静かな朝、届かない手
静かな朝、届かない手
ビビビビビッ
「ん.......」
朝。窓から差し込む光が眩しく感じる。
ゆっくりと手を伸ばして隣を確かめると、誰もいないことに気づく。
(あ、そっか......)
誰も、いない。制服に着替えている時に何か言ってくる人も。
『あんた貧相な身体してるわねえ。女としての魅力も何もないわ。』
鏡を見ていると背後から聞こえる声。そんなに、悪いだろうか。1人になった。それでも後ろでこだまする声はそう簡単には消えてくれない。
「おはよ。」
「おはよう、ライ」
「やべぇ、マジでやべえ。」
「語彙なくなってるわよ。」
「朝から鬱陶しいメアもいなければソファに居座る母さんもいない。ご飯も味がするってもんだよな。」
「それはそうね。」
用意してあったフライパンは使いやすく、簡単なスクランブルエッグにロール、ウインナーを乗せる。
「なんかいつもより時間ある気がする。気のせい?」
「いや、気のせいじゃないね。人の相手って思ったより時間取られるもんみたい。」
「あー.......今なら10連勤やれるわ。」
「やめてよ、そのために脱出したんだから。」
「分かってるよ。そろそろ行かないとな。セラ姉、またな。」
「うん、行ってらっしゃい。」
「おはよー」
「おはよう。あら、セラ今日は顔色がいいわね。」
「そうかな?」
「確かに。ちゃんと眠れてるんじゃない?」
「そうかも。」
「ショッピング、行けてなかったわよ!夏休みでもいいから行かなきゃ。」
「ほんとほんと。夏休みまで後1週間かー。」
「変な感じ。」
「あ、セラちゃん!」
「あ、えっと....ロッシュくん、だよね?」
「そうそう。セラちゃん漫画好きって聞いたんだけど、何かおすすめある?」
「んー、少年漫画ならレンキューとか、葬送のフルーレンとか好きだよ。」
「そっか!また読んでみるね!」
「はーい」
ふと端の方から強烈な殺気を感じた。見るのも怖くて無視することにする。
「ちょっとあんた。」
「なに?」
「あんな声出してどうすんのよ!『はーい』なんて彼氏いないわよ、仲良くしましょう!よ!」
「いやそんな声は....してない。してないはず....」
「今のは私も良くないと思うー。レオくんキレるんじゃない?」
「エリシアまでそう言うのー?」
つい今日は気が抜けていた。いつもそれなりに塩対応しているのに。
昼休み。おそるおそる屋上へ登って行くと、朝と同じ殺気を発したレオがいた。
「レ、レオ.....?」
「お前、どういうつもりだ?」
「いや、あれは。なんか昨日の家で緩んじゃってつい.....ごめんね?」
「.....気が緩むのはいいんだ。お前がそうやって笑えるなら俺のやったことは価値がある。まあ後は.....俺の子供じみた独占欲だ。お前が他の男に笑いかけると本能が許さん。昨日はゆっくりできたか?」
「うん。初めてご飯とって、テレビ見て、湯船に入って、1人部屋で寝たよ。一生分の贅沢しちゃったみたい。」
「お前はそれを今後の人生で永遠にするんだ。慣れろよ。今日は放課後そのまま行っていいか?」
「うん。ライは仕事で帰ってくるの夕方だけど。」
「.....試されてるのは俺か。分かった。一緒に帰ったら.....」
「ダメ。噂になっちゃう。」
「お前が男どもを蹴散らせなければ俺はそろそろ我慢できないぞ。」
「が、がんばるから。ね?」
「そんな可愛い顔で言っても説得力なさすぎだ。睨みつけろ。ちゃんと。」
「にら....めるかは分かんないけど壁は出すよ。私も言い寄られるの嫌だもん」
うっかり勘違いされて困るのはある意味レオよりセラなのだ。レオ以外に甘い顔をされたって何も嬉しくない。
(とりあえずあんま愛想良くないようにしないと......なんか心が痛む....のは気のせいよ、気のせい。)
放課後、カバンに荷物をまとめて教室を出ようとした。
「おい、あれ誰?」
「美人だけど、誰かのお母さん?」
身体の血の気が引いていく。恐る恐る窓を覗くと校門前には予想を裏切らない人物。
(レオに電話.....)
「やっぱ来たな。」
「あ、レオ.....」
「弁護士呼んだ。俺も出て行くからお前はここにいろ。」
「でも......」
「いいから。お前は散々あの親の相手しただろ。もういいんだよ。」
「え、レオあの人知り合いなの?」
「まあそんなとこ。ちょっと挨拶してくるわー。」
「お前あんな年上にまで手出してんの!?」
「んなわけねぇだろ。親戚みたいなもんだよ。」
「へぇ......」
「流石のレオくんもあんな年上相手にするわけないでしょ!」
エリシアのツッコミは庇っているのか貶しているのか微妙なところだ。
小声でエリシアが聞いてくる。
「ねえ、セラ、あれって......」
「そう。私の母親、なんだけど.....」
「どうなってるの?」
「実は色々あって.....母親のとこから逃げ出したからキレて学校来たんだと思う。」
「あのお母さん、確かにやばかったもんね。でもレオくんどうするつもりなんだろ。」
「養育費使い果たしてた上に養育らしいことは何もしてないから弁護士さんとそこ詰めたらもう来れないだろうって....」
「マジか。レオくんそこまでやるの。やばいね。ベタ惚れじゃん。」
「ちょっと、私もびっくりした.....」
「いいんじゃない?好意に甘えとけば。惚れてくれたのが金も権力もある男だったなんてラッキーよ。」
「うん.....そう、なんだろうな。」
任せるしかないのだろう。ここでセラが下手に出ていったところで邪魔になるだけだ。
小さくなったレオの影を窓から祈り見ることしか出来ない自分が悔しかった。




