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トイワホー国における策略 3章

ヤツデたちの一行の乗るバスはやがてヘルシンキ駅の前に到着をした。しかしながら、アヤメはまだ解散を宣告せずにヤツデとサフィニアとジェラシックの三人を連れて駅前のカフェに入ることにした。その理由はもちろんただ、休憩するだけではなくて『仲良しトラベル』の最後の仕事をすませるためである。最後の仕事とはお互いのいいところを書き合うという作業のことである。

アヤメはヤツデとサフィニアとジェラシックの三人が席に着くと一つだけ好きな飲み物を注文してもいいと言った。そのため、ヤツデは遠慮をすることなくウェイトレスに対して好物のカフェ・オレを注文した。ジェラシックはカフェ・ラテを注文した。サフィニアはカフェ・モカを注文した。

カフェ・オレとはちなみにスチーム・ミルクとコーヒーをハーフ・アンド・ハーフにしたものを言うのである。スチーム・ミルクとは泡立たない牛乳のことを指している。カフェ・ラテとはスチーム・ミルクとエスプレッソのコーヒーを8対2で混ぜたものを言うのである。エスプレッソとは味が濃くて表面が泡で覆われているコーヒーのことを指している。カフェ・モカとはカフェ・オレとカフェ・ラテのどちらかに対してチョコレート・シロップを入れたものを指すのである。閑話休題である。

まず、アヤメはヤツデとサフィニアとジェラシックの三人に対して家に帰ってから解くためのミステリー・ツアーの第11問目の問題を渡すとそれについて改めて多少の説明をした。今度のアヤメはそれを終えるとヤツデとサフィニアとジェラシックの三人に対して小さな封筒に入った手紙を一人につき二枚を配った。

「はーい」アヤメは呼びかけた。「それでは皆さんはそれぞれ自分以外のお二人に対して今日一日一緒にいてどんないいところがあったかを書いてあげて下さいねー。手紙は書き終わったら、その方は直接にご本人にその手紙を渡してあげて下さーい。手紙は別に箇条書きでも構いませんので、どうか、皆さんは手紙へのご記入をよろしくお願いしまーす」アヤメは4人がけの席に腰かけながら話の主導権を握って話を進めている。

「わかりました。時に、先程のコーヒーはアヤメさんのおごりですか?」ジェラシックは聞いた。もしも、そうだとしたら、アヤメには大いに感謝しなければいけないとジェラシックは思ったのである。

「正確には経費なので、私というよりは『愛の伝道師』からのおごりですねー」アヤメは言った。今まではBGMをぼんやりと聞いていたのだが、ヤツデは背筋を伸ばした。ヤツデはあんまり人におごってもらったことがないので、この場合はきちっとしておかないといけないのかなと思ったのである。

「そうなんですか。それは至れり尽くせりですね。今日は皆さんとも知り合いになれましたし、私は本当によかったと思います。ああ。なんか、私はもう帰り際みたいなことを言っちゃいましたね」サフィニアは少しばかり照れくさそうにしてそう言うと手紙に目を移して早速に文字を書き始めることにした。

 ジェラシックはサフィニアと同じくアヤメによって貸してもらったペンを動かし始めたので、ヤツデはそれに倣うことにした。アヤメの言っていたとおり、手紙は箇条書きの方が書きやすいと思ったので、ヤツデはそうさせてもらうことにした。それはジェラシックとサフィニアも同じ考えである。

 まず、ヤツデはジェラシックのいいところについて考えてみることにした。ヤツデはすぐに思ったことを書いて行くことにした。ヤツデはダジャレを言うことによってムード・メーカーになれるところとオンとオフの切り替えがうまいところと歌を歌ってくれた時に心のこもったお礼を言ってくれたとおりに謙虚な一面もあるところをジェラシックの手紙には書いた。歌のうまいことはもちろんジェラシックの長所だとは思っているが、それはたぶんサフィニアが書くだろうと思ったので、ヤツデはあえて書かなくてもいいのではないだろうかと思ったのである。ウェイトレスはヤツデとサフィニアとジェラシックの三人の頼んだ飲み物を持って来たので、ヤツデはサフィニアのいいところについてカフェ・オレを飲みながらいくぶん優雅な気持ちで考えてみることにした。考えることは元々得意なので、ヤツデは結論を言うとさしてサフィニアのいいところについて考えることもなく手紙に文字を書き込んで行くことはできた。

サフィニアのいいところはヤツデが全問正解をするために応援してくれたとおりに他の人のことを思いやることができるところやヤツデとは違って思ったことをすぐに口に出せる上にそれでいてちゃんと周囲の人の気持ちを考えられるところや不審な男につけられているという悩みがあってもそれを感じさせないくらいに明るく振る舞えるところだとヤツデは考えたのである。

 という訳なので、この仕事は意外にも一番に早く終えることができたので、ヤツデはミステリー・ツアーの第11問目の問題に目を通してジェラシックとサフィニアも手紙を書き終えるのを待つことにした。

第11問目は中々の難問になっていた。ジェラシックとサフィニアは間もなく手紙を書き終えることができた。ヤツデとサフィニアとジェラシックの三人は早速に自分の書いた手紙を相手に渡し合うことになった。

「はーい」アヤメは呼びかけた。「それではこれにて今日の『仲良しトラベル』は終わりになりまーす。皆さんは最後まで私のつたない先導に従って下さって本当にありがとうございまーす。私達はこれでお別れになってしまいますが、私は皆さまのご活躍を心よりお祈りしていますよー」アヤメは最後まで明るく言った。

「こちらこそ」ジェラシックは応じた。「今回はとても楽しい旅ができました。あれ?ぼくは途中まで一緒に帰ろうと思っていたのですが、ヤツデさんはまだお帰りにはならないのですか?」ジェラシックは不思議そうな顔をしている。なにしろ、今のジェラシックとサフィニアは腰を上げているのだが、ヤツデは未だに動く気配を見せていないのである。そのため、サフィニアはジェラシックと同じく不思議そうである。

「うん。ぼくはこのミステリー・ツアーの第11問目の問題を解き終えてから帰ろうと思っているんだよ。これはいつものことだけど、ぼくは連れなくてごめんね。その代り、サフィニアはジェラシックくんと一緒に帰ってくれるよね?そう言えば、サフィニアはここまでなにで来ているのかな?」ヤツデは聞いた。

「私は車で来ているの。だから、私には迎えが来るの。でも、ヤツデくんはお願いしているんだから、私はすぐそこまでなら、ジェラシックくんにはついて行ってあげてもいいよ」サフィニアは高飛車に言った。

「ぼくは寂しがり屋だから、それは大変に助かります。サフィニアさんはなんにせよ車が来るまで待たないといけない訳ですね?」ジェラシックは最後の最後もダジャレで締め括った。

 という訳なので、ジェラシックはヤツデに対して電話をさせてもらうという旨を伝えてサフィニアと一緒にこの場を去って知ってしまった。サフィニアはその際に『明日はよろしく』の意を込めて目配せをして来たので、とりあえず、ヤツデは了解の意を示すために頷いておいた。

 また、サフィニアは爪に青色のマニキュアをしていたことには気づいていたが、結婚指輪はしていなかったので、おそらくは迎えに来る人は旦那さんではなくて恋人なのかなとヤツデは思った。もっとも、その程度のことなら、ヤツデは日常でも観察しているが、気は回しすぎると疲れてしまうので、必要がなければ、普段はヤツデもそこから色々なことを推理するようなことはしないのである。

 しかし、サフィニアのお迎えについてはサフィニアと一緒に出て行ったジェラシックは驚天動地な事実を聞くことになる。遠からず、それはヤツデも知ることになる事実である。

 先程は問題を解くためにここに残ると言っていたが、本当の目的はもちろんアヤメにも少しばかりの話があったので、ヤツデはこの場に残ることを決意していたのである。

 そのため、ヤツデはすぐに話を切り出そうと思ったが、アヤメはアップル・ティーを注文して今日の反省ノートを作成し始めたので、とりあえずはヤツデも問題に取り組むことにした。

 やがては表を作りながらあっぱれなことにも、ヤツデは第11問目の問題の半分の答えを解き明かすことに成功した。ヤツデの答えはなぜ半分なのかと言うと、この問題の答えは二通りあり、今のヤツデはアヤメにする話に気を取られているので、完全には集中することができなかったからである。

 という訳なので、ヤツデはいよいよアヤメに対して話しかけようとしたが、そこでは生憎のことながらも邪魔が入った。ヤツデのポケットの中のスマホにはちょうどその時に着信が入って来たのである。

 そのため、スヤツデはマホを取り出してみるとビャクブからのメールを確認した。ヤツデは気がつかなかっただけで今のものだけではなくてビャクブからはもう一つのメールが来ていた。

 一つ目のメールは『ビャクブは先に買い物をしておいて欲しい』というヤツデの願いを了解したという内容のメールだった。もう片方のメールは『ビャクブはすでに買い物を終えた』という内容のメールだった。

となると、ヤツデは早くビャクブのところへと行ってあげないとかわいそうになってしまうことになる。つまり、相棒のビャクブは少し戸惑っていたヤツデの背中を押してくれた形になった訳である。

「あの」ヤツデは突然になんの前置きもなく話を切り出した。「自転車の事故の被害者はアヤメさんの家族ですか?それとも、負傷者は他人ですか?」ヤツデはアヤメのことを見据えている。

「え?ヤツデさんはどうしてそんなことをお聞きになるのですか?」アヤメは唖然としてしまっている。アヤメの趣味は旅行だと言っていたが、アヤメは旅行と同じくらいにサイクリングも好きなのである。

 今のアヤメの反応は『ヤツデはどうしてそんなことを知っているのか?』あるいは『ヤツデはどうしてそんな根も葉もないことを聞くのか?』の二つのどちらだろうとヤツデは不安になってしまった。

 しかし、自分のことはどちらにしたってスマートだとは思っていないので、ヤツデは格好をつけずに今回のミステリー・ツアーで手に入れた推理力の少しの自信を自分の糧にすることにした。

「ぼくは間違っていたら、どうもすみません。とはいっても、ぼくはむしろ間違っていた方がいいと思っていますが、その理由は三つの事実によるものです。まず、第一に、今日のアヤメさんはジェラシックくんに超前向きな人間だと褒めてもらっていました。その際のアヤメさんは否定をされていましたが、ぼくにはあれは形式的にではなくて心から否定しているように見えました。つまり、最近のアヤメさんはなんらかの日常の変化によって前向きでいられなかったことがあるのかなとぼくは思いました。第二の理由はその日常の変化が悪いものだったら、それは大変なので、ぼくは恐竜展のレストランにいた時にアヤメさんに探りを入れさせてもらいました。ぼくはアヤメさんに対して『最近のアヤメさんにはなにかいいことはあったかどうか』とお聞きをしたんです。アヤメさんはすると迷ったような素振りを見せてからケーキを食べた話をして下さいました。つまり、アヤメさんは迷ったということはアヤメさんの身に起きた変化というものはいいことではなかったという可能性が強くなったんです。最後に、ぼくはこの推理の答えになる決定的なシーンを見ました。ジェラシックくんは商店街にいた時におもしろい話をしてくれていたにも関わらず、アヤメさんにはその話が耳に入っていない様子でした。そればかりか、アヤメさんはなぜか暗い顔をされていました。それはなぜなのか?その答えはアヤメさんの目線の先にありました。あの時のアヤメさんはミニ・サイクルを見ていました。だから、アヤメさんは自転車に関連した嫌な出来事を体験したのではないかとぼくは考えたんです。ミステリー・ツアーの問題ではありませんが、ぼくの考えは間違っていましたか?」ヤツデは恐る恐るといった感じで聞いた。結果は吉と出るか、あるいは凶と出るか、ヤツデは不安なのである。

「いいえー。あっていますよー。ヤツデさんのことは相手にしてしまうと隠し事なんてものはできなくなってしまうんですねー。ヤツデさんはなにもかもお見通しみたいですものねー」アヤメはアップル・ティーの入ったカップをソーサーに戻しながら言った。アヤメはすでに気を落ち着かせている。

「いいえ。そんなことはありませんよ。実際のところ、ぼくは自転車でケガをしたのは誰なのか、そこまでは推理をできませんでしたからね。まあ、アヤメさんは話して下さらなくてもいいのですが、ぼくはなぜわざわざそんなことをアヤメさんに対して確認をしたのか、理由はちゃんとあります。ぼくは少しでもアヤメさんに気持ちを楽にしてほしかったんです。アヤメさんは今までつらい気持ちを隠してがんばってきました。ぼくはその気持ちを少しは理解しています。ぼくはそのことをお伝えしたかったんです。アヤメさんは最後の問題を解く時にぼくたちの味方として応援してくれているとおっしゃってくれましたよね?ぼくはそのおかげでがんばれたんです。だから、ぼくはおせっかいなやつだと思われたとしてもぼくの方もアヤメさんの味方になりたかったんです」ヤツデは真心を込めてゆっくりとした口調で言った。

