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眠る少女と寝れない男


馬鹿馬鹿しくなって寝る体制に入ったチカゲに、リオンが声をかけてくる。

「あの、チカゲさん」

「なんですか、もう寝るんですが」

「そ、添い寝……とか、駄目ですか?」

二人で寝る機会なんてきっともうないだろうから、とその目が言っている。

チカゲはうんざりした。彼女に、自分が今一度どう言う状況に置かれているのか理解してほしいと思った。お互いに着物ははだけたまま。髪を下ろした彼女は無垢な美しさがあって、非常によろしくない。

要するに警戒心がなさすぎるのだ。いやある意味では吹っ切れてしまったのかもしれない。拒絶されることに慣れた彼女は。

「お断りします」

「そ、そこをなんとか」

「嫌なものは嫌です」

「な、なぜですか!!」

なぜか少女が声を荒げた。赤い顔をして。

「ほ、他のお姉様方とは、過去に、ね、寝たんですよね? なら添い寝くらい良くないですか?」

チカゲは顔を覆いたくなった。彼女は妓女ではないのだ。それに良くわからないけれどこの子に間違っても手を出したくないと思ったし、添い寝などもっての他だと思った。

「やめてください、ダリウスさんが知ったらなんと言うか」

「そこでなんでダリウスさんが出てくるんですか。今はわたしとあなたの話をしてます! 真剣に言ってるんですよ」

頼むからその熱い眼差しで見つめてくるのをやめてほしい。もしかしなくても思ったよりこの娘に絆されているのかもしれない。だとしたら一大事だ。

「迷惑なのでやめろと言ってるんです」

「へえ、他のお姉様が寝たのは迷惑じゃなかったのに?」

「ああいえばこう言う」

「わたしだけ子ども扱いするからです」

「生まれたてのひよこみたいにビービー鳴いてた人に言われたくありません」

「はっ? ひ、ひよこじゃないし!」

くるくる表情を変える少女が、不覚にもかわいいと思ってしまった。とにかく今は近づかないで欲しかった。

「いいから、ほら寝ますよ」

「教えてください、わたしだけ駄目な理由」

「し、知りませんよ。子どもだからです」

「知らないって何? 子どもなら添い寝くらいいいでしょ!」

怒ったようにリオンが隣に潜り込んでくる。

「なっ」

「今日ぐらいお願い」

そっと胸に寄り添ってくる。たぶん、そう、少女はこの館の熱気に当てられてるだけだ。チカゲはそう考えることにした。そう考えても思考が追いつかない。

泣き腫らして化粧が崩れてしまった少女は、はだけた着物のまま、無垢な表情で満足そうに布団を被った。

「あ、アナタねえ……!」

「うるさいです。……好きです、おやすみなさい」

「っ、〜〜!」

チカゲにはどうすることもできなかった。そのまま少女は眠ってしまったのである。



少女は夢の中にいた。

いつもの十六の姿ではなく、六歳の姿で。

はるか懐かしい銀竜村にいた。そこは藤の花が、龍の鱗のように咲き乱れる、美しい村だった。


「凛音、おいで」

藤の花の向こうで、母の声がする。リオンは駆け出して、母の胸に飛び込んだ。

おかあさん、と呼べば母は頭を撫でてくれる。

母の長い黒髪が美しくて好きだった。

だから凛音は、自分の黒髪も好きになれた。

おんなじだから。

大好きなお母さんと、おんなじ。

温かい腕の中で、頭を撫でられながら、リオンは思った。


ふと、温もりが消える。ハッとして見回せば母はいなくなっていた。はらはらと藤の花が散って行く。吹雪のように散っていく。


気がつけば瓦礫と化した家々のただ中に、幼いリオンは立っていた。あちこちから火が出ていた。ごうごうと燃えている。酷い光景だった。


「お母さん……?」


「探せ! いるはずだ!」

「捕まえろ!」

見たことのない鎧を着た男たちがやってきて、それが海の向こうの王国の人々だと幼いながらに分かった。


「お母さんっ」

必死に探せば、瓦礫の下敷きになった母がいた。

「お母さんっ、おかあさんっ」

小さなリオンは泣きながら駆け寄った。

「駄目よっ、ここにいては駄目。もうすぐ敵が――」

「あそこに子どもがいるぞ!」

「全員調べるんだ! 捕まえろ!」

「逃げなさい、凛音」

母がリオンの小さな手を握って言った。

「振り返らずに走るのよ」

「や、やだよっ、ぜったいにいや!」

「凛音。お願い。お母さんのお願いを聞いて。――逃げて」


「捕まえろ!!」

「っ」

リオンは駆け出した。

ああ、振り返ることもせずに、母の言う通りに。涙が頬を伝った。何度もこけて、乱雑な森の中を逃げた。

父はどこへ行ったのだろう。今朝湖の方へ行くと言っていた。そちらにも追手が行っているはずだ。だが探している暇はない。


「追え!」

「はーっはーっはーっ」

泣きながら走った。駆けながら涙を流した。

「おとう、さん、おかあっさんっ」

逃げてごめんなさい。ああ、ほんとうに。

ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。


ああ、ころしてやる。ぜんいん、ぜんぶ、なにもかもめちゃくちゃにして、こわしてやる。海の向こうからきた人たち、あの人たちが、村に火をつけた。王国のにんげん、ぜんいん、ひとりのこらず、ころしてやる!


「ごめ……なさい」

暗い部屋の中で、眠ったままのリオンは、知らずに雫をこぼした。

闇の中、ふと薄目を開けると、見知らぬ――いや、大好きな人が横にいた。

チカゲだった。

「チカゲ、さ――?」

彼は横になったまま、動揺したようにこちらを見ているだけだった。

「チカゲさんっ」

大丈夫。まだこの人がいる。きっときっと、もう置いて行かない。置いて行かれない。

両手を伸ばした。

ああもう、大丈夫だ。

リオンはまどろみの中、愛する人を抱きしめた。決してもう失わないように。そうしてまた涙をこぼして眠りについたのだ。



「…………」

朝、日差しの中目を覚ますと、男の顔が至近距離にあった。

互いにはだけた服のまま――明らかに事後――という訳でもなかったが、まあとにかく普通ではない目覚めだった。

「うわぁああ!?」

「うるっさ」

チカゲが真顔でこちらを見ていた。とっくに起きている――というよりあまり寝てないようだった。

「やっと起きましたか? 迷惑なんですけど。いい加減離してくれます?」

「あ、え、あ、うわっ」

抱きついていたらしい。そりゃ彼からしたら迷惑だろう。慌てて手を引っ込めた。


「はあー…………」

彼は深いため息をつくと身を起こした。

「昨夜、なんか夢見てました?」

「い、いいえ……覚えてないです」

彼は困ったような目をしていた。目の下にクマができているようだった。

「あ、あの、……ごめんなさい」

「いいですよ別に」

彼は縁側にいって背を向けて座り込むとぶつぶつ何か一人で文句を言っていた。いじけた子どものように見えた。

「クソガキが」「恥知らず」などと聞こえた。

リオンはちょっと青くなって、いそいそと布団を片付けた。

それからまあ着物がはだけたままなので、困ってしまった。妓女を呼んで昨日の服を持ってきてもらったが、その間もチカゲはこちらに背を向けてぶつぶつ言っている。


「チカゲさん、チカゲさん」

リオンはなんとか声をかける。

「ああ、はい、なんですか」

「他の部屋、あー、その、お片付け中なんですって。ここで着替えろって言われてしまって。そのままそっち向いててもらえますか」

「勝手にしてください」

チカゲはまた背を向けてしまい、そのまま黙り込んでしまった。


せめて衝立があれば良いものを、残念ながらそこまで用意はしてくれなかった。

リオンは仕方なく着物を解いていく。しゅるしゅると帯が解けていく音が気まずい。

ばさりと着物を脱いで、下着姿になっていく。


「殺す」

チカゲが口走った。

リオンはびっくりして動きを止めた。音で気づいたのか、チカゲが背を向けたまま息を吐いた。

「なんでもありません。手が止まってるのでは? さっさと着替えてください」

リオンはいそいそと着替えて、なんとか元の装束姿に戻った。

「お、終わりました」

「あっそ」

チカゲはこちらを見ると深く深くため息を吐いた。

「アナタのせいで昨夜はほとんど眠れませんでした」

「す、すみません」

「本当に。本当に、反省してください」

彼の目は据わっていた。

「お仕事もう終わりですよね? ワタシも着替えたいので。身なりを整えたなら出てってください」

冷たく突き放すような声音だった。だがその目は捕食者のようにリオンを捉えている。

出ていけと言われたものの、ちょっと足がすくんだ。そこらの盗賊よりよっぽど怖かった。

「なんですか? ワタシの着替えが見たいんですか? 酔狂ですね」

「違いますよ!」

「じゃあ出てってください! ――出ていけ!!」

これ以上ないくらい怒鳴られて、慌ててリオンは部屋を出た。


去り際、女将から呼び止められた。チカゲのあまりの剣幕に、リオンは肝心のことを忘れそうになっていた。

「ちょっとリオン、賃金を」

「あ、ああ」

渡されたのは金貨三十枚だった。

後で半分チカゲに渡そう。そう思いながらひとまず受け取った。


どうも不思議な心持ちだった。怖い夢を見たような気がするが、それ以上に安心して眠ったような気もする。よく覚えていない。

ただ覚えているのはどうも寝ている間にチカゲを抱きしめたらしく、彼を相当怒らせたことだった。


すごく、怒ってたなー、とリオンは思った。割と落ち込んだ。あそこまで怒鳴らなくてもいいではないか。他の女の人と寝たことあるんだろうし。そう思うとやっぱりちょっと悩んでるのが馬鹿らしくなって、同時にちょっと悲しくなった。「クソガキ」に抱きつかれて不愉快だったのかもしれない。あーあ、まあいいや。今更だもの。そんな風に思った。

