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少女の告白


「はあ……」

「どうしたよ嬢ちゃん、ため息ついて」

ある休日、ダリウスの隣に座って、リオンは頬杖をついていた。ジャムを買うだけの予定だったが、言わずにいられなくて、ぼうっとこぼした。

「チカゲさんに惚れたかもしれません」

「……ああそう」

ダリウスは特段驚かなかった。

「驚かないんですか」

「んー、はたから見ると最近のお前らのやりとり、痴話喧嘩に見えるから」

「痴話……っ」

「まあ落ち着きな。あいつは変人だしやめといたほうがいいよ」

「わたしもそう思うんですが……気づいたら目で追うようになってしまいました。これは恋でしょうか」

「俺に聞かれても困る」

「だって相談相手あなたぐらいしかいないんだもん」

ダリウスは呆れたようにため息を吐いた。

「女の友達はいねえのかよ」

「いますよ、王都に。シフォンっていうんです。とってもかわいくてふわふわの髪の子なんです。――あと、魔女の知り合いもいますよ。ちょっとイタズラしてきて困るのですが、まあものすごく美人さんで……」

早口になり始めたリオンを彼は止めた。

「あー分かった分かった、王都にいたけどこっちにはいないんだろ。しゃーねえな。……男の知り合いは?」

「王都にいたのは陛下以外は警備隊長ぐらいです。あとはこの村に来てから知り合った人……セザールとあなたと、チカゲさんです」

「警備隊長ねえ、それ知り合いっていうより上司じゃね?」

「そうですね」

二人の間に沈黙が落ちた。先に口を割ったのはダリウスだった。

「……チカゲはやめときなよ」

「またそれ。なぜです」

「アイツとはそれなりの付き合いだ。会ったのはたしか四年前。アイツの人付き合いを見てきたが、たまに平気で関係を切るぞ」

「でもダリウスさんは切られてないですよね、四年も」

「俺はいい人だからな」

傍目から見ても、ダリウスはいい人だった。ただ人相がちょっととっつきにくいだけで。

「わたし陛下からとある勅命を受けてて……チカゲさんにバレちゃったんです」

「そのようだな」

「えっ、なんで知ってるんですか?」

「だいぶ早い段階でバレてたぞ」

リオンはちょっと青くなった。

「そ、そうですか」

「アイツ死んだ師匠に固執してるみたいだし、フツーにしてたら問題ないんだけど、ちょっとまあヤバイ雰囲気の時あるから、俺も読めないんだよ」

リオンは困ってしまった。まったく彼の言う通りだったから。

「明日本人に相談してみます」

「は?」

「聞いてくれてありがとうございました」

「ちょ、ちょっと待て相談っておい、」

リオンはお礼を言うとそのまま考え込みながら家に帰った。買ったジャムを食べながら、そういえばこれ、チカゲの目と同じ色だな、なんて考えた。



あくる日の見回りが終わり、夕方頃河原に行くと、やはりチカゲは石を物色していた。休憩中のようで、大きな石に腰掛けて、水筒から水を飲んでいた。

「こんにちはチカゲさん」

「そろそろこんばんはの時間では?」

「じゃあこんばんは。相談があるのですが」

「なんですか改まって」

「あなたに惚れたかもしれません」

不意にチカゲは咳き込んだ。げほっごほっと、むせている。ちょっと辛そうだ。リオンは少し申し訳なくなったが、こういった経験は初めてなのでどうしたらいいかわからなかった。

