特進コースの二人の生徒の話
夏休みに入り、八月七日から十日まで反岡高校の特進コースの生徒達と一緒に強化合宿に行く事になった篤史達三人。
午前八時半に駅の南口が集合場所になっていて、学年ごとに担任が点呼を行っている。
反岡高校は普通科のみの公立高校で、普通コースと特進コースの二コースがある。
篤史達は普通コースにいる。
一学年に一台のバスに乗り込み、篤史達は同じ二年生の学年と乗る事になった。
バスが動くと特進コースの生徒はカバンから教科書を取り出し、勉強をしている。
「うわぁ、バスの中でも勉強するで」
一番前に座っている篤史は、後ろを振り返り留理と里奈に小声で言う。
「そりゃあ、特進コースやからね」
留理も後ろを振り返り圧倒されている。
「信じられへんやんな」
里奈はこれから行く三泊四日の強化合宿が気が重いという口調だ。
「ちょっと静かにしてもらえませんか?」
篤史の横に座っている男子生徒が話している篤史達に注意をする。
「すいません...」
(なんや、コイツ...)
篤史は謝りつつ、引き気味でいた。
そして、二時間半後、反岡高校指定のホテルに着き、昼食を終えた生徒は各教室に入る。
一年生と二年生はクラス全員で授業を受けるが、三年生だけは自分が進学する進路に合わせて、理系と文系に分かれて授業が行われる事になっている。
授業は午前八時半から始まり、一日何度か同じ教科の授業を受ける事になっていて、二年生が勉強する教科は、国語、数学、英語、物理、日本史の五教科を勉強する。
「ここが二年生の教室?」
「そうみたい」
「これから授業か...。ついていけるかな、私...」
里奈は授業で当てられたら答えられないというふうに呟く。
「大丈夫やって。私だって特進コースの授業についていけへんもん」
留理は案外ケロッとしている。
そして、ノートと筆箱を持った三人は意を決して教室の中に入ると、特進コースの生徒がもう教室に入っていて、バスの中同様、教科書を開けて勉強をしている。
特進コースの生徒は各自教科書があるが、篤史達は特進コースとは別の教科書を使用しているため、プリントが手渡しされる事になっている。
三人は恐る恐る一番前の席に座る。
「お前ら、普通コースの奴やろ? 来る場所、間違ってるのと違うか?」
一人のチャラチャラした感じ男子生徒が篤史達に言う。
「なんやねん? オレらは市村先生に頼まれて来たんや。何か文句あるのか?」
篤史は冷静になりつつ、その男子生徒に怒りを覚えていた。
「なんやとー?」
その男子生徒は突っかかるようにして言う。
「ちょっと二人共...」
里奈が止めに入る。
「宮本、やめろよ」
二人の背後から別の男子生徒が、篤史に突っかかってきた宮本という男子生徒に制止をかける。
宮本という男子生徒はチェッと舌打ちをすると自分の席に座った。
「ゴメンな。オレは大江晶彦。よろしくな」
爽やかな笑顔で自分の名前を告げた大江晶彦。
「ええよ。オレは小川篤史」
篤史も自己紹介をする。
「みんな、席についてるわね!」
そこに数学担当の恵子が入ってくる。
恵子の声に全員、キリッとした表情になる。
「今日から普通コースの小川くん、服部さん。川口さんに参加してもらう事になりました。短い間だけど仲良くしてあげて下さい」
「なんで普通コースの生徒がいるんですか? 強化合宿って特進コースの生徒だけしか参加出来ないはずですよね?」
一人の真面目な女子生徒が手を上げて恵子に聞いた。
「色々、事情があって...」
言葉を濁す恵子。
「きちんと理由を話して下さい」
さっき突っかかってきたチャラチャラとした宮本がピシャリと言う。
「私から来て欲しいと頼んだの。では、授業を初めます」
恵子は言葉少なに答えると、授業を始めた。
午後五時、夕食前の最後の授業が行われる前の休憩時間、篤史は教室を見渡す。
留理と里奈はトイレに行っている。
あいかわらず、特進コースの生徒は休憩中も勉強しっぱなしで、誰一人として会話を交わす生徒はいない。
(今のところ、特に何か変わった事はないな。一年と三年は違う教室で勉強してるから全学年を見るってわけにはいかへんけどな。それにしても、休憩時間やのに勉強ばっかりやな。オレがこのクラスにいたら、絶対気がおかしくなるわ)
篤史は特進コースの生徒の勉強する姿勢がすごいと思ったし、もし自分がいたら行きが詰まるだろうなと感じていた。
「オイ...」
考え事をしている篤史に誰かが小声で呼ぶ。
「ん?」
篤史が振り返ると、晶彦が周りの目を気にして話しかけてきた。
「勉強しないのか?」
「あ、うん、まぁ...」
(オレはそんなガラやないし、ガリ勉タイプと違うし...)
