犯人が抱えた歪んだ復讐心
翌日の午前八時半、いつものように授業が始まろうとする頃、教師達と松尾刑事が教室に入ってきた。
特進コースの生徒は何が始まるのだろうとざわついた。
昨夜、遅くなったがホテル従業員にお願いをして、今日の午前八時半に松尾刑事にホテルまで来てもらうように篤史はお願いをした。
「先生、何が始まるんですか? 一時間目は日本史ですよね?」
朝可は迷惑な表情をしながら、担任である恵子に何が起こるのかと聞いた。
特進コースの生徒からすれば余計な事はしないで勉強に専念したいという思いのようだ。
「昨夜、宮本君が亡くなった件について小川君から話したい事があるそうで聞いて欲しいの」
恵子は比較的落ち着いて答えると、小川君、お願いと言うと、篤史は前へ出た。
「宮本はこの中の誰かによって殺害されたんや!」
最初に篤史は力強く言った。
犯人が自分達の中にいると聞かされた特進コースの生徒は、明らかに動揺を見せた。
「まず、夕食を早く食べ終えた宮本は、部屋に戻ったところを背後から犯人に首を絞められて窒息死した」
「宮本は自殺なんじゃ...?」
学は正が自殺だと思い込んでいるのか、篤史が犯人に襲われたという言葉に違和感を覚えていた。
「それは自殺に見せかけたんや。松尾刑事が持ってきてくれた現場写真を見て欲しい。宮本の首元には絞められた跡が二本ある」
篤史はホワイトボードに写真を貼りながら、自分の推理を全員に聞かせる。
「自殺でも首に絞めた跡は出来るやろ?」
一也はイマイチ篤史の推理が理解出来ていないようだ。
「オレが言うてるのはそういうことやない。二本あるっていることは、一本は誰かが絞めた時に出来たもので、もう一本は宮本を天井で吊るした時に出来たっていうことなんや」
篤史は一也以外にも同じように理解が出来ていない人もいるだろうと思い、どういう意味で言ったのかを述べる。
「確かに言われてみれば、二本の絞められた跡の意味はそう解釈出来るわね」
恵子は写真をよく見て頷く。
「犯人はわざとか偶然なのかわからへんけど、宮本が寝るはずやったベッドの掛け布団のシーツにあるものを付いていた」
篤史はそう言うと、二枚目の写真を取り出す。
「あるものって何?」
留理が聞く。
「それは口紅や」
篤史は自分に向けていた写真を全員に向けた。
「口紅って犯人は女性か?」
一也はまさかというふうに言う。
「鑑識の結果では、この口紅は市村先生のものだとわかりました」
松尾刑事が鑑識官の報告を教室ですると、疑惑の目が一気に恵子に向けられた。
「市村先生が宮本...?」
恵子が好きな幸太郎は信じたくないという思いが声に出ていた。
「違います」
恵子は犯人ではないと否定する。
「市村先生は犯人ではないねん。犯人が一概に女性やとは言えへん」
篤史は恵子が犯人ではないと断言した。
「どういうことや?」
幸太郎はわけがわからないまま篤史に聞く。
「宮本はオレより少し少し高い180cmくらいの身長や。首を絞める事は女性でも出来るかもしれへん。でも、宮本自体を天井に吊るすなんて行為は女性一人の力ではとてもじゃないけど無理なんや。だから、犯人は男性やと思われる」
篤史の推理に妙に納得してしまった。
「それで犯人は誰なんや?」
一也は犯人がわからないとモヤモヤしてしまうという口調だ。
「宮本を自殺に見せかけて殺害したのは、井沢、お前や」
篤史は何のためらいもなく学だけを見て犯人だと告げた。
それを聞いた特進コースの生徒は再びざわついた。
「お前は自分が犯人やと悟られないように女性の格好で犯行に及んだ。多分、市川先生の化粧品を借りたんや」
篤史はざわつきが収まってから学に言った。
「オレが市川先生と共謀したっていうんか?」
学は何かを堪えたような声で篤史に聞いた。
「共謀...? オレは一言もそんなこと言うてない。お前は市川先生になりすまし、宮本を殺害して首吊り自殺のように見せかけた。そやろ?」
篤史は学に犯行を認めるように聞く。
「違う! そんなに言うんやったら証拠はあるんか!?」
学は否定した後に篤史に証拠があるのかを激しく問う。
篤史は学が事件を起こした悲しくて辛い背景を知っていたため、証拠は出せずに何も答えないままでいた。
「早速、ネタ切れか? それじゃあ、関西一の高校生探偵なんて言えへんな」
学はフッと笑いながら安心しきったような感じで深く椅子に腰掛ける。
「イジメ...」
