君に、意識して欲しい
君に、意識して欲しい。
(手汗、バレてないか....?)
それはもう理性との戦いの連続だった。始まりこそ不愉快だったが、泣いたセラを守りたくなった。アザラシを見て可愛いというセラはどう考えてもセラの方が可愛い。ショーではしゃぐ横顔も、食べる姿も愛おしいなんて。
気づけばシャッターを切っていた。
『そうやって何人そうやって落としてきたの。』
少しだけ拗ねたように言われた言葉に、期待してもいいんだろうか。そう思うと同時に遊んできた過去の自分に後悔が湧く。
手を繋ぐとセラは静かになった。意識して欲しい。俺を見て、赤くなって欲しい。
自分は思ったより独占欲が強いらしいというのはセラに惚れてから知った。
薄暗い水族館で触れる肩の距離がもどかしい。
「店、見てみるか?」
「うん。」
店内をキョロキョロと見ているセラ。手に取るのはやはりアザラシのぬいぐるみ。余程好きなのだろう。
「これにするか。」
「え?」
「記念。一つぐらい許せよ。」
戸惑うセラを置いて会計を済ませてしまう。
「ほら。これと寝たら寂しくないだろ?」
「別に寂しくなんかない....」
「じゃあいらなかったか?」
「それは.....いる。ありがとう。」
「俺が何か買いたかっただけだから気にするなよ。そろそろ行くか。」
「そうだね。」
名残惜しくとも引き際の悪い男は嫌われる。
車に乗るとセラが言いにくそうに口を開いた。
「あの...今日楽しかった。ぬいぐるみも、ありがとね。」
「楽しんでくれたならいい。俺も楽しんだ。次は言ってた香水の店でも行くか?」
「でも仕事が....」
「言ってたな。休みも取れないのか?」
「休み自体は取れるんだけど、家が回らなくなるから。」
「.....言いたくないなら言わなくてもいいけど稼がないといけない理由は?」
「うち母子家庭なんだけど、ちょっと母親が体調悪くて.....弟も働いてるのよ。」
どこか歯切れが悪いセラ。恋人ならもっと聞いても許されるんだろうか。
「.....俺が援助したいなんて言っても、お前は受け入れないんだろうな。」
「レオくんに助けてもらうわけにはいかないよ。これはうちの問題なんだから。」
「.....ならせめて味見係と称して働いてくれないか。」
「そんな役得な仕事ダメに決まってるでしょ。皆働いてるのに。」
「俺がお前との時間が欲しい。その代わりちゃんとレポートは書いてもらうから。家庭教師2日分ぐらいは出せる。」
「本気で言ってるの?社員の方やお父さんは納得しないんじゃない?」
「開発部門の方は俺の担当だ。俺の多少の横暴には皆慣れてる。それに......」
「それに?」
「社員はお前を連れて行けば多分喜ぶ。」
「何で?」
「何でって......平均年齢が下がるからな。」
未来の嫁候補が来て喜ばれるなど言えたものではない。
「どんな理由よ。.....でも流石に悪いよ。そこまでしてもらったら。」
「俺と出かけるのは嫌か?」
「嫌....ではないけど。」
「俺がお前といたい。だからこれは俺の我儘だ。受けてくれないか?」
こんなのほぼ告白だ。セラが困っていることぐらい手に取るように分かる。それでもこのまま逃してしまいたくなかった。
「それ.....なら。えっと....よろしくお願いします?」
セラの返事に内心小踊りしたことは見せるわけにはいかない。
「ああ。よろしく頼む。なら早速香水見に行けるな。土曜か日曜どっちがいい?」
「まだ来週は仕事入ってるから....その次でもいい?」
「ああ。雇い主には減らしてもらえるよう伝えておけよ。」
「うん。なんか、ごめんね。うちのことに巻き込んで。」
「俺が自ら巻き込まれに行ってるんだ。気にしなくていい。」
セラの家の前でセラを降ろす。別れを告げて階段を上がるセラがこちらを振り向いた。目が合ったセラの頬が、赤かった気がした。