「そうだったんですか」アヤメは呟いた。「私はヤツデさんの気持ちを本当にうれしく思いますよー。ヤツデさんはだって本当に私のことを心配してくれていたんですものねー。ヤツデさんはミステリー・ツアーの最後の問題を解く際になぜか私には顔を見せないようにしていましたが、あの時は私のことを思って悲しい顔をしていたから、私には心配をさせないようにわざと私からは顔をそらしていたんですねー?だから、ヤツデさんはそんなにも私のことを思ってくれていたなんて私は本当に感謝していますよー。実はケガをしたのは私の家族ではなくて他の人なんです。私は自転車に乗っていて左折をしたら、そこには脚立に乗って植木を切っていた人がいらっしゃってその人にぶつかっちゃってその人のことをケガさせてしまったんです。私には幸いにもケガはなくてその男性も擦り傷ですんだのですが、私はその方にケガをさせてしまったことには変わりないので、そのことはずっと気にかかっていたんです」アヤメは少し暗い口調で言った。

「そうですか」ヤツデはやさしく言った。「それはやっぱりアヤメさんがやさしいからですね。ぼくは人間ができていないから、ぼくには大したことは言えませんが、アヤメさんは事故を起こしてしまったことが事実でも事故なんていつ誰が起こすかはわからないものだし、そのことは悔いているのなら、これ以上は苦しむ必要はないのではありませんか?事故のことは中々忘れられないかもしれませんが、それでも、アヤメさんはきっとしっかりした人だから、そのことは忘れられなくてもそれを乗り越えてもっと強い人になれるのではないかなとぼくは思います。ぼくは適格なことを言っているのかはわかりませんが」ヤツデは笑んだ。

「ぼくはさっきも言ったとおりにアヤメさんの味方ですよ」ヤツデはやさしい口調で言った。

「ありがとうございます。私はヤツデさんのかけてくれたやさしい言葉を忘れないようにします。それに、私はヤツデさんに話を聞いてもらえてすごく楽になりましたよー。ヤツデさんは私のことを励ましてくれましたが、ヤツデさんのことは私の方も応援をしていますからねー。私はこんなにもやさしいヤツデさんと出会えてこともうれしく思っていますよー」アヤメは明るい口調になって言った。

「アヤメさんにはそう言ってもらえると、ぼくはうれしいです。それではそろそろぼくは行きます。ぼくは色々と生意気なことを言ってしまってすみませんでした。アヤメさんはお元気でいて下さい」ヤツデはそう言うとぺこりと頭を下げた。アヤメはお辞儀をしてくれたので、ヤツデはアヤメの元から去って行った。

 実はそもそも『愛の伝道師』のヤツデが『仲良しトラベル』に参加することになったことは偶然ではなかったのである。つまり、人選は別にヤツデではなくてもよかったとはいうものの、実は一人の『愛の伝道師』をつけてほしいと精神的に不安定なアヤメは願い出ていたのである。ヤツデは店を出ながらちょっと格好をつけすぎたかなと反省したい気持ちもあったが、内心では同時にほっとしてもいる。

なにしろ、アヤメはもしかしたら誰かに松葉杖の使用を余儀なくさせてしまったのではないだろうかとネガティブなところのあるヤツデは不安に思っていたのである。ヤツデは事故を起こした側のアヤメに対して慰めてばかりいるが、普通の人はそれでもいいのかと思うかもしれない。ヤツデは独断と偏見でそれでもいいと思っている。トイワホー国では特に顕著だが、被害者ほどではないにしても忘れてはならないことはなにかの加害者でさえも大きなショックとダメージを受けていることがあるということである。

人はさすがに見るからに反省の色もなく開き直っている加害者に対しては慰めてあげる必要はないのかもしれないが、もしも、加害者は自分のやってしまった失敗に対して心から悔恨の意を持っているのなら、誰かしらはその人の味方になってあげる必要も出てくる場合はあるのである。

失敗はましてや故意ではなくて過失だったなら、加害者にはなおさら誰かの助けが必要になってくる。とはいっても、失敗はあまりにも正当化させすぎて失敗した人が開き直ってしまってもいけないので、そのあたりの匙加減はけっこう難しくなってくる。人は過ちを犯す生き物だということである。


 今のヤツデはビャクブが待っているヘルシンキ駅へと向けて歩いている。今はせっかく周りの店の明かりで文字が読めるようになっているので、ヤツデはジェラシックとサフィニアがくれた手紙を開封してみることにした。ヤツデとしてはドキドキでワクワクの状態である。

 開封はどちらが先でもよかったのだが、まず、ヤツデはジェラシックの手紙を開封してみることにした。ジェラシックはするとヤツデのいいところとしてやさしいところと物事に真剣に取り組むところと決して諦めない粘り強さがあるところを上げてくれていた。ヤツデはそれを受けると照れくさくなったが、内心では同時にとてもうれしい気持ちになれた。ヤツデはジェラシックに対してさらにいい印象を持つようになった。

 ヤツデは続いてサフィニアの手紙を開封した。ヤツデはそうしながらもきちんとヘルシンキ駅の改札を抜けている。そのため、この後のヤツデはコンコースを通過することになる。

 サフィニアの方はヤツデのいいところとしてやさしくてかわいいところと謙虚なところと推理力が抜群なところとがんばり屋さんなところを上げてくれていた。サフィニアは『明日はよろしくね。私は勝手なお願いをしちゃってごめんね』というメッセージもつけていた。ヤツデはそれを受けると滅相もないと思った。

 なにしろ、サフィニアは自分のいいところを探してくれたのだから、明日はそのお礼として精一杯にがんばろうとやさしくて単純なところのあるヤツデは密かに思うようになったのである。

 ヤツデはやがてヘルシンキ駅の待合室に入ってそこでビャクブと再会を果たした。ヤツデとの再会はけっこう久しぶりなので、ビャクブはヤツデを見るとうれしそうな顔をした。

 ビャクブはピッツバーグ県で船乗りの仕事をしている。ただし、船乗りの仕事とは一口に言っても船長や航海士や機関長といったようにして様々な役割がある。ビャクブはその中でも甲板部の部員をしている。甲板部の部員には甲板長ボスンや甲板手や甲板員セーラーといったような種類がある。

ビャクブはその中でも甲板手を担当している。甲板手にはさらにクォーター・マスターとストア・キーパーといった種類があるが、ビャクブは前者を担当している。

それではクォーター・マスターというものはなにをするのかと言うと航海士が行う見張りや操船を手伝ったり停泊中に船の出入りを見張ったりするのである。ここではついでに言っておくと甲板手のもう片方であるストア・キーパーというのは甲板長の補佐をする仕事である。今のところ、ビャクブは基本的に仕事で国外に行くことはない。なぜなら、ビャクブは専ら国内の島と島を航海する船の乗組員をしているからである。

「やあ」ビャクブは言った。「待っていたよ。ヤツデはメールをありがとう。ミステリー・ツアーの結果はどうだったんだい?」ビャクブはそう聞きながらもちゃんとヤツデの全問正解を予想してもいる。

「結果は信じられないようなものだったよ。ぼくはなんと10問全問正解だったんだよ。ぼく自身もそれはびっくりするような結果だったんだよ。人生にはなにがあるかはわからないものだね」ヤツデは言った。

「そうかい?」ビャクブは事もなげに言った。「おれは予想をしていたよ。なにしろ、ヤツデには実績があるからな。ヤツデはおれとヤツデが初めて話をするようになった時やクリーブランド・ホテルでの事件の時やコニャック村での事件の時のいずれでも完璧な結果を出し続けているものな。ヤツデのキャリアはますます今日のミステリー・ツアーで上がったな。おれはヤツデの友人として誇らしいよ」ビャクブは言った。

「そうかな?」ヤツデは言った。「でも、ビャクブはそう思ってくれるのなら、ぼくはがんばった甲斐があったみたいだね」ヤツデはビャクブによって褒められて心からうれしそうにしている。

「ヤツデは相も変わらずにコメントがソフトだな。なんにしても、おめでとう。ヤツデには謙虚すぎるところがあるから、ヤツデは今日の経験で自信を持てるようになればいいけど、そこのところはどうなんだい?」

「ビャクブは鋭いね。クリーブランド・ホテルとコニャック村の事件では確かに然りだったけど、ぼくは今回のミステリー・ツアーでもこんなぼくにでも得意なことがあるんだなって少しは自信を持てるようになったんだよ。まあ、それはこの先で役に立つのかどうかはわからないけどね。それはともかくとしてここまで迷うことなくビャクブは来られたの?」ヤツデはビャクブに対しての気遣いを見せた。

「ああ。それは大丈夫だったよ。おれは乗り換えをする駅のホームでベンチに座っていたら、そこにはやたらと荷物の多いおじさんがいたから、一応は席を譲ってあげたんだよ。そしたら、その人は『親切スタンプ』を押してくれたけどな。今日は色んなところに行ったんだろうから、ヤツデも『親切スタンプ』を押してもらわなかったかい?」ビャクブはヤツデの人柄を鑑みて中々鋭い指摘をした。

「ビャクブはよくわかるね。ぼくは男の子の持っている缶の蓋を開けてあげたら、その子のお母さんからは『親切スタンプ』を押してもらったよ。今回は偶然にもぼくの尊敬するビャクブと同じだなんて光栄だね」

「それはまた随分とおれをよいしょしてくれたもんだな。それで?電話では皆と仲良くなれたとは聞いていたけど、ヤツデはどんな人たちと仲良くなれたんだい?」ビャクブは興味を持って聞いた。

「ぼくは特徴的なしゃべり方をして性格の明るい添乗員さんと歌のうまい男性と大抵の思ったことはすぐに口に出す女性と仲良くなれたんだよ。そうそう。最後の女性はサフィニアって言うんだけど、ぼくは『愛の伝道師』としてそのサフィニアから相談を受けたから、明日は少しそのサフィニアのところへと行く予定なんだよ。詳しくはあとで話すけど、ビャクブはもちろんついて来てくれるよね?ぼくはたぶんビャクブの協力も必要になってくると思うんだよ」ヤツデはビャクブに対して力強く懇願をした。

「そうなのかい?」ビャクブは言った。「まあ、でも、カラタチさんは許可をくれれば、おれは当然のことながらヤツデのお供をするつもりだよ。カラタチさんはたぶん許可をくれると思うけどな。それじゃあ、ヤツデはそろそろ買い物に行くかい?」ビャクブは気を取り直して話を切り上げることにした。

「うん。ぼくはできるだけ早く帰ってくるから、ビャクブはその間にこれを読んでいてくれる?」ヤツデはそう言うとビャクブに対して封筒に入った便箋とミステリー・ツアーの第11問目の問題と画板にセットされたメモ用紙の三つを渡して簡単な説明を終えると買い物に行ってしまった。

 ビャクブには少しばかり優柔不断なところもあるが、今回はすぱっと手紙を先に読むことを決断した。ビャクブはよく見てみると、手紙の差出人はナズナという女性であり、受け取り手はヤツデではなくてシロガラシという男性になっていた。ナズナとシロガラシの二人はビャクブもよく知っている人物である。

 手紙の中身はすぐに紹介をすることになるので、ここでは手紙の中に出てくる人物についても紹介をしておくことにする。一応は言っておくと、この手紙の中の登場人物はヤツデとビャクブが今秋に旅行に行った先であるコニャック村の村民か、あるいは元村民である。まず、ナズナはソテツという男に殺人を唆して実行させた女性のことである。ソテツはその結果として義理の姉であるツバキを殺害してヤツデとビャクブの活躍によってお縄になった。ナズナとツバキは親友だったのだが、モクレンという名の男はナズナとツバキの二人で行っていた恐喝によって自殺をしてしまったので、ツバキは全てを明かして罪を償おうとした。

ところが、ナズナにはそんなつもりは毛頭なかったので、ナズナはツバキの殺人を思い立ったという訳である。その際のナズナは直接に自分で手を下すのではなくてかなり邪悪な考えだが、殺人は不倫の相手であるソテツに肩代わりしてもらうことにした。そのため、あの時点でのナズナはそれだけでもわかるとおりに残忍無比な性格をしていたのである。シロガラシとは誰かというとコニャック村の村長を務める老人である。多少は話に出てくることになるのだが、シロガラシにはミツバという妻がいる。また、事件前のナズナにはヤマガキという夫とモミジという名の息子もいた。という訳なので、ナズナの手紙の読解のための知識はそれくらいである。ビャクブはすでに読み始めているが、以下はそのナズナの書いた手紙の内容である。


 これは最初に断わっておきますが、コニャック村の村長のシロガラシさんなら、この手紙の内容は当然のことながら知っている事実もあります。どうか、それはご了承下さい。というのも、シロガラシさんには誠に申し訳ないのですが、シロガラシさんはこの手紙を読み終えたら、この手紙はヤツデさんか、もしくはビャクブさんに郵送して頂きたいのです。私はヤツデさんとビャクブさんの家の住所を知りませんが、シロガラシさんはお二人と文通をしていたそうなので、私はお願いをしようと思いました。

 それでは本題に入らせてもらいます。トイワホー国では犯罪の発生率が低いので、裁判は必然的にあまり行われてはいません。ですから、私の罪の判決は出たということをお知らせさせて頂きます。

 私の罪はモクレンさんへの恐喝とソテツくんへの殺人の教唆です。これは併合罪と呼ばれるそうですが、判決は罰金刑と執行猶予のついた懲役刑でした。つまり、今のところはこれ以上の悪さをしなければ、私は牢屋に入らなくてもいいということです。ヤツデさんとビャクブさんはご不満ですか?

