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ヒガンバナの着物の男


闇夜の下、月に照らされた一面のヒガンバナ。黒い着物の男はゆうるりと立っていた。肩まである灰白色の髪が揺れ、羽織りが風にたなびいている。


血のように赤い目がよく映えた。それもそのはず、彼の白い肌は返り血に染まり、刀からは鮮血が滴っていた。辺りにはたくさんの死体が折り重なっている。

少女は絶望したまま、男を見た。信じられなかった。

あまりに美しく、おぞましい光景だった。


「申し訳ありません、凛音さん」

彼はただそう言って、酷く悲しげに笑った。三日月のように目を細めて。

一面のヒガンバナが詠うように揺れていた。



東雲(しののめ)大陸。それが少女の住む大陸の名前だった。古くから自然と共存し、あちこちに集落や村がある、そんな大陸だった。

北にはアルジェント王国があって、それはまた船で行き来しなければならない、それなりに距離のある大陸なのだけれど、まったく文化が違った。


少女――凛音の暮らす曙村(アケボノムラ)は、その港から少し進んだところにあった。そのおかげで異文化が混入した、どこか独特の雰囲気の村だった。


リオンは特殊な出自だった。東雲大陸のとある村で生まれ、幼い頃アルジェント王国に渡り、王国の警備隊員となった。そして海の向こうから派遣され、アケボノ村にいるのだ。

アケボノ村は派遣先ではあったけれど、故郷の大陸ということもあり、リオンは好きだった。

派遣の名目はこの村にいる錬金術師の動向を探ること。それから、アケボノ村にはアルジェント王国からの移住者もいるため、盗賊などの蔓延るこの地を守ることだった。アケボノ村は周囲を森や、その先の山に囲まれていたから、リオンはよくそこを見回りしていた。

リオンの仕える国王アーノルドは人格者で、自国の民を守るためという名目でありながら、東雲大陸の住人も守ることを良しとしていた。

リオンはそんな彼を尊敬していたし、彼の元に仕える警備隊の一人として、仕事を全うしようと誓っていた。それに村の人のためにも。

リオンは王都で鍛錬をし、それなりの武術を身につけていた。

一度に五人の盗賊の相手をして倒したこともある。

仕事がそれだけなら良かった。問題はもう一つの(めい)、錬金術師の動向を探ることだった。


錬金術師、それはかつてから数を減らし、今は世界に数人ほど。それも実力者は少ない。そのうちでもチカゲという男が、アケボノ村に住んでいた。流浪の旅人のように生きていたが、いつのまにか滞在するようになったらしい。彼は危険人物だから、その動向を探れと、国王アーノルドから指示があったのだ。

その危険事項というのが賢者の石だった。

永久機関とも言えるその石は、架空の存在でありながら、王国では魔力の塊とされ、東雲大陸では仙丹とも呼ばれる、まあとにかく危険なものに違いなかった。チカゲがその材料を探し、作ろうとしているとの情報を王が手に入れたのだ。


「こんにちはリオンさん、こんなところで何を?」

森の中にある河原のそばでにこにことチカゲが笑って声をかけてくる。何をしているのかと問いたいのはこちらだ。彼はよく石やら何やらを探していた。錬金術の材料にするのだそうだ。今もどうやら何か材料になる石を探しているらしかった。

見回りをしているうち、リオンは彼と偶然出会うこともあったし、彼の情報を手に入れるため、自ら近づくこともあった。

「わたしは、村の周りの見張りをしていただけです」

紺の装束を身にまとったリオンは、長い黒髪を一つに結えていた。大きな青い瞳が、黒髪によく映えた。刀を差しているためか少年と間違えられることもある。

そんなリオンに、チカゲはにこにこと告げた。

「先日は五人も盗賊を退治なされたとか。大したものです」

「それはドーモ」

リオンは彼のにこにこ顔に胡散臭さを感じていた。無害な錬金術師なら問題ないのだ。賢者の石を作ろうとしているのが本当なら大問題である。

彼は灰白色の肩まである髪をさらりと風になびかせ、河原で石を物色していた。着物でしゃがみ込んでいるのに、どうしてかその姿さえ絵になるのだった。黒い着物には赤いヒガンバナの模様があり、その上に薄青の羽織りを着た美しい顔立ちの彼は、どうも人目を引くところがあった。

「なにをじろじろ見てるんですか。ワタシに見惚れました?」

「正直なところ絵になるなあとは思います」

真面目に答えると非常に不愉快そうな顔をされた。けれどすぐに表情を整え、彼はにこりと美しい笑みを浮かべた。

なんだか悪い意味で鳥肌が立った。

「リオンさん、お褒めの言葉何よりです。それはワタシを気に入って頂けたと受け取っても? ところで以前より気になっていたのですが、故郷が銀竜村との噂は本当ですか?」

その話は信頼している商人のダリウスにしか話したことがなかった。重くて暗い過去だ。なぜなら銀竜村はもう存在しない、殲滅させられたから。

「だ、ダリウスさんに聞いたんですかっ」

あっはっは、と彼は笑った。

「違いますよあなたがこそこそ相談してるのをたまたま聞いてしまったんです。聞き間違いかなと思ってカマを掛けたんですが……ははは」

はははじゃないよ、とリオンは思った。脛を蹴ってやると、チカゲはいった! と声を上げた。

「相変わらず暴力的ですね。穏便にいきましょうよ。可愛らしい女の子なんですから」

「微塵もそう思ってないくせに」

「まぁさか」

彼はにっこにこである。嘘だとすぐに分かったので、リオンはまた脛を蹴った。

「痛っ! このクソガキ!」

「そういうのは本人のいないところで言った方がいいですよ!」

チカゲは恨みがましそうな顔をしていたが、すぐにまたにこりと微笑んだ。

「本当に可愛らしいと思っているんです。本当ですよ。それで、銀竜村というのは――」

「なんなんですかっ、その話はしたくありませんっ」

チカゲとリオンのやり取りはいつも似たようなものだった。最初は笑顔を貼り付けていたチカゲも、リオンと会って数ヶ月経った今、時折こうして素を見せることがあった。それでもやはり本心は謎だ。

「まあまあ、初めて会った時、ワタシが小腹を空かせていたものですから、アナタおにぎりを恵んでくださいましたよね? 今日はないんですか? 携帯食切らしてしまいまして」

図々しいな、と思いながらリオンは睨む。

「あってもあげません」

「そうですか。まあ夜まで何も食べなくとも別に平気ですが」

興味をなくしたようにチカゲは言う。実際彼は食事を取り忘れることが多そうな人間ではあった。リオンはいつも少しだけおにぎりを多めに持ち歩いていたから――それは遭難した時や、緊急時のためなのだけれど――鞄から包みを取り出した。

「はい」

むっすりとした顔で渡せば、彼は嘘のようにあの笑顔に戻った。

「なんとおやさしい! ありがとうございます! あなたはまるで女神ですね!」

言いながらおにぎりを受け取り、大きな石に座って食べ始める。納得いかない。お腹が空いているのは本当らしいが、お礼の言葉の端々が薄っぺらく聞こえるせいだ。

おにぎりを食べるチカゲの横で、リオンは息をついた。

「どうしました?」

「いいえ」

「女神様、何かあるならなんなりと仰ってください」

「気持ち悪いですその呼び方やめて」

「わかりましたよ、でもアナタがおやさしくて――お人よしなのは確かです」

にこりとチカゲは笑ってリオンに手を差し出した。そこには何か乗っていた。緑色に光る美しい石だった。


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