第32話 悪魔の残渣
耳をつんざく叫び声が洞窟に反響する。人間の声とも魔物の鳴き声とも分からないそれは、一段と恐怖を増大させるには十分だった。
全身がドロドロとしており、辛うじて人型を保つ化け物をよく見れば、右腕だけは炭化した木のように固くボロボロに見える。
「あの右腕が悪魔の残渣なのか?」
そんな化け物が辺りをキョロキョロと見渡すと、獲物を見つけた様に僕へと迫って来た。く、来る!?
先ほどよりも素早く動く化け物は、短剣を構えた僕には目も暮れずに通り過ぎて行った。何事かとその姿を追うと、
「あ、あれって!?」
化け物の行く手に青白く光を放つキノコが、《まぼろし茸》だ。奴はそれを左手で掴み取ると、大きく開けた口にぽいっと放り込んだ。
まぼろし茸の影響か、一回りほどデカく凶悪な姿へと変貌した。
僕はその姿を見て絶望した。唯一の希望が目の前で無くなったのだ。これじゃあシズは・・・
「そんな・・・まぼろし茸が・・・」
「クロウさん!気を確かに!まだ諦めちゃダメです。あのキノコならここにも!」
希望を失いかけた僕に、サフィから檄が飛ぶ。なんともう一本《まぼろし茸》があったのだ。それもサフィのすぐ近くに。今すぐにでもそれを回収してこの場から逃げたい。
そう思った矢先、奴も目敏くまぼろし茸を見つけると、それ目掛け移動していた。先程よりも速く、力強い動きでサフィに迫るが、
「これは絶対に渡しませんよ!」
『ガーディアン』『ガードウォール』!!
ズン!ズシン!と奴の進行を塞ぐように召喚したサフィであったが、騎士は右手の一撃を受けてバラバラに、壁も難なく乗り越えてまぼろし茸へと到達した。サフィは震える体で、自ら前に立ち塞がるが難なく押しのけられ、吹き飛ばされてしまった。
「サフィ!」
僕は急ぎサフィに駆け寄ると、彼女を抱え起こす。その間にも奴は最後の一本に手をかけて空中高くに放り上げた。好物を楽しむかの様に大口を開けて落ちて来るのをまっていたが、
「そうは、させませんよ!」『ガードシェルター』!
空中のまぼろし茸に木の檻を出来るだけ強く掛けた。幾重にも纏わりついた木の檻ごと奴の体に取り込まれてしまったが、
「こ、これで、まだ希望が・・・あいつをさっさと倒して、シズちゃんの所に帰りましょう!」
「ああ!」
サフィのお陰で、まだ望みはある。僕は短剣を構えると、満足そうにしている奴に向かって斬りかかる。グニュっととした手応えで、切った先から傷など無かったかのように元に戻って行く。それでも、繰り返し攻撃を繰り出すが、
「ぐわッ!」
奴も黙って斬られるはずも無く、こちらへ反撃の左拳を打ち込んで来た。腕に集中して魔力を纏わせ防御したがズキズキとした痛みが襲う。それでも、一秒でも早く倒そうと、果敢に攻める。
そんな僕を疎ましく思ったのか、距離を取った奴は僕目掛け真っすぐに突っ込んで来た。突っ込んで来てくれるのなら、
『造園』!
奴が目の前に来たタイミングで、瞬時に硬く鋭い大岩を地面から生み出すと、奴の左肩から胴体を貫いた。勢いで体が大きく割れ中身が見える。サフィの木で覆われたまぼろし茸はまだそのままの様だった。
僕は手を伸ばし、それを奪おうとするが瞬く間に体が元に戻り、何事も無かったかの様に左手を伸ばし大岩を粉砕した。そして、左手で僕を掴み上げると大きく投げ飛ばされた。
「ガハッ・・・」
強く打ち付けられた背中が軋み、肺から空気が無くなる。体中が痛みすぐには動けそうにない。倒れ込む僕に向かい、大岩を軽々と持ち上げ振りかぶった奴は、それを叩きつけてきた。
これは、もう・・・
クロウは目の前を覆い尽くした影をただ見上げるしかなかった
ズガーン!!!!
・・・
・・
・
何ですかあの化け物は?先程の人間の姿からさらに強くなっているみたい。このままじゃ勝てない。でも一体どうすれば・・・
サフィも必死に打開策を考えていた。だがしかし、ガーディアンも防御も圧倒的な力の差を前に役に立てない。ガーディアンともっと連携を取るには・・・
ボロボロになった騎士を見ながら必死に考える。『守護者』として誰かを守る力を、エグゼクレス様に貰った繋がりを信じて―、
(メーテルさんが言っていた・・・思うがままに動かす・・・距離を無くす・・・距離!)
