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舞い散るヒガンバナ

ビワは時折結界の外へ出かける。

その隙を見計らい、次の日チカゲは座敷牢へ向かった。


案の定、シラサギが見張りをしていた。

「退いて下さい、面会がしたいだけです」

チカゲがつまらない目で言えば、シラサギは少し疑うような目つきをしたものの、二人きりにしてくれた。

だが部屋の外で張っている気配がする。逃す気はないのだろう。


「リオンさん」

チカゲは少女を見下ろした。座敷牢へ放り込まれた少女は、両手を縄で縛られ、倒れ込んでいた。嘲笑する気にもなれない。チカゲは冷たくそれを見た。

「ち、かげさ……」

「無様ですね」

少女はわずかにこちらを睨んだが、チカゲは淡々と続ける。

「刀を奪われてはどうしようもないでしょう。こんなところへ踏み込んで愚かですね」

「そんなこと、言われて、も」

イライラした。あまりに健気な少女に、どうしようもない感情が湧き上がる。

どうにも訳の分からない怒りと悲しみが胸を襲った。いつしかチカゲは勢いに任せ捲し立てていた。

「アナタはワタシに利用された! あの日身をもって知ったはずです! なぜこんなところに、」

「あいしているから、」

「この嘘つきめ!」

自分はこの娘を騙したのだ。彼女の好意を利用して、首を絞めて殺そうとしたのだ。刀を首先につけつけた。

彼女が自分を愛するはずがなかった。

助けて欲しいから嘘をついているのに決まっている。

「嘘じゃ、ない。すきです、探しにきたの、チカゲさ……」

憔悴しきった彼女に、心が痛んだ。

すべての感情に自ら無視をしようとしていることに、チカゲは薄々気づいていた。彼女の愛はおそらく本物だ。なんて馬鹿な娘だろう。

「逃がしてあげましょうか。一度だけ情けをかけてあげましょう。ワタシも死にたくないので、一度だけ。その代わり二度とここへ来ないで下さい」

「無理な相談です」

やりきれない怒りが、訳の分からない激情が湧き上がる。

「なぜアナタはそんなに愚かなのですか!」

「わかん、ない。人は恋をすると、おろかになるって、おかあさんが、言ってた……」

そう告げる少女の意識は朦朧としていた。

「どうしました!?」

チカゲはわずかに動揺し、格子に掴み掛かった。

「わかんな……食べ物に、たぶん何か混ぜられて……でも食べないと死んじゃうし……きっと毒じゃないよ……殺す気はなさそうだったもの。でも逃げられないよう、弱らせる、ために」

