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売り言葉に買い言葉



アケボノ村は活気に満ちた場所だ。民家が立ち並び、さまざまな店が並んでいる。リオンはそれなりに村の人達とは顔見知りだった。

休日や夕方、リオンはよく店を回った。主に食材を買いに。

「今日は何を買っていくんだ?」

「そのキュウリと、ええと、トマトと、ほうれん草を下さい」

「構わないがね、何を作るんだい」

「サラダですよ」

リオンは刀はかなり得意だった。だが残念なことに料理は下手くそだった。

通りがかったセザールが、リオンに話しかける。この村で出会ったやさしい青年だ。

「ふふ、また簡単なもので済まそうとしてる」

彼は笑って言った。

「もっと良い料理のレシピを教えてあげるよ。君が作れるか分からないけどさ」

「もしかして馬鹿にしてる?」

「あぁ違うよ、僕が作って持っていってもいいよ。君忙しいでしょ? あとは、僕が直接教えるとかね」

にこにことセザールは微笑んだ。この水色の髪の青年は、アルジェント王国の出身だが、だいぶ昔からこの村に住んでいるらしい。リオンが派遣されてきた当初、たまたま出会って、すぐに仲良しになった。年は三つ上だそうだが、敬語をやめてくれと言われた仲だ。

リオンは真面目に彼を見上げた。

「じゃあえっと、あー、作ってもらうのは悪いから、自分でやるよ。レシピを教えて」

「……構わないけど、代わりに君の手作りを分けてもらうってのはどう? ほら、どれくらいうまくできたのか知りたいからさ」

じいっとリオンはセザールを見た。彼はただ微笑んでいるだけである。リオンの作った料理など、まあたかが知れている。食べて何になるというのか。

彼が自分に、なんとなく好意的なのは以前から感じていたが、リオンは敢えて受け流していた。

「ええーっと、うーんと、じゃあいいや」

「酷いな、嫌かい? 僕さ、君はこう、伸びると思うんだよ。料理練習すれば」

「本気で言ってる?」

「本気本気」

リオンはちょっと考え込んだ。普段は適当なものばかり作って食べている。おにぎりも簡単に作れるから持ち運んでいるというのもある。家で毎食似たようなものを食べているのも確かだった。

「じゃあ、うーんと、レシピ教えて。できたのを分ければいいんでしょ」

「いいよ!」

セザールは目をきらきらとさせた。

「王国の料理がいい? それともこっちの? シチューとかグラタンとかあるよ。それとも大根おろしの……」

「簡単に作れるやつにして」

「分かったよ、ええと……」

リオンは肉じゃがの作り方を教わった。彼は丁寧に紙に書き込んで渡してくれたのだ。

肉じゃがなんてのはさすがにどこの家でも出る代物である。リオンはそれさえ下手で作ったことがほぼなかった。

ほうれん草の胡麻和えだったり、ぐちゃっと崩れた豆腐の味噌汁ばかり食べていた。

「これでよしっと。はい」

「どーもありがと」

渡されたレシピの紙には綺麗な字で作り方が色々書かれていた。

リオンは必要なものを買っていく。セザールが僕も味見するのだからと、半分お金を出してくれた。

ちょっと親切が行きすぎていて心配になる。

そんなこんなで買い物は終わった。


「どうせなら他のも見て回ろうよ」

セザールが言いながら、リオンからさっさと荷物を取りあげて歩いていく。

「あ、ちょっと。これぐらい自分で持てるよ! わたし警備隊なんだよ?」

「今は仕事じゃないんだから、いいでしょ」

セザールは微笑みながら装飾屋の前で足を止めた。

色々な飾りが売っている。彼はじーっとかんざしを見ていたが、ため息をついてやめると、耳飾りや首飾りの棚を見た。かんざしは求婚に使うものだ。リオンは何も考えないことにした。

