広がる苦さ、求めるは光
広がる苦さ、求めるは光
(ほんとにいいのかな....)
自分の我儘だと言った。それがどういう意味かなんて怖くて聞く気にならなかったけど。
味見もさせてもらえて、お金まで貰えるなんて私にこんな幸運が降り注いでいいんだろうか?
ご飯を作りながら考えていると玄関のドアが開く音がした。
「ただいま。」
「メア.....おかえり。どうしたの。」
妹は意気消沈しているようだった。今朝のレオの一言がまだ効いているのかもしれない。
「....彼氏が浮気してたの。信じられない。」
「そんな....いい人だって言ってなかった?」
「優しかったんだもん。優しい言葉もかけてくれるし....」
泣き出してしまったメアに作りかけていたスープの火を慌てて止める。
「大丈夫よ。次はもっといい人を見つけたらいいんだから。」
「....じゃああの人紹介してくれる?」
「あの人?」
「朝お姉ちゃんを迎えに来てた人」
「え、でも貴女レオくんに言われて傷ついたんじゃ....」
「でもあんなにかっこいい人いないもん。冷たい目もかっこよかった。」
胸がざわついた。妹のために全て譲ってきた。おもちゃも、服も、母の愛も。
心に苦いものが込み上がってくる。
「それなら....一度聞いてみるけど。あまり期待しないでね。」
「何で?お姉ちゃんの彼氏なの?」
「違うけど....」
「それならいいじゃない。ね、会わせてよ。」
「....明日聞いておくね。ご飯、もうすぐ出来るからシャワー浴びてらっしゃい。」
「はーい」
可愛いメア。レオだって朝はあんなこと言ったけどメアと話せばメアの可愛さに気づくかもしれない。
「はぁ....」
「セラ姉?どうしたの?」
「ライ!」
ライが帰ってきていたことすら気づかなかった。配達業をこなすライの帰りはセラよりも遅いことが多い。
「大丈夫?顔色悪いけど。」
「あ、ううん。大丈夫よ。ご飯出来てるから。」
「今日どっか出かけた?エリシアたち?」
「いや、違う友達。」
「.....男?」
ライはセラの周りの男に敏感だ。働かない母親とメアのことをセラ以上に嫌うライはセラの心配ばかりする。
「そうだけど、変な人じゃないから。」
「...どんな人なの?」
「同じクラスの人。クローネンカカオの息子さんで、仕事もくれるって言うのよ。」
「は?それって......」
眉間に皺を寄せたライは何も言わない。
「セラ姉はその人のことどう思ってるの?」
「どうって.....優しい人よ。朝もメアの嫌味に怒ってくれたし....」
「またメアがなんか言ったわけ?」
「少しだけ。大したことじゃないんだけど。でもメアはその人に会いたいんだって。」
「は?意味わかんねえ。メア彼氏いるだろ。」
「何か今日浮気されたらしいのよ。落ち込んでるから優しくしてあげて。」
「どうせすぐ新しいの見つけてくるんだから優しくしなくていいよ。セラ姉はメアに甘すぎる。」
「仕方ないでしょう?」
「.....まあなんでもいいけど俺も会ってはみたいかな、その人。」
「何でライが会いたがるのよ。」
「仕事くれたんだろ?礼言わなきゃ。」
そう言うライは感謝を述べたい人の顔ではなかった。
「もう....恋人でもないのに家に呼んだら迷惑でしょ。再来週また家の前まで来てくれると思うけど。」
「ならその時挨拶するよ。ご飯食べよ。メアなんか待ってらんない。」
「シャワー長いものねえ。ライ、貴方先に食べなさい。お腹空いたでしょ。」
「そうさせてもらうよ。」
ご飯を食べて、ベッドに潜り込もうとした時、その存在を思い出した。
「あ、そうだ....」
買ってもらったぬいぐるみ。
『これと寝たら寂しくないだろ?』
横に置くと、寂しいなんて思ってなかったはずなのに安心する気がした。小さなぬいぐるみを抱きしめて心の不安を抱え込む。
いつも消えてくれない、心に居座る影。
明日、屋上に彼は来てくれるだろうか。
影を晴らしてくれる光が、恋しくなった。




