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背中合わせの二人

その後見回りに出かけたリオンは、二人の盗賊に襲われ、返り討ちにした。平和な日は何も起こらないのだが、ちょくちょくこういう事があるから困ったものである。

「――まったく、物騒な世の中です」

ぽつりと呟きながら、血に濡れた刃を振り払い、鞘に収める。

不意に背後から足音がした。

思わず振り向き刃を向ければ、それはチカゲだった。

「アナタも物騒ですよ、しまってください」

チカゲは顔色ひとつ変えずに言う。彼も刀を常備している。まあ向けてくることはないだろうが、とりあえずリオンは刀を収めた。

「綺麗に斬りましたね」

彼は静かに死体を見つめて言った。

リオンは嫌な顔をする。殺したのだ。綺麗も何もない。チカゲは困ったように続けた。

「嫌ですね、苦しませずに死なせたという意味ですよ」

その言葉に、少しだけほっとしたような、複雑な気分になる。

「ち、チカゲさんも殺すことが?」

腰に刀を差しているので、思わず尋ねてしまう。怒られるかと思ったが、チカゲはやはり顔色一つ変えなかった。

「ええ。人工宝石を持っていると、やはり狙われることはあるので。その時は斬りますよ」

日が暮れかけていた。

「人工宝石ですか。普通の石から作るんですよね。今日の収穫はありましたか?」

リオンはそれとなく尋ねてみる。

「錬金術とは媒介を使って変化をさせます。実験のようなものです。いわゆる年代物の石は特に美しいものへ変化させることができます。まあ手腕次第ですが。――収穫と言われれば、石には困ってませんが、本当に欲しいものはいかんせん見つかりませんね」

彼は考え込みながらちらりとリオンを見た。

「……なんですか?」

「なんでもないですよ」

にこにこと彼は笑った。何かを企んでいるような、不気味な笑みだった。

「不気味です」

「失礼ですね」

赤い目を細めて、彼は静かに微笑むのだった。

「あなたの過去を探ったこと、失礼しました。私の過去もお話ししましょうか」

リオンは目をぱちくりさせた。願ってもない情報だ。

「ダリウスさんから聞いたことは?」

「ありません」

「そうですか。あの方はやはり口が硬い。アナタはどうでしょうね?」

落ち葉を踏み分け、橙に染まる空の下、鬱蒼とした森でチカゲは言った。

「ワタシには師匠がいました。ツクヨミ様といいます」

「ツクヨミ様」

「育ての親のようなものです。誰よりも大事な方でした。ええ、誰よりも」

過去形だ。リオンはこの男が今、どこか壮絶な雰囲気を放っているのに気づいていた。

「彼は殺されました。もういません」

彼は微笑んで振り返った。

「銀竜村にワタシの欲しい手がかりがあるかもしれないのです」

リオンは少し後ずさる。今の彼は少し異常だ。

「そ、それでわたしに故郷の話をさせたと?」

「まあそうなりますね」

「欲しい手がかりってなんですか?」

「――アナタ、王国から派遣されたそうですね。村を守る名目で、ワタシの監視も仰せつかっているでしょう?」

ひくりとリオンは瞳を揺らした。

「はは、ワタシがこれ以上喋ったらアナタ、ワタシを捕縛しなければならなくなるかもしれませんね」

「け、賢者の石ですか? まさか――そのお師匠様を生き返らせるつもりですか!?」

「察しが良いですね」

チカゲは冷たく笑っていた。ぞっとするような血の色の目で、笑っているのだった。

「アナタ、ワタシと仲良くして下さいましたね? アレは全部ワタシを監視するためですか?」

ぞっとした。最初はそれもあったけど、まさか全部だなんてことはない。彼には多少の、いやそれなりに情が湧いていた。喧嘩ばかりするけれど、なんとなく話して心地の良い相手だった。そばにいると落ち着くことさえあった。