まあ、ヤツデさんとビャクブさんはやさしいので、そんなことはおっしゃらないかもしれませんね。私は意地悪なことを申し上げてしまってすみません。私はもちろんこれ以上の悪事を重ねるつもりはありません。

元夫のヤマガキはアルバイトと画家としての収入しかありませんでした。そのため、ヤマガキは二つの選択肢から一つを選びました。一つ目の選択肢とは郵便局でアルバイトをしていたので、ヤマガキは正社員にしてもらうというものです。ヤマガキは元々美術の専門学校を卒業して高校で美術の先生をやっていたので、もう一つの選択肢とはその節からヤマガキに対してお呼びがかかったというものです。結局のところ、ヤマガキは後者を選びました。ヤマガキはやはり絵画というものが大好きなのだと思います。私はそんなヤマガキに対してヤマガキの絵の才能について何度も皮肉を言ってしまったことがありますが、どうやら、それは言い過ぎだったのだなと今になってようやく気がつきました。私はとても愚か者でした。ですから、私は思っているだけではなくてヤマガキと最後に会った際には素直にそのことを詫びました。

皆さんはもうお気づきかもしれませんが、私は心変わりをしたのです。ですが、その理由は一つだけではありません。まず、シロガラシさんとミツバさんは私に対してやさしい言葉をかけてくれました。

私はツバキを死に追いやった自分に対してなぜやさしくしてくれるのかと不思議でした。ですが、シロガラシさんとミツバさんは『ナズナさんは決して悪い人ではなくて魔が差しただけなのです。だから、ナズナさんは心から反省すればやり直せないことはありません』というようなことをおっしゃって下さいました。

本当の私はそんなにもいい女ではないはずなのにも関わらず、シロガラシさんとミツバさんのお二人はそんな私でさえも受け入れてくれました。ですから、私はその期待に応えられるようにならなければいけないのかもしれないと思うようになったのです。

また、私は高校で教師をしていますが、私のことは職場でも誰もさげすむようなことはしませんでした。校長先生や同僚の皆さんは今もずっと事件の前と同じようにして私と接してくれているのです。

ソテツくんは今もまだ拘置所にいます。ソテツくんはそれだけではなくて懲役刑になることは間違いないと聞きました。ですから、ソテツくんはそんな状態なのにも関わらず、私はのうのうと暮らしている。私はそんな状態についてひどくショックを受けることになりました。

 そのため、私はやはり自分のしたことは間違いだったのだと再確認をする羽目になりました。私はそこでヤツデさんが最後におっしゃっていた言葉を思い出すことにもなりました。

 ヤツデさんは『普通の人は自分が誰かを大切に思っていることと同じようにしてそれ以外の人も誰かを大切に思っているのだから、人は自分と自分の大切な人がよければそれでいいのではなくて他人と他人の大切な人のことも思いやれなければいけない』とおっしゃっていました。私はそのヤツデさんのやさしい言葉を思い出したのです。ヤツデさんのセリフはそのまま一字一句を覚えている訳ではありませんが、この言葉はあとになって重みのあるものだと気づいたのです。ソテツくんは言うまでもなく私のせいで拘置所での暮らしを余儀なくされました。もしも、他人のせいなら、それはとても悲しいことだということに気づいたのです。

つまり、私はソテツくんという大切な人を失うことによってヤツデさんの言葉の大切さを知ったのです。ですから、今なら、ヤツデさんのやさしさはよくわかります。あの時は邪険にしてしまって本当に申し訳ありませんでした。私はとにかくそういった様々な要因によって罪を悔い改めるようになりました。

とはいっても、私は要因がなければ罪を悔い改めないなんて自分でも汗顔の至りだと思います。私はトイワホー国の国民で本当によかったと思います。トイワホー湖の人々はやさしいので、今までの自分はどれだけ醜かったのか、私はやっと気づくことができたのです。モクレンさんとツバキには本当に申し訳ないことをしたと思っています。シロガラシさんとミツバさんはやり直せるとおっしゃって下さいました。

ですが、もしも、可能なのだとしたら、それは死ぬまでモクレンさんとツバキのことを忘れずに死ぬまで反省の気持ちを忘れなかった時にのみ成立するのではないかと思います。

私はとにかくコニャック村を去ることにしました。元夫のヤマガキは『私の息子のモミジのことは任せてくれ』と言ってくれました。ヤマガキは時々モミジを連れて会いにきてくれるそうなのです。つまり、私は元夫のヤマガキと息子のモミジからもやさしさを学ぶことができたのです。

それから、ミツバさんからは心を落ち着けるためにアニマル・セラピーを役立ててみたらどうかと助言を頂いたので、私はその貴重な意見を取り入れてそのとおりにしてみることにしました。

もしも、ソテツくんは刑務所で暮らすようになれば『やさしさアニマル』の制度を活用されることになるかもしれないので、その時には私とソテツくんんは二人で気持ちを穏やかにできればいいと思っています。

 また、私は時々ソテツくんに面会を申し込んで少しでもソテツくんの更生の助けになればいいなとも思っています。私はもちろん偉そうなことを言える立場ではないので、それには私も一緒に更生していきたいという意味も含まれています。そのことは決して私も忘れることはありません。

 理想は仮釈放になって『触れ合いワールド』の政策が適用されることですが、まさか、私はソテツくんに対して模範囚になってくれと偉そうなことは言えないので、それはあくまでも理想です。

 ソテツくんはソテツくんのペースで罪を償ってもらいたいです。私はいつまでもそれを待っていようと思います。ですから、今後は私もそれに負けないようにできるだけ多くの善行をしていきたいと思っています。

 話は最後になりますが、シロガラシさんとミツバさんは末永くお元気でいて下さい。私はシロガラシさんとミツバさんのお二人にお世話になったことを決して忘れないようにしたいと思っています。

また、私はヤツデさんとビャクブさんにも感謝をしています。元はと言えば、私はお二人が私の罪を暴いて下さったおかげで心変わりをすることができたのです。私には言われたくないかもしれませんが、私はヤツデさんとビャクブさんを尊敬しています。ですから、今までのとおり、ヤツデさんとビャクブさんは人にやさしくしてあげて下さい。そうすれば、お二人はきっと今後も人の心を救うこともできるはずだからです。

私は再三にわたって生意気を言ってしまって申し訳ありません。ですが、私はいつまでもヤツデさんとビャクブさんのご活躍をお祈りしてします。それではお体を大切にして下さい。かしこ。


 ビャクブはナズナの以上の手紙を読み終えると少し心があたたかくなった。失礼は承知だが、ナズナには凶暴な性格をしているというイメージがあったので、ビャクブはてっきり自分とヤツデを批判する手紙でも送られてきたのかと思っていたので、その予想は外れていてよかったのである。

 事実はナズナの反省文だったので、自分はまだまだ未熟者だなとビャクブは内心で考えた。ビャクブはトイワホー国という国の偉大さについてしみじみと感じ入った。トイワホー国の掲げている『無差別の愛は世界を変える』という標語はやはり間違ってはいないのである。

 ナズナは特に『愛情は自分だけではなくて他人同士にもあるということを忘れてはいけない』というヤツデの言葉の真の意味を理解してくれたみたいなので、ビャクブはそれがものすごくうれしかった。なぜなら、それはビャクブがいつも大切にしようと思っていることでもあるからである。

 ナズナの手紙の中には聞きなれない単語もあったはずなので、ここではそれについて少し説明をしておくことにする。まずは二つのトイワホー国の政策についての説明を加えておくことにする。

 ナズナの言っていたとおり、一つ目の『やさしさアニマル』とは保健所で保護している動物を飼うことによってやさしい心を取り戻して受刑者が心を落ち着かせるというものである。

 それから、二つ目の『触れ合いワールド』とは受刑者が仮釈放になった時に一定期間においてより多くの『親切スタンプ』をもらえることができれると場合によっては減刑してもらえるという制度である。受刑者は本当に反省しているのなら、その時は世のために人のために皆に対してやさしく接することができるはずなので『触れ合いワールド』とはそのことを確認するための制度である。

 話は変わるが、ナズナの手紙にはソテツは拘置所に入っているという文章があったが、拘置所と留置場と刑務所の三つは別物なので、ここではそれについても少し書いておくことにする。まず、留置場は警察署に付属して被疑者の身柄を一時的に拘束する施設のことである。次に、拘置所とは刑事被告人を拘禁する施設のことである。最後に、刑務所とは自由刑に処された者を収容する施設のことである。つまり、留置場→拘置所→刑務所の順で進んで行くのである。ここでは裁判に関連した話が出てきたので、一応はこれも付け加えておくとトイワホー国の裁判には三審制が採用されている。とはいっても、天地というこの惑星では二審制を採用している国は圧倒的に少ない。また、歴史上では一審制について言うとラブート国とラブーク国が戦争をしたあとの軍事法廷のみでしか使われたことは一度もない。一応はこのことも付け足しておくと天地で起きた戦争はこの一件のみだし、戦争はこれから先も行われそうな気配は全く見られないのである。

それから、ナズナは併合罪という言葉を使っていたから、ここでは併合罪に関連することも説明しておくことにする。併合罪とは一人の行為者が犯した確定裁判を経ていない二つ以上の罪のことである。

しかし、ここからは些かは蛇足になってきてしまうだが、時には独立に評価を示す必要のある数個の罪を最も重い罪として定められている法条の一つに限定することもある。

 その場合には観念的競合と牽連犯の二種類がある。まず、観念的競合は一つの行為が二つ以上の罪に触れる時である。例えば、警察官への傷害という一つの行為は傷害罪と公務執行妨害罪という二つの罪名に触れることになるが、トイワホー国では傷害罪だけが適用されることになる。

 ただし、暴行罪と公務執行妨害罪なら、その時は公務執行妨害罪で裁かれることになる。ここではもう少し解説をしておくと暴行罪→傷害罪→傷害致死罪の順で罪は重くなって行くのである。

 牽連犯とは犯罪の手段や結果が他の罪名に触れる時のことである。例えば、窃盗は空き巣によるものだと結果は一つだけのものだが、その場合は窃盗罪だけではなくて住居侵入罪にも当たる。ところが、トイワホー国ではより重い罪として定められている窃盗罪だけが適用されるようになっている。

 話は変わるが、ナズナは恐喝をしたことによって罰金刑に処せられた。他国ではそうではないところもあるが、恐喝はお金が欲しい人からお金を没収すればより反省をするのではないかという考えの下でトイワホー国では罰金刑が適用されることになっている。なお、財産刑には罰金と科料と没収の三つがある、罰金は科料よりも金額が高いのである。ナズナの手紙の関連事項の説明はここまでにしておくことにする。

ビャクブはナズナの手紙をきれいに畳んで封筒に戻すとヤツデが貸してくれたミステリー・ツアーの問題を解くことにした。クイズ番組はなにぶん好きな方なので、ビャクブは少しばかりこの時を楽しみにしていたのである。しかし、ビャクブは文章を読み進めている内になにやら難しそうな問題だなという感想を抱くようになった。それでも、文章だけは最後まで読んでみようとビャクブは思ったが、それはできなかった。ヤツデはちょうどその時にビャクブのいる待合室へと帰って来たからである。

「おまたせ」ヤツデは言った。「今は問題を読んでいるみたいだけど、ナズナさんの手紙は読めた?」

「ああ。手紙は読めたよ。ナズナさんの手紙はいい手紙だったな。となると、おれはやっぱりおれたちがコニャック村でやったことは間違いじゃなかったのかなって思ったよ。それじゃあ、おれたちは早速に行くとするか。これはありがとう」ビャクブはそう言うとヤツデに対してナズナの手紙と問題文と画板といったものを手渡した。ヤツデはその三つをリュックにしまうと電車に乗るためにビャクブと共に歩き出した。

「問題の全部は読めなかったけど、わかったことはあったよ。ヤツデはよくもあんなに難しい問題を全問正解できたな。おれには全問正解なんて絶対にできない偉業だっていうことはよくわかったよ。ヤツデの他には全問正解をした人はいたのかい?」ビャクブは答えを予想しつつも聞いた。

「ううん。全問正解者は恥ずかしながらぼくだけだったよ。もっとも、ぼくの場合はたまたまぼくのわかる問題が揃っていたっていうだけの話かもしれないけどね」ヤツデは謙遜した。ヤツデは相も変わらずに腰の低い姿勢を崩さないでいる。ヤツデとビャクブの二人はそうしながらもホームで電車を待つことにしている。

「いやいや」ビャクブは異を唱えた。「それはないと思うよ。普通の人にはそもそもそんなたまたまでさえも訪れはしないと思うし」ビャクブはヤツデのことをよく理解している。