チカゲさんに拒まれるのなんて、慣れてしまった。――いいや、まだ慣れない。心がしくしくと痛んだ。

とりあえず今日くらいは休もうと思った。王からの命令でも、「仕事に励むように。しかし適度に休息も取るように」とあったから、リオンは自分の家へ帰った。



チカゲの機嫌はすこぶる悪かった。勝手に添い寝されたかと思えば、こっちの気も知らずあっという間に少女は眠った。警戒心はないのか。イライラしながら寝られずにいれば、彼女は眠りながら顔を歪めた。どうも眠りの質が悪いらしい。

知ったことか。チカゲも時折悪夢を見る。警戒心のない馬鹿なお前も勝手に見ればいい。どうせ起こしたところでろくな事にならないのだから。

そう思ったものの一抹の良心が痛んだ。そんなもの残っていたのかと自分ですら思ったが、彼女は酷くうなされていた。

起こしてやろうかと手を伸ばした時、閉じたままの少女の目から涙が頬を伝い、こぼれおちた。

「ごめんなさい」そんな風につぶやいたのが聞こえたような気がした。

ハッとした。そこまで酷い悪夢なのか? 一体なんの夢を見ている。誰に謝っている?

動揺しながらも起こそうとした時、少女の目が開いた。涙に濡れた、まどろみに満ちた少女は、泣きそうにこちらを見た。

「チカゲ、さ――?」

あどけない子どものような目をした少女が、ふと救いを見つけたように微笑んだ。

「チカゲさんっ」

ぐっと胸が締め付けられたような気がした。言葉に詰まっていると、少女は微笑んで両手を伸ばしてきた。

「っ――」

抵抗は、なぜかできなかった。突き放せばいいものを、できなかったのだ。悪夢を見ていたらしい彼女が、酷く救われたような目をしていたせいかもしれない。気づけばぎゅっと抱きしめられ、そうして次の瞬間、また少女はすやすやと眠りの世界に落ちてしまった。


――――寝れない。


女と同衾したことは何度かある。でもこんなことはなかった。抱きしめられているだけなのになぜか動けないでいた。


今度は落ち着いたように、安らかな眠りについた少女に、何を思えばいいのか分からない。貞操観念はどうなっているんだとか、諸々言いたいことはあったけれど、一体どんな酷い悪夢を見たのか、まどろみの中の彼女に、救いを見つけたように抱きしめられれば――例え彼女が寝ぼけていたとしても――どうにも咎めることができなかった。好きだと告げた彼女の想いが本物だとひしひしと伝わってきて、何かが痛くなった。正体はわからない。とにかく眠れない。


おまけに次の朝、少女は悪夢のことも、抱きついたことも忘れていたらしく、起きた途端叫ぶ有様だった。被害者はこちらである。


不貞腐れたチカゲは、寝不足も相まってまともな思考ができないでいた。

他の部屋が一つしかないから、着替えがここでしかできないのだと言われた時、廊下に出れば良かったのだ。

けれど色々な憤りやら何やらで、考えがそこまで及ばず、ただ背を向けたままそこにいた。

結果少女が着物を脱ぐ衣擦れの音を聞く羽目になり、ああ――嗚呼、この女は一体何を考えているのか! ああそうだ、好きだと言われたんだった。だからと言って何をしても良い訳じゃないだろうと「殺す」と気づけば口走っていた。


衣擦れの音が止む。

殺す――ああそうだった、文字通り、殺したい理由があった。確証が掴めないだけで。確証さえ掴んでしまえばすべてのおままごとは終わりだ。

彼女は何も知らない。それでいい。だからこそこんなに苛立つだけだ。


チカゲは着替え終えた彼女に怒鳴りつけ、イライラしながら自らも着替えた。

まだ計画はバレてはいない。バレるはずもない。隠し通さねばならない。


――――嗚呼、ツクヨミ様。


これはなんの罰ですか。なぜこんなに心が痛むのですか。いつもは教えてくれたその人は、もうどこにもいない。



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