「わ、わたしはそんなこと――」

「だから人間ってキライです」

彼は刀を抜き、リオンの首に当てた。

「ワタシはね、この世界がだいっきらいなんですよ」

彼の気持ちが痛いほど分かった。かつてリオンもそう思っていた時期があったから。王国の人間を恨んで、根絶やしにしてやろうと思っていた、子ども時代があったから。

「わかりま――」

「分かる訳がない!」

チカゲが怒鳴った。真っ赤な目で射殺しそうにこちらを見る。

「アナタのような頭がお花畑の小娘がよくもそんなことを――! まあいいです。銀竜村の在処を教えてください。廃墟で構わない。知るのはアナタだけだ」

「もう、もうあの村はないんですっ、場所も覚えてませんっ」

本当だった。あの夜、必死に走って逃げ出した。苦くて痛い記憶。あの村がもうどこにあったのか分からない。あの美しい日々が夢だったのではないかとさえ思うこともある。


チカゲはこれ見よがしに舌打ちをした。

「何か隠しているなら――」

その時ざっと、背後で人影が動く気配がした。七人ほどいる。


「おい、足元を見ろ。仲間がやられてる」

「相手は二人だ。片方は商人か?」

「小僧もいるな」

「なんでもいい、殺して身ぐるみ剥ぎ取っちまえ!」

こそこそと言い合ったかと思うと、いきなり木々の間から飛び出してきた。

チカゲが舌打ちして刀をリオンの首から外すと、敵に向ける。

リオンも迷わず抜いた。

「一旦休戦ですよチカゲさん。話は後で」

「やむを得ません」

二人は走り出した。

お互いの刀の鳴る音。敵は四方からやってくる。リオンは五人の相手をしたことがあるが、それが限界だ。今回は七人。一人目の腹を切り裂いた。

横やら振り翳された刀を受け止める。金属音。跳ね返して刃を振るった。

ぶしゃっと血が飛び散った。もう一人の相手をしているうちに、背後から気配がした。だが手が離せない。

「リオンさん!」

背後から切り掛かって来た敵をチカゲが斬り伏せる。

「っ」

リオンは危うく体型を崩しかけ、しかしなんとか目の前の敵を切り捨てた。そうして辺りは静かになる。残りはチカゲが斬ってしまったらしかった。

「はあーっはあっはあっ」

リオンは肩を揺らした。頬に飛び散った血を拭ったが線になってしまっただけだった。

気がつけば二人分だった死体は九つになっていた。

ちらりとチカゲを見る。さっきまでこちらを脅していたのに、彼は助けてくれたのだ。


じっと見つめれば彼は少しだけ不愉快そうな顔をした。その頬はリオンと同じように返り血に染まっている。

「……なんですか?」

「いや、あなたに助けられるのは意外でした」

「じゃあお礼でも言ったらどうですか?」

「ありがとうございます」

リオンが真面目に言えば、何故か苦虫を噛み潰したような顔をされた。

「アナタからまだ情報を聞き出せていない。だから死んだら困ると思っただけです」

「……」

随分と打算的な人だ。けれどもそれにしては人間らしい顔をしていた。


風が吹いた。

葉が散って、はらはらと舞っていく。

「わたし、なんの情報も持っていませんよ。本当に、何にも覚えていないんです」

「そうですか。……それでも、アナタに死なれては困ります」

彼は切ない目をしていた。

「勝手に死なれては、……本当に困るのですよ」

リオンはなぜだか、彼を抱きしめたくなった。ふけば飛ぶような、心許なさを感じたからかもしれない。チカゲがどこか、儚い目をしていたからかもしれない。


「……何も情報を持っていないなら、仕方がないですね」

彼は血を振り払い、刀をしまった。

「帰りますよ」

当たり前のように言う彼のそばに、なんとなく駆け寄りたくなった。おかしな話だ。リオンはぼうっと突っ立っていた。

「なにしてるんです」

「いえ」

リオンは歩き出した。彼は振り向き、待っていてくれる。そうだ、さっきは無意識だが背中を任せて戦っていた。任せられる相手だった。

警備隊員の仲間は皆そうだ。だがこの派遣先では一人。でも今は、一人ではない気がした。

リオンは駆け出して、彼のそばまで行った。彼は静かに歩き出す。

口は悪いけれど、根は優しい人ではないかと思った。けれど賢者の石の件は、王都に報告せざるを得なかった。


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