『ガーディアン』!!!
何かを閃いたサフィは、最後の魔力回復茶を飲み干すと、魔力を振り絞り最後のガーディアンを召喚した。初めての試みで上手く行くか分からなかったが、やらずに後悔する位なら、全力でやってみせる!
クロウに振り下ろされた大岩が彼を潰す間際、サフィの騎士が盾を構え滑り込んだ。大きな音を立てて破壊されたかに見えた騎士は、力強く地面を踏ん張り微動だにしなかった。
「クロウさん、立てますか?」
「え?サフィの声が・・・?ガーディアンの中に居るのか?!」
盾で大岩を受け流すと、片手剣を振るい奴に斬りかかる。僕の短剣のように魔力を纏った斬撃で左腕を切り落とすと、さらに追撃を繰り出す。切り刻まれた体が宙を飛び霧散していく。
「これならいけます!」
「サフィ!胴体だ!まぼろし茸は胴体にあるはず!」
「分かりました。はぁッ!」
盾で攻撃を受けながら、胴体へと剣を届かせると、大きく袈裟切りに斬られた胴体から木に覆われたまぼろし茸が零れ落ちた。盾を捨てた腕を伸ばし、それを掴み取ると、
「やりましたよクロウさん!これで―!?」
サフィが奪おうとした騎士の腕にドロドロの液体が纏わりつくと、腕ごと騎士を取り込もうと切り離された体から無数の腕が現れ掴みかかる。
「サフィ!?もういい放せ!」
「駄目です!これが無いとシズちゃんが!キャアッ!」
いくら斬りつけてもすぐに再生し襲い掛かかってくる。奴を止めようと、右腕に狙いを定めてスキルを発動する。地面から鋭い剣山を生み出し攻撃するが、体を回転させ回避されてしまう。
「サフィ!右腕だ!多分、それがこいつの弱点のはず!」
「右腕・・・ハイ!はあぁッ!!」
剣を振り上げたサフィは、黒く萎れた右腕を狙い振り下ろす。魔力を纏った攻撃であったが、見た目に反して頑丈な様だ。一度目の攻撃は弾かれてしまい、二度目を振り上げると、サフィの渾身の一撃が振るわれ、
スバッ!
右腕は綺麗に切り離され、ドロドロとした体の方が霧散し消えて行く。ガーディアンも自由になると、まぼろし茸が入った木の檻を嬉しそうに掲げている。
「凄いぞ、やったなサフィ!」
「ハイ!やりました!これでシズちゃんも―」
ズゴッ!と騎士の腹部から黒い触手の様なモノが突き出てくる。先程まで喜んでいたサフィと騎士はその場で前のめりに倒れ込んだ。
「サフィ?!」
倒れた彼女に駆け寄ろうとした僕を触手が邪魔をする。触手はまぼろし茸を再び奪い取ると、シュルシュルと斬られた右腕に吸い込まれた。
「だ、大丈夫です。それより早く、まぼろし茸を取り返しましょう、くっ・・・」
「無理に動かないで!」
サフィの無事を確認している内に右腕から再びドロドロとした液体が噴き出ると、怒りを顕にするように激しい攻撃が飛んでくる。
槍や刃のように鋭い触手が無数に斬撃を放つ。先ほどに比べれば繊細さを欠く攻撃だ。掠りはするが致命傷は避けられている。
「弱っているのか?今なら!」
僕は右手に奴の攻撃を避けならが右手を狙う。『造園』スキルで壁代わりの岩を作り出し、攻撃をやり過ごすと、
「喰らえ!」
無防備な右手腕を短剣を突き刺す。痛みで暴れるが短剣をしっかりと握りしめると、残った魔力を全部注ぎ込み内側から爆発させた。
ピキピキピキッ!とひび割れ膨れ上がった右腕は耐え切れずに粉々に砕け散った。後には木の檻に守られたまぼろし茸が残されていた。
「これで・・・終わったのか、そうだサフィ!」
「ううっ・・・やりましたねクロウさん。やっぱりクロウさんは凄いですね」
騎士を解除すると、地面に転がるサフィは僕を賞賛してくれた。しかし、騎士と一体となっていた所為か、腹部に酷い怪我をしている。
「しっかりしろ!早く帰って手当てをしないと!」
「・・・ダメ、ですよ?クロウさんは早くシズちゃんの所に行って下さい。今ならまだ時間が有ります。私なんか放っておいて下さい」
「駄目だ。そんな事、出来ないよ!」
「いえ、いいんです。私はジャックに騙されてたとは言え、クロウさんを利用しました。エグゼクレス様を助けられないのは残念だけど、それはクロウさんになら任せられます。ですから・・・」
サフィはすぅっと目を閉じると、気を失ってしまった。どうする?サフィの言う通り今から僕だけ『渡り』で移動すればすぐに町まで戻れるだろう。
でも、それにはこのまま彼女を置き去りにするしか無い。ポーションで辛うじて命を繋ぎ留めている様だが、血が止まらない。このままじゃいずれサフィも・・・
「くっ、どうしたらいいんだ」
一刻の猶予も無い。途方に暮れながらも僕は一つの決断をした。サフィを担ぎ上げると、
「サフィ、頑張って!絶対に助けるからね!」
「・・・」
返事は無い。少しでも彼女の負担を減らしながら洞窟の外を目指す。シズにはドリー先生がついている。もってあと2、3日と先生は言っていたんだ。まだ時間はあるはず!
