君に、知られたくない
君に、知られなくない
「はあ……」
また出るため息。今日はセラの家に行くつもりにしている。いい加減行かなくて浮気でも疑われたらたまったものではない。
海デートは予想通り、いや予想以上に苦しんだ。
最近、セラが積極的になった気がするのは気のせいじゃない。元々感受性豊かで素直なセラを思えば当然と言えば当然なんだろうが。
自分で着て欲しいと選んだワンピース。それに自爆していればまさか腕を絡められるなんて思っていなかった。振り払わなかったのはせめてもの理性だ。セラを、傷つけたくなかったが故にそのままにしたのだが、腕に当たる柔らかい感触に無言になる以外抑える術がなかった。きっとセラはおかしく思っただろう。
わざと時間を少し遅らせて、二人きりになる時間が少しでも減るように。
まるで悪いことをしているかのような気分になる。
このままずっとこんなことを続けられないことも、分かっていた。
出迎えてくれたセラの顔は少し硬い。やはり前回の海のことを気にしているのかもしれない。
「ピアノ、弾いてくれるんだろ。」
「うん。」
セラはレオの好みをよく知っている。心地のいい音色に身を委ねれば抱えていたものが少し流されていくような気がする。
「やっぱりいいな。落ち着く。」
「そう?いつでも弾くよ。」
「また頼む。最近疲れてるから。」
「仕事、そんなに忙しいの?」
「……まあそんなところだ。ご飯、作るの手伝う。」
初めて作った時は見事な醜態を晒したレオだが、今ではまともに料理が出来るようになっていた。それもこれも全部セラに嫌われたくないから。セラに頼れる男だと思って欲しい。かっこいいと思って欲しい。しょうもないプライドと見栄。何でもスマートにこなしてきた男が惚れた女の前では情けない人間に成り下がる。
「レオ、すっかり料理上手になっちゃったね。なんかつまんない。」
「つまんないとはどういう意味だ。」
「だってやっとレオが苦手なことがあるのかと思って面白かったのに。確かに美味しいけどさ。」
「……同棲した時料理出来た方がいいだろ?」
少し拗ねて言えば返ってくるのは少しの揶揄いを含んだ笑い声。
「拗ねないの。勿論一緒に住んで料理が出来たら有難いに決まってるじゃない。」
その一言でまた嬉しくなる自分の単純さに付き合いきれない気分がする。
セラには、知られたくない自分の愚かしさ。
ライが帰ってきた。レオを見て気の毒そうな顔をして部屋に入っていく。
この聡い弟はレオの苦しみに気づいているようだ。
「レオさん何時ごろ来たんです?」
「17時過ぎだな。」
「俺の帰りが遅い方がいい日は言ってくださいね。外で食べてくるんで。」
「……お前モテるだろ。」
「レオさんほどじゃないですよ。俺はあんま興味もないし。」
「ライ、今週の土曜出かけないか。」
「いいですよ。」
この頼りになる弟に愚痴を聞いてもらおう。
最近男同士でなされる会話にセラは不思議そうな顔をしながら見ていた。
ライという緩衝材のおかげで夕飯は気が緩んでレオもつい言葉が弾む。
家とはまた違った気楽な食卓はレオに感じたことのない平和を与えてくれていた。
この時間を、関係を失いたくない。
そのために自分が何をすべきか、自覚がないわけでもなかった。