チカゲはとうとう耐えきれず、壁にあった鍵を取り、格子を開いた。

「リオンさん!」

堪えていた感情が溢れ出したように、少女を抱きしめた。

矛盾しているのは果たしてどちらか。自分ではないのか。

でもツクヨミ様を諦められない。賢者の石を諦めきれない。

だが今はただ、この腕の中にいる少女が気がかりでしょうがなかった。訳が分からなかった。


少女が傷ついたように笑った。

「馬鹿な、ことは、分かっているんです」

その青い目に、涙の膜が張った。

「あの日あなたはいなくなった。わたしを置いてった。いつかこうなるって、分かっていたのに、耐えられなくて……」

必死に涙を堪えているようだったが、声は酷く震えていた。

「もう、置いて行かれたく、ないの……」

チカゲは耐えきれなくなって、少女を抱き上げ、格子の外へ出た。

よく分からないけれど、ここにいてはいけないと思った。靄のかかっていたような何かが、晴れたような気がした。


その先にシラサギが立ちはだかった。

「どこへ行こうというの?」

もうこんなところにはいられない。チカゲはそう思った。賢者の石をまだ諦めてはいない。ツクヨミ様も諦めちゃいない。

でもこんなやり方をするビワとはいられないと、ただただ、そう思ったのだ。


「面会をするだけと言ったじゃない。やっぱりこれね」

刀を抜こうにも両手は塞がっている。おまけにこの女は妖術を使うのだ。

はらりはらりと白い羽根が舞い上がる。

「あなたはビワ様にとって必要なの! それがどんなに光栄なことか分からないの!? さあその娘を置いて部屋へ戻りなさい! 今すぐ!!」

白い羽根が一斉に襲いかかってくる。

「させるか!」

横からシラサギに飛び掛かる者がいた。クロサギだった。

「チカゲ! その娘を連れて逃げろ! 早く外へ!! ビワが帰ってくる前に!!」

チカゲは呆気に取られたが、頷いて部屋を後にした。

背後から声が聞こえてくる。

「クロサギィイ!」

シラサギの恐ろしい声だった。背後から障子が破けたり、けたたましい音を立てたりしているのが聞こえる。二人が戦っているのだろう。

執務室を通り過ぎようとすると、リオンが声をこぼした。

「待って、」

そう言ってチカゲの腕からふらふらと降りた。

「あった……わたしの刀……」

言いながら壁に掛けてあった刀を手に取った。

「リオンさ、」

「大丈夫……ひとりであるける……」

ふらふらと歩くリオンが心配になったが、彼女が一人で立ちたい思っていることがなぜか痛いほど伝わってきて、チカゲはそのまま彼女と共に進んだ。

扉はなぜか開け放たれていた。だが幸いなことにビワはいない。


そのままヒガンバナの花畑を進んで行く。出口は分からない。けれども必死に進んだ。

ふらつくリオンと共に、血のような花畑を駆けた。


「どこに行くの?」

そんな男の声がする。

ざくりざくりと、ヒガンバナが音を立てる。

見れば二人の前に、ビワが立ちはだかった。

睨むチカゲと裏腹に、リオンがふらつきながら声を上げた。

「ちかげ、さんを、連れて帰るの! そこを通して!!」

「どこまでも邪魔な小娘め! 腑抜けたのかチカゲ! 小屋へ戻れ」

「嫌です。ワタシはツクヨミ様を諦めません。でもアナタのやり方とは相容れない。リオンさんの食べ物に何か混ぜましたね?」

「言っただろう。動き回る小鳥は籠の中に入れておくべきだと。その娘が逃げようとするとシラサギから聞いたから、少しだけ毒を入れただけ」

チカゲの頬に青筋が浮かんだ。

「毒」

「ハハ、君がそんな顔をするとは。大丈夫だよ、少し神経がやられるだけ。命に別状はない。少しずつ動けなくなるだけだ」

「貴様!」

「あはは! 僕に勝てると思ってるの!?」

ビワが(あやかし)のように目を細め、切り掛かってくる。

「言うことの聞けない奴にはお仕置きだ! チカゲ、君の両手が使えなくなったら困るけど、少しぐらい寝込んでもらおうか。その間に逃げられないよう、足を切り取っちゃうのが得策だよね?」

チカゲは目をぎらつかせ、刀を抜いた。

あまりに怒りに塗れていたからか、素早いビワの刀にも太刀打ちすることができた。

二人は赤い花畑の中戦った。一面のヒガンバナが二人と、ふらつくリオンを眺めている。


紅の花びらが舞い、空に散っていく。

金属の重なる音。チカゲは攻撃を避け、踏み込み、守ることを繰り返していた。

ビワは強かった。守ることはできても攻撃が難しい。相手も眉を顰めている。

前はあっさり刀を弾かれたチカゲだが、今はその比ではない。明確な怒りが、言葉にできない激情が、彼を突き動かしていた。

刀の交わる音は幾度となく響き渡っている。

「はぁっ、はあっ」

互いに睨み合い、体力を消耗していた。

「もういいっ」

不意にビワが動いた。ふらついたままのリオンに襲いかかる。

「みねうちにすればいいことさ! 人質がいればお前は逃げられない!」

言いながらリオンに踊りかかる。いつもの彼女なら対処できただろう。

だが今の彼女は、刀を抜くのがやっとだった。構えた時にはもう、その腹目掛けて刀が振り下ろされるところだった。

「リオン!!」

咄嗟に、チカゲはリオンを突き飛ばした。

「っ、チカゲさっ」

赤い花びらに混じって、びしゃりと鮮血が飛び散った。

ひくりと少女の瞳が揺らぐ。

花びらの舞う中、チカゲは倒れ込んだ。

「チカゲさん、チカゲさんっ!」

リオンが泣きそうになりながらも、刀を構える。

「ふふ、その身体でどう僕に立ち向かおうと言うの? 君も彼と同じようにしてあげる。二人とも足を切り落としてあげるよ。そうすれば逃げられないでしょ」

頭上で交わされる声を聞きながら、チカゲはつぶやいた。腹から流れる血が、ヒガンバナをより一層際立たせているように見えた。

「逃げて……」

「嫌です。あなたを置いていくことはできないっ」


「ならここで生きながら死ぬといい! 君の翼を切り取ってやろう!!」

爛々と目をぎらつかせたビワが再び踊りかかる。対するリオンが、防ぐのが精一杯だろうとチカゲには分かった。彼女は神経を侵す毒を飲まされているのだ。


その時だ。

ヒュンっとビワの背後から剣が飛んできて、その脚を刺した。

刀じゃない。王国産の剣だ。

「なっ」

目を見開いたビワが、わずかに動こうとする。

その背後から男の声がした。

「すぐには動けないはずだ。とどめをさせリオン!」

「クソがっ」

リオンが刀を振り下ろすと同時に、ビワは脚に刺さった剣を抜き捨て、嘘のように消えた。逃げたのだ。


「チッ、逃げたか……」

そう呟いたのはリオンの上司である警備隊長ブレッドだ。

一面の花畑が揺らぐように消え、いつしかそこは雑木林の中へと姿を変えた。もうあの小屋もない。

「奴は危険人物であり、アーノルド陛下による捕縛対象だ。チカゲ、お前もな」

「隊長っ、チカゲさんは――」

ふらつくリオンをチカゲは見上げた。自分の腹からだくだくと血が溢れている。

「まずはリオンさんの治療が先です。毒を飲まされていたようなので……そ、れから」

そのままチカゲの意識は飛んだ。



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