篤史は曖昧に返事しながらそう思っていた。
「次の授業、テストやぞ」
晶彦は次の授業がテストだと教える。
それを聞いた篤史は、
「え!?」
一瞬、時が止まってしまった。
午後六時、夕食の時間になり、食堂に来た三人は束の間の休息を取る事にした。
ついさっきの授業で行われたテストは、篤史は問題の意味が全くわからず散々な結果となってしまった。
それは留理と里奈も同じだった。
「やっと終わった」
里奈が夕食を食べる前に伸びをして言う。
「お疲れ様」
そう言ったのは晶彦だ。
隣には今朝バスの中で静かにしてくれと言った男子生徒もいて、晶彦の友達なのだ。
「今朝は悪かったな。静かにしろってだいぶ印象悪かったよな」
晶彦の友達である井沢学は、バツが悪そうに謝る。
「いや、いいんや。バスの中で話してたオレも悪いんやし...」
篤史は気にしていないというふうに言う。
「特進コースって休憩時間でも勉強するんやね。息が詰まりそうやった」
留理は溜まっていたものを吐き出すようにして言った。
「オレらからしたらいつもどおりやけど、普通コースから見ると尋常やろうな」
晶彦は留理の言い方で、普通コースの生徒からしたら異様な感じがすると感じ取っていた。
「二人はどこを進学予定なの? 特進コースにいるくらいやからどこかの大学に進学予定なんやろうけど...」
留理は晶彦と学の進路先が気になるようだ。
「オレの第一志望は国公立。大江もやけどな」
学が当たり前のように答える。
「国公立!?」
篤史はヒェェェ...と思いながら、特進コースは目指す進路が違うなと思っていた。
「やっぱり特進コースは違うね」
里奈も自分の頭では国公立を目指すのは無理だと思っていた。
万が一、国公立を目指すと言ったところで止められるのが当然の結果だろう。
「クラス全員、大学目指してるん? 中には短大や専門学校に進みたいって人はいないん?」
留理はそこが気になったのか、特進コースの二人に聞いてみる。
「それはないな。全員、大学進学を目指してるんや。短大や専門学校に進学したいんやったら、普通コースに行けっていう方針やからな」
晶彦は反岡高校の特進コースは特殊なんだと答える。
「そうなんや」
留理は大学進学の生徒しかいない特進コースは、やっぱり住む世界は違うなと感じていた。
「当然、バイトなんてしてへんやんな?」
里奈はさり気なく聞く。
「当たり前や。部活してる奴はいてもバイトしてる奴なんていいひん。勉強第一やからな。受験のために塾に通っている奴もいるからな」
学は当然という答え方をする。
「やっぱり...。...ていうか、塾に通ってる人もいるん!? 特進コースって七時間授業の日もあるやんな?」
里奈は納得しつつも、塾に通ってる生徒がいる事自体に驚いていた。
そこまで勉強したいのかという思いがあった。
「一年は月曜と木曜。二年は一年と同じ曜日と火曜。三年は二年の同じ曜日の三日間と金曜日や」
「三年はほとんど七時間授業やん!」
篤史は思わず声を上げてしまう。
「そうや。長期休暇も午前中は授業やからな。オレらからすれば普通やな」
晶彦は志望校に合格するなら学校の授業も苦じゃないといったようだ。
「二人は塾に通ってるん?」
「オレらは通ってへん。教科書以外には別に参考書がたくさんあるで」
晶彦は志望校対策の参考書を持っていると答える。
学も同じようだ。
それを聞いた篤史達は改めて特進コースはすごいなと感じていた。