「となると、ヤツデは全問正解をしてたことによって一緒に問題を解いていた人はさぞかしびっくりしただろうな。話は変わるけど、今回の旅行にはハム次郎は連れてこなかったみたいだな」ビャクブはリュックやバックといったようなヤツデの荷物を一瞥すると言った。ハム次郎とはビャクブがゲームで取ったぬいぐるみであってなおかつヤツデに対してプレゼントしたもののことである。

また、ビャクブはなぜ『今回』と言ったのかというと、ヤツデは以前にコニャック村に旅行をした時に驚くべきことにもなぜか旅のお供としてハム次郎を連れてきていたからである。

「うん。ハム次郎はコニャック村での誘拐事件みたいにしてまた危険な目に合わないとも限らないからね。今回は番犬の代わりとして留守番をしていてもらうことにしたんだよ」ヤツデはさらっと答えた。

 誘拐事件とは読んで字の如くコニャック村においてハム次郎は実を言うと怪盗を自称するある人物によって盗まれてしまっていたのである。ハム次郎にとってはいい迷惑である。

「なるほど」ビャクブは譲歩をした。「まあ、ハム次郎は番犬の代わりにされたら、それはそれでハム次郎には荷が重すぎて酷な気もするけどな」ビャクブはヤツデに話を合わせた。

「そうかな?」ヤツデは言った。「でも、いざとなったら、ハム次郎はカンフーやテコンドーを使えたり使えなかったりするんだよ」ヤツデはやはり小さい子供のような性格をしている。

「そうなのかい?」ビャクブは言った。「それじゃあ、おれは『絶対に使えない』の方に一票を投じるよ」ビャクブはそう言いながらも到着した電車にヤツデと一緒に乗り込むことにした。

「ふーん。ビャクブは信じていないんだね。まあ、それは妥当な判断なのかもしれないね。ああ。それと、これはあとでわかるけど、今日はハム次郎の代わりとしてすごいものを持ってきているんだよ」ヤツデは秘密めかした。そのため、ビャクブはそのことについては追及をしなかった。

 ヤツデとビャクブの二人は東フエゴ駅で降りる予定だが、東フエゴ駅は三つ目の駅である。また、このヘルシンキ駅は地上を走る鉄道だが、二つ目と三つ目の駅は地下鉄になっている。

ここではもっと詳しく言うと途中からラプラタ・ハイ・スピード・メトロ会社の私鉄になるのである。会社名は長いので、普通は略してハイ・メトと世間では呼ばれている。

 このペトロフスク県の隣のアクア県にはアクア高速鉄道(AR)という首都圏の鉄道会社が存在する。ARとはアクア・レール・ウェーの略である。ヤツデとビャクブはヘルシンキ駅から乗ったが、そのヘルシンキ駅の次にはモスト駅という場所で止まった。モスト駅ではある事件が起きていた。

下車はしなかったので、ヤツデとビャクブの二人はもちろんそれには気づかなかったが、やがてはヤツデとビャクブもその事件には関与をして行くことになる運命なのである。

 その後のヤツデとビャクブの二人は東フエゴ駅に到着すると早速にカラタチとの待ち合わせ場所へと向かった。その待ち合わせ場所は駅からさほどに遠くなかった。

大抵のトイワホー国の駅には動物の像があってそこを待ち合わせ場所にできるようになっている。東フエゴ駅の像はシマリスである。そのため、ヤツデとビャクブの二人はシマリスの像の前でカラタチのことを楽しみな気持ちで待つことにした。つまり、カラタチはまだこの場には到着していないという訳である。今は集合時間の三分前だが、自分はもしかすると時間のとおりには来られないかもしれないから、ヤツデは集合時間のぴったりに来てくれるくらいでもいいとカラタチに対しては言ってあったのである。

「今は暗いけど、カラタチさんは身長が高いから、もしも、きたなら、カラタチさんのことはすぐに見つかるんじゃないかな?」ヤツデは言った。カラタチの身長は確かに二メートルを優に超えている。

「ああ。そうだな。おお。カラタチさんはいたぞ。カラタチさんは本当に見つけやすいな」ビャクブはそう言うと『おーい!カラタチさーん!』と呼びかけた。カラタチはするとヤツデとビャクブに気づいて二人の元にやって来た。今のカラタチはサングラスをかけている。ヤツデはうれしそうにしている。

「こんばんは」ヤツデは挨拶をした。「それにしても、カラタチさんはサングラスをかけていると普段よりも尚一層に強そうですね」ヤツデは親しみを込めていつものやさしい口調で言った。

「そうですかな?」カラタチは言った。「ですが、一度は申し上げているとおり、私は残念ながらプロレスラーではなくて公務員です」カラタチはユーモラスな受け答えをした。

「とにかく」カラタチは続けた。「私はお待たせしてしまってどうもすみませんな。外は寒いので、私達は早速に行きましょうか。私は自家車のところまでヤツデくんとビャクブくんをご案内をします」カラタチはそう言うとヤツデとビャクブを連れて歩き出した。ヤツデとビャクブは無言で承知をした。

「しかし、カラタチさんはサングラスをかけるなんてオシャレなんですね?」ビャクブは聞いた。

「いえ。私はそうでもありません。上の方の弟はサングラス・マニアなので、その弟は時々私にもいくつかのサングラスをくれるのです。という訳なので、ヤツデくんとビャクブくんにはせっかく来てもらったのですから、私はヤツデくんとビャクブくんにも私のサングラスを見てもらおうと思ったのです。しかし、サングラスは夜につけているとますます暗くなってしまいます。ヤツデくんとビャクブくんのお二人にはもう見てもらったことですし、サングラスは外してしまいましょう」カラタチはそう言うとサングラスを外して胸のポケットにしまった。体は大きいから、些かの威圧感はあるが、カラタチという男はこのようにしてとてもおっとりした性格の人物なのである。ヤツデとビャクブはカラタチの穏やかさにほっこりとしている。

「ところで」ビャクブは言った。「カラタチさんにはなにか愛称はあるのですか?もしも、あれば、おれたちはその愛称でカラタチさんのことを呼びたいなって思っているのですが」ビャクブは階段を上りながら話を持ちかけた。その間のヤツデは無言で階段を上っている。今度は坂を上りながら、カラタチは言った。

「そうですな。そう言えば、私には愛称は特にありませんな。ですが、私にはなにかいい相性があれば、ヤツデくんとビャクブくんのお二人にはそれで呼んでもらいたいものですな。それと、私は私でヤツデくんとビャクブくんのことを愛称で呼ぶというのも中々に乙なことですな」カラタチは嬉々としている。

「それなら、ぼくはカラタチさんの愛称を考えましたよ。まあ、それは大したものではありませんが、愛称はストレート勝負でカラさんです。ぼくたちはこの愛称で呼んでもいいですか?」ヤツデは直談判をした。

「ええ。もちろんです。私はヤツデくんに愛称を考えてもらえてとてもうれしく思います。こちらは私の愛車です」カラタチはそう言うとコイン・パーキングにおいて緑色のセダンを指さした。カラタチはとても人がいいので、車は路上駐車ではなくてわざわざコイン・パーキングに止めていたのである。

 それはさておいてカラタチに促されるとカラタチの愛車の後部座席に腰をかけさせてもらってカラタチと同じようにしてヤツデとビャクブの二人はシートベルトを着用した。

「話は途中になってしまっていましたが、おれとヤツデにはビャッくんとヤッちゃんっていう渾名があるんです。よかったら、カラさんはそう呼んではくれませんか?」ビャクブは申し出た。

「はい。わかりました。それにしても、渾名というものは中々いいものですな。私はヤッちゃんとビャッくんとの距離がぐっと近づいたような気がします。到着までは大して時間はかかりませんが、それでは出発進行です」カラタチはそう言うとアクセルを踏んで車を走らせた。カラタチはマクロな男なので、車内では少しばかり窮屈そうである。昔はトイワホー国にもマニュアル車が主流の時代はあったのだが、今のトイワホー国ではオートマ車が主流である。今のトイワホー国にはそもそもマニュアル車がほぼ皆無の状態なので、マニャアル車の教習はどこの教習所においてもすでに実施されていないのである。

また、ビャクブは無免許だが、ヤツデは実を言うと車の免許を持っている。しかしながら、一度は車線変更の時に危うく事故を起こしそうになってしまったことがあるので、それ以来のヤツデは車を運転することをせずに今ではペーパー・ドライバーになってしまっている。ヤツデは小心者なのである。

ここからは蛇足になってしまうが、ダッシュ・ボードとは運転席の前面にあるメーターなどが添え付けられているパネルの部分を指している。一方のグローブ・ボックスとは助手席の前にある小物入れを指しているのである。ここではもう一つ言っておくと、車には速度が早くになるにつれてハンドルが重くなるようにした車速感応式のパワー・ステアリング(パワ・ステ)というものがついている。

閑話休題である。ヤツデたちの三人は再会できたことを喜んで車内ではクリーブランド・ホテルでの思い出話に花を咲かせた。喜びは大きいので、カラタチは特にかなりの饒舌である。また、ヤツデはリア・ウィンドーから外を眺めていると少しだけ氷雨が降り出して来た。


 サフィニアは意気揚々と家に帰って来ていた。サフィニアは今回の『仲良しトラベル』により三人の個性的な人物と知り合いになれとてもうれしかったのである。

 ヤツデには明日も会えるから、サフィニアはそのことも楽しみなのである。とはいっても、サフィニアは別にヤツデに会いたいから、ヤツデに謎の男につけられているという嘘をついた訳ではない。サフィニアはその問題が解決するかもしれないこととヤツデとお話ができることの二つがうれしいのである。

しかし、家に帰ると、サフィニアはうれしげだった空気から一転してショッキングな情報を与えられた。その衝撃はすさまじいものだったので、サフィニアはこれ程のショックを受けたのは生まれて初めてというくらいだった。その情報はサフィニアの祖母のオリーブによって与えられた。

オリーブはよくとかされていて黒染めされた髪をしている。祖母のオリーブは孫娘のサフィニアが赤ん坊の時からずっと同居していている。オリーブはサフィニアが子供の頃にミシンでサフィニアのズボンを裾上げしてくれたり上履きの袋を作ってくれたりもしてくれた。

サフィニアはそういうこともあり物心がついてからはずっとオリーブのことを尊敬しているし、オリーブのことは同時に好いてもいる。今のオリーブはマッサージ・チェアに座っている。となると、オリーブはリラックスしていそうだが、実際はそうではなくむしろ気分は沈み込んでいる。

「そんな」サフィニアは言った。「おじいさまは今日も朝食を食べている時にはあんなにも元気な様子だったのに」サフィニアは完全にがっくりきてしまっている。サフィニアはそれでも言葉を紡いだ。

「私にはそんなことがあったなんてとても信じられない」サフィニアは未だに現実を受け入れ切れてはいない様子である。サフィニアはオリーブの夫であるゼンジの急逝についての話を聞かされたのである。つまり、それこそはサフィニアを驚かせた情報だった訳である。ゼンジとはサフィニアの祖父である。

「そうね」オリーブは暗い口調で言った。「おじいさまの死は私も信じられないわ。それに、急逝は本当にあったことだと信じたくない気持ちもあるけど、私の話は悲しいことにも紛れもない事実なのよ」

「おじいさまはどうして亡くなってしまったの? 事故なの? 病死なの?」サフィニアは恐る恐る聞いた。しかし、事態はサフィニアの想像を遥かに超えていた。

「いいえ」オリーブは苦しそうに言った。「死因はそのどちらでもないわ。警察の方の話ではおじいさまは何者かによって殺害をされたというの。おじいさまはなぜ殺されたのか、そこのところはまださっぱりとわからないけれども」オリーブはサフィニアと同じくらいにショックを受けている。

「おじいさまが今日にそんな事件に遭遇したということは私のせいで亡くなってしまったということよね」サフィニアはベッドに腰をかけたまま負い目を感じた。サフィニアはなぜそういうか、それはあとで判明することになる。ことわざでは『亀の甲より年の劫』というが、オリーブはサフィニアよりは落ち着いていた。

「いいえ」オリーブは声を落として言った。「サフィにはなんの責任もないのよ。それに、もし、責任がサフィにもあるのなら、私はおじいさまのそばを離れたのだから、重罪はむしろ私の方だわ」

「ということは事件があった時におばあさまはおじいさまと一緒ではなかったのね。それなら、少しは救われるかもしれない。でも、おじいさまはどうやって殺されてしまったの? いいえ。今はやっぱり聞かないでおくことにする。おばあさまもつらいだろうから、今はおばあさまには根掘り葉掘り聞くのは止めておくことにする。それとも、私はここにいた方がいいかしら?」サフィニアはやさしい思いやりを持って聞いた。

「私は確かにサフィがいてくれると心強いけど、今は私も秩序だって事件のあらましをお話することは難しいから、できれば、サフィは下にいるお母さまから少し話を聞いてみた方がいいかもしれないわね」

「うん。わかった。それじゃあ、寂しくなったら、おばあさまも降りて来てね」サフィニアは言った。

「ええ。ありがとう。私は78歳にもなってうろたえてしまってごめんなさいね」オリーブは謝った。

「ううん」サフィニアは首を横に振った。「事件は殺人なんだから、そんな事態に直面したら、普通は誰だってうろたえると思うよ。それじゃあ」サフィニアは「私は下に降りているね」と言うと暗い趣のままオリーブの部屋から出て行ってしまった。オリーブは悲しい顔をしてぼんやりとそのサフィニアのことを見つめている。オリーブは一人きりになると座ったまま人生の伴侶だったゼンジとの思い出について考えた。オリーブの頭にはゼンジとの記憶が目まぐるしく走馬灯のように思い出された。

