第29話 その人、誰?
「待っててね、か・・・もうクロウさんも心配性なんですから」
私だってそれなりに常識があるんですよ。一人で勝手にどこかに行ったりなんか・・・
「ん?クンクン・・・はぇ~何ですかこの美味しそうな匂いは・・・クンクン、はぁ~こっちから・・・クンクン、クンクン」
甘い香りに誘われて、硬い意思を持っていた少女は、いとも簡単にその場を離れた。以前は王族でも質素な王宮で慎ましい生活を送る国柄だったのだが、最近は教皇や兄弟たちは贅沢な生活を送っていた。サフィは変わらず質素な生活を続けていたが、いつも羨ましい気持ちを抑えていたのだった。
「ここですね・・・なんて、なんて美味しそうな食べ物が沢山!」
サフィが辿り着いたのはお菓子を扱う店だった。甘ったるい、それでいていつまでも嗅いでいたい甘美な匂いが充満している。
「じゅるるる・・・美味しそう・・・」
「ん?何だいお嬢ちゃん?買い物か?」
「え?あ、はい・・・」
お菓子を見ていたら店員のおじさんが声を掛けて来た。お菓子を見に来たり、買い物に来る人の扱いに慣れているのだろう。物珍しく見ていた私に優しく声を掛けてくれた。
「どうだ、美味しそうだろ?何が欲しいんだい?」
「あ、でも私お金が無くて・・・」
「ん?買い物に来たんじゃないのか?申し訳ないけど、お金が無いんじゃ・・・君、もしかして冒険者なのか?だったらウィッチヤードの森でハニービーのハチミツを取って来てくれないか?」
「魔物のハチミツですか?」
「ああ、つい在庫を切らしちまってな。持って来てくれた分だけ代金を支払うよ。そのお礼にケーキでもお菓子でも何でも持って行ってくれて構わないよ?どうだい?」
サフィはおじさんの甘い誘惑に、
「分かりました。引き受けます!任せて下さい」
「おお、そうかい、それは助かるよ」
サフィは急いでギルドに駆け出した。クロウとの約束を思い出したのはギルドの前で私を探す彼を見かけた時だった。
「あ!?サフィ!もう、ここに居てねって約束したじゃないか!どこに行っていたんだよ」
「えへへへ、ごめんなさい。つい・・・」
「ついって、心配したんだからな・・・もう、それで?何かあったの?」
「うん、実は美味しそうなお菓子屋さんを見つけてね。そこのおじさんに依頼を頼まれたんだけど・・・手伝ってくれない?」
「もう、食いしん坊なんだから。言ってくれれば買ってあげたのに」
「ううん、私も自分でお金を稼いでみたいの。いつまでもクロウさんに頼ってばかりじゃ申し訳ないし!でも、まだ一人じゃ不安で・・・」
サフィはばつが悪そうにしながらも、そう申し出て来た。彼女なりに考えての事だろう。
「そっか。良いよ。けど、自分の立場をもう一度しっかり自覚しようね?」
「ううっ、ハイ」
「じゃあ、ちょっと寄り道してからウィッチヤードに戻ろうか?今から行けば夕方には間に合うだろうし」
「はい!ですが寄り道ですか?」
「うん。妹にちょっと会いに行こうと思ってさ」
「あ!そうでした。楽しみにしていたんですもんね・・・私の所為で・・・」
「ああ、大丈夫だよ。またすぐに会えるしさ。じゃあ行こうか?」
「ハイ」
僕はサフィを連れてシズの居る建物を訪れた。警備の方に挨拶をすると、シズの部屋へと向かった。
コンコンコン、
「シズ?開けるぞ?」
「あ、はーい。空いてるよ」
「シズ元気か?カレラさんもご無沙汰してます」
ガチャリと開けた部屋には妹とお隣さんのカレラさんが楽しそうにお茶をしていた。2人はこちらを見ると、驚いたように
「お兄ちゃん?その人誰?まさか!?!?」
「これは・・・サニーさんに報告しなくては・・・」
「???ああ、彼女はサフィだよ。冒険者仲間!ね?!」
「あ、ハイ!クロウさんにお世話になっています。サフィです」
2人は顔を見合わせて、
「なーんだ、それもそうか。お兄ちゃんだもんね・・・」
「パーティを組んだんですか?サニーさんからはお一人で活動していると聞いていましたが・・・」
「まだパーティを組んだ訳じゃないんだ。助け合ってるって感じかな?」
「そ、そうです。私、まだ駆け出しで、色々と勉強させてもらってるんです」
「ふーん」
何とかシズ達の誤解を解いた僕は、お見上げのお肉と、魔草ダソナをシズに渡しながら、最近の様子を聞いた。シズの体調は良い様で、カレラさんともこうやって仲良くやっている様だ。
「そうそう、シャルルもここに来てからスクスク元気になったの」
「うおッ!本当だ。随分大きくなったな」
此処に来た時は窓の淵に置いていたシャルルは、シズの背丈と同じ位大きくなっていた。そのため、鉢を大き目の物にして床置きにしたそうだ。
「カレラさんに手伝って貰って助かったの。この大きな鉢も可愛いでしょ?」
「ウチに余っていた鉢なんです。使い道が無くて困ってましたが、シズちゃんが喜んでくれて良かったです」
「そうだったんだ。ありがとうございます」
「ところで、サフィさんはどこでお兄ちゃんと知り合ったんですか?」
「えーっと、その森で偶然・・・」
