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追放令嬢の辺境スローライフ〜精霊に愛された手料理で大地を豊かにしたら、無愛想な次期辺境伯の胃袋を掴んで激しく溺愛中!〜  作者: 黒崎隼人


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第5話「荒れ地で味わう木漏れ日の弁当」

 朝日が灰色の雲に遮られ、辺境の空は重苦しい鉛色に沈んでいた。

 吹き抜ける風は冷たく乾燥しており、肌に触れるたびに微かな砂埃のざらつきを残していく。

 今日、ガウェインとアレクセイは領地北部の視察へと向かうことになっていた。

 北部は魔獣の生息域に最も近く、瘴気の淀みが特に濃い危険な地帯だ。

 出立の準備で慌ただしい中庭には、数名の護衛の騎士たちと頑丈な馬車が待機している。

 リリアーナは厨房で、彼らが道中で食べるための食事作りに追われていた。

 冷え切った調理台の上には、硬く乾燥したパンと、塩気を強く効かせた保存用の干し肉が置かれている。

 通常、視察や討伐に向かう者たちの食事は、この干し肉をかじり、水で流し込むだけの味気ないものだった。

 少しでも温かく、疲れた身体を労わるものを食べてもらいたい。

 リリアーナは包丁を握り、硬いパンを薄く切り分け始めた。

 表面は石のように硬いが、刃を押し込むようにして丁寧にスライスしていく。

 次に、干し肉を細かく刻み、昨日残しておいた野菜の切れ端と共に小鍋で煮込んだ。

 少量のワインと香草を加え、水分が飛んでとろみがつくまでじっくりと火を通す。

 肉の臭みが消え、食欲をそそる濃厚な香りが厨房に広がっていく。

 出来上がったペースト状の具材を、薄く切ったパンの間にたっぷりと挟み込んだ。

 パンが具材の水分と油分を適度に吸い込み、硬さが和らいで食べやすくなるはずだ。

 さらに、保温性の高い革袋の二重構造になった水筒に、熱々に熱した野菜のスープをたっぷりと注ぎ込む。

 すべての準備を整え、大きな木箱に丁寧に詰め込んだリリアーナは、重い箱を抱えて足早に中庭へと向かった。




「……これは?」


 馬車に乗り込もうとしていたアレクセイが、リリアーナの差し出した木箱を見て不思議そうに目を細めた。

 ガウェインも馬の手綱を引きながら、興味深げに覗き込んでくる。


「道中のお食事です。少しでも、温かいものを召し上がっていただきたくて……」


 リリアーナは視線を伏せ、緊張で指先をきつく握りしめながら答えた。

 侯爵家では、勝手な真似をしたと叱責されるのがオチだった。

 しかし、アレクセイは無言で木箱を受け取ると、その重みと微かに伝わってくる温かさを確かめるように大切に抱え込んだ。


「感謝する。大事にいただく」


 短く、しかし深く響くその声に、リリアーナはほっと安堵の息を吐き出した。

 ガウェインも大きく頷き、リリアーナの頭を優しく撫でる。


「リリアーナ嬢の飯が食えるなら、過酷な視察も楽しみになるというものだ」


 騎士たちも期待に満ちた視線を向け、中庭の空気が少しだけ明るく和らいだ。

 一行が出発するのを見送りながら、リリアーナはどうか無事に帰ってきてほしいと心の中で強く祈った。

 ルークが彼女の肩に止まり、慰めるように淡い光を放っている。

 馬車の車輪の音が遠ざかり、砂埃が風に流されていくのを、リリアーナはいつまでもその場で見つめ続けていた。




 領地北部の風景は、絶望的なまでに荒廃していた。

 見渡す限りの大地はひび割れ、生命の気配は微塵も感じられない。

 空気はどろりと重く、焦げたような瘴気の匂いが鼻の奥にこびりついて離れなかった。

 太陽は厚い雲の向こうに隠れ、薄暗い影が延々と続く大地を覆っている。

 視察を続けるアレクセイたちの顔には、疲労と重苦しい疲弊の色が濃く滲み出始めていた。

 瘴気に当てられ続けることは、ただ立っているだけでも体力を奪い、魔力を削り取っていく。

 昼を少し過ぎた頃、風を避けるための巨大な岩陰で小休止を取ることになった。

 騎士たちは重い鎧の音を響かせて地面に座り込み、深く荒い息を吐き出している。

 アレクセイはリリアーナから預かった木箱を慎重に開き、中に入っていた布包みを取り出した。

 包みを開くと、パンに肉のペーストを挟んだサンドイッチが綺麗に並べられていた。

 革袋の水筒からは、まだ温かいスープの香りが漂ってくる。

 ガウェインと騎士たちにそれぞれの分を配り、アレクセイ自身も一つ手に取った。

 一口かじりつくと、具材の旨味を吸って柔らかくなったパンの食感と共に、肉と香草の深い味わいが口の中に広がった。

 咀嚼して飲み込む瞬間、冷え切り、こわばっていた胃の腑に温かい熱が落ちていく。

 それはただ空腹を満たすだけの食事ではなかった。


「……おお」


 ガウェインが目を見開き、感嘆の声を漏らした。

 騎士たちも一様に驚きの表情を浮かべ、次々とサンドイッチを口に運んでいる。

 瘴気に当てられて重くなっていた身体の芯から、清らかな泉が湧き出すような感覚。

 削り取られていた魔力が急速に満ちていき、疲弊しきっていた筋肉に新たな活力が巡り始める。

 アレクセイは革袋からスープを口に含んだ。

 野菜の甘みが溶け込んだ熱い液体が喉を通ると、肺に溜まっていた重苦しい瘴気の残滓が、文字通り浄化されて消え去っていくのが分かった。

 息を吸い込むのが格段に楽になり、視界を覆っていた薄暗い靄が晴れていく。


「信じられん……まるで、最上級の回復薬を飲んだかのようだ」


 一人の騎士が震える声でつぶやき、両手で自分の身体を確かめるように触れた。

 その言葉は決して大げさではなかった。

 リリアーナの料理には、食べる者の魔力を底上げし、瘴気を浄化して疲労を完全に拭い去る規格外の力が込められていたのだ。

 アレクセイは手の中にある半分のサンドイッチを見つめた。

 過酷な環境の中で、これほどまでに美味しく、そして温かい食事に出会ったのは初めてだった。

 王都から追放され、この最果ての地に送られてきた細く小さな少女。

 彼女の指先が作り出すものは、この絶望的な辺境の地に光をもたらす奇跡そのものだった。

 風が吹き荒れ、砂埃が岩肌に打ち付ける音が周囲に響いている。

 しかし、岩陰で食事をとる彼らの周囲だけは、まるで春の木漏れ日に包まれているかのような穏やかで温かな空気に満ちていた。

 アレクセイは最後の一口を飲み込み、視線を遠く南の空へと向けた。

 屋敷で帰りを待っているであろう彼女の控えめな笑顔が脳裏に浮かび、彼の胸の奥で、今まで感じたことのない柔らかな感情が静かに波打った。

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