家庭菜園における領土確定と妥協点についての一例
暇つぶしがてらの庭いじり。
思ったより、スムーズにはいかない感じです。
子供も独立し、庭に設えていたブランコと物置を撤去しました。
さして広くもない庭でしたが、見晴らし良くなり、寂しい気分も多少まぎれました。
が、見晴らしが良過ぎます。
殺風景と言っていい。
そうだ、木を植えよう。
そんな流れで、庭に柚子の苗を植えようとしたときの話です。
敷地の良さげな場所にスコップを入れたところ、生け垣の陰から体長10センチくらいのミノムシみたいなのが出てきて、まかりならんと主張してきました。
ミノムシは、自らを「ミヤシタノモリ」と称し、土地の使用に関しての権限を主張してきました。
この地に移り住んで、幾星霜・・・原住民との初めての接触です。
根拠不明ながらも、知的存在からの呼びかけですから、無碍に無視するのも憚られます。
とは言え、私も50年以上前に購入した家に付いてきた庭です。
権利書もきちんと保管しており、登記の段階でも使用制限を示す文言は無かったと記憶しています。
売買契約的には、土地の所有権は私にあると考え、それをミヤシタノモリ・・・面倒なのでノモリさんにしましょうか・・・に、伝えました。
ノモリさん曰く、この地は遠くノモリさんのご先祖が、ある功名を建てた際に、シュジョウ様より賜ったとの事。
土地の所有者を僭称したフドウサンヤより購入したとの申し出は、そもそも権利を持たないフドウサンヤの不徳なる契約の問題であり、無いものの売買は無効であるとの事でした。
要は、私が不動産屋を介して購入したことで発生している土地の所有権ですが、そもそも、不動産屋が所有できていなかったのだから無効であるって事の様です。
なるほど、一理あるロジックと見えます。
しかしながら、ノモリさんは私がこの地を所有してより半世紀、その間に一切の管理行動を示さずにここまで来ました。
いまさら所有を申し出て、こちらの柚子の苗の植え付けに異を唱えるのは、いささか無責任というモノではないか?
と、考えて、伝えてみました。
これまでも、庭でトマトの家庭菜園をしてみたり、朝顔を育てたり、ブランコを作ってみたりしたものでしたが、特に干渉してこなかったのは、こちらの行動を黙認している・・・つまり、私の所有を追認していたと見なせるのではないか?
と、申し立ててみたのです。
ノモリさん・・・主権者たる自分がまかり出た時点での勝利を疑っていなかった様子で、ココまで強硬な反論を想定していなかったみたいです。下々からの思わぬ反撃に怒りのあまりプルプル震えています。
きっと、人間だったら口をパクパクしながらも、言葉にならないって状態みたいです。
しばらくの沈黙を経て、やっとノモリさんは言葉を発しました。
曰く、それは違う。
確かに我らはお前らが何かしていたことは承知していた。しかし、それは我の権限に抵触するものでは無いと見なしていた。
お前は、庭木に作られた蜘蛛の巣を見つけるたびに、蜘蛛を訴追するのか?
我らがしたのは追認にあらず。
単に、所有に疑義が生じる行為とみなしていなかったのみ。と。
トマトはともかく、苦心の作であるブランコまで蜘蛛の巣扱いは、なかなかに心外ですね。
そんな事情も絡んで、ちょっと意地悪になった私は、一旦部屋へ戻り土地の権利書を持ってきました。
それをノモリさんの眼前にかざしつつ、私の所有の正当性を再度伝えました。
第三者たるお役所が発効した正式な書式の書類です。
文句があるなら言ってみろってなもんです。
口の減らない(口が何処かは分かりませんが・・・)ノモリさんも、書類と言う物証には一定の権威を認めた様です。
単なる口約束では無く、対価を支払う事で生じた権利を明確に示す証文を前に、自ら奉じる権威が通用しないらしい現実にショックを受けている様子です。
ノモリさんは主張します。
そもそも、我らがこの地を統べるはシュジョウ様がお認めになった由。
フドウサンヤとやらに如何なる所以が有ろうとも、所詮は下々の飯事遊びよ。
日ノ本六十余州を遍く統治されるシュジョウ様のお言葉の前に比するべくもないわ。と。
私は問います。
では、そのシュジョウ様が権威ある方と仮定して、そのお言葉とやらが確かにあったと証明できますか?
先ほどからのお話、頭から思い返してみても、貴方の言葉以外になんの証もないでは無いですか?
・・・まさかとは思いますが、貴方の騙りで無いとも言えない状況ですよ?と。
ノモリさん・・・ピョンピョン跳ねだしました。
どうも、かなり怒っている様子です。
証?証とは何だ?
誇り高き一族の末に対して、騙りを疑うとは何事か!
不敬不遜も極まっておるぞ!
・・・ココまでの侮辱は嘗ても覚えが無いわ!
無礼が過ぎるぞ下々!
事と次第によっては一族郎党うち集って討滅してくれん!
