赤い目のチカゲ
*
それからもリオンは時々身体の具合はどうかと見舞いに来たけれど、チカゲが目も合わせずにあしらうものだから、長話もせず、渋々去って行った。下手くそな手料理の入った弁当を置いて。
それでも来るたびに弁当が空になっているのを見て、少女は嬉しそうに微笑んだ。
その笑顔を見ると、よく分からない感情に心臓が蝕まれる心地がして、チカゲは大変居心地が悪かった。
それから十日ほど経って、ようやく退院ができた。
「よう、チカゲ、やっと出てきたのか」
アケボノ村を歩いていると、いつもの定位置に商品を広げたダリウスがいた。
彼も時々見舞いに来ていた。彼が怒ったのは最初だけだった。それはもう父親みたいに怒鳴った。リオンがどれだけ心配したかだの、自分だって心配したのだと、身体をもっと大事にしろだの、怪我人じゃなかったら殴っていただの、それはもう色々言われた。お節介もいいところだ。けれどチカゲはなぜか聞き流せなかった。
それからやっぱり彼はリオンのように時折見舞いに来たのだ。
チカゲのぶっきらぼうな態度に困ったように笑って、それでも真面目に怪我の心配をしてくれたのだった。
「傷が治ったようで良かったよ」
「アナタ商人でしょう。暇でもないのによく見舞いに来ましたね」
「お前の減らず口には慣れた。それに嬢ちゃんからの弁当、ちゃんと食べてたみたいだし、安心した」
「……お人よしですね、アナタもリオンも」
「まあ今のうちはね」
ダリウスは噛み締めるように言った。
「俺の口出しできることじゃない。でも賢者の石をまだ探すようならお前を庇いきれないよ」
「では庇わなくて結構。――まあワタシも疲れたので、少し休憩をしたいところですが」
「休憩?」
「賢者の石の三つの材料のうち、二つはビワの手元にあります。十年探しても見つからなかったものが。ならば探し直すよりビワに協力した方が良いのですが――あいにくあの男と一緒にやっていけるとは思いません。何か別の策を考えないと――盗み出すなんてのは無理でしょうし……」
ダリウスが呆れたような、救えないものを見るような顔をした。
「それで?」
「分かりません。手詰まりです。事を急いて仕損じるということもありますし、そもそも彼は危険です。今後のことはゆっくり考えていくべきだと」
「はあ、もうやめなよ。自分がどれだけアホな事言ってるか分かる?」
「なんとでも仰ってください。ワタシはツクヨミ様を蘇らせます」
「そんなことしてただですむとは思えない。仮に成功したとしたら、生死の境が曖昧になって、現世はぐちゃぐちゃになるんじゃないの?」
「かもしれませんね。――別にどうでもいいです。こんなクソみたいな世の中、どうとでもなればいい」
どこか憎しみのこもった目のチカゲを、困惑したようにダリウスは見るのだった。
「……一旦落ち着けよ。少し休むと言ったよな。別のことして気を紛らわせば? 別の見方ができるかもしれないし」
「どういう意味です」
「答えは自分で見つけろ」
チカゲには意味がわからなかった。ダリウスの話は無意味だ。
だがビワと関わって疲れているのも確かだった。石の材料を手に入れるにはあの男に接触するしかないが、ビワともう顔を合わせたくはなかった。どちらにせよ、少し休憩したいのも確かだったのだ。
「それでは旅にでも出ましょうかね」
「やめなよ。リオンが悲しむぞ」
「監視対象らしいので勝手についてくるんじゃないですか? ま、どうでもいいですけど」
「お前らが消えたら俺が寂しい」
「……アナタ変わってますね」
「お前ほどじゃないよ」
ダリウスは座り直し、口を開いた。
「あー、お前の錬金術の腕は確かなんだろ? 石を宝石に変えるとかできるんだろ?」
