選んだ願い、ひらいた扉
選んだ願い、開いた扉
アインハルト家は相変わらず賑やかに出迎えてくれた。
「セラちゃん!結局アクセのお店行けてないわ!今日行く日決めちゃお!」
「そうね。シャッツはいつなら空いてるの?」
「うーん、来週の土曜はどう?」
「いいよ、そうしよう。」
「やった!セラちゃん、美味しいカフェがあるの。そこにも行こ!」
「そうなの?シャッツが案内してくれるの嬉しい。」
「ふふふ。一杯連れ回すから覚悟しててね。」
「望むところ。」
可愛いシャッツと予定を決めているとフェルが入ってきた。
「セラ、馬には乗ったことはあるか?」
「いえ、ないです。」
「乗ってみたいとは?」
「思います。」
「お、即答だな。なら私とは乗馬に行こう。今月末ぐらいに行けるか?」
「はい、行けると思います。」
「よし。予定空けとくんだぞ。」
「お姉ちゃんこそお見合いまた入ったら行けなくなっちゃうよー?」
「うるさい。見合いなんてしばらくごめんだ。」
「この間も相手睨みつけて帰っちゃったんでしょー?ダメじゃない。」
シャッツはある意味この家の主だ。兄と姉の弱みを握り、それでも可愛がられる天性の悪魔。
今度はキッチンからジーナの声が飛んでくる。
「セラちゃんこの間のレオとのデートどうだった?レオ何にも言わないのよ。ただひたすら機嫌がいいだけで。」
「楽しかったです!庭園凄く綺麗ではしゃいじゃいました。」
「何着て行ったの?」
「この間の花柄のスカートとオフショルのニットで……」
「あら、レオ、お母様への感謝の言葉は?」
「なんでそんなこと……!」
「ちゃんと貴方を倒せるように選んだのよ。効果はあったようね。」
「ああ、あった。あり過ぎだ。」
「なら違う方がよかったかしら?」
「そうは言ってないだろ……」
相変わらず家では立場の弱いレオに笑っているとお父さんが帰ってきた。
「ただいま。おや、セラちゃんいらっしゃい。」
「お邪魔してます。」
「……いい顔をしているね。」
「え?」
「答えは、出そうかな?」
意味深な、顔と言葉。何かを知っているんだろうけど、何も言わない。柔らかそうに見えて、その実とても強い芯を持った、レオとは対極にいるような人。
「……その答えが、正しいのか私には分かりません。」
「答えはね、常に正解があるとは限らない。今の君にとっての正解は、君と、レオが幸せであることだ。そして聡い君ならそれが何かを知っているはずだよ。」
一生かけても解けない難問に見えた答えにさらりと答えた彼は着替えに向かってしまった。
「母さん、ご飯は?」
「もう出来るわ。」
「分かった。」
今日の夕飯はシチューにバゲット。相変わらず美味しいジーナの料理に満たされて、もう一度考えてしまう。
この料理を、もしセラが勿体無いからいらないと断ったらきっとジーナは悲しむだろう。ジーナがセラを喜んで迎えてくれているのは明らかだった。そうやって、心から喜んで欲しいと相手に何かを差し出すのに、大きいも小さいものきっとない。セラだって、小さい頃ないお金を集めて母や弟にプレゼントを買った。喜んでくれなければ悲しくて、喜んでくれたら嬉しかった。
きっと、同じことなのだ。
食後、片付けを手伝っているとレオが呼んだ。
「セラ、ちょっといいか?」
「今片付けが……」
「いいよ、レオ。連れて行ってあげなさい。」
父、エメリスの言葉に甘えてレオの部屋に行く。
レオは少しだけバツの悪そうな顔をしているように見えた。何か、謝りたいことでも出来たのだろうか。
「セラ、俺は待つって言った。だから急かすような真似はしたくない。でも……」
「私も、レオと話がしたかった。だからいいよ。」
「そうか。それならよかった。お前がしたい話はなんだ?」
「……間違ってると、何度も思ったの。どう考えたって、正しい答えじゃないって。でも、グレータさんや、ジーナさん、お父さんが教えてくれたことが本当なら、レオは私が幸せだと思うことを選んだら、嬉しいと思ってくれるの?」
「ああ。そうだよ。お前が幸せで、満たされて、例え選んだことで苦しんでも後悔がないと笑ってくれるなら、俺はそれが1番嬉しい。」
