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セザールは白が好き


それから、村で時折機嫌のいいリオンが散見されるようになったという。

チカゲがある日ダリウスに人工宝石の入った袋を渡しに行くと、仕事帰りだというのにやけに機嫌の良いリオンとあった。


「あ、チカゲさん!」

満面の笑みだ。この前殺されそうになったのを忘れたのだろうか。

にこーっと微笑まれてちょっと困った。

返事に窮している代わりにダリウスが彼女に声をかけた。

「もしかして髪紐変わった? どうしたんだ」

「ふふ、ひみつー」

チカゲは赤くなった。わざと言っているだろうこの商人。

「どうです、似合いますか?」

くるりと回る彼女は――かわいい。

かわいい?

今まで出てこなかった感情だ。

ダリウスがチラリとこちらを見た。感想を言えと言いたいのだろう。

「似合って、ると思いますが」

からからの喉で言えば、リオンは赤くなって、嬉しそうにはにかむと挨拶をして行ってしまった。


おかしい。髪紐を与えただけだ。

あの娘はあんなにかわいかっただろうか。

口元を抑えたチカゲをダリウスがじーっと見た。

「やっと渡せたのな。よかったよかった」

「あ、アナタからかってます?」

「いや真面目にお前がその……普通の人としての幸せを手に入れてくれればだな、おじさんは嬉しいのだが」

「そう、ですか」

珍しく言葉に詰まるチカゲを、ダリウスはやさしく見ていた。

その目も好きじゃない。労りもねぎらいも好きじゃない。心からのやさしさも。与えられたところで、いずれ全て消えてなくなると分かりきっているのだから。

「もう帰ります」

「おうよ」

チカゲは家路を辿りながら、やはり途方に暮れていた。この感情の意味をツクヨミ様は教えてくれただろうか? いいや、彼もまた、ただやさしく笑っているだけだった。どこにもいない、かけがえのない師匠は。




セザールは憤慨していた。面白くなかった。自分は善人だと、まあ人前では言わないけど自負しているつもりだ。

リオンはかわいい。抱きしめたくなる気持ちを抑えて、いつも友達として接している。この前はつい手にキスをしてしまったけれど、怒ったような声を上げられた上、手を引っ込められた。

まあ仕方のないことだ。博愛であるあの少女ならば。――そう、今まではそうだった。

チカゲが来るまでは。

いつからだったか村に入り込んだチカゲは、実は危険人物だったらしい。

なんやかんやあって、リオンは命を落としそうになってまで彼を探しに行った。あの男もリオンを庇って昏睡状態になったこともあるから、それはまあおあいこかもしれない。

問題はチカゲの性格だった。あの皮肉げな物言いはどうにかならないのだろうか。彼が善人だったなら、百歩譲って身を引けたかもしれない。彼女の幸せを願えたかもしれない。

だがあの男はだめだ。彼女を傷つけてばかり。なぜ彼女があいつに惚れたのかさっぱりわからない。危険な男だと諭しても、それでも好きなのだと、少女は言う。頬を染めて、切ない目で語るのだ。


そう、いくら真っ当に生きようと思ってもこちらだって人間である。愚痴をこぼしたくなる時もある。

「ダリウスさんおかしくないですか!? なぜチカゲさんなんですか!?」

「またお前かセザール」

「僕にも髪紐売ってください」

「売ったっていいけどリオンは受け取らねえよ」

青年はうなだれた。どうもあの赤い髪紐をつけてからリオンは非常に機嫌がいい。チカゲの態度も少しおかしい。セザールでさえ、あの髪紐がチカゲから贈られたものであろうと分かった。

自分だって何度か既にあちこちで買ったものを贈ろうとしている。だがすべて断られるのだ。彼女は仲良くしてくれるが、その実、根はしっかりしていた。つまるところ線引きをされていた。不必要に近づけば――例えばあの時のように手にキスをすれば、跳ね除けられるだろう。


「ダリウスさんはなぜチカゲさんを贔屓するんですか! ああ分かった、仕事仲間だからでしょう?」

「違うよ若人(わこうど)。お前はいい奴だ。リオンもね。チカゲは皮肉屋で、性格も難しくて――寂しい奴なんだ。お前には他の人間がいるかもしれないけど、奴を救えるのはきっとあの子しかいないんだ。分かる?」

「分かりません! 救うってなんですか? 僕だってあの子一筋だ! 僕の方が絶対幸せにできるのに!」

「言いたいことはなんとなーく分かるが、……まあそうだな、チカゲは今も、間違った道を信じてるし――あいつがリオンを裏切ったら、その時はお前がリオンのそばにいてやれば? その時まだ気持ちが変わってないのなら。それでいいじゃないか」