「ツクヨミ様に教えて頂きましたから。できますよ。それで生計を立てていました」
「その態度じゃ客商売には向かないんじゃない?」
「いえ、ワタシのソトヅラ、アナタ知ってるでしょう。にこにこできますよ。疲れますけど」
「その疲れる部分を俺が担当すると言ったら?」
チカゲはちろりとダリウスを見た。
「どういう意味ですか」
「組まないかと言ってるんだ。お前が不利益だと思うなら別にいい。でも俺はそれなりに客から信頼も得ているし、売るのは得意だ。お前が錬金術で人工宝石とやらを作って、俺が売る。ちゃんと人工だと伝えて、正しい値段でね。売り上げは折半。どう?」
「構いませんよ。人と話すの疲れるので。それに作業しているだけで売り上げにつながるなら尚更です」
「そりゃ良かった」
ダリウスはどこかほっとしたような目をしていた。商談が成立したことより、チカゲを繋ぎ止めることに成功したと安堵するような、そんな目だった。
馬鹿だな、とチカゲは思った。ただの商売相手だ。彼やリオンが自分をそこまで気にかける意味が全くわからなかった。
*
チカゲの幼少期はあまり良いとは言えなかった。いや最悪だった。アケボノ村とは離れた場所にある黄昏村。そこでチカゲは生まれた。今でこそこの世界には数多の髪や色の人間がいると知っている。万物がそうであるように。
けれどその閉鎖的な村で、チカゲの目は例外とされた。血の色の目のチカゲは、忌み子と呼ばれた。
父にも母にも気味悪がられた。罵倒され、食事を碌にもらえないこともあった。それでも寝る場所を提供してもらえるだけマシだった。だから暴言は聞き流した。いや聞いていたらおかしくなりそうだったから、そうするに努めた。
外を歩けば子どもにさえ指をさされ、石を投げられた。当然ながら友達が出来るわけもない。
代わりに別の友達を探すことにした。
カラスの餌付けに成功して友達になったのだ。そのカラスは、餌を目的に近づいていただけだったのかもしれない。それでも良かった。一緒に過ごすうちだんだんと確かな友情を感じたのだ。少ない自分の食べ物を分けて、チカゲはカラスと遊んだ。カラスはお礼に南天の木の実を取ってきてくれることもあった。
自分のそばを飛んでついてくるカラスに、チカゲは一抹の喜びを覚えたのだ。
けれども当たり前のように、周りからは余計気味悪がられた。別に構わなかった。
世界が壊れたのは、ある日そのカラスが殺され、血を流しているのを見つけた時だった。
「…………」
誰がやったのかは分からない。だが明らかに人間の仕業だった。
チカゲは黙って穴を掘り、カラスを埋めた。涙は出なかった。
世の中はクソだ。このカラスは自分と友達になったせいで死んだらしい。では誰とも関わらなければいいのだ。
時を同じくして、両親が事故で亡くなった。他の村へ出かける途中、崖崩れに巻き込まれたとのことだった。
チカゲを守っていた、建前――最後の砦がなくなった。
途端に村の態度は豹変した。
家に帰れば、地主がもうここはお前の家ではないと言った。なんとかして金を用意すると伝えたが、聞き入れてもらえなかった。ここは化け物の住処ではないのだと。
道を歩けば疫病神だと罵られた。どうせお前のせいで、お前の両親も死んだのだと。
僕が一体何をしたのだろう。幼いチカゲは考えたけれどわからなかった。石を投げられ、村の人々から追われ、殴られ、ついに走って逃げた。
「殺さないだけマシと思え!」
「村から出ていけ! この化け物!」
なぜこんな目に遭わなくちゃいけない。呪ってやる。ああ、そんなに言うならば、本物の化け物になって、こんな世界終わらせてやる!!
