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1.姫からの贈り物

 次の日、江春こうしゅんに連れられ、またも菊花きっかにお目通りを願った珪己けいきであったが……昨日同様あっけなく玉砕した。しかも、だ。姫からの贈り物だと扉ごしに箱を手渡されたのだが、そこにはあふれんばかりの百足むかでが入っていたのである。


 意気揚々と開けた箱の中身を確認するや、珪己は小さな叫び声をあげそうになった。だがぐっとこらえて箱の蓋を戻した。見れば、箱を渡した女官の手は荒れており、百足にかまれた跡がいくつも見られた。その顔はやや青白くやつれ、目の下はくっきりとくぼんでいる。後宮に勤める女官は貴族や上級官吏の娘であり、そのほとんどが見目麗しい乙女なのだが、その一人である目の前の女官の変貌は、だからこそ珪己にはいっそう哀れに思えた。


(姫の差し金……かしら)


 珪己は一つ息を吐いたのち、努めて明るい声を扉の向こうに張り上げた。


「姫様、珪己と申します。このたびはこのように素敵な贈り物をいただきありがとうございました。また明日お伺い致します。次こそはお会いできるのを楽しみにしております」




 箱を手に江春とともに立ち去った新米女官の発言は、扉の内、菊花付の女らに小さな石のように波紋を投げた。これまでにも姫は幾多の女官に虫を贈っているが、今日のような反応を示す者は一人としていなかったからだ。


「百足が素敵な贈り物ですって」

「いったいどういうつもりかしら?」


 その時、低くざわめきの続く女官の群れに、ばん、と扇子が投げ込まれた。


 投げたのは菊花その人である。


 睨みつける姫の形相に、風がやんだかのように部屋一体が無言に包まれた。そしてすぐさま在室する全ての女官が一斉に叩頭した。


 どんよりと闇夜のように重い空気の中、表情のなかった姫の唇の両端がにいっとあがった。



 *



 珪己は自室に戻る道すがら、江春から驚くべき情報を得た。昨夜、菊花の衣服から刃物が見つかったそうだ。気づかず羽織ってしまった菊花は指を切ってしまったらしい。幸い大事には至らなかったそうだが、江春いわく、月に一度はこのような何かしらの災難が姫にふりかかっているそうだ。


「誰の仕業なのか、心当たりが多すぎてとんと見当もつきません……」


 江春が深くため息をついた。

 珪己の脳裏にも哀れな女官の姿が思い出される。


「とはいえ、姫は今日もあのように大人を煙にまくようないたずらをしているくらいですから、心配するほどでもないでしょう」

「本当にそうでしょうか? まだお小さい姫君ですのに……。昨日だって、一歩間違えれば一生物の傷を負われていたかもしれませんよ?」

「あなたはまだ姫のことをお分かりになっておりませんねえ。今日が百足でしたら、明日は蛇やもしれませんよ。せいぜいお覚悟なさい」


 ほとほとあきれたように江春が言った。

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