跳ねながら怒鳴るノモリさんに私は続けます。
ですから、そういう荒事にならない様に、身の証を立ててくださいって言ってんです。
貴方は権威を翳してこちらを威嚇しているつもりなのかも知れませんが、傍から見ると図星を突かれて慌てているのを怒鳴り声で誤魔化しているようにしか見えませんよ?と。
コチラの指摘にノモリさんも、自らの醜態に気が付いた様子・・・ちょっと落ち着いたのか跳ねるのを辞めて口にします。
将に正しく、将に正当に、将に正義にかなった我に対して、その正当性の証を立てよとは・・・おぬしが言っているのは、流れる水をすくったひしゃくの中身が水であることを疑うようなものだぞ?
シュジョウ様の郎党として長年勤めた我らが一族の、いったい何を怪しむというのか?
私は角度を変えて話してみます。
では、私もシュジョウ様にお会いしたことがあり、その席でこの土地の権利の墨書きを戴いたのですよ。って話したら、どうですか?
ノモリさんは、論外とばかりに返します。
その様な話、聞いたこともないわ。
そもそもシュジョウ様の様なやんごとなきお方が、おぬし如き下賤のモノと言葉を交わすどころか、同席するなど考える事すら不敬である。
有り得ん事だ。
虚言もほどほどにせい。
私は答えます。
何をもって、あり得ん事なのですか?なんら証も示さずに言葉のみでの主張は、貴方と同じですよ?
・・・貴方、本当にシュジョウ様にお会いになった事がおありで?
ノモリさん・・・ちょっとゴニョゴニョ言い出しました。
お姿を拝見したことは・・・しかし、先の大戦の折には、逆賊ササハマノモリ討伐の詔に応じてシュジョウ様の陣へと参じたぞ。
おっと、何やら話が大きくなってきましたね。
先のオオイクサって何ですかね。
ちょっと突っ込んで聞いてみる事にしたところ、ノモリさんにとっても自慢らしく語ってくれました。
事の発端は、シュジョウ様の発したテンカタイヘイ ソウゴフセンのミコトノリだったそうです。
己が欲望のままに寸土を奪い合い、ただただ武威をもって己を示すモノ達の有り様に、慈悲深きシュジョウ様は心を痛めていたそうです。
ある時、思慮深きシュジョウ様は、天下万民に安寧を齎すべく、オン自らのお声をもって勅を下されたとの事。
それが、テンカタイヘイ ソウゴフセンのミコトノリだそうです。
当初は従う様子も無かったモノ達でしたが、シュジョウ様のいと気高きお心に触れ、余りの尊さに感服し、ひれ伏す流れになったとの事。
群雄割拠していた勢力も、ミヤシタノモリさんをはじめ、近郷近在のみならず多くのモノ達は詔勅に従い、結果、この地域は平和が訪れたとの事。
ところが、東のクボウに唆されたササハマノモリは突如としてミコトノリよりの離脱を宣言。
一族や流れをくむオオクボノカミやイワシタノカミなどと共謀して、周囲への侵攻を開始したのだそうです。
そこで、時のシュジョウ様は、臣下の窮状を憂いてササハマノモリ討伐の宣下をされたとの事。
ご下命に応じて宮中へと参集するミヤシタノモリさんたち。
一族郎党引き連れて、たなびく旗指物は秋の河原の薄よりも多く林立し、軍勢は雲霞のごとし。
傘下の集結を待ってシュジョウ様自らが神輿に乗ってご出陣あそばされ、そのことによってミヤシタノモリさんたちの戦意も夏の入道雲の様に高々と上がったとの事。
で、逆賊ササハマノモリの軍勢を鎧袖一触で叩きのめし、賊将を悉く打ち取って、賊地を須らく焼き払って見せたのだ。
その大戦に、我も参加した功により・・・シュジョウ様の副官の補佐役殿より大太刀を賜った。とのこと。
朗々と語るノモリさん。
・・・なんだか、だんだん元気がなくなってきます。
ノモリさんは続けます。
逆賊を滅して、ノモリさんたちはついに平和の世に生きる事が出来た。
が、時を経るに従い、だんだんとシュジョウ様の威光にも陰りが見え始めたとの事。
ノモリさんは語ります。
謀が露見した東のクボウが、自棄になって侵攻してくることを警戒していたノモリさんは、ある日、東のクボウの勢力が消えて無くなっていることを探知したそうです。
仇敵の消失に、喜びに包まれたのもつかの間、クボウの地はカイハツに占領されて侵入不能になってしまったそうです。
それそのものを目にしたモノは誰もいないものの、カイハツは確かに存在しているとの事。
美しく曲線を描いていた道は、意味もない真っすぐなモノへと造り変えられ、草の繁茂した豊かな川沿いの土手はコンクリートと言う石で不毛の地へと変貌したとの事。
それに留まらず、水を湛えた沼は埋められ、見上げた丘は削られて無くなってしまった。
当然、イケハタノモリやオカスソノモリ達も本貫地を失って離散。
次々と消えていった。
軌を一にするように、シュジョウ様の御威光も急速に衰え、季節一回の祝賀の宴は行われなくなり、勅使様も訪れなくなった。
・・・かつて、見渡す限りそうだったミヤシタノモリさんたちの領地も、今は見る影もなく減ってしまったとの事です。
私は、考えました。
この緩やかな衰退を続けるノモリさんは、何故、今、私に接触してきたのか?