村の外れのススキ野原を延々と走った。
投げられた石でできたいくつもの傷口から血が流れ、ススキを汚した。
まるで自分の名前の通りだった。自分の通った後には血が流れる。
もしかして本当に、生まれてきてはいけなかったのではないか。
ススキの中で項垂れ、這いつくばっていると、一人の大人が通りがかった。様子を伺えば、三十代くらいの、背の高い男だと分かった。ここでは珍しい烏帽子を被り、緑の着物を纏っている。旅人かもしれない。
「どうしたね」
チカゲはぞっとした。顔を上げてはいけないと思った。この赤い目を見られればまたぶたれるかもしれない。殴られるかもしれない。
「顔を上げなさい」
恐る恐る顔を上げれば、やさしい目とかち合った。
「かわいそうに。血だらけじゃないか」
チカゲは混乱した。そんな風に言ってくれる人は、この世に存在しなかったはずだ。
「どうしたの? 立てるかい?」
「ぼ、僕の目――僕、忌み子で」
「はぁ……なるほど、古い村らしいなここは。お前のその赤い目のことを言っているのかい」
「……」
「名前は?」
この男はどうせ偽善者だ。試すように、チカゲは告げた。
「血影」
男は目を細めた。真名を意図して告げれば、相手に伝わるのだ。チカゲは声を荒げるようにして訴えた。
「僕は血影。僕と関わるとみんな血を流すんだ。僕の父さんと母さんは事故で死んだ。友達だったカラスも、ぼ、僕のせいで……」
「それは辛かったね」
ぽろ、と唐突に涙がこぼれた。はじめてのことだった。
「でもそれはお前のせいではないよ」
「僕のせい、少なくともカラスは僕のせいだ。僕と友達にならなければ、あのカラスは――あんな風に殺されなかった」
不意に男に立たされたかと思うと、ついで抱きしめられた。
この人の服が汚れる、そう思ったのに抵抗できなかった。何が起こっているのかよく分からなかった。
「血影、お前のせいではない。お前のせいではないんだよ。そのカラスは殺されたのだろう。お前が殺したんじゃない。言っている意味、分かるかい?」
見開いた目から、ハラハラと涙が溢れて頬を伝った。この男の言葉を理解しようとしたけれど、少し時間がかかっただけだった。
「よ、よく分からない。殺した連中は憎いけど、そもそも僕と関わらなければ、あのカラスは死ななくて、」
「違うんだよ、偏見を持ったその人間達がいけない。お前もその偏見に呑まれている。自分のせいだと思い込んでるだけだ」
「でも、名前の通りなんだ。僕の通った後には、血の跡ができるんだ」
ススキ野原に点々と続く血は、月に照らされ、影になっていた。
「ああ、お前は自らの名前にまで縛られているのか」
「おじさん何を言ってるのかよく……これは両親のつけた名前で」
「私が新しい名前をあげよう」
ハッとして血影は男を見た。
「私の名は月詠。お前に名を与えよう。お前がお前でいられるように。本当は両親に愛して欲しかったのでは? なら響きはそのままに、新たな名前を。――千景。千の景色を共に見よう。私と来なさい」
大粒の涙を流して、少年は男を見た。
「それ、僕の名前?」
「そうだよ、千景。私はあちこちを旅していてね、一緒に来るといい。たくさんの景色を見るべきだ。そのうちお前は変われるだろう」
少年は震える手で、必死に月詠の着物に縋り付いた。
「ち、かげ。千景。それが僕の名前」
「そうだよ」
「連れてってくれるの?」
微笑む男を見て、少年はとうとう馬鹿みたいに泣いた。押し殺していた憎しみや悲しみが、堰を切ったように溢れ出して、涙は止まらない。
月詠は少年を強く抱きしめた。そうしてその日、少年は血影ではなく、千景になったのだ。
*
「ハァ……」
過去を思い出すと疲れる。チカゲはアケボノ村の家で人工宝石を作っているところだった。
あの日変われるかもしれないと一抹の光を見た気がした。ツクヨミ様はあまりにやさしくて美しかった。
それはずっと変わらなくて、チカゲが成長して反抗期に入ってもただただやさしいままだった。このままこの人と共に暮らしていくのだろうと思った。穏やかに過ごした日々もあった。丸くなったねとツクヨミに微笑まれた日さえあった。
