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おにぎりと自覚


飛ばした伝書鳩は片道三日、大体一週間で帰ってくる。

リオンは例の錬金術師――チカゲが、やはり賢者の石を狙っていたという事実を報告した。せざるを得ない立場にある。

ツクヨミとかいう師匠のことは書かなかった。書くべきだと思ったけれど、今の段階では報告しなくても問題ない、と自分に言い聞かせた。良くないことだ。完全に私情が混ざってしまっている。けれどチカゲはこちらを信頼して話してくれたようにも見えた。否、情報を聞き出すためだったのかもしれないが。とにかくリオンは、簡潔に報告書をまとめて鳩にくくりつけた。

一週間後、王からの返事が帰ってきた。引き続き村の秩序を守ること、そしてチカゲの見張りを続けろとのことだった。チカゲに何か怪しい動きがあれば報告しろとも書いてあった。



リオンはあれからも、ちょくちょく見回りでチカゲに会うことがあった。偶然な時も、意図的な時もあった。

「こんにちはチカゲさん」

チカゲの方もなんとなくわかりやすい定位置にいて、リオンが来るのを予め察しているようだった。

「またあなたですか、監視役さん」

そう呼ばれるのは仕方ないが、面白くはない。

「その呼び方やめてください」

「どうせ国王に報告したんじゃないですか? あー余計なこと喋った」

「……報告はしましたよ。あなたが賢者の石を狙う危険人物だって。でもツクヨミ様のことは、書いてません」

「なぜ」

「そ、その必要を感じなかったから」

嘘だ。それを見透かしたようにチカゲは笑った。少し冷たい目で。

「甘いですね。ワタシに情けをかけましたか? ま、どーせ派遣の人間が増えれば、ワタシの身辺調査などもっと手早く進むことでしょう。なぜアナタお一人なのですか?」

「基本的にここは他の大陸ですから。国王は自分の地を守ると相場が決まっています」

「それじゃなぜあなたがここに?」

「そんなの監視対象のあなたがいるからに決まってるでしょ。それにわたしは――この東雲大陸の出身ですから――陛下がおそらく、派遣の人選の時、良かれと思ってわたしを選んだのかと」

ふうん、とチカゲは言いながら石を磨いていた。

「随分とおやさしい王様で」

「そうですよ、若いけれど立派な方です。本当ですよ。先代も――」

「はいはい、他国の話はどーでもいいです」

「聞いたのはあなたじゃないですか」

リオンはむっとする。チカゲはうっすらと冷たい目で笑っていた。

「そうやってワタシに会いにきて、仲良しを装って、情報を探りにきてるんですね」

「……半分そうですけど、半分は違います」

「残りの半分とは?」

「あなたとお喋りするのは嫌いじゃないです。なんとなく落ち着きます。嘘ではありません」

真面目に返したが、果たして説得力があるのか分からなかった。

チカゲはきょとんとした目をしたが、ついでけらけらと笑い出した。

「ははは、はは……そうですか。それはそれは。――随分と面白い嘘だ」

低く冷たい声だった。

「お花畑の凡人を装ってワタシから情報を抜き取るつもりですね? させませんよ」

「……チカゲさん、嘘じゃなくて」

「いいんですよ」

彼は立ち上がった。

「ワタシもアナタから銀竜村の情報を得ようとして近づいていましたからね。お互い様です」

駄目だ、完全に誤解されている。半分は彼の言う通りだ。でも半分は違う。違うのだ。

「なんですかその顔は」

デコピンされた。痛い。

「ふはは、睨まないでください」

「…………」

「どうぞ、好きなだけ凡人のフリをして下さい。監視役殿。ワタシはアナタから抜き取る情報を見つけられませんでしたがね。アナタが村の在処を忘れていたので、せっかくの仲良しごっこが水の泡です」

「……ではなぜまだわたしの目の前から消えないのですか」

じっと、彼を見た。彼は目をぱちくりさせる。リオンは続けた。

「あなたは面倒だと思った相手と関係を断ち切るのだとダリウスさんから聞いたことがあります。なぜいつも、似たような時間に、同じ場所で、わたしに見つかるようなところにいるのですか」