「すみません」

「いやすみませんじゃねえだろ!」

こちらを見上げるチカゲの顔はちょっと赤い。怒っているのか照れているのか判別不能だ。その上口調までおかしかった。

それを取り繕うように彼は口元を拭った。

「……、いやおかしくないですか? なんで本人に相談するんですか?」

「ダリウスさんにも相談したのですが、分からないと言われたので」

彼は顔を覆った。ぶつぶつ文句を言っている。

「あのですね! ワタシはアナタとどうこうなるつもりはありませんよ!」

「ですよねえ」

しょんぼりしながらもリオンは隣に座った。チカゲが少し眉を顰めた。

「今の流れでよく隣に座る気になれますね。アナタ図太いって言われません?」

「言われるかも」

リオンはしょんぼりしながら彼を見た。

「惚れちゃったかもしれません。どうしましょう」

チカゲは唇をわななかせて、それから目を閉じて深くため息をついた。

「どうしましょうじゃないでしょ。それは本当に恋なんですか?」

「それが分からないからあなたに聞こうと思って」

「はぁ。ワタシに恋愛経験があるとお思いで?」

「まあ人間関係結構切るらしいですけど、それって、ええとつまり、色々恋愛沙汰とかあったってことでは?」

「色々ありますけど、まともな恋愛なんて……ああ似たようなことはあったかも」

「どんなのですか?」

チカゲは苦虫を噛み潰したような顔をした。

「なぜアナタに話さなきゃならない」

「真面目に相談してるんです。人助けだと思って」

「嫌なものは嫌です」

「じゃあもうおにぎりあげない」

「……ええと、あれはまだ子どもの頃のことです」

チカゲが観念したように話し出す。おにぎりがそんなに好きなのかよく分からないが、助かった。

リオンはひとまず真面目に耳を傾けた。

「……クソ、なんでこんな話を……子どもの頃、綺麗な女の人が、美しい着物を着て、どっかからやってきたんですよ。記憶は曖昧ですけど。名前はサクラ。まあやさしい人でして。子どものワタシは、……その人のそばにいたいと思いました。あれは初恋だったのかもしれません」

「そ、それで?」

少し胸が締め付けられた。彼にそんな甘くて切ない思い出があるのは知らなかった。

ハッと、彼は笑った。

「彼女、ワタシにやさしくするだけして捨てましたよ」

「…………」

「ここで待っててねと言われて、二度と戻ってきませんでした。人間てそんなもんです」

「わ、たしは置いてったりしない」

置いて行かれたリオンは言った。そう、何度も置いて行かれたことがあったから、大切な両親に先立たれたことがあったからこそ、リオンは訴えた。

「わたしなら、置いていきません」

「あっそ」

「ほんとですよ」

「うるさいなあ腹立つ」

こちらの心情も知らないチカゲは、いつしか立ち上がり鞘から刀を抜いていた。

「ほらアナタの相談に答えてあげましたよ、ご満足ですか? 答えはこう。アナタの気持ちには応えられない。以上です」

首に刀を突きつけられる。

「恋に恋するお花畑のお嬢さん。気は済みました?」

「…………」

どうも失恋したらしかった。黙り込んだリオンに拍子抜けしたのか、彼は刀をしまった。

「つまんない奴だな」

口調が変わっているがこちらが素なのかもしれない。リオンはしばらく呆然と座り込んでいた。というよりも動けなかった。

胸にぽっかり穴が空いた気分だった。どうも本気で彼に惚れていたらしい。でなければこんなに苦しくはならない。

「し、つれいしますっ。また会いましょう、ね!」

なんとかいつも通りの笑みを装って駆け出した。

見回りも終えていたから、そのまま村に戻った。

家に飛び込んで、それから座り込んだ。だんだんとツンと鼻の奥が熱くなって、視界が揺らいだ。

リオンは声を上げて馬鹿みたいに泣いた。子どもみたいに泣いた。熱い涙が頬を伝った。

恋の仕方も知らなかった。恋だともよく分からずに突進して、バラバラに何もかも砕け散った。

失敗したのだ。馬鹿みたい。「恋に恋するお花畑のお嬢さん」そんなことを言われてしまった。


違う、そうじゃない。そうだったらそもそもこんなに悲しくない。心は痛まない。

彼への気持ちは本物だったのだ。

もっときちんと確かめて、普通の方法で告白するべきだったのだ。距離感を測り損ねていた、やり方を知らなかった、言い訳ならたくさんできる。けれどそれは言い訳でしかない。