「…………それなら私、やっぱりピアノがしたい。」
何かを願うこと。レオを望んだ時から人生が新しい扉を開けたみたいに、セラに願うことを選ばせる。それに、正しいと言う自信もないまま口にした願いは小さく、震えていた。
俯いていた顔を少しあげてレオを見ると、満足そうに微笑んでいる。
「それで、いいんだ。お前がそうやって選んでくれたことが俺は何より嬉しい。」
迷惑をかける願いを笑って、肯定してくれる人。
セラの世界のドアを、開けてくれる人。
思わず抱きついたレオの胸に顔を埋めた。
「……私、レオを好きになってよかった。ありがとう、レオ。」
「……お前が、そう言い続けたくなるような男でありたいと、思うよ。」
「……レオがそんなに優しくて、私はどうやって返すの……」
「そうだな……ピアノ、綺麗なピアノを弾いてくれないか。あの日聴いた音色を、俺はまだ忘れてない。」
「あんな……大したことない音を?」
「お前はその自己評価の低さをどうにかしないとな。学校でも噂になるぐらいにはお前のピアノは綺麗だ。磨けば、必ず光る。そしてその光を俺は1番近くから見る特権を貰えるんだろう?」
「もし、本当に光るならその時はレオが望む時いつでも聴かせてあげる。」
「……それで十分だ。よく、選んでくれたな。」
「……グレータさんが、お菓子をくれたのよ。美味しくて食べたら、喜んでくれた。ジーナさんだって、私の服を嬉しそうに買ってくれるの。……レオは、いつでもそう。それがあまりにも当たり前になるのが怖くて、これ以上甘えてしまったら私は弱くなる気がして、本当に欲しいものを言えなかった。」
「でもちゃんとここで選べたお前は強い。お前は、自分の人生で後悔しないことを選べたんだ。」
「そう……なるように頑張るよ。本当に間に合うか分からないけど。」
「……デート、少し減らすか。俺が家にいても勉強やピアノは弾いていいから。」
「そんなの……いいの?」
「俺はお前が決めたことを最大限支えるって言っただろ。」
「私、ほんとに贅沢だ……。」
「お前は今までが酷すぎだ。」
「……でも、海は行きたい。」
「それは行こうな。俺もそれぐらい行かなきゃ死にきれない。」
「……死ぬまでに何度も行かないの?」
いつも、未来の話ばかりするレオへの、ささやかな仕返しはレオを驚かせたようだ。鋭い目がまん丸な目に変化している。
「お前なあ……そうだよ。何度も行く。でも今回は初めてだから特別だろ。」
「そうだね。」
「はぁ……ずっと、言いたいの我慢してた。もしお前が自分を殺して働きたいなんて言われたらどうしようって。働かせたのは俺なのに。」
「仕事は楽しいのよ。それはほんと。」
「なら出勤日数は問わないから試食係として出てくれたら純粋に会社として助かる。」
「それは勿論。私、レオの会社の役に立てると思ってそれも苦しかった。折角レオに少しでも返せると思ったのに。」
「お前が、俺と未来を歩いてくれること自体が何よりものお返しだ。……なあ。」
引き寄せられる腰。優しく抱きしめられる腕の中。世界中のどこよりも、安心する場所。
「正直気が抜けた。安心したからお前に触れたい。……いいか?」
「……私も、レオに触れて欲しい。」
「……その言い方はちょっとな……俺を煽ってるのか?お前……」
「別にそういうわけじゃ……ただそう思っただけ……ん……」
いつもより甘くて、穏やかなキス。荒くない深いキスは心地よくて、もっとと願ってしまう。
「やぁ……ん、もっと……」
「……お前本気で煽ってんのか?」
「だって……」
「……っ!ああもう……」
付き合って、数ヶ月。レオはそれ以上触れようとはしない。
「話もできたし帰るか。海デートの日決めような。それから出勤日数は極力減らしておく。やるんだろ。」
そうだ、今はそんなこと気にしている場合じゃない。
やると決めたからには、やらなくては。
「うん、明日は本屋行ってくる。私、やるからね。」
「ああ。お前なら大丈夫だ。」
レオに送られて家に帰った。レオに話した。もう逃げ場はない。逃げてきたものから、向き合う決意と勇気を。開ける防音室のドアが、いつもより重く感じた。