「……さあ、なぜでしょうね」

彼はうっそりと笑った。何を考えているのか分からなかった。少しでも、少しでも彼の本心が知りたいと思った。

「と、友達に、なれませんか。今からでも」

「無理ですね、アナタワタシを監視してるのに」

「あなたがおかしなことしなければいい話です。どだい賢者の石なんて作り得ない代物なんです。諦めて下さい」

「嫌です」

「っ」

困った。勇気を出した提案だったが、監視の件があるのだから断られるのは当然だった。

少しの(のち)、彼はふと口を開いた。

「ま、友達ぐらいなら構いませんよ」

そんな風に言うものだから、リオンはびっくりして顔を上げた。

「そうそう、ワタシ友達とやらが少なくてですね、できてもすぐ離れて行ってしまうんですよ。アナタもきっとそうなるんでしょうが、それで良ければ」

そう言って手を差し出される。

「オトモダチになりましょう?」

リオンは目を丸くして、差し出された手とチカゲの顔を見比べた。チカゲはやはりうっそりと笑っていた。

「どうしました? 少し情が湧いたんですよ。おかしなことですか?」

微笑んで彼が言うものだから、どこか怪しく思いつつも、なんとなく絆されてしまって、リオンは手を握った。握ってしまえば、なんだか胸が温かくなった。

「ともだち、わたし達、これで友達ですね!?」

「ああはい、そうですよ」

リオンは微笑んだ。彼が苦虫を噛み潰したような顔をする。

「なに?」

「いや対応を間違えたかなと」

「対応」

「はは、なんでもありませんよ。で、今手持ちの食料ないんですけど、おにぎりあります?」

悪びれもせずに言う彼に、リオンはムッとした。

「まさかおにぎり目当ての友達?」

「まさか! で? 今日の具はなんですか? また塩だけ振ったやつですか? 魚は入ってるんですか? あの骨を抜き損ねたやつ」

「なんなんですかあなたは! 失礼ですよ!」

「いいじゃないですか、友達でしょう?」

友達ってこんなものだっけ。リオンはちょっとむくれた。

「おにぎり目当てとか嫌です。わたしが料理下手なの知ってるくせに。大体今のは悪口では?」

「そのつもりはなかったんですが。余り物で良いのでもらえません?」

「いやでーす。あなたにあげる分なんてないもん」

ちょっとだけ、彼の纏う空気が冷たくなった。

「――時折セザールに何か手作り渡してますよね?」

「ああ、あれは練習で」

「彼もアナタのオトモダチでしょう? ワタシも友達なのに、ないんですか?」

なんだか機嫌が悪い。なんなんだこの人は。

「もういいよ、はい。そんなにお腹空いているの? 八つ当たりは良くないですよ」

言いながらリオンはおにぎりを差し出した。鯖を切ったものを入れたものだ。骨はきちんと抜いているはずなのだが、物によっては入っていることがある。


チカゲの冷たかった雰囲気がさっと消える。彼は「ありがとうございます」と告げ、微笑んでおにぎりを受け取ると食べた。

しばらく咀嚼した後、彼は静かに細い魚の骨を取り出した。じっと眺めて、それからいきなり笑い出した。

「……骨。はは! ははは!」

何が面白いのか分からない。リオンは赤くなって怒った。

「笑わないで! 笑うぐらいなら返して!!」

ぴょんぴょんとんで手を伸ばすも、背の高い彼がさらに手を伸ばして掲げるものだから届くはずもない。

「いやです。はは、あははは!」

彼は楽しそうに笑っていた。リオンは真っ赤になって怒ったが、いかんせん届きはしない。


「なにしてんのお前ら」

通りがかったらしいダリウスが、荷物を背負ったまま呆れたようにこちらを見た。

「あ、ダリウスさん」

振り返ったリオンの横で、骨を捨てたチカゲが、おにぎりを食した。

「リオンさんのお手製を、ふはは、分けて頂いてるところです」

「ちょっと! ほぼ無理矢理取ったようなものじゃん!」

「いやちゃんと許可は……骨……はは……!」

「ねえ〜っ」

赤くなって怒るリオンと裏腹に、何がおかしいのかツボに入ったらしいチカゲは笑っている。


「なんだ、喧嘩かと思ったら違うのか」

ダリウスは「あほらしー」と呟いた。

リオンはおにぎりを奪い返すのを諦めて彼を見た。

「ダリウスさん、また商売ですか? この辺旅人もいますけど、この前盗賊がまた出たんですよ。危ないので気をつけてください」

「はぁ、お前らのが心配だが」

「わたしもチカゲさんも戦えます」

「そうだけど、そうじゃなくて。フツーに心配してるの。お前らなんか見てて危なっかしいから」

「そうですか?」

「そうだよ」

ダリウスは息を吐いた。

「まあえーと、とりあえず俺も気をつけるから、お前らも気をつけろよ」

そう言って彼は行ってしまった。

チカゲはおにぎりを完食すると至極満足そうに言った。

「おいしかったですよ、骨以外は」

「もういいチカゲさんにはおにぎりあげない!」

「すみませんって。味は本当においしかったですよ」

「そりゃおにぎりくらい誰でも作れますよ」

ぽんぽん、と綺麗な方の手でチカゲはリオンの頭をやさしく叩いた。

「アナタの作ったものがいいんです」

「な、なんで?」

「面白いので」

リオンはその後もぷんすか怒ったが、チカゲはけらけら笑っているだけだった。



それから、リオンはおにぎりを作る時、できるだけ形や中身に気をつけることにした。別に大した理由はない。そう、ないのだ。笑われたくないだけ。――いや本当は、褒めてもらえて嬉しかったから、もっと褒めてほしかったのだ。


――――なんであんな人のために。


そう思いながらも、リオンの心はじくじく痛んだ。嫌な予感がした。

彼が笑うと嬉しいのだと、気づいてしまったのがいけなかった。彼が文句を言いながらも、こちらを助けてくれるのも良くなかった。根が優しい人間だと思い知らされるから。


惚れそうになっているのではないかと、心配になる。もうこの時点で意識してしまっていた。監視の名目で時折会いに行く。半分は友達の名目で。

彼がある日、忽然と消えてしまうんじゃないかと、なんとなくいつもひやひやしていた。チカゲはどうも、そういう雰囲気を漂わせていたから。

けれど河原を訪ねると大体決まった時間にいて、まるで待っていたかのように文句を言いながら、馬鹿みたいな掛け合いが始まるのだ。リオンはその時間が好きだった。この時間は、ずっと前から、確かに特別だったのだ。彼といるとなぜか落ち着くし、気兼ねなく物が言えた。

村でたまに顔を合わせることもある。皮肉の応酬になるけれど、それでも会えたことがちょっぴり嬉しくなる。よろしくない。彼は監視対象だ。




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