「そういえば、午後の授業の前にオレに突っかかってきた奴って...」
篤史は誰なんだというふうに晶彦と学に聞く。
「あぁ...アイツは宮本正。チャラチャラしてるけど、成績はクラスで五番以内に入るんや」
学が宮本正の事を教える。
「意外やね。そんなに成績良さそうに見えへんけど...」
里奈は正の外見とは裏腹に成績の良さに驚いてしまった。
「もう一人、真面目な子で私達が来た理由聞いてた女子いたやんな」
留理はどこにいるんだろうと食堂内を見る。
「アイツは倉本朝可。一年の時から学級委員長をやってて、知ってるとおり生徒会で会計をしている。倉本はテストでは100点や90点台後半ばかりで、ずっと成績が一位やねん。アイツも国公立志望や。まぁ、倉本は国公立以外に私立も合格確実って言われてるけどな」
引き続き、学は留理にあそこにいるでというふうに朝可の情報を三人に教える。
朝可を見つけた留理は、いかにも勉強が出来そうだというふうに思っていた。
「でも、なんで小川達は強化合宿に来たんや? 市村先生は自分が頼んだって言うてたけど、ちゃんと理由を教えてくれへんかったし...」
晶彦は正や朝可同様に、篤史達が特進コースの生徒のみが参加出来るこの強化合宿になぜ参加しているのか疑問だった。
それは学も同じ疑問を持っていた。
午後の恵子の授業で特進コースの生徒にきちんと理由を話していないのを恵子の態度で知った篤史達は、どこまで話したらいいのか、そもそも自分達が来た真実を話していいのかと思い、なんとも答えにくそうな表情を浮かべる。
三人の表情で強化合宿に来た事情を察した晶彦は頷いて、
「なんとなく理由はわかってるけどな」
直感であのことだろうなと思っていた。
「奇妙な出来事で市村先生に依頼されて来たんやろ?」
「そうや」
篤史はこの二人には隠し事が出来ないなと思いながら頷く。
「小川は関西一の高校生探偵やから市村先生も不安でいっぱいなんやろうな。何かあったら小川に解いてもらおうと思って依頼したんやな。どこまで掴んだんや?」
学はお茶を一口飲んだ後に篤史に聞いた。
「いや、全然や。今のところ全く何も起こってへんし...」
篤史は何も掴んでいないと首を横に振って答える。
「そうか。市川先生から全て話を聞いてるのか?」
学は少し意味ありげに篤史に聞いた。
「海で溺れたり足を骨折した生徒や自殺した生徒がいるって聞いただけや」
篤史はこれが自分が聞いた話だと答える。
「それだけか? 他には?」
「いや、何も...」
篤史は自分が知っている以外の事を二人は知っているんだと実感しながら答える。
「何か知ってるのか?」
少しでも情報を掴んでおきたい篤史は特進コースの二人に聞く。
「去年の自殺者とかはある男子生徒の復讐っていう噂が流れてたんや」
晶彦が周りに聞こえないように声のトーンを落として答えた。
「男子生徒の復讐って何?」
里奈は誰がそんなことをしたのかわからずにいる。
「去年の奇妙な出来事に遭った生徒は、全員オレらの一つ上の学年で、今の三年が二年の時のクラスがあんな目に遭ったっていうわけや。去年の強化合宿の二ヶ月前に男子生徒がイジメで自殺したらしくて、被害に遭った生徒がイジメに関わっていたらしいねん」
晶彦は去年の奇妙な出来事の全容を話し出す。
「被害に遭った生徒は何人なんや?」
