい」


 玄徳が珪己の頭を優しくなでると、珪己はまた深い眠りに落ちていった。



 *



 珪己が王美人の部屋に監禁された――その日。


 朝、李侑生は予期していた勅旨を受けとると、後宮周辺、そして後宮を囲む内壁近くや宮城を囲む外壁周辺に至るまでの警備を近衛軍に命じた。また、後宮では、金昭儀の住まう北側や王美人の住まう西側に多くの武官を配置した。その包囲網は数日後と予想されていた決戦の日にあらかじめ備えるものであった。


 しかし、夕方。


 東宮へ召されるための支度を促すため江春が珪己の部屋に赴き、部屋の主の不在にようやく気づいた。その旨は江春の文によって早急に枢密院に知らされたのだが、そこには、珪己が王美人付の女官・果鈴について尋ねていたことも記されてあった。そこで、王美人の住まう西のほうに武官を重点的に配置するよう、侑生は指示を変更した。


 この時、侑生の執務室で成り行きを見守っていた趙龍崇が、王美人の一つの秘密を暴露した。王美人がかねてより新月の日に密貿易を実施しているという秘密を。


 そして、奇しくもこの日は新月だった。


 王美人が取り寄せるものは装飾品や香木、化粧品といった類のもので、皇帝・趙英龍はこれまでその密貿易を黙認していた。それで王美人が平穏に後宮で暮らしてくれるものなら安いもの、そう判断していたのである。


 侑生はさらに一つの策を追加した。


 密貿易の舟を宮城内に入ったところで乗っ取るというその策は、珪己の顔を知る唯一の武官である第一隊隊長自らによって実行された。実際は、その日武挙に合格したばかりの周定莉も、男装時ではあるが珪己の顔を知ってはいたし、他の武官も『なぜ隊長自ら』と思ったであろう。


 だが、仁威は構わなかった。もしもの場合、仁威は一人で後宮に乗り込み珪己を救出する心づもりでこの策を承諾したのだ。侑生は仁威の決意を知っていたのかどうか。ただ、黙って仁威の提案を受理した。


 くだんの商人の舟は武に長けた第一隊の武官らによって、宮城に入った直後、容易に捕獲された。引きずりおろした商人達を部下に任せ、仁威はその商人の一人の衣をまとうと、一人内壁をくぐって後宮まで舟を進めたのである。


 川辺に控えていた女官は仁威の商人らしからぬ雰囲気をいぶかしく思ったようだが、常と同様にその男は顔を布で覆っていたこと、そして主人の部屋で起こっている非常事態の件もあり、それ以上詮索することはなかった。


 そして舟に積まれていた大箱からいくつもの品が出される中、一人の女官が仁威に例の依頼をした。これに仁威は黙ってうなずいてみせた。


 その女官が立ち去り、仁威が一人舟で待っていると、にわかに向かいの宮が騒がしさを見せた。せわしなく行き交う女官の間から突如現れたのは二人の皇族、趙英龍と趙龍崇だった。仁威はあずかり知らぬことであったが、英龍はこの来訪を突如決め、そして実行したのである。


 仁威は騒動の中心となっている王美人の部屋に近づき、奥のほうに拘束された珪己の姿を認めた。その光景は仁威を非常に動揺させたが、すぐさま冷静さを取り戻し、珪己を奪取する機会をうかがう。


 あとは先に述べたとおりである。

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