ゼンジとオリーブの二人は50年目の金婚式どころか、実は昨年には55年目のエメラルド婚式を迎えていた。オリーブがゼンジとの思い出の中で特に印象に残っており真っ先に思い出したのは遥か昔のことである。その思い出とはゼンジとの出会いである。それはロマンティックなオリーブの思い出の一つである。

大学生の当時のオリーブは自殺を考える程に悩んでいた。オリーブは就職活動がうまく行かず神経症ノイローゼ気味になっていたのである。しかし、オリーブには自殺する程の勇気はなかった。

オリーブはそれでもどんな方法で死ぬのが一番に楽なのだろうかと日々考えあぐねていた。そのため、オリーブは地下鉄で電車を待っている間にも線路に向かって身を投げ轢かれて死んでしまえば、自分はどれ程に楽になれるだろうと考えていた。この場合の楽とは心情的な意味であり痛みがないという意味ではない。オリーブがそんなことを考え上の空でいる時に事件は起きた。

ある男性はオリーブの持っていたハンド・バッグを無理矢理にむしり取ってそのまま逃走をしようとしたのである。その男性は貧相な身なりをしていた。オリーブは不意を突かれて頽れてしまった。

あたりにはたまたま他に人はいなかった。そのため、オリーブは両手を地面につき自分の運命のひどさに呆れてしまいより一層に絶望感を募らせてしまった。

トイワホー国では犯罪がそこらへんにゴロゴロと転がっているようなものではない。多くの人は犯罪とは無縁な一生を送って行くものである。そのため、オリーブはそのことでも自殺願望を強めてしまい、自分はこんなにも惨めな人間なのだと悲観してしまった。しかし、そんなオリーブにも奇跡は起きた。

なぜか、オリーブの元にはオリーブのバッグを持った男性がやって来た。その男性は先程の貧相な男性ではなくどちらかと言うと精錬された身のこなしの男性だった。というか、彼こそはオリーブの未来の夫となるゼンジである。ゼンジは女性もののバッグを持って逃げるようにして駆けて行く貧相な男性を不審に思い声をかけるといきなり突き飛ばされてしまった。しかし一端の護身術を持ち合わせていたので、ゼンジはあっという間に貧相な男を取り押さえることに成功したという訳である。

その後のゼンジは傍にいた駅員に貧相な身なりの男の身柄を託しバッグの持ち主であるオリーブの元へとやって来たという訳である。ただし、オリーブはゼンジの行動に対して上辺では感謝こそしたものの、その時点ではすでに自暴自棄になってしまっていたので、うれしくはなかった。

ゼンジには『親切スタンプ』を押してあげようと思ったのだが、オリーブは『親切スタンプ』を家においてきてしまったことに気づいた。そのため、オリーブは形式的にお詫びとお礼をするため何度かゼンジと会っていると、ゼンジはオリーブの氷のように冷え切った心を暖め溶かしてくれた。

ゼンジはその事件から約一カ月後にオリーブにプロポーズをした。ゼンジは何事においても即断即決をする男なのである。しかしながら、それはゼンジの人生において一貫して大きく的外れになるようなことはなかった。ゼンジは運もいい男なのである。結局のところ、オリーブは不幸にも就職活動には失敗をしてしまった。しかし、当時は大いなる野望を抱き自営業を始めていて成功が続いていたので、ゼンジはオリーブのことを養ってくれることになった。オリーブはかくして絶望の崖から一挙にシンデレラ・ガールへと変貌を遂げた。オリーブは自分を見込んでくれたゼンジに全力でサポートをするようになった。ゼンジが外で働いていけたのはまさに内助の功といっても過言ではなかった。

ゼンジとオリーブの二人は人生の苦楽を共にし今日まで仲も睦まじく支えあって生きて来た。ところが、それは今日までの話である。ゼンジはもうこの世から姿を消してしまった。ゼンジの享年は83歳である。


オリーブの部屋の二つ隣の部屋には時同じくして一人の男が入って来たところである。その人物はコリウスという名の男性である。コリウスはゼンジの三男である。

ただし、コリウスはサフィニアの父親ではない。そればかりか、独身のコリウスには妻子もいない。一度は話にあったとおり、サフィニアは父のフレークと母のアオナとだけではなく他にも祖母のオリーブや伯父のコリウスとも同居をしているという訳である。

コリウスは父であるゼンジの死については知っている。それもそのはずである。コリウスは今日の夕方にゼンジの件で警察がこの家に来た時にたまたま家に帰って来ていたのである。

そのため、コリウスはオリーブと一緒にゼンジの死体を病院の霊安室まで見に行った。ゼンジは救急車が到着した際にはまだかすかに息があったのだが、結局のところは病院に運ばれる途中で息を引き取ったのである。その話は当然のことながらコリウスも聞いている。まず、コリウスは部屋に入ると机の上からダーツの矢を手に取った。コリウスの趣味は近所のアミューズメント・センターで行うダーツとビリヤードなのである。

コリウスは壁にかけてある的に向かって矢を投げた。しかし、矢は的に当たらず全く別のところへ当たって下に落ちた。コリウスの手は震えていたので、狙いがうまく定まらなかったのである。

今のコリウスは父のゼンジのことを考えている。普段のコリウスは滅多に動揺する玉ではないのだが、今回はある理由により平常心ではいられなくなってしまっているのである。コリウスはイスを引き腰をかけ瞬きした。すると、コリウスの瞳からは涙の滴がポタリと落ちた。


 サフィニアは祖父のゼンジが亡くなったと聞いてもショックのせいで低血圧になったり涙を流したりはしなかった。しかしながら、それはサフィニアが薄情だからではない。

 その理由はまだサフィニアには現実感がないということもあるし、なによりも、サフィニアは気丈夫な性格の女性なのである。ただし、サフィニアはこのままヤツデへの依頼をお願いするべきかどうかと少し迷った。

 しかし、自分は明日になっても何もできない程に落ち込むことはないと判断したので、サフィニアは予定のとおりヤツデとビャクブの二人にこの家に来てもらうことにした。

 決心を固めると、サフィニアは自宅の一階にやって来た。そこにはサフィニアの母親のアオナがいたので、サフィニアは広々としたダイニング・テーブルのところへ向かった。

 フレークと結婚するまでのアオナはエステティシャンをやっていたのだが、アオナは結婚を機に専業主婦になった。フレークはどっちでもいいと言ってくれたので、それはアオナが決めたことである。

アオナはサフィニアが生まれると面倒見のいい母親としてサフニアのことを傅いた。大抵のことなら、アオナとサフィニアの親子は今でも打ち明けることのできる仲である。

「おじいさまは亡くなったっていうのに、お母さまはどうしてハミングなんてしているの? やっぱり」サフィニアは席につきながら聞いた。「お母さまにもまだ現実感がないの?」

「もちろん」アオナはサフィニアの存在を認知した。「それもあるけど、この曲はおじいさまへの感謝の気持ちを込めた曲なのよ」アオナはハミングを止め料理をしながらもちゃんと受け答えをした。

今のアオナは『グッバイとサンキュー』という曲を歌っていたが、事実『グッバイとサンキュー』は陽気な曲ではなくむしろ重々しい曲調をしている。フレークはゼンジの次男なので、アオナから見ると、ゼンジは義理の父ということになる。アオナは義理の父であるゼンジとも仲は極めて良好だった。

「おじいさまの死因はなんなのかしら? お母さまは知っているの? とはいっても」サフィニアは微妙な心境である。「私はあんまり聞きたくないような気がしないでもないけど」

「ええ」アオナは首肯した。「そうね。私もそのことを聞いた時には胸が締めつけられるような思いだったもの。おじいさまは包丁で刺されてしまったそうよ。おじいさまはさぞかし痛い思いをしたことでしょうね。ただ、事件は通り魔なのか、そうではないのか、そこまでは警察の方にもまだわかっていないみたいなの。まあ、それがわかったとしてもおじいさまは戻らないけど、せめて」アオナは暗い口調のまま悲しい気持ちを込め言った。「犯人がわかりさえすれば、少しはおじいさまも天国ですっきりするかもしれないものね」

「それはそうかもね。お母さまはおじいさまが亡くなった時にはどこにいたの? ああ。私は別にアリバイを調べている訳ではないのよ。ただ、私はお母さまもおじいさまの遺体を見に行ったのかなって思ったの」

「ああ」アオナは即答した。「そのことなら、私はまだおじいさまの死に顔は見ていないのよ。私はカスミちゃんとお買い物をしていたんだけど、その時にコリウスくんから連絡が入ったの。だから、私はコリウスくんのところへ行こうと思っていたんだけど、おじいさまは亡くなったって聞いたら、カスミちゃんは気分が悪くなっちゃったの。それでね。私とカスミちゃんは家に帰ることにしたの。だから、カスミちゃんはあんまり今も気分が優れないって言って自分のお部屋でお休みしているのよ」アオナは少し長めの説明をした。

 カスミとはゼンジとオリーブの長女のことである。サフィニアから見ると、カスミは叔母となる。アオナから見ると、コリウスとカスミは義理の弟と妹に当たることになる。

「私はトイワホー国で通り魔が出たなんて話を聞いたことがないけど、もし、そうなら、それは私のせいよね。最近のおじいさまは滅多に外出していなかったのに、私が今日の外出をさせたようなものだもの。おばあさまはやさしいから、そんなことはないって言ってくれたけど、私はやっぱり少しそのことを気にしちゃうかな」サフィニアはゼンジの死に思いを馳せすっかりと暗くなっている。

「おばあさまの言うとおりよ」母親のアオナは言った。「悪いのはおじいさまを外出に誘ったサフィじゃなくておじいさまを刺殺した犯人ですもの。それに、事件は本当に通り魔なのかもまだわからないものね。もし、事件が通り魔でないのなら、おじいさまはなぜ殺害されなければならなかったのかしら?サフィの言ったとおり、最近のおじいさまはあんまり外出することがなかったから、私にはおじいさまが誰かの恨みを買っていたとは思えないし、おじいさまはそもそも外出していたって誰かに恨みを買っていたとも思えないもの」

「うん」サフィニアは頷いた。「確かにそれは言えるかもしれないね。おじいさまはトークがとてもうまくて誰にでもやさしくしていたから、事件が通り魔でないとしたら、怨恨ではないんじゃないかな? だとしたら、いえ。今はやっぱりそんなことは考えたくないかな。それに、私には事件のことを掘り下げて行っても解決できるとは思えないし」サフィニアは無意味なことだと言わんばかりにして自虐的な様子で言った。

「いいえ」アオナは言った。「そんなことはないと思うよ。今は確かに考えなくてもいいけど、私達が色々と考えてみるのもいいことよ。私達はもしかしたら警察の方の役に立つ情報を提供できるかもしれないもの」

「そういうものかしら?」サフィニアは言った。「それなら、私は思い当たることがないかどうかをあとで考えてみることにする。私はお母さまのしている料理を手伝おうか?」サフィニアは話を変えた。

「その申し出はありがたいけど、今日はいいのよ。今日はサフィも疲れているでしょう? そう言えば、今まではサフィ自身の話を聞いてあげないでごめんなさい。お土産をありがとう」アオナは気楽に聞いた。「今日の『仲良しトラベル』はどうだったの? サフィは他の人と仲良しになって楽しめた?」

 サフィニアは昔から人見知りをしない上に誰に対しても人懐っこいので、今日も他の人とはうまく行ったのだろうと、アオナは内心で推測している。さすがはサフィニアの母親である。

「うん」サフィニアは素直に頷いた。「謎解きは10問中三問しかわからなかったけど、私は三人の個性的な人たちと仲良くなれたから、今日はすごく楽しかった。もちろん」サフィニアは「それはおじいさまが亡くなったって話を聞くまでのことだけど」と言うと今日の『仲良しトラベル』について少しばかり詳細に話し始めた。サフィニアは母親のアオナに問題が割と難しかったことや恐竜展では楽しく過ごせたことやさっきも言っていた個性的な旅の仲間のことを話した。アオナはきちんと話に耳を傾けていた。

「ツアーは話を聞いた限りでも随分と楽しそうね。これからは喪に服さないといけないけど、サフィが楽しめたのなら、よかった。私は歌のうまい子からも推理力の抜群な子からも見習いたいところはありそうね」アオナは確認した。「その子たちはそれでも嵩にかかる態度を取らなかったのでしょう?」

「うん」サフィニアは即答した。「二人はすごく謙虚な人たちだったよ。それでね。推理力の抜群の男の子はヤツデくんって言うんだけど、そのヤツデくんはこの近くに旅行にきているっていうから、私は一人の友達と一緒にこの家に遊びに来てくれるよう誘っちゃったの。ダメだったかしら?」サフィニアは恐る恐る聞いた。

