傾き始めた天秤
傾き始めた天秤
家に帰り、ご飯をライと食べる。
ライは、セラの赤い目のことを聞くのを朝我慢していた。限界が来たらしい。
「……セラ姉、何かあったの?」
「少しレオと喧嘩して……今は大丈夫なんだけど。」
「え、別れ話とかではないよね?」
「違うわよ。一瞬そうなるかと思ったけど。」
「レオさんのあの感じだとセラ姉がよっぽど他の男愛してる!とでも言わないと別れはしなさそうだけどなあ。」
「そんなの……分かんないでしょ。ライは?誰かいい人いないの?」
「俺?俺はあんまー。ていうか興味ないかも。告白はされるけどね。」
「されるの!?」
「言ったことなかった?俺割とモテる部類だよ。」
確かに言われてみれば。小学生時代家にまでやって来る子もいたような気がする。可愛い弟はいつの間にか男へと変わっていたことに、何故気づかなかったんだろう。
「そっか……ねえ、ライ」
「何?」
「もしよ?私が今更ピアノやりたいって言ったらどう思う?」
聞いてから後悔した。こんな聞き方狡いじゃないか。
「え、セラ姉ピアノやるの!?」
「いや、だからもしもの話……」
「なんだ。やればいいのに。」
「でも家が回らなくなるわ。それにやるにはお金がかかるし……」
「……実際今うちは父親が入れる養育費と俺の収入とセラ姉の収入で割と余裕があるのはセラ姉も分かってるよね?」
「分かってるわよ。でも貯金は多い方がいいしライだっていい学校に入れるかも……」
「俺は。」
ライが、少し怒っているように見えるのは気のせいか。
「将来を決めてる。レオさんが提案してくれた通り来年には社員寮に入って、そのままクローネンカカオの正社員になる。俺はそれに満足してるんだ。仕事にも、やり甲斐を感じてる。」
「他に、やりたいことはないの?」
「少し友達と遊びたくなった。それも週休2日になって叶った。俺はセラ姉みたいに他にやりたいことはないんだよ。」
「そう……それならいいけど。」
「だからさ。セラ姉がやりたいことを選びなよ。セラ姉が仕事辞めたってうちは回せるよ。レオさんのお陰でお金を使い果たす悪魔から逃げられたからね。」
「なんでそんな簡単に言えるの?私が音楽を選んだって将来が保証されてるわけじゃない。」
「……俺、セラ姉のピアノ聴くの好きだったから。俺だけじゃないよ。皆好きだって言ってた。」
「昔の話よ。今もそうとは限らないわ。」
「才能はさ、そんな簡単に羽を生やして飛んでいかないと思うんだ。埋もれちゃうことはあってもさ。俺はもう一度セラ姉のピアノが聴きたい。そのために身売りするわけでもないんだ。レオさんも助けてくれるって言ってるんだろ?」
「それで喧嘩したの……」
「また意地張ったんでしょ。セラ姉は折角あんな良い彼氏がいるんだから甘えて頼ればいいのに。」
「……そんな簡単に出来たら苦労してないの。」
「それもそうだね。まあピアノやるなら教えてよ。俺は両手上げて喜ぶからさ。」
夜中、ピアノを弾いてみる。その音が今日は少し温かい気がした。ピアノを弾きたいと言うセラを、誰も責めようとしない。それどころか応援してくれる人ばかりだ。きっと、許せないのは自分と、後ろに立っている母の幻影だけ。
夢か、現実か。かけた天秤は載せられたお菓子の重みによって、僅かに傾いた。