洞窟内の魔物は多くは無いが、それでも僕の行く手を塞いでくる。攻撃を避けならが、魔物の間を何とか抜け洞窟から出る頃には傷だらけになっていた。
「はぁ、はぁ。あとは庭まで送り届ければ・・・」
「クロウ君らしい選択だよね」
「え?ラプラス?!どうしてここに?」
「もちろん、助けに来たよ。あとは私に任せてね」
洞窟の前には黒猫がおり、僕が出て来るのを待っていた。
「さあ、私につかまって。サフィちゃんを落とさないようにね」
「あ、ああ。頼むよラプラス」
彼女の小さい背中に手を置くと、ラプラスを中心に魔法陣が描かれ、光が溢れ出す。白い光に包まれ、次に目に入って来た光景は、見慣れた魔女の庭だった。
「はい到着~。さあ、サフィちゃんをベッドに寝かせて居いてくれるかな?」
「一瞬で・・・あ、うん。分かった」
傷ついたサフィを寝かせると、ラプラスが
「クロウ君、こっちは私達に任せておいて。君はシズちゃんにそれを早く届けておいでよ。時間が無いんでしょ?」
「時間・・・そうだ。ラプラス宜しくね」
「任せてよ!シズちゃんに宜しくね」
魔女の庭から町に移動すると、僕は急ぎシズの元へ向かった。すでに深夜だが、僕が町を出て2日も立っている。ドリー先生を信頼しているが、急ぐに越した事はない。息を切らしながらシズの部屋へと辿り着くと、
「先生!シズは?!」
「おお!クロウ!帰ってきよったか?!安心せい、まだ大丈夫じゃ」
「間に合った・・・ドリー先生、これを、まぼろし茸です」
僕はリュックからまぼろし茸を取り出し、先生に手渡す。未だに淡白く光を放つまぼろし茸は触れているだけで体に力が漲って来る。ドリー先生もそれが分かるようで、
「おお、なんと。これがまぼろし茸。やはり実物はこんなにも素晴らしい力を秘めておるのか。どれ、さっそく治療に取り掛かろう」
「うん。お願いします」
ドリー先生はまぼろし茸をあれやこれやしている。素人の僕には何をしているかは全然分からないが、次第に白く煌めくポーションを作り出すと、
「完成しだぞ。これを飲めば!さあ、クロウお前が飲ませてやるんじゃ」
「うん!」
ポーションを受け取った僕は、苦しそうに寝ているシズをゆっくり起こすと、
「シズ。これを飲むんだ。これで元気になるぞ」
「・・・う・・・コク、コク、コク・・・」
少しずつ口に含ませたポーションがシズの体内へと吸収されていく。何とかすべてを飲み終えると、先ほどまでの苦しそうな表情が和らいだ気がする。次第に顔色も良くなり血色が戻って来た。
「シズ・・・」
「・・・う、ん・・・おにいちゃん?」
「シズ!良かった目が覚めたのか?!」
「おお!その様じゃな!」
僕とドリー先生は喜び、シズを力強く抱きしめた。
「ちょ、ちょっと!痛いよ。お兄ちゃんも先生も落ち着いて!」
「落ち着けるもんか!お前、死にかけたんだぞ!?兄ちゃん達がどれだけ心配したか」
「そうじゃぞ。クロウがまぼろし茸を持って来てくれたんじゃ。元気になって良かったわい」
「ええ、そんな事があったの?私、今凄く調子が良いの!全然苦しくないよ?」
あっけらかんとするシズを見て、僕は涙が止まらなかった。やっと、やっとシズが元気になったんだ。今日くらいは一杯泣いても良いよね?
「本当に良かった。シズ」




