5.真剣勝負
珪己は鍛練場の中央に有無を言わさず引き立てられた。大勢の武官の見守る中、袁仁威が優雅にも思える動作で珪己の前に獲物を投げる。がしゃん、と鈍い音を響かせたのは、長剣。武官が腰に下げ持つ一般的な武器だ。
「剣をとれ」
隊長の命に、珪己は腰をかがめておそるおそる手に取った。長剣はずしりと重かった。それもそのはず、珪己がこれまで扱ったことのある武器は、鍛練用に軽量に作られた木刀の他、実際に斬れるものでは懐剣のみだからだ。しかしこの時代、女人が長剣を使う機会は皆無であるため、それも当然であった。
珪己の手の内にある鉄製の長剣は、使い慣れた木刀の長さと同等ではあったが、明らかに重さが違っている。
(私にこの長剣を使いこなせるのかしら……?)
たまらず眉をひそめた珪己のことが、仁威には一層つまらない存在に映ったようだ。
「もしかして剣も使えないくせに近衛軍に入ったのか?」
「……いえ、剣を使ったことはあります」
木刀と懐剣だけなら、とは口が裂けても言えないが。
道場では、珪己以外の生徒、つまり男は長剣での稽古も行っている。珪己の通うような、武官を育てるためではなく文官や平民の嗜みの場といった道場であっても、男が長剣を握らないことはない。長剣を使えないと口にした瞬間、珪己は男であることを疑われる芽を育ててしまう。
例え女性の武官が合法であるとはいえ、目立つ動きをすれば、それは姫を護るという本来の勤めに悪影響を及ぼすだろう。そのため武官としての仮の男名を「念のため」と与えられているくらいなのだから。
珪己の心の荒波など知るわけもなく、仁威が腰にさげていた長剣をすらりと抜いた。
「それでは稽古をつけよう」
仁威の声音が一段低く響く。
鞘を握る手により強い力をかけ――珪己は心を定めた。
立ち上がり、鞘からゆっくりと刃を抜いていく。稽古用の剣であるため丁寧に砥がれたものではないが、現れ出た刀身は空の真上に位置する太陽の光を浴び、一瞬まぶしく煌めいた。
鞘を捨て、柄を両手に持ち、切先を仁威へと向ける。
「……ほう」
恐れを抱きつつも、近衛軍最強の第一隊を統括する自分に剣を向ける新参者――。これに仁威はわずかに溜飲の下がる思いを感じた。
(俺に真正面から向かおうとするやつは久しぶりだ。それができるということは、こいつが俺の実力をはかることができないほど無能なのか、それとも立ち向かえるだけの気概は備えているからか。ふむ……うまく育てれば使えるようになるかもしれん)
もちろん、仁威の思惑など初めて長剣を構える珪己には分かるはずもない。道場の生徒相手であれば表情を読むゆとりくらいはあるのだが、今向かう相手は近衛軍の隊長だ。
この命を懸けても不足する、まさに真剣勝負。
ふっ、と、仁威の周囲に一陣の風が吹いた。
そう珪己が感じた瞬間、それは旋風となって珪己の全身を強く叩きつけてきた。実際にはそのようなことはなかったのだが、少なくとも珪己の体はそう感じた。
(……ここまで強い気を出せるなんて!)
思わず感嘆したくなる、見事な闘気だ。
周囲からおおっと歓声が上がった。稽古場で仁威がここまでの気を放つ姿が珍しいのだ。
仁威の全身からあふれ出る闘気の濁流に身を打たれ、暑くもないのに額から汗が流れだした。しかし珪己にはそれを拭う余裕はない。
(こちらも出さなくては……負ける!)
真剣を持った試合では、負けることは死へつながることがある。
珪己はためらうことなく、即座に自身の気を解放した。