「ウィッチヤードの森ですか?低ランクなのにあんな恐ろしい森に行くなんて余程の事があったんですね・・・」
「ええ、ハイ・・・」
ええ、ええ。出会いは偶然でしたね。目的は僕の捕縛でしたけどね。シズ達はサフィを交えて何やら楽しそうだが、そろそろ仕事に戻らねば。
「はいはい。お話はその辺で、サフィも仕事が残ってるでしょ?」
「あ、そうでした。シズちゃん、カレラさんお話楽しかったです。また今度遊びに来ても良いですか?」
「うん。たくさんお話しようね」
「ええ、気を付けて下さいね」
「ハイ!じゃあ、お邪魔しました」
女性同士の会話がとても楽しかったのだろう。部屋を出た僕らはブリオの店を目指して移動したが、サフィの足取りはすごく軽そうだ。
「クロウさん、今日はありがとうございます。とても楽しかったです」
「良かったね。でも自分で取って来た仕事はちゃんとやろうね?」
「ハイ!じゃあ、早く帰りましょう!」
「はいはい」
ブリオの店に着くと、早速ウィッチヤードの庭に戻った。サフィがお願いされたハチミツを作るハニービーは南に多く生息する蜂の魔物だ。
「ここからそう遠くない所に大きめの巣があったから、そこを目指そうか」
「クロウさんはこの森の事を良く知っているんですね!流石『番人』です!!」
それ程でも・・・あるか。最近は魔物の分布なんかも大体把握出来るようになったし、お陰で貢献度もたんまり溜まってきた。
まだ新しいスキルは出てこないから、メーテルに訓練を付けて貰おうかな。どうやら今後この森から離れる事も増えそうだし。僕自身もサフィに負けないようにもっと強くならないとな!
「よし、行こうか?」
「ハイ!」
僕らは一路ハニービーの巣を目指した。出会う魔物は案内する僕が先回りして倒してしまう。サフィの騎士も強いが、僕が倒す方が速い。それに、
「見えた。あれがハニービーの巣だよ」
「これが・・・大きいですね!」
太い木々を何本も巻き込む様に巨大な蜂の巣が見える。僕らの頭程の大きさのハニービー達がブンブンと音を立てて飛び回る光景は、初めて見るサフィを圧倒しているようだ。
「ハニービーは、そんな獰猛じゃ無いんだけど、巣を襲う外敵には攻撃をしてくるからね!上手く捌くんだよ?」
「分かりました。頑張ってみます」
ハチミツ取りはサフィに任せた。これも彼女が言い出したのだ。僕は後方で万が一が無いようにサポートに徹する為、木の中に潜伏した。
どうやってやるかお手並み拝見と行こう。
「よし!」『ガードウォール』!『ガーディアン』!
なるほど、サフィはガードウォールで木の壁を作りハニービーから身を守った。しかも屋根の有る通路の様な形で安全な道を作ると、騎士を召喚して、中から巣を壊そうとしている。
巣への攻撃に周囲のハニービーは羽音を強く鳴らし威嚇するが、頑丈な木の通路に遮られていた。
「大丈夫そうですね。じゃあやっちゃって下さい!」
安全な事を確かめたサフィの指示に従って、騎士が木の剣で強固に固められた巣をガシガシと削り出した。
それに反応するようにハニービーの攻撃も激しさを増す。強力な顎で木を削り始めると、サフィを守っている壁が次第に穴が開き始めた。
「うっ!これは不味いかもですね。でも、これなら!『ガードウォール』!」
どうするのかと見ていたら、何と最初の通路に沿って外側に新しい壁を出現させた。その結果、
ブチッ!ブチッ!ブチッ!っと壁に群がったハニービー毎、壁で挟み潰したのだ。
『ひぇ~恐ろしいぃ・・・可愛い顔してやる事がエゲツ無いよ』
ハニービーの侵攻を防ぎつつ、さらに頑丈な防御を作り出したサフィは、
「さぁ。ナイトさん。お目当てのハチミツはすぐ其処です!ジャンジャン破壊して下さい!」
サフィの声援に応えるように巣の底を破壊すると、割れた巣の壁からキラキラとしたハチミツが甘い香りを放ちながら流れ出た。
「あ!勿体ない!器、器!ウ~ン、凄く美味しそうですね。もう少しだけ貰いましょうか」
サフィは慌てて容器を取り出すと、零れ落ちてくる黄金のハチミツを回収する。その香りは周囲にも強く漂っていた。
「サフィ、大丈夫そう?」
「ええ、見て下さい。いっぱい取れましたよ!これならおじさんも喜ぶはずです!」
「うん。じゃあ、そろそろ撤退しようか。あんまり長くいると―」
『木々の囁き』が大きくなって来た。どうやら甘い香りに誘われた魔物が増えているそうだ。この蜜の入手難易度は高い。そもそもハニービーに守られている事に加えて、この蜜を求めて魔物が近寄って来るのだ。こうしている内にも、
「げぇ!ホーンベアだ・・・それにあれは蟻?!」
角の生えたホーンベアとは別に、巨大な顎を持つ大きな蟻の魔物-ジャイアントーが群れを成してこちらに迫って来るのが見える。蟻の群れは周囲の魔物を蹴散らしながら一直線にここを目指している様だった。
サフィが急いで、逃げる準備をしていると、一匹のジャイアントがすぐ後ろに迫っていた。大きな顎を打ち鳴らしサフィを威嚇している。
ガチガチガチ!!
