声が落とす、静かな眠り
声が落とす、静かな眠り
仕事を終えて家に帰ると20時半を過ぎていた。
「お姉ちゃん、ご飯まだ〜」
「今から作るから、少し待ってね。」
今日はライも遅い。そんな日はご飯はどうしたって遅くなる。
息を吐く間もなく夕飯の支度をする。こんな日はパスタかサラダに簡単な焼き物だ。
「ただいま。」
「お帰り、ライ。」
「セラ姉今日遅かったんだろ?シャワー浴びたの?」
「いや、まだ。」
「はぁ....俺が作るから先シャワー行ってきたら。」
「それはダメ。ライは汗かく仕事してるでしょ。先に入りなさい。ご飯なら簡単な物しかしてないから。」
「....分かった。」
ライがセラを気遣っていることは分かっている。セラを守りたいと思ってくれていることも。だがライはまだ15歳の弟だ。頼っていい相手ではない。
遅くなると逆に食欲も湧かない。作ったご飯も大して喉を通らずシャワーを浴びて部屋に戻った。家には3部屋しかない。1人部屋がいいというメアの要望を聞き入れた母親とセラは同じ部屋を使っていた。たまに知らない匂いの残る部屋。母親が昼間に何をしているのかなど、聞く気にもならなかった。
「疲れた....」
『落ち着かないなら電話するか?』
....思い出してしまった。電話なんて、家族以外とすることがない。屋上で、安心する声を聞けば落ち着くんだろうか。恋人でもない相手に助けを求めるのはどうしても躊躇われた。
(とりあえず漫画読も。それでも落ち着かなければ考えよう。)
既に何度も読んだ漫画は現実逃避に役立ってくれそうになかった。最近、いつもこの調子だ。
「はぁ.....」
携帯に手を伸ばした。通知が来ている。気が付かなかった。
『眠れたか?』
つい、発信ボタンを押してしまった。ハッとして切ろうとしたコールは瞬時に応えられた。
「もしもし?」
「あ、えっと.....ごめん。」
「何で謝る?電話しろって言ったのは俺だ。」
「かけるつもりはなかったんだけど....」
「かけてくれた方が俺は嬉しい。仕事、今日は大変だったのか?」
優しい声。かけたことを後悔する頭に反して心は落ち着いていく。
「今日は少し遅くて...帰ってご飯作ったら遅くなっちゃった。」
「誰も作らないのか?母親は?」
「今日は出かけてるの。」
「....無理したらダメだぞ。」
「大丈夫。なんかレオくんの声聞いたら確かに落ち着いた。」
「それならいいんだが....いつでもかけろよ。」
どんな顔をしてるんだろう。そんなことが、気になってしまう。
「ありがとう。レオくんは?仕事で疲れてないの?」
「俺はお前みたいなストレスは抱えてないから気にするな。今、部屋か?」
「うん。」
「早く横になれ。話したければ話せばいいし、眠いなら寝ていいから。」
横になる気にすらならず膝を丸めて座っているのが見えでもしたんだろうか。
大人しく従うと身体が疲れていたことに気づかされる。
「レオくんは、どんな匂いが好きなの?」
何となく、まだ声が聞きたいと思った。
「ん?急だな....少し渋味のある重めの....アンバーグリスとかベチバーとか。言ったら分かるか?」
「全然分かんない。」
「なら今度教えてやる。興味あるんなら。」
「うん。」
眠い。段々と重くなるに、まだ話していたい気持ちが抵抗する。
「おい、眠いんなら寝ろ。香りの話ならまたすればいいから。」
「うん.....」
手から携帯がこぼれ落ちた。拾う力は、遠のいた意識に抗えなかった。