「いいえ」アオナは寛容である。「そんなことはないのよ。サフィはむしろその子たちに来てもらった方がずっと気持ちは楽になるでしょう? おじいさまが亡くなって悲しむことと鬱状態になることは別物よ。悲しんではいてもサフィがずっと暗くなっていたら、おじいさまもきっと悲しんでしまうと思うもの」

「そうだよね。さっきも言ったとおり、ヤツデくんはすごい推理力を持っているの。ヤツデくんはもしかするとおじいさまの事件でもなにかしらの手掛かりを見つけてくれるかもしれないでしょう? だから、私達はこの事件についてヤツデくんにも少し話を聞いてもらおうっていうのはどうかな? もちろん」サフィニアは謙虚な姿勢で聞いた。「この話は冗談ではないよ。お母さまは私が調子に乗りすぎていると思う?」

 アオナはサフィニアの性格をよく知っているので、サフィニアの表情は見ないで「いいえ」と言った。

「その捜査がおじいさまのためになるのなら、それはいいことなんじゃないかしら? そのヤツデくんって子がやる気になってくれるかどうかは疑問だけど、もし、ヤツデくんはやる気になってくれたのなら、少なくとも、私は情報を提供してあげてもいいのよ」アオナは中々の太っ腹である。アオナには理解がある。

「ほんと?」サフィニアは嬉々とした。「お母さまはやっぱり話がわかるね。それじゃあ、私はこの調子で他の皆にも同じお願いをしちゃおうかな。ああ。でも、私は楽しんでいる訳じゃないのよ。問題には大まじめに取り組むつもりよ。ヤツデくんもそういう性格の子だし」サフィニアはヤツデの人柄を思い出した。

「ええ」アオナは了承した。「わかってる。私はおじいさまが亡くなってサフィが楽しむなんてことは少しも疑っていなかった」アオナは励ました。「調査は無理しないよう程々にがんばってね」

 サフィニアはうれしそうな顔をして「うん」と首肯した。

「わかった。今回の件は何も出なくても元々だから、もし、ヤツデくんがこの話に乗ってくれても、私はあんまりヤツデくんをせっつかないようにする」サフィニアは宣言した。実際のところ、サフィニアは元気すぎる性格を抑えるつもりである。アオナは満足そうにしている。

ここはやさしい人たちの集まりであるトイワホー国だから、大抵は今のアオナのように探偵ごっこについても文句や批判を口にされるようなことにはならないのである。

別に謎の男の件もアオナに話しても一向に差し支えはないのだが、サフィニアは謎の男につけられていることについては母のアオナではなく父のフレークに話をしようと思っている。

アオナはさほど心の弱い女性ではないし、フレークにとってみると、今日は実の父が亡くなっているが、それでも、サフィニアはフレークの包容力を信じている。そのため、サフィニアは謎の男のことをフレークの方に話しておこうと思った。なによりも、フレークはアオナよりもっとサフィニアのことを溺愛しているので、サフィニアは十分にそのことをわかっているのである。もっとも、サフィニアは父のフレークと母のアオナのことは同じくらいに好きである。今のサフィニアはダイニング・テーブルのイスに腰をかけている。そのダイニング・テーブルには万華鏡やルービック・キューブがあったので、サフィニアはその万華鏡やルービック・キューブでディナーまでの時間を潰そうとしたが、結局は止めておいた。

アオナは今もお盆に食器を乗せて働いているので、サフィニアは10人がけのテーブルを離れてアオナの手伝いをすることにした。今度はアオナもサフィニアの手伝いを拒まなかった。

 サフィニアはじっとしているとゼンジの死についてもやもやし思い悩んでしまうと主張したので、アオナはサフィニアに料理の手伝いをしてもらおうと思ったのである。


 冬日とは一日の最低気温が0度以下の日を言うのである。一方の真冬日とは一日の最高気温が0度以下の日のことを言うのである。今日のペトロフスク県はそのどちらにも当てはまらない。

 ペトロフスク県の今日の最低気温は二度である。冬日はともかくジェラシックの住むノース大陸でさえもトイワホー国では真冬日になることはかなり稀な事態なのである。

 今年は暖冬なのか、あるいは厳冬なのかの判断は12月と一月と二月の三か月の平均気温によって社会通念や気象学でなされる。ここでは冬に関してもう少し述べると北極や南極に近い地方では太陽が地平線からほとんど昇らない極夜という現象が起きることもある。

 動物は冬眠して越冬するが、植物は動物と同じくそれなりの工夫をしている。植物はあまり温度が低くならない地域では葉を小さく厚くすることで寒さに耐える。ところが、植物はある程度以上に気温が下がると葉を切り落として捨てる。それというのは冷える範囲を狭くするためである。

 昆虫は冬に進んで活動するなんてことは珍しいが、冬シャクという名のガはその例外のカテゴリーに含まれる。ただし、冬シャクのオスは弱々しくしか飛べないし、メスは飛ぶこともできない。

 話は変わるが、カラタチの家はマンションの一室である。アパートとマンションには特に明確な境界線はない。アパートとマンションのどちらで呼ぶかは不動産屋の自由裁量である。

アパートの正式名称はアパートメント・ハウスだが、アパートは得てして木造や鉄骨構造であり二階建てが多い。一方のマンションは鉄筋コンクリートで高層のものが多い。

カラタチはマンションに住んでいるので、このマンションは4階建てになっている。別にカラタチが希望したという訳でもないのだが、カラタチの部屋は一階である。

カラタチの車から降りると、ヤツデとビャクブの二人はカラタチの家に入れてもらうことになった。カラタチの家の下駄箱の上には花瓶に活けたムギワラギクのドライ・フラワーがある。

ビャクブがそれらに目を奪われていると、家の中からはヤツデとビャクブとカラタチの三人を迎え入れてくれる者が現れた。それは人ではなく一匹のオスのダックスフントだった。

 ダックスフントはアナグマなどの巣穴に潜って狩りをするため足が短い品種である。体の大きさはスタンダードとミニチュアがあるが、カラタチの飼っているダックスフントはミニチュアの方である。

 トイワホー国ではカラタチがクリーブランド・ホテルへ旅行に行った時のように管理人に対してその旨を伝えると、その間はマンションの中でペットの世話をしてくれる人を探してもらえる。それは『愛の国』と言われるトイワホー国ならではのやさしさである。カラタチは愛犬を愛でている。

「へえ」ビャクブは元気のいいカラタチの愛犬を眺めながら言った。「カラさんはペットを飼っているんですね。大きさはともかく犬っていうのはカラさんのイメージにぴったりですね」

 犬の大きさから言うと、カラタチは確かに大きいので、そのペットはセント・バーナードやシベリアン・ハスキーといった大型犬を飼っていてもおかしくはないなとヤツデも考えた。

「そうですかな?」カラタチは曖昧に言った。「ヤッちゃんとビャッくんはとにかくお家の中へ入って下さい。ヤッちゃんとビャッくんは気兼ねする必要なんて全くありませんよ。もちろん」カラタチは言った。

 そのため、ヤツデとビャクブの二人は靴を脱がせてもらうことにした。ヤツデとビャクブの二人はカラタチに案内されて寛ぐためのリビングにやって来た。

 そこには萌黄色のカーテンが引かれており、こちらにはコタツが置かれていた。ヤツデとビャクブの二人はカラタチによって促されると遠慮気味にこたつに入らせてもらうことにした。

 これは余談になってしまうが、こたつやオーブン・トースターにはエンジンを高温になりすぎないようにするため、あるいは暖気を早めるためにサーモスタットというものが使われている。

「それでは早速に食事にしましょうか。私は食事を持ってきますので、ヤッちゃんとビャッくんは少々お待ち下さい」カラタチはそう言うと体の割に機敏な動作で冷蔵庫の方へと向かって行った。カラタチの家のダイニングのテーブルにはタペストリーのテーブル・クロスがひかれている。カラタチは二棹のようかんを持って来た。ようかんはタンスと同じで『一棹・二棹』と数えるのである。

「多少は隙間風が吹いたりはしますが、掃除はしましたし、ヤッちゃんとビャッくんはゆっくりと寛いで下さい」カラタチは親切に申し出た。カラタチはヤツデとビャクブのためにいつも以上に気を使っている。

「わかりました。時に」ビャクブは聞いた。「カラタチさんの愛犬の名前はなんと言うのですか?」ビャクブはそうしながらもヤツデとカラタチと一緒に食事を開始している。

ヤツデはヘルシンキ駅ではたいやきを買っていた。一方のビャクブは奮発をしてカスタード・クリームの入ったシュー・クリームとエクレアを用意していたので、これからは夕食としてカラタチのようかんを含めたその三つの食品をヤツデとビャクブとカラタチの三人でわけあって食べようという訳である。

「さすがはビャッくんですな。ビャッくんはとてもいいことを聞いて下さいました。この犬の名前はコロと言うのです。ただ、コロの名は飼い始めてから三ヶ月は違う名前だったのです。初めはこの子のことを犬っころと呼んでいたのですが、私はその内にもっと縮めた方が言いやすいということに気づいたので、結局はコロと呼ぶようになったのです。いや。これは恥ずかしい限りのエピソードですな」カラタチは照れ笑いを浮かべた。

「いいえ」ヤツデは否定した。「そんなことはありませんよ。そのエピソードは中々にユニークで穏やかなカラさんの人柄が窺えます。あれ?」ヤツデは衝撃的な事実に気づいた。「コロはもしかして」

「おや?」カラタチは言った。「ヤッちゃんはやっぱりお気づきになられましたかな? そうなんです。実を言うと、コロは右と左で目の色が違うのです」カラタチは指摘した。ビャクブは驚いてシュー・クリームを喉につまらせながらもコロのことを見た。コロは確かに右目が黄色で左目は青色をしている。

「その話は聞いたことがあります。確か、これは光彩異色症と言って人間にも現れる現象なんですよね?」ヤツデは聞いた。ヤツデは読書家なので、この知識はたまたま持ち合わせていたのである。

「ヤッちゃんはさすがに物知りですな。光彩異色症は話によると人よりも犬や猫に発症することが多いらしいですな」カラタチは話を振った。「ビャッくんはどう思われますかな?」

「おれは単純に格好いいと思いますよ。コロは気味が悪いどころか、おれはむしろ羨ましいくらいです。それにしても」ビャクブはしみじみと言った。「世の中にはやっぱりおれの知らないことが山ほどあるんですね」

 光彩異色症について言うと、人の場合は先天的に現れることもあるが、光彩異色症は緑内障や事故による光彩の損傷などのような要因によって後天的に表れる場合もある。犬の場合はシベリアン・ハスキーに限って言うと目の色が左右で違くても光彩異色症ではない。

「なにか、ヤッちゃんとビャッくんはペットを飼っているのですかな?」カラタチは聞いた。

「はい」ビャクブは頷いた。「おれはカメを飼っています。そのカメはメロンっていう名の日光浴が好きなオスのミドリガメです」ビャクブは打ち明けた。だから、ビャクブはバザーでメロン・パンのストラップを手に入れた時に大喜びしていたのである。カメのメロンの名はメロン・パンから着想を得たのである。

ミドリガメは人に慣れやすくよく動き泳ぎが得意である。人には慣れやすいのだが一方のゼニガメはあまり泳ぎが得意ではない種類のカメである。カラタチは鷹揚に受け答えをした。

「カメさんはカメさんで中々よさそうですな。ビャッくんの名づけたメロンという名もいいですな。ビャッくんは面倒見もよさそうですから、メロンくんはきっと幸せなんでしょうな。なにか、ヤッちゃんもペットを飼っておられるのですかな?」カラタチは話を促した。ヤツデは躊躇なく応じた。

「はい」ヤツデは首肯した。「ぼくはジャンガリアン・ハムスターを飼っています。というか、ぼくはハム次郎を飼っています。最近はすっかりぼくに懐いてくれたみたいなんです」ヤツデは平然と言ってのけた。ここでは誤解のないように言っておくと、カラタチはハム次郎がぬいぐるみであるということを知っている。

「それは結構なことですな」カラタチはようかんを食べながら陽気に言った。「ヤッちゃんはハム次郎のことをかわいがっているから、そのことはきっとハム次郎にも伝わっているのでしょうな」

「カラさんにはヤツデの子供っぽい茶番に付き合わせてしまってすみませんね。あれ? そう言えば、今日のヤツデはヘルシンキ駅でハム次郎の代わりのものを持って来ているって言っていたよな? あれはなんのことだい?」ビャクブは興味本位で聞いた。「ヤツデはやっぱり他のぬいぐるみを持ってきたのかい?」

「ううん」ヤツデは否定した。「それは違うよ」ヤツデは「ぼくはこれを持ってきたんだよ」と言うとカバンを引き寄せごそごそし始めた。ビャクブとカラタチが見守っていると、ヤツデは中からエキスのプルーンが入った一つのビンを取り出した。ヤツデは「これは昔から祖母が買ってくれているものなのだ」と説明した。

「なるほど」カラタチは相槌を打った。「ヤッちゃんのおばあちゃんはお孫さん想いのいいおばあちゃんなんですな。これはまた結構なことですな」カラタチはあくまでものほほんとしている。