「変わる? ずっと好きですよ! ひどくないですか? 聞けば何度か殺されかけたとか! なんであいつに惚れるのかさっぱり分かりません! いい人だったらまだ良かったのに……あの子もしかして妖術でも使われてるんじゃ――」

「チカゲはそっちの類は使えない」

「それじゃ錬金術で惚れ薬でも作ってるんじゃ……」

「そんなもん作れたら奴の性格じゃとっくに商品にでもしてるんじゃねえの? 売れるだろうし」

「サイアクじゃないですか!」

「だからんなモノはないって話」

セザールは肩を落とした。

「僕にもチャンスを下さい」

「――俺はね、チカゲもそうだけど、リオンの幸せも願ってる。リオンは真っ当に生きてるから。お前がしたいようにすれば? 止めはしない。深くは関与しないけど」

「じ、じゃあ――えっと、その耳飾りを売ってください」

「白が好きだねえ」

「彼女には絶対に似合います! 清廉潔白な子です!」

「はぁ」

「赤は似合わない! まるで血の色だ! 普段戦ってるんだからせめて身につけるものだけでも――」

「それお前の趣味じゃね?」

言いながらもダリウスは面倒そうな顔で耳飾りを売ってくれた。セザールはリオンに前も似たようなものを贈ったことがある。断られたが。ダリウスのところで買ったと言ったら――もしかしたら受け取ってくれるかもしれない。



「耳飾り? ごめんね」

リオンの反応は変わらなかった。

「前に言わなかったっけ。装飾品は戦いの時邪魔になるよ」

「じゃあえっと、別のものを」

「ごめんね、もう満足してるんだ」

ふわりと風に彼女の髪が靡いた。一つに結えられた美しい黒髪。そして赤い髪紐が。

セザールは憎々しげにそれを眺めた。理解できない。でも無理矢理どうこうするつもりもない。自分は紳士だ。そう思うものの、やりきれなさを感じるばかりだった。



夏祭り。それはアケボノ村で毎年行われる祭事である。

今年もその時期がやってきた。

リオンはあれから、チカゲとあまりうまく話せていない。というか話しかけても、あまり反応が返ってこない。目を逸らされたり、考え事をされたり、いまいちまともな会話にならないのだ。


このお祭りにかこつけて彼と話せないかな、なんて考えた。

考える横で無邪気なシフォンはうきうきしていた。

「夏祭り!? 聞いたことあるよ! 王都とは違う文化だもんね! でも銃使うって本当? 人殺すわけじゃないよね?」

「銃? えー、ああと、それは射的のことじゃない? 的に当たれば景品がもらえるんだよ」

「へえ、面白いね! あとなんだっけ! お祭りの時に着る衣装」

「浴衣のこと?」

「そう! あたし着たーい!」

「じゃあ仕立て屋連れてってあげるよ。そこにシフォンの気にいるのがきっと見つかるよ」

「リオンも着るんだよ!」

「えっわたし!?」

リオンがこの村に来てから何度かお祭りに参加はしているが、毎年ただ一人の警備隊として見回りをしていたので、浴衣を着たことはなかった。

「今年は隊長が見回りしてくれるでしょ? だからね! あたしと浴衣着て一緒にまわろーよ!」

「浴衣ねえ……」

かわいい服を着たいという願望は正直あった。ただいつも土や血に塗れるように生きてきたから、少しだけそういうものに気後れするのだ。

「リーオン! あたしのお願い聞けない?」

彼女は琥珀の目で、じっとこちらを見据えるように告げた。どうも無理を言っている雰囲気ではなかった。こういうところ、シフォンはずるい。こちらの意図をなんとなく分かって、わざと言っている。シフォンのわがままという体にすれば、リオンが着やすくなると思っている。やっぱり根はやさしい子だ。

「うん、ありがとう。着て、みようかな」

リオンが笑うと、シフォンは無垢に微笑んだ。まあ実際わがままなところもあるけど、こういうところがあるから憎めない。というよりやっぱり大切な友達だと思ってしまう。


リオンはシフォンと共に仕立て屋に行った。シフォンは着物と浴衣の違いが分からないらしい。高そうな着物の額を見てぎょっとしていたが、浴衣の方へ案内されるとほっとしていた。