調べる方法なら、本を買うとか、いくらでもあったはずだ。心の準備をして、きちんとした機会に告白するべきだった。

いいや――それでも彼は断っただろう。確か歳は二十七。リオンは十六。一回り以上歳上だ。

こんな子ども相手に彼が応えるとは思えなかった。

そう思うと絶望と同時に、だんだんと落ち着いてきた。

あんまり絶望して、ろくに物も食べずに――いや、食べ物だけは口にしないと、見回りに支障が出ても困るので――適当なものを適当に作って口に流し込むようにして食べた。

そして泣きながら眠った。


世界とはやさしく残酷なもので、どんなことがあろうと次の日は訪れるのである。

リオンは失恋したことをダリウスには言わなかった。言えなかった。

丁度家の近くでジャムを売っていたから、それを買って見回りに出かけた。

森を歩いていれば盗賊が久々に出たので斬った。三人だったがまとめて殺した。警備隊に必要とされる手腕は持ち合わせている。ただそれしか学んでこなかっただけだ。


そして夕方――いつもの場所に向かい――木陰で立ち止まった。


チカゲは相変わらずそこにいた。河原で石を物色していた。てっきり消えていると思った。面倒な人間関係を断つ男だとダリウスが言っていたから。

リオンの存在は彼にとっては面倒ごとでしかないはずだ。いや昨日のアレはそもそも些事にしかならなかったのかもしれない。

胸が痛んだけれど、素知らぬふりをして木陰から出た。空は橙に染まり始めている。

「こんばんは」

「……ああ、こんばんは」

チカゲはちょっとだけ固まって、けれど素知らぬふりをして石の物色を続けていた。

「今日はいい素材は見つかりましたか?」

「……まあまあってところですかね」

「人工宝石にはいろいろあると聞きました。それはなんになるんです?」

「おそらくサファイアになるでしょう」

河原で丸く削られた石を、彼が夕日に透かして眺めた。

綺麗だな、と思った。石も、それを眺める彼も。見惚れていると、彼はちょっと目を逸らした。

「よくもまあ昨日の今日で来られましたね」

「なんの話ですか」

とりあえずすっとぼけてみる。彼にとって些事ならその方がいいからだ。

「なんのって、アナタねえ……!」

ちょっと怒った雰囲気のチカゲに、リオンはなぜかほっとしてしまった。些事ではなかったらしい。

「わたし、失恋したみたいです」

ぽつりとこぼすと、彼は一瞬固まった後、静かに告げた。

「それはご愁傷様です」

「もう吹っ切れたのでご心配なく」

いや本当は全然吹っ切れていないが。面倒な女だと思われたくなくて、見栄を張った。

「そ、そうですか。それはよかったです」

そう告げるチカゲにリオンは悲しくなって一人でおにぎりの包みを開けた。

食べたらなんだか泣きたくなった。

「……あ、余っていたら貰っても?」

珍しくおずおずとチカゲが尋ねてくる。

リオンは少しハッとして振り返った。彼は酷く居心地の悪そうな顔をしていた。

「アナタと友達やってるのは嫌いじゃなかったです。友達でいても?」

酷く胸が締め付けられ、リオンは残りのおにぎりを差し出した。

「魚の骨は気をつけてあります。入ってても笑わないでね」

「はいはい、ありがとうございます」

チカゲは少し考え込んだ後、リオンの隣に座っておにぎりを食べた。

「おいしいですか?」

「おいしいです」

「それはよかった」

リオンはちょっと泣きそうになりながら、頑張って笑みを貼り付けて話した。

「アナタ本当に吹っ切れたんですか?」

ちょっと困惑した様子でチカゲが言う。

「……わかんない。人の感情って、そんな簡単なものじゃないもん」

正直に言えば、彼はため息をついた。

「まあワタシに迷惑をかけなければそれでいいです」

どこからどこまでが迷惑かリオンにはわからない。迷惑だと思われた時点で、この人に関係を切られてしまうのかな、それはやだなとただ悲しくなった。


「……覇気のないアナタは見ていて困ります」

「仕方ないじゃないですか。昨日失恋したばかりなので」

「……何を言っても気持ちに応えるつもりはありませんが」

「そんなつもりで言ってないです」

リオンはおにぎりをひたすら食べた。自覚はなかったがはたから見ると悲壮感を漂わせる光景だった。

「……そんな顔をされても……。何か、甘い物でも食べに行きませんか」

チカゲの言葉に、リオンはハッとして顔を上げ、すぐにおにぎりに向き直った。

「や、やめてください。慰めてくれてるつもりなのかもしれませんが。心が揺らぐので」

「そう、ですか」

本当は行きたかった。甘いものは大好きだ。チカゲが誘ってくれることなんてはじめてだったから、断ってしまったことにすら後悔し始めたが――行ったら行ったで余計なことを言いそうな気がしたので、我慢した。こういう変に気遣いしてくれるところすら好きだと思えて余計泣きそうになった。

チカゲがこちらへ手を伸ばしかけて、やめた。頭を撫でようとしたらしいが、余計なことだと思ったのだろう。やめてくれて良かった。撫でられたら泣いていたかもしれない。

彼は困ったようにため息を吐いた。なぜか切ない目をしていた。

「……ええと、ワタシは、先に帰ります。それでは、おにぎりありがとうございました」

どこかぎこちなく去る姿に、いつもの関係を自ら壊してしまったのじゃないかとリオンは思えて、ちょっぴり泣いた。それから涙を拭いて立ち上がった。余計な気を遣わないでほしいと伝えようと思ったのだ。急いで後を追いかけたが、彼の姿はどこにもなかった。


こんなことは度々あったが、ふとリオンは違和感を覚えた。

彼はアケボノ村に家を構えているが、ダリウス曰く不在の時もある。

そうして今のように忽然と消えてしまうこともあった。

もしかして他にも拠点があるのでは――あるとしたら、それは賢者の石を作る場所なのでは!?

そこまで考えて首を振った。考えすぎだ。

風が吹いた。乾いた頬にやけに沁みた。





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