「サフィ!」
僕は咄嗟にジャイアントの傍に『渡る』と木から飛び出し短剣を振るったが頭はとても固く、ガチンっと音を立てて弾かれてしまう。
「そんな?!硬すぎだろ?!うわぁっ!!」
頭を振り、しがみつく僕を振り落としたジャイアントが僕目掛け、大きな顎で攻撃をしてくる。避けた僕の代わりに太い木の幹を噛み砕く巨大蟻は、再び僕の姿を捉えると、ガチンガチンっと、続けざまに攻撃を仕掛けて来た。
「速いけど、そんな単純な攻撃なら!」
僕は木に『同一化』してその場を離れる。目標を見失った蟻は触覚をぴょこぴょこ動かしいて探している様だが・・・
「ここからなら!」
ジャイアントの頭上から真下に飛び出した僕は、今度はしっかり魔力を纏わせた短剣で頑丈な頭を攻撃した。先程とは違い、するっとした感触で頭を貫いた短剣はそのまま顔を真っ二つに切り裂いて、ジャイアントを絶命させた。
「よし・・・サフィ、逃げるぞ!」
「は、はい!でも、凄い数ですね・・・これは不味いですよ」
「そうだね。流石にあの数を2人で倒すのは大変だよ。さあ!」
僕らは風下を選んでその場を何とか離れた。後ろでは、蜂に、熊に、蟻の群れが戦っている様だ。
「ふう、なんとか巻き込まれずに済みましたね」
「サフィ、ハチミツは念のため、僕のマジックバックにしまうよ。匂いが漏れるとまた魔物が寄ってきそうだ」
「そうですね。お願いします」
こうして、僕とサフィは魔物に追われる事無く魔女の庭へと戻って来た。
「お帰り。クンクン・・・甘い良い匂いだね!ハニービーのハチミツでしょ?」
「ただいまラプラス。目ざといな・・・そうだよ。欲しいの?」
「くれるの?うんうん、やっぱりクロウ君は良い奴だよ。やったぁー!」
「だってさ。いいかなサフィ?」
「はい。いっぱい取ってきましたから」
ラプラスに御裾分けすると、町に舞い戻った。もうじき夕方であったが、
「なんだって?!もうハチミツを取って来てくれたのか?!まさか一日も掛からないとは・・・」
「えへへ、これだけあれば足りますか?」
「ああ、助かったよ。これで明日からも美味しいお菓子が作れる。ほら、これハチミツの代金だ。ありがとう」
サフィはお金の入った袋を両手で受け取ると、凄く嬉しそうにしていた。初めて自分でお金を稼ぐ喜びを感じたとか、そんな事を言っていた。加えて、
「そうだ。余り物で良ければ、お菓子でもケーキでも何でも持って行って良いよ」
「ええ?良いんですか!?やったぁー!・・・あ、嬉しくて、つい・・・」
「ふははは、喜んで貰えて光栄だよ。さあ、どうぞ」
店主に促されて、目を輝かせながらお菓子を選ぶと、おじさんにお礼を言って店を出た。
「クロウさん、今日はありがとうございました。もし良ければ、シズちゃんにこれを渡しに行っても良いですか?」
「ん?シズに?良いんじゃない?喜ぶと思うよ」
「私もそう思います。なら早速行きましょう!」
サフィは僕の手を引いてシズの部屋へと駆けだした。甘い香りを纏う彼女の背中を僕は追いかけた。
これは・・・女子会の予感!