リオンも後に続く。きゃらきゃらと楽しそうに笑うシフォンはかわいい。白い癖っ毛に琥珀の瞳。どんな色も似合いそうだ。青を試したり白を試したり忙しい。

「リオンはどれがいいと思う?」

「正直なところ、全部似合うと思うけど――お世辞じゃなくてね――うーん、その五つの中ならこれかこれじゃない?」

真面目に返せばシフォンは嬉しそうに笑う。

最終的に彼女が決めたのは蜂蜜色の浴衣だ。とても似合っている。青い花の模様がついている。


リオンはというと、どの色にするかはもう決めていた。赤い浴衣の前で立ち止まっているとシフォンが覗き込んでくる。

「赤がいいの?」

「……うん」

「そういえば最近髪紐赤にしたよね。好きなんだ?」

「え、ああ、うん、そう……」

赤は彼の色だ。チカゲの目の色だ。シフォンが理由を知ったらまたぷんすか怒るかもしれないから黙っていたが、浴衣にするならこの色がいい。


無邪気なシフォンは横から浴衣を眺めていた。

「赤って言っても色々あるねー。どれにするの?」

悩んだ挙句、紅に花柄が縫われたものにした。帯の後ろも金魚の尻尾のようにふわりと結んだ形のものに。


「すっごくかわいい!」

と蜂蜜色の浴衣のかわいいシフォンに言われてしまった。正直ちょっと照れてしまう。

二人は仲良くそうやってお買い物をした。店員もにこにこしている。

買いはしたものの普段着に戻り、夏祭りの日にまた見せ合おうということになった。


「あたし東雲大陸の文化好き! これ普段着にしちゃだめなの?」

「ここではしてる人もいるよ。でも仕事があるでしょシフォン」

「そうでした」


なんて話しているうちにセザールと会った。

「どうしたの? 二人して楽しそうだね、お買い物?」

商店街を歩いていたから、察しのいい彼はそう告げたのだろう。シフォンは最初は彼にツンケンしていたけれど、最近は少しだけマシになった。

「まあね、リオンとお買い物! いいでしょー」

リオンは色々ツッコミたくなったがやめた。話がややこしくなるだけだ。

「何を買ったの?」

「ひーみつ」

「当てようか。もうすぐ夏祭りがある。君達の荷物は大きいし……浴衣とか?」

「なんでわかるのこいつ? さてはストーカー?」

「えぇ……違うよ」

セザールは困惑している。リオンはため息をついて伝えた。

「えーと、この時期は浴衣買う人は結構多いの。まあセザールの憶測は当たり」

「リオンもその荷物……もしかして買ったの?」

「まあね」

リオンが答えると、途端に彼はぱあっと笑顔になった。

「君! とうとう着る気になったんだね! 毎年毎年見回りばっかりで……そうか今年は君らの隊長が見回りなのかな?」

いつにもまして喋るなあと思いながら、リオンは一応頷いた。なんとなく嫌な予感はしたけれど。

「そうか! じゃあリオン、僕と回ろう!」

言うと思った。リオンはすかさず告げた。

「あいにく先約済みです」

そう言ってシフォンに目線を向けると彼女は彼女で勝ち誇ったような顔をしているので、ちょっと頭が痛くなりそうになった。でもまあとにかく、シフォンとお祭りを回れたら、それはそれは楽しいだろうと思った。

心のどこかでよぎった赤い目の男のことは蓋をした。あの男はきっとこういう祭りは好きじゃない。話したかったけれど難しいかもしれない。


セザールは少し考えた後、こう言った。

「ええーと、シフォン、実はこの前僕に声をかけてきた男がいてね。君に興味があるらしいから仲介してほしいって言うんだ」

「セザール」

むっとしてリオンはシフォンの前に出た。

「シフォンに変な男をあてがおうとしたら許さないから」

「君も君で過保護……んん、なんでもない。とにかく、僕の性格からして、そんな奴を紹介すると思うかい?」

「あたしのことを……気にかけてくれる人?」

幸か不幸かシフォンは純情であった。リオンですら気づいていなかったが、二人ともそれなりに男の目を惹くのだ。シフォンは自分がモテないと思っているが、実際はその逆。ただ気の強い性格が災いして、話しかける前に離れられてしまうという問題があった。根はやさしい少女だが、それを知るものはほぼいない。

そして彼女は恋に恋する女の子でもあった。琥珀の目をぱちぱちさせる彼女は愛らしい。

「えっと、セザール、それほんと? あたしのことを気にかけてくれる人がいるなら……あってみたいかも」

リオンはやきもきした。心配だ。この前とまるで立場が逆だが。このかわいい友達が見知らぬ男にぱっくり食われてしまわないか心配で仕方ない。

「セザール、それ誰?」

「名前はカガリって言ってたよ」

「カガリ?」

どこかで聞いた名前だが思い出せない。

「まあ当日顔合わせればいいじゃないか。気に入らなかったらそれでお断りすればいいんだ。ね?」


そういうわけで話はまとまってしまった。なんだか丸め込まれたような気がしなくもないが、シフォンがまだ見ぬ人を想い頬を染めているので、リオンは何も言えなかった。彼女と二人で射的をしたらきっと楽しかっただろう。まあ相手がきちんとした男なら別にいいのだ。

カガリ――確かに聞いたのに思い出せない。リオンは眉根を寄せた。




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