恋を怖がる私が、貴方を求めてしまう
怖い。レオに知って欲しいけど、知られたくないセラの貪欲な気持ち。
お菓子を食べてる時が変なんじゃない。あっちが素なのだ。誰も、親も知らないだろうけど。
付き合って、好きだと自覚したら甘えたくなった。触れたくなった。恋に溺れるなんて嫌だ。
一生懸命我慢していたものが溢れそうになる。我慢していたつもりもなかったのに、セラが知らずに張っていた結界は容易く破られてしまったようで、自分の気持ちを隠して守る方法が分からなくなっていた。
小さなぬいぐるみを毎日抱きしめて眠っている。そうしたら守ってもらえる気がするから。
そんなの必要ないはずなのに。誰かに守って欲しいなんて、そんなこと思ったことなかったのに。
デートの朝は、少しだけ気が重い。メアのことと、訪れる時間にきっと自分が幸せを感じてしまうことが怖いから。
少しだけお洒落して、メイクもいつもより少しだけ多く。デートを殆どしたことがないセラの精一杯。
可愛いと、思って欲しい。いつもあんなに言ってくれるのに、まだ求めるなんて浅ましい。
メアにだって、振り向いてなんか欲しくない。
恋をした自分は、セラの知らない、醜い女だった。
トントン。
ドアをノックする音。メアのことがあるからだろうか。今日は玄関まで来てくれたらしい。
「はい。」
「セラ、準備できて.....」
照れて、赤くなった顔。セラを見て、そんな顔をしてくれる唯一の人。
「あ、レオくんだ!」
「メア。」
「ああ、いいところに来てくれた。」
「私もお話ししたいと思って....」
「いや、話すつもりはない。君にはセラの妹として以上の感情は湧かないからな。俺はセラの恋人だ。勘違いするなよ。」
レオが、冷たい顔をすることを知っている。セラの妹への最大の配慮をしたハッキリとした拒絶。
自分の可愛さが通用しない相手にメアはショックを受けている。
「あ、レオさんですか。」
死んだ空気をものともしないライが後ろからやって来た。ライはセラにはない強さを持っている。セラならこの空気には耐えられない。
「そうだよ。君がライで合ってるかな?」
「はい。セラの弟のライです。姉がお世話になってます。」
「セラがよく君の心配をしている。今日も仕事に行くんだろう?あまり無理はしないでくれよ。」
「...姉こそいつも無理をしています。貴方は、姉に負担をかけたりしていませんよね?」
「ちょっとライ....」
「心配無用だ。君が不安にならないくらい愛している。」
いやそれもちょっと。返しとして正しいんだろうか。ライの方を見れば納得したように頷いている。お眼鏡に適ったらしい。
「貴方なら安心です。メアのことは放っておいて構いませんのでさっさと姉を連れて行ってください。」
男同士で納得してしまった。放心状態のメアを尻目にレオに手を引かれて階段を降りて車まで連れて行かれていく。これでよかったのか。
「えっと....なんか色々ごめんね?うちの家族が...」
「あれはいい弟だ。今度茶にでも誘ってみるか。」
こちらもライを気に入ったらしい。まあ喧嘩されるよりいいけれど。
「流石にあの妹もこれ以上言ってこないだろ。あとお前今日可愛すぎるから俺の手離すな。」
「えっと....はい。」
何だかレオは機嫌がいいようだ。セラは何となく落ち着かない。
「香水を使ったことは?」
「ないかな。」
「それも珍しいな。」
「なんか頭痛くなっちゃったりするのも多くて....でもちゃんと調べて来た!」
「調べて来たのか?」
「うん。折角だから気になって。香水の仕組みとかも一応学んで、勘で好みの香りも絞って来たよ。レオくんはアンバーグリス、ベチバーとかレザーとか?」
「おお、よく分かったな。あとレオくんやめろ。」
「あ、はい。レオはいつも深くて渋めの匂いだなあと思ってたから。」
「お前が勘で好きそうなのは?」
「完全イメージだけどベンゾイン、ローズウッド、アンバーウッド、アンバーグリスとかな気がしてる。フローラルとかは苦手なこと多いし。」
「イメージには確かに合うが中々渋いな....そこまで絞れてるんなら調香師のとこ行くか?」
「調香師のとこ行くのとお店に行くのは何が違うの?」
「調香師のとこに行けば素材一つ一つの香りを試せる。そこから好きなもの、深さ、余韻をどうしたいか細かく決めて作れる。店だと既にブレンドされてる物を試すだけだな。」
「ふむ....今更調香師のとこって言ったら大変じゃない?」
「そう遠くない。いつも世話になってるから入れてくれるはずだ。行ってみるか。」
「うん。」
街の少し外れに小洒落た灯りの漏れる店があった。
「ダフトルさん、今日空いてる?」
「おお、レオさん。これはこれは。彼女連れかな?」
「そ。香水使ったことないけど気になるんだって。それなりに調べて来てるからいきなりここでもいいかと思って。」
「それならどうぞ。今日はたまたま空いてますから。」
指された席に腰を下ろすと一面に並んでいる小瓶は優に100種類以上ありそうだ。
「これ....全部違う香りなんですか?」
「そうですよ。バラの中でも100種類のバラがある。香りの世界とはそういう物です。」
「すごい....全部試してみたい....」
「そう言ってくださるとやり甲斐がありますなあ。少しずつ聞いていきましょうか。どんな香りが嫌いですか?」
「嫌いなのは甘い柑橘系や人工的な香りだったり、フローラルな感じでしょうか。」
「市販の香水が苦手なタイプですな。では好きな香りは?」
「いつも頭が痛くなってしまって......好きな香りは、あまり嗅いだことがないので調べた上での勘なんですが、ベンゾインやローズウッド、アンバーウッド、アンバーグリスなんかが好きな気がします。」
「俺の香りはどうだ?」
「レオのは自分が使うのとはちょっと違う気がするけど、落ち着くし好きだよ。」
「レオさんもベース系の渋いのばかり好まれますからな。中々繊細な感覚をお持ちの方のようだ。どのようなシーンでの使用をイメージされていますか?」
「出かける日とかちょっと落ち着きたい時とかに」
「学校でも使えよ。別に困らねえだろ。」
「わざわざ学校で使う意味あるの?」
「ある。俺がセラの香りが欲しい。」
「おやおや、レオさんもお若いですなあ。では強さや重さはいかがですかな?」
「強さはあまり強いとしんどくなりそうです。重さは逆にあってもいいようには思います。」
「分かりました。では試していきましょうか。」
そう言い出されたのは10本程の小瓶。手に取ってみると中に入っている質感などはどれも違うようだ。
「まずは勘が当たっているか調べてみましょう。ローズウッドです。」
「少し甘いけど、木の匂いが強くて落ち着きます。」
「アンバーウッドはいかがかな?」
「こちらは...深いですね。夜の街っぽい。」
「アンバーグリスだとそれが海になるんですよ。」
「あっほんとだ!これ、レオのにも入ってるよね?」
「ああ。落ち着くだろ。」
勘とは当たるもので自ら申告した香りは大体気に入り、調香師は巧みな質問と香水選びで足していく渋さや苦み、余韻の深さなどを出してくれた。
「お渡しできるのは数日後になりますが、よろしいですか?」
「ああ。俺が取りにくる。ありがとうダフトル。」
「あ、レオこれは私が....」
「俺がお前と出かけて香水を選びたいんだ。全部お前は俺の我儘に付き合ってると思っとけばいい。」
そうやって、レオはいつもセラが気にしないような言い方をする。
「.....ありがとう。」