カイハツが開発と言う意味なのだとしたら、宅地造成を経たこの地もカイタクに呑み込まれているのではないか?
私は、ノモリさんに聞いてみました。
そんな、危急存亡の真っ最中に、なんだって柚子の苗木に文句を付けに来たのだ?と。
ノモリさんは答えます。
柚子は譲るに、植えるは飢えるに通じる。
我らはもはやこの地を譲っては立ち行かぬ。
飢えるに任せれば、いずれ遠からず我らも失せる事だろう。と。
私も鬼ではありません。
ココまで聞いては、植樹を強行するのも憚られます。
が、柚子の苗木は、もう買ってきてしまっています。
私の横で、植えられるのは今か今かと待っている状況です。
ちょっと、植える気が無くなったんで・・・などとしてしまうと、今度は柚子の始末がつかなくなって今います。
かと言って、あの話の後に無邪気に庭に植えたとして、いずれ実が成った時に毎回この話を思い出して苦い思いをしちゃいそうです。
つまり、ノモリさんの思いには応えたいが、柚子を廃棄するという選択も出来ないわけです。
私は一つの提案をしてみました。
それは、柚子を鉢植えにする事です。
これなら、土地に直接植える訳では無いので、影響も少なく済むのではないか?
ノモリさんは難色を示します。
それは詭弁だ。
この地に柚子が植わった状態で存在する事が認められんと言っている。
それが枝葉を伸ばせば、我らの地が陰り・・・我らの血は遠からず失われるだろう・・・。
私は返します。
地が陰って飢えちゃうんなら、代わりにこの柚子が実ったら最初の実は進呈しようじゃないか。
この地で実を成した果実なのだから、きっと君たちにも益になるだろう?
わたしも、大概、言葉遊びに毒され始めたみたいですね。
ノモリさんは、不安を口にします。
確かに、成した実は我らを一時的には救うだろう。
だが、日々伸びていく柚子の枝葉は、我らの地を陰で侵略していくだろう。
一度きり命を繋いだとて、それが何になろうか・・・。
なんて、マイナス思考なんだ!
年取ると弱気になるって、本当なんだな・・・私も気を付けよう。
私は、さらに譲歩する事にしました。
では、実が成る様になったら、以降、毎年、その年最初の実を君たちのものとしようじゃないか。
つまり、此れから成る最初の実の権利を君らが有するって事だから、この柚子の一部は君たちの所有物・・・つまり、この柚子は共有財産と言う訳だ。
それに、鉢は八・・・つまり、末広がりで繁栄の証だ。
繁栄の証に根を張る柚子が齎す実なのだから、身の繁栄も担える事だろう。
そうなれば、いくら枝葉が張っても大丈夫だろ?
それらは、君らのモノでもあるのだから・・・。
ノモリさんは、少しの間、逡巡して見えましたが、答えました。
なるほど、それならば、共栄の道も探れよう。
そもそも、争いごとはシュジョウ様もお望みでは無い。
これより、この地、この柚子を我らの共有財産として守護する事としよう。と。
わたしは、ホームセンターへ取って返して少し大きめの鉢を購入してきました。
中に土を込めて、柚子の苗木を差し込みます。
その際、植え込みの陰にはチラチラと小さな影が見え隠れしていました。
どうやら、ミヤシタノモリさんの一族郎党が協力に来ていたみたいです。
・・・まあ、なんの作業も分担してくれたわけではありませんが・・・。
植え終わり、予定の位置へ鉢を動かすと、その陰からミヤシタノモリさんが出てきます。
これより、この鉢を領地として守護を行う。
そう宣言する後ろには、二回りほど小さなミノムシが・・・。
ミヤシタノモリさんは、言います。
この者が、専任でこの鉢を守るものである。と。
その名は、ユズノモリさん。
ああ、柚子ノ守か・・・単純なモノです・・・。
着実に現代風に開発が進むこの世界には、時代に取り残される存在が散在しているらしいです。
多くは、ただ、時間の流れに吹き散らされて消えてしまいます。
でも、中には妥協点を模索して、右往左往するモノ達の居るものです。
大概は、今までの経緯から被害妄想全開なんですが、話してみると意外と良いやつだったり・・・。
口頭で交わされる収受による土地所有の形と、法規によって交わされる契約による土地所有の形。
異なる価値観って、併存しにくいですよね。
だから、お互いのルール外の部分で、落としどころを探してみたいものです。