けれどある時ツクヨミは無惨に殺された。そしてすべては無駄だったと悟ったのだ。
貰った名前を捨てるつもりはない。自分は千景。けれども根底には血影だった時のような憎しみがあった。
結局世界はツクヨミ様を奪った。老衰だったならそれを受け入れられただろう。でも違う。酷い殺され方だった。
あの人の教えは真実のように見えて、そうじゃなかった。
結局世の中はクソだ。カラスやツクヨミ様を奪ったこの世界なんて滅びたって構わない。どうでもいい。
ただあの尊い人は死ぬべきではなかった。
ツクヨミ様を蘇らせるためならなんでもするとチカゲは思った。
なのに今はただ家で人工宝石を作っているだけ。
仕方ない、と自分に言い聞かせる。ビワと接触するのは危険だ。失踪していた二ヶ月の間、自分がマトモでない環境にいたらしいことも分かった。だからどうということもないが。
ただあの小屋には戻りたくない。行ったところでリオンが探しに来るだろう。――あの馬鹿な娘が。そうしてまた利用されて、彼女が人質にされたら――足やら腕やら切り落とされたら――殺されたらと思うと、どうにもゾッとするのだった。
自分らしくもないけれど、チカゲはうまく行動できずにいた。ただ人工宝石を作ってダリウスに渡し、報酬を渡される日々だ。
あの娘は自分にとっての足枷か何かなのか? 考えたけれどよく分からない。
「来週の分できました。どうぞ」
日が翳る金曜日、定位置にいるダリウスにそう言って袋に入った人工宝石を渡す。
「ありがとう。今週の分」
代わりにダリウスが賃金の入った袋を渡してくる。こうやって暮らして二週間が経つ。チカゲは渡された袋の中を覗き目を細めた。
「やはり少し多すぎるのでは?」
「お前の人工宝石が売れたんだってば」
「法外な値段つけてないでしょうね。天然モノではないんですよ」
「つけてないって。俺そんな悪徳商人じゃないもん。人工宝石とちゃんと伝えて売ってるよ。相応の値段で」
まあ人工宝石もそれなりに価値があるので、値は少し高めになるけれど、天然の宝石ほどではない。だがチカゲの作り出したものはよく売れているらしかった。
「お前の腕がいいから、たくさん売れる。だからそれは妥当な賃金」
「……そうですか」
「なんに使うの」
「生活費に……あとは研究のための探索費用……あとは貯金……」
ダリウスは微妙な顔をした。
「悪かないけどさ、遊びとかに使わないの」
「娼館にでも行けと」
「そんなこた言ってない。酒とかあるだろ。他に娯楽とかさ。なんかそういうのないの」
「酒は別に興味ないです。煙草を嗜んだ時期もありましたが、あまり合いませんでした。娼館は昔行って飽きましたし、高級料理店とかも、興味ないです」
ダリウスが困惑した顔をした。
「そういうアナタはどうなんですか?」
「俺? んー俺も貯金する方だけど、酒とかは少し買うよ。お前なんか詰め込んでるように見えるから、少し息抜きした方がいいんじゃないかと」
「あ、チカゲさん! とダリウスさん!」
通りがかったのは仕事帰りのリオンだ。彼女は今日も今日とて警備隊として森で見張りをしている。相変わらず盗賊だとかを倒したり、道に迷った人を助けたりしているらしいが、隊長とシフォンが加わって負担が減ったらしく、機嫌が良さそうだった。
「嬢ちゃんお疲れ。何か買ってく?」
「苺のジャムください!」
「ああいつものね、はい」
リオンはお金を払うと嬉しそうにジャムを受け取って鞄に入れた。
「チカゲさん、そういえば数日ぶりですね。ダリウスさんと組んだんですって?」
やはりなんとなく機嫌が良さそうだ。ダリウスと商売を共にしていることが、彼女にとっては安堵するような事実らしかった。
「そうですがなにか」
「いいえ、このままここに定住すればいいんじゃないかと……思っただけです」
「ハァ、今は住んでますけど」
「そうは言うけど、そのうちどっか行っちゃうつもりなんじゃないの?」
無邪気さを装った微笑みの下に、何かが隠されている。いかないでと、夢うつつの中、そう呼んだ彼女を思い出した。彼女の言葉は真実だ。
