最初の仕事
最初の仕事
会社に入ると好奇の目に晒される。前回のようにあからさまな噂はないものの、皆考えていることは同じだろう。
どうしたって、居心地はよくない。
開発部門の一部屋に辿り着くと、グレータが作業を始めようとしていた。
「グレータ」
「おはようございます若社長。あら、今日からでしたね。」
そう言って微笑んでくれるグレータだが、本当に思うことはないのか問うてみたくなる。
「改めて、セラと申します。今日からよろしくお願いします。」
「ええ、よろしくね。話は聞いてるわ。じゃ、若社長。後はこちらでやりますので。」
「ああ、よろしく頼む。」
グレータは出て行くレオの不安気な顔と、その顔に見向きもしないセラの顔を交互に眺めた。
「さ、始めましょうか。仕事は初めは単純。試食して、素材、味、形、客としての観点などの角度から評価してレポートを書いてもらうわ。」
「分かりました。」
今はとにかく、与えられた仕事を精一杯こなすしかない。
「まずこれからね。薄焼きのサブレにチョコレートをかけたもの。スーパー、店舗向けでそれぞれチョコレートの配合を変えてあるわ。」
「それぞれ変えてあるんですね。」
「ええ。でないとお店に来てくれる人への特別感が出ないでしょう。この2種類を食べて、レポートを書いて欲しいの。」
「時間はどれくらいでしょう?」
「早ければ半日で終わるけど今日の仕事はそれだけだから1日かけてやってくれればいいわ。これは普通の社員でも同じことよ。」
セラが気にしていることに気づいているのだろう。その言葉が嘘か本当か分からなくても、やらねばならない。
「分かりました。やってみます」
前資料に目を通す。ターゲット層は30~60代。店舗、スーパー両方で発売予定だが、見た目はほぼ同じでも作り方やチョコレートそのものには差がある。
まず一つ目。店舗用の物を一口。
「美味しい……」
で終われないのがこの仕事の辛いところだ。
水を飲んで少し間を開けて二つ目。スーパー用を一口。
セラはお菓子の原価、製造方法などを知らない。食べた結果、それらを知らなければ評価は不可能だと判断し、時間の許す限り調べていく。そんなことをしていればあっという間に午前が過ぎていた。
「セラちゃん、そろそろ休憩に入ろうかしら。」
「あ、そうですね。」
グレータが入れてくれたお茶にほっと一息吐く。
「どう?順調かしら?」
「そう思いたいところです。」
「坊ちゃんとはどう?順調?」
「ゴホッゴホッ」
思わず茶が喉に引っかかった。
「えっと……グレータさんは……」
「付き合っているんでしょう?大体皆知ってるわよ。」
「な、なんで……」
「大体坊ちゃんが工場に女の子を連れてきたことなんかないわ。仕事も基本公平。能力と人柄で判断する。そんな方がいきなり無理を承知で開発部門にこの間連れてきた女の子を入れたいなんて頭下げるんですもの。皆びっくりしたわ。」
「……皆さん不快な気持ちになられなかったでしょうか。」
「勿論仕事の出来は見るけどそれよりも皆嬉しかったのよ。ほら、坊ちゃんは女の子に関しては少しアレなところがあったでしょ。それが変わって一人の子に必死なんだもの。皆若社長の可愛い恋を応援しているわ。」
流石恋愛結婚至上主義な一族の経営なだけあってそこら辺は緩いらしい。そう聞いてもなおセラとして納得がいかないのはやはり変わらなかった。
休憩も終わり、再度仕事に集中する。
味、形、素材、原価比率などの観点から評価し、改善案を現実的に可能かどうか確認し、レポートにまとめていく。計算は出来る範囲で行い、結果を載せて終えた頃には丁度終わる時間に差し掛かるところだった
「ふう……」
「終わったかしら?」
「はい、なんとか。出来は分かりませんが……」
「一回目に誰も完璧を求めていないわ。大丈夫よ。」
「ありがとうございます。」
ドアのノックと共に顔を出したのは坊ちゃんこと若社長、レオだった。
「終わったか?」
「あら坊ちゃん。終わりましたよ。セラちゃん、すごく熱心に仕事してくれていましたよ。」
「そうか。……帰るか。」
「うん……はい。」
「敬語やめろ。俺はお前の上司になったつもりはないぞ。」
レオの線引きは曖昧だ。立場的には上司なのにそういう風には扱ってくれない。
車に乗るとレオは心配そうな恋人の声になった。
「大丈夫だったか?きつくなかったか?」
「大丈夫だよ。言ったでしょ。私は仕事してるの。」
「分かってる……でもお前に辛い思いはして欲しくない。」
「それも分かってるよ。ありがとね。」
レオはただ私を心配して、助けてくれたいだけ。素直にそれを受け入れてしまえばいいのか、セラには分からなかった。
「ご飯食べてく?」
「いや、今日はまだ仕事が残ってるんだ。お前は次二日後だよな?ならまたその時な。庭園は今週の日曜でも行くか。」
「うん、楽しみにしてる。」
「ん。じゃあな、セラ」
そう言ってキスをするとレオは去っていった。何か、溝ができ始めているような気がしていた。




