担任の思い
翌日の午後二時、午前中に四時間の授業を受け、昼食の後に篤史達と特進コースの生徒、教師達は帰るためにバスに乗り込んだ。
学と一番仲が良かった晶彦は、誰よりもショックを受けていた。
篤史が事件を解決した後、通常通り授業が行われたが、同級生のいない特進コースの生徒はどこか物足りない感じになっていた。
そして、夜の消灯前、篤史は幸太郎を呼び出して、ロビーで話をする事になった。
「井沢が犯人やったとはな。正直、驚いた。アイツは真面目で、何をお願いしても嫌な顔一つしなかったからな」
幸太郎は真面目な学の事を思い出しながらショックを隠し切れないでいた。
「小川、二回目にオレの部屋に来た時、井沢が犯人やってわかってたのか?」
「うん。去年のイジメの件を考えてたらな。確証がなかったから由良先生に聞いてからにしようって思って...」
篤史は幸太郎に買ってもらった小さなペットボトルのジュースを二口飲んだ後に答えた。
二度目の幸太郎の部屋に言った時、去年のイジメの件を聞き、イジメを受けていた側が学の兄で、海に溺れたなど奇妙な出来事の被害者の生徒の名前を聞き出していたのだ。
幸太郎はそうだったのかという表情をすると、ショックを隠すように缶コーヒーを思いっきり飲む。
「そういえば、昨日、市村先生の事を聞いたやんな? なんでや?」
幸太郎はなぜ篤史が恵子の事を聞き出したのかわからないでいた。
「大江が小野っていう生徒の自殺を普通コースのオレらには言うなって口止めされたって聞いたから、オレに強化合宿に来て何かあったら解決して欲しいってお願いしてきた市川先生と違うなって思ってな。それで由良先生にどんな先生なのか聞いたんや」
篤史は晶彦に聞いた時に感じた恵子の二面性があるのではないかという事を幸太郎に話した。
「そのことか...。実は去年もそうやったんやけど、自殺の件は校長から特進コースの生徒以外に口外するなと言われていたんや。当然、教師も全員知っていた。小川も知ってると思うけど、反岡高校の特進コースは大阪府内の公立高校の中でも有数のレベルの高さなんや。校長はイジメで自殺者が出る事が公になる事を恐れて口止めしてたんや。でも、オレはずっとモヤモヤしてた。言い訳になるかもしれへんけど、これでいいのかって葛藤してたんや」
幸太郎は決して恵子は悪くないという言い方をする。
それは好きだという感情からではなかった。
恵子だけではなく、反岡高校の全教師が知っていた事だということを話す。
しかし、幸太郎は口止めされていた事に関しては納得していなかった。
いくら上司である校長の指示をこのまま鵜呑みにしてイジメで自殺をした生徒をなかった事にしてもいいのか。
それは教師としてどうなのか。
ずっと黙って隠し通したまま教師を続けていくのか。
そんなことをすれば自分もイジメに加担しているのと一緒なのではないかとずっと悩んでいた。
篤史が強化合宿に来てくれた事で安心感はあったが、完全に拭えたわけではなかった。
何か起こってからでは遅いのはわかっていたが、何かが起こらなければ篤史は動くに動けない。
証拠を見つける事が出来ないと思っていた。
「じゃあ、市川先生もオレにお願いした時にはイジメを公にして欲しいって思ってたんかな? 何かが起こって、その犯人が捕まり警察に話せば、嫌でも反岡高校のイジメは公になるからな」
幸太郎を通じて恵子の思いを受け取った篤史は、決して恵子はイジメに関して知らない顔をしていたわけではなかったんだと思っていた。
「多分、心の底ではそういう思いがあったんやと思うで。最初にオレに提案してきたのは市川先生やったし...」
幸太郎はこれで肩の荷が下りたという思いで答える。
「小川が来てくれてホンマに良かった。無理なお願いを引き受けてくれてありがとうな。正直、小川が来てくれへんかったら反岡高校のイジメは公にならへんかった」
幸太郎は改めて篤史に強化合宿に来てくれた事を感謝した。
「いいで。反岡高校のイジメが発覚するなんて思ってもいなかった。まぁ、イジメが全くないって思ってへんわけじゃないけど、直に聞くとショックが大きいもんやな」
篤史はイジメがあったと聞くといい気持ちにはならなかったが、特進コースの強化合宿に参加出来て、貴重な体験だったと実感していた。
「オレがこんなこと暴いても良かったんか?」
「いいんや。オレも市川先生も奇妙な出来事はイジメの事からきてるんやなって思ってたし、小川に暴いて欲しいって思ってたんやしな。公になれば反岡高校のバッシングや風当たりは相当なもんやと思うけどな」
何かを吹っ切った思いになっていた幸太郎はイジメによる自殺者が公になれば、反岡高校の評判が落ちても仕方ないと思っていた。
「それより市川先生との事はどうするんや? 告白するんか?」
篤史は話題を変える。
「告白って学生みたいな事を言って...。告白したところで何か変わるってわけやないしな」
幸太郎は恵子とは今は教師以上の関係になる事は思っていないようだ。
「言わんとわからへんし...。由良先生って見てるだけでいいってタイプやろ?」
「まぁ、当たってはいるけどな」
幸太郎は苦笑しながら、やっぱり小川にかなわないと思う。
そして、特進コースの生徒だけが参加する強化合宿だけに、幸太郎は篤史の進路を個人的に聞いたりして、二人はしばらく話に夢中になっていた。
バスに乗り込む前、篤史と留理と里奈は駆けつけた松尾刑事と話をする事が出来た。
「小川君は高校生探偵だったんだな。知らなかったよ」
松尾刑事は参ったなという表情をする。
「言うほどのもんじゃないですよ」
篤史は控えめに言う。
「最初、邪魔をしてるのかと思ったけど、捜査に必要な事を聞いてたんやな」
「急にすいません。同じ学年の奴が亡くなったというのが根底にあったので...」
「そうか。小川君達が住んでいる町からは遠いが、また遊びに来てくれよ」
松尾刑事はそう言うと、右手を出した。
篤史も右手を出して、二人は熱く握手を交わした。
「篤史が遊びに言った時に事件が起こったら、事件の解決が一気に早くなるかもしれへんな」
里奈は篤史を肘でつつきながら言う。
「それはあるかもしないな」
松尾刑事も頼もしい人物が現れたという口調で頷く。
「えーっ、事件? 事件なんて起こって欲しくないよ。遊びに行く時くらい事件には遭遇したくない」
留理は事件はこりごりだというふうに言った。
「留理の言うとおりかもしれへんな」
アハハ...と笑いながら言う篤史。
「オイ! 三人共、早くバスに乗れ。出発するで!」
そこに幸太郎が篤史達に早くバスに乗るように呼びかける。
そして、バスはゆっくりと動き出した。
篤史達の夏の思い出をのせて...。