近づいた海、遠い心
近づいた海、遠い心
待ちに待った海へ行く日。レオは最近仕事が忙しくて家に来れない。必然的に会うことのないまま海へ行く日を待ち遠しく思っていた。シャッツェルと出かけたのは楽しかった。もし妹と上手くいっていたらこんな風だったんだろうかと、まるで開いていた穴を埋めてくれるようなシャッツェルとの時間は、セラにとって嬉しいものだった。
最近は勉強とピアノで缶詰だ。海へ行く解放感は倍増していて、早起きして準備をする時間が楽しかった。
「セラ姉今日海行く日だっけ?」
「そうよ」
「……楽しんできてね」
「うん、ありがとう」
ライが、どこか心配そうだったのは気のせいだろうか。
髪を下ろすか上げるか迷った末、下ろして緩く巻くことにした。
レオの元へ降りると一瞬嬉しそうな顔をした後、困ったように眉根を寄せた。
「やばい。可愛い。」
「最近缶詰だったから楽しみで張り切っちゃった。」
「あんまり嬉しくなること言うな。俺が我慢できなくなるだろ。」
別にしなくていいんじゃない?
浮かぶ言葉に自分でも驚きを隠せなかった。別に聞かれたわけでもないのに恥ずかしい。自分が醜く求めているような気がして。
「……セラ?」
「あ、ごめんなんでもない。行こ?」
ドライブしながらシャッツと出かけたこと、仕事のこと、ピアノの話をする。
「レオが言ってた映画音楽最近弾いてるよ。次来た時聴いてみて。」
「それは楽しみだな。」
どこか、今日のレオはおかしい気がした。いつもレオは色んな話をして、セラが飽きないようにしてくれる。今日も同じようにしてくれているはずなのにどこかぎこちない。
考えていると、海に着いていた。
降りると暑い夏の日差しが照りつけ輝く海が広がっている。
「わあ、海だ……!レオ、行こう!」
レオの手を取って足早に海へと近づく。澄んだ水は濁った心を浄化してくれるような気がして、手を入れてみる。
指先を、生ぬるい水が飲みこむように波が吸い込んだ。どこか気持ち悪くて気持ちいいその感覚はクセになりそうだ。
「入りすぎると服濡れるぞ。」
「分かってるよ。」
白い砂浜を歩くとサンダルに入り込む砂が気持ち悪いのに、映る景色に、そんなことはどうでもよくなってしまう。
隣を歩くレオは、静かだった。
「レオ、大丈夫?暑い?」
「いや、大丈夫だ。お前がその服着て海歩くの想像したらやばいってい言ってただろ。現実になってちょっと困ってる。」
「何で困るの?」
「いや、それは……綺麗すぎると、言葉を失うだろ。」
「なんか言いたいことは分かるけどその言葉はこの海に使いなよ。あまりにも綺麗で、私もなんて言ったらいいか分かんない。」
「……そうだな。」
変なレオ。庭園に行った時も自然を見てはしゃぐのはセラだ。レオはあまり好きじゃないんだろうか。
「レオは、映画館デートとかの方が好き?」
「は?いや、俺はお前と行けるならどこでも好きだが。」
「でも私、レオにも楽しんで欲しい。いつも私ばっかり楽しんでる気がする。」
「それは……俺も綺麗だと思うんだがお前が楽しそうにはしゃいでるの見ると、それが嬉しくてついそっちばっかり見ちゃうんだよ。俺は十分楽しんでる。」
セラにはよく分からない感覚。でも確かにレオが楽しそうにしていたらそれでいいと思う気持ちは分からなくもない。
「……じゃあ今度はレオが行きたい建築かゲーセン行こ。今度は私がレオが楽しんでるとこ見て満足するの。」
「なんだそりゃ。」
「いいじゃない。ダメ?」
「別にダメではないけど、お前はいいのか?」
「私がそうしたいの。」
「なら行くか。」
こうやって、次の話をすると次があることに安心する。
(好きだなあ……)
歩く横顔を見て溢れてしまう気持ちはどうしたらいいんだろう。
レオなら、この気持ちを受け止めてくれるんだろうか。
腕を、絡めてみた。
レオは驚いたような顔をして、無言になった。
嫌、だったんだろうか。
セラを見る目も優しくて、話しかけたら答えてくれるのに、今日はどこかレオが遠く感じた。