あの朝、チカゲはビワの元へ旅立ったのだ。そしてまた今も、この日々は単なる休憩のように思っている。時が来たら賢者の石の材料を手にするため、自分は動くだろう。他ならぬツクヨミ様のために。
「――そうだとして、アナタに関係が? いい加減ワタシの管轄を降りたらどうです。時が来たら、あの隊長の方が私情を挟まずにワタシを捕縛できるでしょうからね」
「あなたの管轄を降りる気はないですよ、監視対象さん」
酷く切なく、少女が笑った。
「ずっとそうやって、ダリウスさんと一緒にここにいればいいんです。この村で過ごせばいい」
風が吹いた。一つに結えられた少女の髪が、紺の装束がたなびいた。
「もしあなたがまた動き始めたら――始末するのはわたしです。誰かがあなたを殺さなきゃならないのなら、最後にわたしが手を下します」
「アナタなんぞに殺されやしません」
「どうでしょうか。やってみなければ分かりませんよ」
少女は笑うと、難しい顔をしているダリウスに挨拶をして、近くにある自分の家へと入って行ってしまった。
「お前ら難しい関係だな」
「そうですか? 以前からこんなものですが」
「ちょっとは変わったかと思ったのに――お前が変わらなければリオンは苦しむだけだ」
「そんなの彼女の勝手でしょう。ワタシには信条があります。それを曲げる気はありません。彼女にそれを理解してもらう気も」
「チカゲ」
ダリウスがどこか悲哀に満ちた目で見てくる。同情とも違うまっすぐなその瞳。チカゲはそうした真摯な眼差しが苦手だった。
「なんですか」
「あの子が哀れだとは思わないのか」
まっすぐに問われ、少しだけ言葉に窮した。
「ええ、まあ――多少は。でも彼女は自分の気持ちを押し付けてるだけです。ワタシはあの娘とどうこうなる気はないんですよ」
「……セザールが、よくあの子を慰めてる。リオンは別に望んでないらしいけど」
「それがなんですか」
「仮に彼女とセザールがくっついたとして、何か思うところはないのか」
「…………」
思うところ、と言われても困る。でも彼女が他の人に笑顔を向けるようになったら、その人を特別にしたなら、胸に穴が空いたような感覚にはなるかもしれない。それがどんな感情かなんて今更どうでも良いことのはず。だったけれど。
「……面白くはないですね」
「そう」
ダリウスの目元が少しだけ柔らかくなった。その仕方のない子どもを見るような目も苦手だ。
「リオンに何か贈らないか?」
「は? ワタシが? なぜ?」
「セザールはよく贈り物をしようとしてるみたいだよ。断られてるみたいだけど」
「ではワタシがしても同じなのでは」
「本気で言ってる?」
すべてを見透かしたような目でダリウスが言う。言わんとすることは分かる。リオンは惚れている男がいるから、他の男からの贈り物を受け取らないのだろう。自分の贈り物なら――受け取るのかもしれない。
「色々あるけど、互いに世話になってるだろ? お前があいつを助けた時もあったし、その逆も。なんかあげれば?」
チカゲは目を細めた。
「何を贈れば?」
ダリウスはその言葉を聞くと、嬉しそうに商品を並べ直した。
「そろそろ店じまいのつもりだったが、どうせなら俺から買ってけよ。身につけるものだと喜ぶんじゃないか」
「戦いの邪魔になるでしょう」
「ならない装飾品もあるだろ。あー、ここら辺とか」
ダリウスが見せたのは髪紐だった。彼女はいつも地味な髪紐をつけているが、ここには色々な色がある。確かに髪紐なら邪魔にはならないだろう。
チカゲはじっとそれを見つめた。あの娘の目は青だ。なら青が合うのではないかと考え、やめた。なんとなく赤を手に取った。きっと似合うだろう。
――赤。
少し思うところがあったものの、結局それを買ってしまった。
ダリウスはにこにこしている。
困った。こういうものを女に渡したことはない。どう渡せばいいのかよく分からない。
「それじゃまた」
ダリウスが笑顔で店じまいを始める。チカゲは髪紐を手に困惑したまま突っ立っていた。空は夕焼けに染まっている。