まあただ、目の前にある装飾品の数々は美しくて、目を奪われた。

宝石のような石でできた花飾りが並んでいる。眺めていると上から影が落ちた。

見やれば、背の高いチカゲがいた。

「あ、何してるんですか」

「いやそれはこっちのセリフですが」

チカゲはつまらなそうにリオンとセザールを見ていた。

「ワタシはこう見えて錬金術師ですから、石の加工方法の参考にと眺めていただけです」

「確かにチカゲさんの石、加工したら売れそう」

「それはどうも。アナタがこんなところにいるのは珍しいですね」

「どーせわたしにこういう物は似合いませんよ」

「そんな事は一言も言ってませんが……」

話しているとセザールが難しい顔でチカゲを見た。

「リオンは今僕と買い物をしてるんですが」

チカゲが少しだけ眉を顰めた。

「はぁ、じゃあ腰に紐でもつけてたらどうですか。この子あちこち動きますから」

セザールは顔を顰めた。リオンもだ。

「人を犬みたいに言わないでくれます?」

「いやだなぁ例えですよ、そう噛み付くと余計犬みたいですからおやめなさい」

「こ、この……っ」

相変わらず捻くれた男である。

「冗談ですよ。ああそんなに怒らないで。彼が過保護なのでちょっとした皮肉だったんです。本気にしないでください」

「彼って、セザールが?」

チカゲはつまらなそうな目をしていた。セザールがむっとしたように言った。

「なんですか僕に喧嘩売りにきたんですかっ」

「別に売ってませんが。リオンさんはそれなりに鍛錬されてますよ。荷物持ちなんてしなくても彼女は困りません」

まあ実のところ彼の言う通りだ。セザールが思い切りチカゲを睨んだ。

「あなた余計なことばかりっ。僕は、僕はただ、」

チカゲはやはり目を細めた。セザールが必死になって口を開く。

「り、リオン、君に何か贈りたいと思ってっ。ね? その中から何か気に入ったものはある?」

リオンは少し驚いたものの、じっと飾りを見た。どれも綺麗だが――本当は、自分には似合わないと思った。それに付けたところで、戦う時に壊れてしまうだろう。

「……ないよ」

リオンが告げれば、セザールはがっくりと肩を落とした。

「ええと、じゃあ、何か他に欲しいものは?」

「ダリウスさんのジャム。でももう持ってる」

チカゲがちょっとだけ笑った。なぜかはよく分からない。

セザールは真摯に告げた。

「君の、ええと、じゃあ君の好きな色を知りたい。白が似合うと思うんだけど、どう? この真珠とか……きっととても、」

「セザール、ありがたいけどわたし警備隊なの。こんなのつけても戦っているうちにきっと壊しちゃうし。気持ちだけもらっておくよ。ありがとね」

彼は今度こそため息を吐いた。チカゲが少しだけ口の端を上げていた。

「相変わらずですねリオンさん」

「は?」

「いえ、ワタシはアナタのそういうところ、嫌いじゃないですよ」

そう言ってまた商品の物色に戻ってしまった。


リオンはよく分からないなりに、セザールと共に店を後にした。

「送ってくれてありがと。荷物はもう大丈夫だから」

リオンがさっさと受け取ると、彼はちょっと疲れたように言った。

「君年頃の女の子なんだからさ。時には少し着飾ってもいいと思うんだよね」

「そお? ありがと」

荷物を運びながらリオンは答える。セザールは躊躇していたものの、結局紳士に戸口で立っているのだった。

「仕事のない日とか、こうさ、もっと着飾ったりとかしてみたくないの?」

「本当はね、そういう事もあるけど――似合わないでしょ」

「そんなことないよ!」

生真面目な声で叫ぶように言うものだから、リオンはちょっとびっくりして荷物を落としかけた。

「今度服飾店に行こうよ。君きっと白が似合うよ!」

やけに白にこだわるのがよく分からなかったが、ただ気持ちはありがたいと思った。けれどもリオンは、少年と間違えられることもあるくらいだ。装束を着て刀を振るう普段の自分を考えると、着飾った服飾店なんて、敷居を跨ぐのは気分的に難しかった。

「お誘いありがとう。ごめんね、それも気持ちだけ受け取っておく。親切にありがとねセザール」

「…………」

「今度肉じゃが作るから。それ持ってくよ」

「う、うん!」

「それじゃまたね」

「ぁあ、そうだね、またね」

リオンはそのまま扉を閉めてしまった。彼はやさしいが親切すぎて心配だ。そしてなんとなくそれ以上の感情を向けられている気もするが――困る。リオンにそういった気持ちはないのだ。

ひとまず彼は真摯に対応してくれたのだからと、肉じゃがを作ることにした。

一生懸命作ってできたのは、よく分からない形のにんじんや、崩れたジャガイモが入ったものだ。ジャガイモの芽だけはしっかり取れときつく言われたのでそれを守った結果、なぜか大きめの穴だらけのジャガイモができたのである。それを切った結果不格好になり、さらに煮たら、やりすぎたのか崩れかけたのだった。

ただまあ、味は悪くなかった。リオンはセザールから貰ったレシピを引き出しにしまった。明日にでも出来たものを持っていこうと決めた。


次の日の朝、見回りに出かける前に、リオンはセザールの家に寄った。

「これ、肉じゃが」

「ああ、作ったんだね!」

にこにことセザールが受け取る。

「食べたら感想を言うよ。それで上達していこう?」

彼は嬉しそうに笑っていうのだった。


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