「ところで」カラタチは言った。私達はご飯を食べ終わったら、次は銭湯に行きましょう。実はここから5分も歩かないところに湯銭が格安な銭湯があるんです」カラタチはこの話を待ち焦がれていたようにうれしそうな顔をして言った。それもそのはずである。カラタチは無類のお風呂好きなのである。

「それはよさそうですね。カラタチさんは是非とも案内して下さい。そうそう」ビャクブは「実はカラさんには大切なお話があるんです」と言うとサフィニアの一件についてヤツデと一緒に話をした。

ヤツデとビャクブは「明日は少しの間だけ出かけたい」という旨を伝えることにしたのである。ヤツデはカラタチがどんな顔をするかなと心配だったが、カラタチは笑顔で外出の許可をくれた。ヤツデとビャクブは深くお詫びとお礼の言葉を述べた。その話が一段落すると、カラタチはホット・ココアを入れてくれたので、ヤツデはビャクブと一緒にそれを飲みながらミステリー・ツアーの第11問目についての話をした。

今のところ、答えの半分はわかっているのだが、もう一つの半分はまだわかっていないので、ヤツデは自分たちのいない間にカラタチも挑戦してくれるようお願いすることにした。カラタチはその話を快く受け入れ気合いを入れて取り組んでみると言った。やがてはコロにドッグ・フードを上げると、カラタチはヤツデとビャクブの二人と一緒に銭湯に向かった。その際のビャクブはジャンバーを着込んだ。カラタチはレイン・ハットを被った。ヤツデは丸形のシャンプー・ブラシを持参することにした。

 外では霙の混じった雨が降っていたので、カラタチはヤツデとビャクブに傘を貸して上げた。ヤツデとビャクブはカラタチの優渥な待遇にすっかりと感激をしている。

 ヤツデとビャクブとカラタチの三人はやがて銭湯に到着した。その銭湯には煙突があり、今日は冬至なので、銭湯の中はゆず湯になっていた。今日は夜遅くになってしまったが、それでも、ヤツデとビャクブとカラタチの三人はゆっくりすることにした。銭湯を出ると、カラタチは親切にもヤツデとビャクブを二人が宿泊することになっているカプセル・ホテルまで案内してくれた。そのため、ヤツデとビャクブの二人は丁寧にお礼を言いカラタチと別れた。ヤツデにとって長かった一日はこうして終わりを迎えた。


翌日である。ヤツデとビャクブの二人は朝の早い時間に目を覚ますとホテルを出た。ヤツデとビャクブは近くのコンビニに行き朝食を買うと早速にコンビニの前で食事を取ることにした。

大抵はトイワホー国のコンビニの前には食事をするためのベンチやテーブルが置かれている。ヤツデとビャクブの二人は今回の旅行をしている間にこのコンビニで朝食を取るようにしようと決めていた。それはカラタチの助言を受けたからでもある。ヤツデはツナ・マヨネーズのおにぎりを食べた。一方のビャクブはラスクを食べた。それらを食べ終えるとカラタチと待ち合わせをしているので、ヤツデとビャクブの二人はカプセル・ホテルの前に戻って来た。つまり、カラタチはサフィニアの家までヤツデとビャクブの二人を送ってくれる予定になっているのである。しかしながら、それにはちょっとばかり心配なこともある。

これはヤツデとビャクブも承知のことだが、カラタチは並外れた方向音痴なのである。ビャクブはクリーブランド・ホテルにてそのせいで攪乱をされてしまった程である。

ここでは一つのカラタチのエピソードを述べておくことにする。ある時のカラタチは金属バットを購入し家から離れたところにあるバッティング・センターに行ってみることを計画したことがあった。

ところが、車を運転したまではよかったのだが、カラタチの到着した場所はマイン牧場というところだった。しかも、バッティング・センターとマイン牧場の二つの距離には雲泥の差があった。

それでも、カラタチは仕方がないので、その日は牧場でヤギにエサをやりウシの乳しぼりをして帰宅することになった。ただし、カラタチの性格はのんびりとしているから、カラタチはそれでもよかった。

カラタチはこれに懲りると、後日はカー・ナビを買いやっとの思いで本来の目的地であるバッティング・センターに行けるようになった。それ以来のカラタチはいつでも車を運転する時には自分を信じないでカー・ナビに頼っている。カラタチはヤツデとビャクブが三分も待たない内に車を運転してやって来た。ヤツデとビャクブの二人は後部座席リア・シートに乗車させてもらった。

「おはようございます」ビャクブは挨拶をした。「カラさんには朝の早くからどうもすみませんね。それでは運転をよろしくお願いします」ビャクブは丁寧に言った。ビャクブは当然のことながら不作法のないように畏まっている。今日のビャクブはブルゾンにジーンズといった出で立ちである。カラタチは「はい」と応じた。

「お任せ下さい」カラタチは言った。「私は方向音痴ですが、シミュレーションはカー・ナビでばっちりとすませていますので、大丈夫だと思います。まあ、目的地までは10分くらいで着くそうですから、そういう点でも大丈夫だと思います」カラタチはそう言いながらもすでに車をスタートさせている。

「ぼくはカラさんを信頼しています。時に、本当に申し訳ないのですが、もし、できれば、カラさんは昨日の銭湯に行ってもらえませんか? どうやら、ぼくはソックスを忘れてきちゃったみたいなんです。ぼくはまぬけですみません」ヤツデは本当に申し訳なさそうにして謝った。今日のヤツデは上がセーターで下はゆったりとしたスラックスという出で立ちである。現在のビャクブは上の空である。

「いえいえ」カラタチは取り成した。「ヤッちゃんはまぬけなんかではありませんよ。うっかりしてしまうことは誰でもあることです。私の場合は家にスマホを置いて仕事に行ってしまうことなんかはしょっちゅうですからな。今になって気づいたのですが、どうやら、スマホは今日も家に忘れてきたようです。いや。お恥ずかしい限りですな。私は銭湯に行ってみますよ。無論」カラタチは言った。「私としてはヤッちゃんの頼みとあれば、それはもう断れませんからな」カラタチはやさしくて頓着しない性格をしている。カラタチはヤツデのお願いを疎ましく思わずむしろ頼りにされてうれしそうである。

カラタチが以前に旅行先でパター・ゴルフをやったという他愛のない話を聞いていると、ヤツデとビャクブの二人はカラタチのおかげで目的地であるエアーズ町に到着した。カラタチは「たぶん」と言った。

「目的地はこの近くにあるはずです。ヤッちゃんのお友達のお家は表札を確認すれば、すぐに見つかると思いますから、申し訳ありませんが」カラタチは振り返った。「私の案内はここまでということでもよろしいですかな?」カラタチは遠慮気味に聞いた。ヤツデはカラタチの慎み深いもの言いに好感を抱いている。

「はい」ビャクブは応じた。「大丈夫です。カラさんはここまで連れてきて下さってありがとうございます。それではおれたちがいつ頃に返れるかはあとでカラさんに電話をさせてもらいます」ビャクブは気を利かせた。カラタチの方は「ええ」と軽い調子で首肯した。

「わかりました。それではがんばってきて下さい」カラタチは言った。「できれば、私も力になりたいので、帰って来た折になにか私にできそうなことがあれば、ヤッちゃんとビャッくんはなんなりとおっしゃって下さい」カラタチは笑顔である。ヤツデとビャクブの二人は降車した。ヤツデとビャクブの二人は最後にもお礼を言うと、カラタチはそれを取り成し車を運転して去って行ってしまった。カラタチはどうして一緒に来ないのかというと、ヤツデは自分の持ってきた厄介事にカラタチを煩わせたくないと主張し、カラタチもそれに納得したからである。ビャクブはいいのかとヤツデに聞けば「イエス」と言う答えが帰ってくる。つまり、ヤツデには少しだけカラタチに対してまだ遠慮している部分があるという訳である。

「ねえ」ヤツデは言った。「ぼくたちはナズナさんから手紙をもらったけど、ぼくたちもハガキを出さないといけないよね。これは愚問かもしれないけど、ビャクブはちゃんと覚えている?」ヤツデは聞いた。

「ああ」ビャクブはヤツデと一緒に歩きながら当然の如く言った。「もちろんだよ。それはイチハツさんに対してのハガキだろう? おれはもうイチハツさんにはクリスマス・カードを出しちゃったよ」

「そっか。ビャクブにとっては当然のことだよね。ぼくも自分で話をしたからにはもうハガキは出してきちゃったんだよ」ヤツデは穏やかに言った。ビャクブは満足そうにしている。

 一度はイチハツとエノキがヤツデとビャクブの共通の友人であるということは話に出ているが、イチハツは元からエノキとは友人だった。エノキは殺人未遂の罪で逮捕されてしまったので、ヤツデとビャクブの二人が手紙を出すということはイチハツを元気づけてあげるという意味でも意義深いことなのである。

 話を戻すことにする。ヤツデたちは立ち往生していた訳ではないが、一人の男性はヤツデとビャクブの二人が歩いていると話しかけて来た。その男性は屋敷から出てきた人物であり人のよさそうな雰囲気を醸し出している。ヘンルーダという名の彼は「こんにちは」と挨拶をした。今のヘンルーダは高級感のあるダーク・スーツに身を包みレジメンタル・タイをして箒を手にしている。ビャクブはヤツデよりもヘンルーダの近くにいたので「こんにちは」と先に答えた。ヘンルーダはヤツデとビャクブに対してやさしく言った。

「お二人様はどちらかへと行かれるのですか? もしも、お困りのようなら、わたくしは道をお教えできるかもしれませんので、よろしければ、お二人様は行き先をおっしゃって下さいせんか?」

「ありがとうございます。それではお聞きさせてもらいます。ぼくたちはこの近所に住むサフィニアという女性を訪ねたいのですが、あなたはご存知ですか?」ヤツデは試しに聞いてみた。

「そうでございましたか。お嬢さまのお宅はこちらで間違いありません」ヘンルーダは目前の豪邸を指さして答えた。ビャクブは思わぬ事態に直面し「え?」と呆気に取られてしまった。

 先程は豪邸といったとおりヘンルーダが指差し、サフィニアが住んでいる煙突のある屋敷というのは三階建てになっており、敷地に関して言えば、優に500坪は越えている。

「となると」ヘンルーダはかなり洗練された物腰で話を続けた。「あなた方はヤツデ様とビャクブ様でいらっしゃいますね? お話はお嬢さまから受けたまわっております」

「ぼくはヤツデです。こっちは友人のビャクブです。ええと」ヤツデは聞いた。「あなたは?」

「失礼しました」ヘンルーダは腰を折ってお辞儀をした。「申し遅れましたが、わたくしはこちらで執事と運転手をやらせて頂いております。ヘンルーダと申します。どうぞ。よろしくお願い致します」

昨日のサフィニアはミステリー・ツアーの帰りに自分には迎えが来ると言っていたが、あれは恋人や家族ではなくゼンジの家族の運転手を務めるヘンルーダのことだったのである。

「こちらこそ」ビャクブはすっかりと恐縮しながらも言った。「よろしくお願いします」

 ヤツデはビャクブが返事をしている間に豪邸の表札をよく見てみた。表札には多くの人の名前が連ねられていたが、そこには確かにサフィニアの名前もしっかりと書かれていた。

表札に家族全員の名前を記載すると、他国ではオレオレ詐欺や強盗などの犯罪に巻き込まれやすくなるようなことになるかもしれないが、トイワホー国ではその心配はいらないのである。

トイワホー国ではそんなものに巻き込まれる可能性は一パーセントよりも低いからである。もっとも、この家の場合は見るだけでお金がありそうだということは誰にでもわかってしまうかもしれない。

トイワホー国の国民にはファースト・ネームだけでファミリー・ネームというものはない。トイワホー国の国民にはその代わり家紋が用いられる場合がある。

今のヤツデの見ていた表札の横にはゼンジの家族の紋所であるムーンが描かれている。ヤツデの家紋はちなみにハトである。一方のビャクブの家紋はアオイである。ヤツデは「それにしても」と言った。

「こちらは立派なお家ですね。ヘンルーダさんは執事をされているそうなので、ぼくはとてもびっくりしてしまいました」ヤツデは率直な感想を述べた。ヤツデはいつでも素直なのである。

「さようでございますか。お嬢さまはヤツデ様とビャクブ様を驚かせるためにあえてそのことを黙っておられたのかもしれません。こちらのお宅にはドリーム・アクセサリー社の会長と社長が住んでおられるのです。いえ。少し訂正をさせて頂きますと、会長は住んでおられたのです」ヘンルーダは「それではお嬢様のところへとご案内致します」と言うと先頭を歩き出した。ヤツデとビャクブの二人はヘンルーダのあとに続いた。

 この豪邸の庭はあまりにも広いので、門から玄関まで約30秒は歩かなければならないような仕組みになっている。ドリーム・アクセサリー社という名はヤツデとビャクブも聞いたことがあった。

ドリーム・アクセサリー社は二つの会社が合併してできたものである。一つはオセロ宝石会社(通商はジュエリー・オセロ)というゼンジが起こしたものである。もう一つは同じく宝石会社のハンター・ウィッシュというものが合併したのである。一応は付け足しておくとトイワホー国において企業連合カルテル企業合同トラスト企業連携コンツェルンといったようなものは基本的に違法とされている。