「五人で全員男子生徒や。三人が海に溺れて、一人が足を骨折。残りの一人が自殺者や。骨折した生徒は全治二ヶ月で、幸い、受験生ではなかったから受験に響かなくて良かったけど、これが三年やったら受験で大事な時期やから、もっと大変な事になってたって先生達が言うてたで」
学は自分達もそんなことがないようにしないといけないといふうに言う。
「もしかして、去年自殺した生徒がその五人に復讐したっていうわけ?」
留理はにわかに信じがたいその話を到底信じる事が出来ずにいる。
「それは噂やからな。まぁ、そんな話信じろっていうほうが無理やけどな」
晶彦は留理の気持ちを理解しながら言った。
「でも、今年はそんなことがないんやったら大丈夫やと...」
里奈はそれは去年の話であって今年はそんなことがないなら...と思いながら晶彦と学に言う。
「いや、それが一概にないとは言えへんのや」
学は里奈が言った事を否定する。
「強化合宿の前に何かあったんか?」
篤史は興奮する気持ちを抑えて聞いた。
「あぁ...。オレらのクラスでイジメで自殺者が出たんや」
晶彦はそれを知っていて、篤史には黙っておくことは出来ないと思い、今やっと話す事が出来たという思いが言葉に出ていた。
それを聞いた三人は顔を見合わせる。
「自殺者っていつ出たんや?」
「一ヶ月前の期末テスト最終日や。翌日、市村先生に聞かされた」
晶彦はそう答えると、自分のクラスに自殺者が出た事についてなんともいえない気持ちになっていた。
(このクラスにもイジメで自殺者が出てたのか。二年連続でイジメによる自殺者が出るなんて変やんな)
篤史は二人の話を聞いて、二年連続の自殺者がおかしいと思っていた。
「その生徒の名前は?」
「小野希、女子や。アイツは大人しいからイジメられていたんや」
学は表向きの理由を話す。
「それだけの理由か?」
篤史は学が言った小野希という女子生徒がイジメの理由が本当なのか疑っていた。
(大人しいからイジメに遭っていた。ホンマなんか? 大人しいだけやったら大人しい性格の人は全員イジメに遭ってるけどな)
どうしても篤史はイジメの理由が信じられずにいた。
「理由はそれだけやない。小野は特進コースには向いてへんかった。それなのに何がなんでも特進コース...」
学がそう途中まで言いかけた途端、
「きゃああああああ!!」
恵子の声が食堂まで響いてきた。
尋常ではない恵子の叫び声に篤史はなにかあったのかと直感し、食堂を出て行く。
「小川!」
晶彦は半分立ち上がりながら篤史を呼ぶ。
篤史が向かった先は、生徒が泊まる部屋だ。
その一部屋の前に恵子が口を覆って立ち尽くしていた。
「市川先生!」
篤史は恵子を呼ぶ。
名前を呼ばれた恵子はハッと我に返って篤史のほうを見た。
恵子は今にも泣き出してしまいそうな表情をしている。
「宮本君が...」
恵子は震えた声でその続きが言えないでいる。
篤史はこれ以上何も言えなくなってしまったため、部屋の中を見る。
すると、正が首を吊って亡くなっていたのだ。
「どうしたんや?」
後から晶彦が来て正の部屋を覗くと、ショックで固まってしまった。
「警察呼んでこいよ」
篤史は晶彦を正気に戻すために警察を呼ぶように指示する。
「わ、わかった...」
数秒の間であったが固まっていた晶彦は、篤史の声で反応すると憔悴しきったようにヨロヨロと小走りになりながら一階に向かった。
篤史は晶彦を見届けた後、恵子の予感が的中したと思っていた。