篤史は証拠を出さない事に安心しきった学に、学が事件を起こした元となった言葉を小さな声で発した。
「え...?」
学は篤史が小さな声で発したイジメという言葉が聞こえていたようで、何を言い出すんだという表情をした。
「去年、イジメを苦にして自殺した男子生徒ってお前の一つ上の兄なんやろ? 奇妙な出来事に遭った五人はお前の兄をイジメていた生徒で、全てお前がやったことなんやろ?」
篤史は去年の奇妙な出来事を持ち出した。
「ホンマなんか?」
一也は学に問いただす。
「仮にそうやとして、今年のイジメの件に関してどう説明する?」
学は一也の問いには答えず、今年のイジメの事を篤史に説明を求める。
「それは宮本がイジメる側にいた事。去年のお前の兄をイジメる側にいたのも宮本の兄やった。宮本の兄は海で溺れたが幸いにも助かったんや。兄弟揃ってイジメをしている側にいた事が悔しくて仕方なかったというところや」
篤史は何もかも知っていると答える。
「...そこまでわかってるなら隠し通せへんな」
篤史の答えを聞いた学は静かに言った。
「井沢君が宮本君を...?」
恵子は自分のクラスの生徒がこんなことをするのが信じたくないという声で学に聞いた。
「そうです。確かに宮本を殺した。夕食を終え、急いで部屋に戻って市村先生の化粧品を借りて、宮本の部屋に行き、首を絞めて殺したんや。そして、その足で食堂に戻ったんや。急いでたからベッドに口紅が付いたんやろうな」
学は自分が犯行を全て話した。
「でも、夕食は一緒に食べたやん?」
里奈は昨夜の夕食は一緒に食べたのに...と言う。
「少しだけ残して、大江達と合流したんや。去年の一学期の期末テスト前に兄は自殺した。原因は宮本の兄を含めた五人が兄をイジメていたから。兄の葬儀が終わった後、兄の仇を取ろうと強化合宿で何か脅してやろうと思った。まさか、一人が自殺するなんて思ってへんかったけど...。そして、今年は宮本が小野をイジメていた。兄弟揃ってイジメをするなんてどうかしてるんや。正直、どういう教育を受けているんやとさえ思った。兄はもちろん、小野も将来があったはずやのに...。この二人は何も悪い事をしてへんのに...。イジメをしていたほうが悪いのに、なんでこの二人が自殺するなんかしなければならなかったんやと思うと悔しくてたまらへんかった」
学は自分の兄と同級生の自殺に相当な悔しさがあったようだ。
「去年、脅迫文を送りつけたのも井沢君だったの?」
恵子はまだ信じられないというふうな口調で聞いた。
「はい。最初はお土司だけで脅迫文を送ったんや。でも、どうしてもオレが犯人やってわかったんや?」
自信があった学はなぜ自分が犯人だとわかったのかと篤史に問う。
「後で思い起こしたんやけど、お前が奇妙な出来事についてどこまで知っているのか、ホンマに市川先生に聞いた話以外だけの事しか知らないのかって聞いた時にな」
「たったそれだけで...?」
篤史の答えに目を丸くする学。
「そうや。きっと犯行を終えるまで知られたくないんやろうなって思ったんや」
「そうやったんか。色々聞き過ぎたな」
「じゃあ、後は署のほうで...」
松尾刑事が二人のやりとりのキリがいいところで終わったと思い、学に声をかける。
学ははい、と返事をすると立ち上がる。
「小川、短い間やったけど一緒に過ごせて嬉しかったで。女子に人気な小川やけど、実はオレも小川のファンやねん。初め、小川が強化合宿に来た事を知った時はビックリしたけど、大江と一緒に話してた時も自分の胸の高鳴りが抑え切れへんかったで。ずっとドキドキしてた。それは今もそうや」
学は教室を出て行く前に自分の思いを篤史に伝えた。
「オレも特進コースの強化合宿に参加出来て良かったで。もちろん、最初はそう思ってへんかった。市川先生に頼まれた時から行くのが嫌で仕方なかった。それは昨日従業を受けている時もそうやった。いくら市村先生に頼まれたからってオレは普通コースやのになって思ってた。休憩中も勉強ばっかりやし、堅苦しいコースで堅苦しい生徒やって思ってた。でも、昨日の夕食に大江と井沢と話して、堅苦しいばっかりの奴だけじゃないんやってわかったからな」
篤史も強化合宿に行く憂鬱さを学に伝えた。
「そうやったんやな。ホンマありがとうな」
学はいつまでも自分が起こした事件を隠し通せるわけがないと思っていたのか、スッキリとした表情で篤史に礼を言うと、松尾刑事と共に教室を出て行った。