カルテルとは同一産業部門の複数の企業が協定を結び市場を支配することである。トラストとは同一産業部門の複数の企業が一つに合併し市場を支配することである。

コンツェルンとは親会社が色々な産業分野の子会社を支配することを言うのである。つまり、集中度はカルテル→トラスト→コンツェルンの順番で高くなって行くという訳である。

ようは何が言いたいのかというとゼンジの会社が合併した時点では市場を独占するほどではなかったので、当時はトラストには当たらず違法ではなかったという訳である。

「ところで『住んでおられた』ということはようするに会長さんは亡くなられたということですよね」ビャクブは聞いた。「会長さんはヘンルーダさんの口振りから察するに最近になって亡くなられたのですか?」

「さようでございます」ヘンルーダは淡々と言った。「この未来館の元ご主人様(ゼンジ様)はつい昨日にお亡くなりになられました。ゼンジ様はサフィニアお嬢さまからご覧になられると祖父にあたります」

「そうだったのですか」ヤツデは声のトーンを落として言った。「ご愁傷様です。それではサフィニアもきっと悲しんでいるんでしょうね」ヤツデは人の心の痛みをわかろうとする気持ちが強いのである。

「ところで」ヤツデは言った。「このお屋敷は未来館と言うのですね。それはゼンジさんが命名されたのですか?」ヤツデはゆっくりと歩きながら聞いた。ヤツデは未来という言葉が割と好きなのである。

「さようでございます」ヘンルーダは聞いた。「ビャクブ様は少しお庭をご覧になられますか?」

ビャクブはさっきから庭を眺めてばかりいるので、ヘンルーダはビャクブの歩みが遅いことについては先刻から気づいていたのである。ヘンルーダは執事をしているだけあり気づかいのできる男性なのである。

「ああ」ビャクブは我に返った。「おれはじろじろと見てしまっていてすみませんでした。こちらはあまりにも立派な庭園なものだから、見とれてしまいました。よろしければ、こちらの庭園をよく拝見させて頂けますか?」ビャクブは申し出た。ヤツデは特に口を挟まなかった。

ヘンルーダは「承知しました」と言うと、一旦は未来館への道を外れヤツデとビャクブの二人を庭の方へと案内した。ヘンルーダはあくまでも執事なのだから、普通は許可を取らなくてもいいのかと思うかもしれないが、実はすでに昨日の段階でオリーブからは許可を貰っているのである。

ヘンルーダから許可をもらえたので、ヤツデとビャクブの二人は嬉々として未来館の庭に足を踏み入れさせてもらっている。未来館はブロック塀で囲まれている。これは蛇足になってしまうが、塀には他にも土塀や板塀というものやトタンで作られるものもある。トタンはブリキよりも科学的な耐性が優れている。

 コイが泳ぐ山池はあるし、申し訳程度とはいえ、未来館の庭園には千紫万紅のガーデニングもなされている。いずれにしろ、未来館の庭園は見事なエクステリアである。

以前のオリーブは箱庭に凝っていたので、未来館の庭園にはオリーブによって作られた名勝の箱庭も作られているし、所々には盆栽もあるが、盆栽はゼンジによって剪定されたものである。

「こちらの庭園は間近で見てもすばらしいものですね。これらはどなたがお手入れをされているのですか?」ヤツデは広大な庭園の景色に圧倒されている。「ヘンルーダさんは庭園のお手入れもされているのですか?」

「さようでございます。とは申し上げましても、こちらのお庭はわたくしだけで管理をしている訳ではございません。こちらのお庭は主にゼンジ様の奥さまのオリーブ様も管理をしておられます。時々は庭師を雇うこともございますが、オリーブ奥さまはガーデニングのお好きなお方なのです。そう言えば、ヤツデ様のご質問の答えは途中になってしまっていました。お話は未来館という命名についてでございましたね。過去の中にも大切な思い出というものはございますが、それでも、つらかったことや失敗してしまったことは忘れ前を見て未来に向かって歩いて行くことを日々心がけておられましたので、ゼンジ様はそれを忘れないようにするためにもこのお屋敷を好んで未来館と呼んでおられたのでございます」ヘンルーダは説明した。

「そうだったのですか」ヤツデは神妙に言った。「ぼくは過去の失態をよく思い出して暗い気持ちになってしまうので、ゼンジさんのような思想の持ち主には頭が上がらない思いです」

「さようでございますか。もし、ヤツデ様からその言葉を聞いていたなら、ゼンジ様はきっとお喜びになられたと思います。それではそろそろ未来館へとご案内を致しますか?」ヘンルーダは頃合いを見計らって聞いた。ヘンルーダはしっかりと周りを見て発言をしている。

「ああ」ビャクブは言った。「お願いします。ヘンルーダさんはわざわざおれの要望を聞いて下さってありがとうございました」ビャクブはそう言うと頭を下げた。ヘンルーダの方も律儀に頭を下げた。

 実はヤツデとビャクブが見せてもらった庭の反対側には駐車場がある。そこには高級なリムジンやハード・トップやクーペといった車がずらりと並んでいる。

 ヘンルーダはヤツデとビャクブの二人を未来館へと導いて行った。未来館のことは外観からでもわかっていたはずだが、中に入ってみると、ビャクブは改めて驚くことになった。

 未来館の中はとにかく広くて清潔なのである。玄関には綺麗にライト・アップされた水槽でエンゼル・フィッシュやソード・テールやグッピーといった熱帯魚が泳いでいる。

玄関からさらに先へ進むと、床はフローリングとなっており、そこには暖炉があってマントル・ピースには置時計や写真立てが左右対称シンメトリーに飾られている。それらはオリーブによって飾られたものでありオリーブのセンスのよさも窺える配置になっている。ヤツデとビャクブは暖炉を初めて見た。

未来館のリビングについてはパネル・ヒーティングにするという手もあったのだが、ゼンジはメルヘン・チックな趣に魅かれたので、結局は暖炉を選択することにしたのである。

パネル・ヒーティングとはセントラル・ヒーティングの一種であり床や壁などに通したパイプに温水を流したり電熱線を通したりする暖房方法のことである。

サフィニアはとても大きなソファの上でストッキングのチラシを眺めていた。今日のサフィニアは上がブレザー・ジャケットであり、下はタータン・チェックのスカートといった出で立ちである。

「あ」サフィニアはヤツデの存在に気づいた。「ヤツデくんのことは待っていたよ。おはよう」サフィニアは謝った。「今日は朝の早くからごめんね」サフィニアには一見すると祖父を亡くした憂いは見られない。

「おはよう」ヤツデは挨拶を返した。「ぼくは別に構わないよ。ぼくは昨日に言っておいたとおり、今日はビャクブにも一緒に来てもらったんだよ」ヤツデはそう言うとビャクブの方に目を向けた。

「はじめまして」ビャクブは言った。「今日はヤツデの助手としてがんばろうと思っています。サフィニアさんはいい人だと聞いていますから、緊張はあまりしていませんけど」ビャクブは言った。

「ありがとう」サフィニアは謙虚である。「ビャクブくんはヤツデくんと同じで私と同い年みたいだから、私にはため口でいいよ。とりあえず、ヤツデくんとビャクブくんは腰を下ろしてね。それから、ヘンルーダさんもありがとう」サフィニアは砕けた口調で言った。「もしかすると、ヘンルーダさんにも話してもらいたいことが出てくるかもしれないから、ヘンルーダさんはそのつもりでいてね」

「かしこまりました。なんなりとお申しつけ下さい。お茶をお持ち致しますので、少々お待ち下さい」ヘンルーダはそう言うと頭を下げてキッチンの方へと向かって行った。

 ヘンルーダは30歳だから、25歳のサフィニアはヘンルーダよりも年下である。それでも、サフィニアはただ単に態度がでかいから、ヘンルーダにはため口を利いている訳ではない。

サフィニアはヘンルーダに対して親しみを込めているからこそのため口なのである。ヘンルーダもその方が親密さは増すような気がするので、そのことを快く思っている。ヤツデとビャクブの二人は他人による諂阿というものが好きではないが、ヘンルーダは普段からの腰の低さとサフィニアへの真心からサフィニアと同様にヤツデとビャクブに対しても接してくれているのである。ヤツデとビャクブはそれに気づいている。トイワホー国では慣習法さながらの暗黙のルールとして部下から上司に対する尊敬や後輩から先輩に対する尊重とは関係のない機械的な阿諛は固く禁じられている。人の命の価値は立場の上下に関わらず一緒だからである。

「それにしても『お父さま』とか『叔父さま』って言っていたから、サフィニアの育ちがいいということには気づいていたけど、まさか、サフィニアは社長令嬢だったとはびっくりしたよ。となると、ぼくは夜逃げ中だったら、皆はどうするかっていう話が出た時に、サフィニアは『ぼくを雑用として雇ってくれる』って言っていたけど、あれはまんざら冗談でもなかったんだね」ヤツデはしみじみとした口調で言った。

「まあね」サフィニアは応じた。「確かに昨日はそんなこともあったね。別に豪邸に住んでいることを隠す必要はなかったんだけど、私はなんとなく自分から『私はお金持ちなの』って進んで言うのは嫌だったの」サフィニアは悪びれもせずに言った。それを受けると、サフィニアは謙虚な性格なのかなとビャクブは思った。

自分の家のことは一度だけ「ブルジョア」だと言っていたが、あれはジェラシックにより水を向けられたから、サフィニアは仕方なく冗談のようにして言っていただけなのである。

もっとも、サフィニアは恐竜展を出たあとでゴミを拾いジェラシックから『町中クリーン』のシールを貰っていたことからもわかるとおり比較的に庶民的なブルジョアなのある。

「話を割って悪いんだけど、サフィニアさんは謎の男につけられているそうだから、おれたちはその男を捕まえるかなにかして正体を暴けばいいっていうことなのかい?」ビャクブは聞いた。

「ええ」サフィニアは肯定した。「そういうことよ。でも、その前に私からはもう一つの用件ができたの。ヤツデくんとビャクブくんはもしかするとヘンルーダさんから聞いているかもしれないけど、私のおじいさまは昨日にモスト駅で亡くなったの。あと、ビャクブくんは私には『さん』をつけなくていいよ」サフィニアは言葉を切った。ヘンルーダがちょうどこのタイミングでやって来たからである。ヘンルーダはヤツデとビャクブとサフィニアの三人にそれぞれ丁寧な物腰でミルク・ティーを出した。ソファの前には元々マドレーヌとミニ・クロワッサンがあったので、ヤツデとビャクブはヘンルーダによりそれも食べてくれて構わないと言われた。

 ヘンルーダは三人分のブランケットも持ってきてくれた。ヤツデとビャクブはお礼を言ったが、自分たちは完全に至れり尽くせりなので、ヤツデは特に恐縮してしまっている。

「確かにゼンジさんっていう方が亡くなったっていう話は聞いたけど、ゼンジさんはどうして亡くなってしまったんだい?」ビャクブはヘンルーダが退いてから聞いた。「死因は心臓発作かい?」

「いいえ」サフィニアは首を横に振った。「おじいさまは誰かに殺されてしまったそうなの。さっきの私はヤツデくんとビャクブくんに対して用件があるって言ったけど、それはこの事件を解決するために役立てることをなにか探り出してほしいっていう話なの。ヤツデくんはあれだけの推理力を持っているんだから、ヤツデくんなら、それくらいはきっとできると思う。もし、ヤツデくんとビャクブくんに時間がなければ、謎の男の件は放っておいてもいいの。お願い。ちなみに、私の家族にはヤツデくんとビャクブくんのことは昨日のディナーの時に紹介しておいたから」サフィニアは懇願しながらも少し強引に言った。「ヤツデくんとビャクブくんはそのつもりでね」サフィニアにそう言われると、ヤツデは苦笑した。

「サフィニアはやけに手回しが早いね。サフィニアのバイタリティーには敬服するよ。サフィニアは少し考える時間をくれる? ぼくはビャクブと相談をしたいから、サフィニアには悪いんだけど、サフィニアは席を外してもえるかな?」ヤツデは相も変わらずに恐縮しながらも言いたいことは言った。

「え?」サフィニアは驚いた。「ヤツデくんはビャクブくんと二人でどんな密談をしようっていうの?私はあんまり隠し事って好きじゃないんだけどな。でも、頼んでいるのは私だから、今回は許してあげる。ヤツデくんはいい子なんだから、悪事の企みはダメだよ。私の悪口もダメだからね。それじゃあ、私は頃合いを見計らって帰ってくるから」サフィニアは「バイバイ」と言うと立ち上がってサン・ルームへ向かって行った。

「ヤツデはサフィニアに子供扱いされているな」ビャクブは言った。「時々はおれもそうするんだけど」

「それで?」ビャクブは聞いた。「ヤツデはわざわざおれだけになにを話したいんだい?」

「一重にここではコニャック村でのぼくとビャクブの実績を話した方がいいのかっていう問題だよ。サフィニアの家族には実は実績があると言えば、確かにより協力的になってくれるとは思うけど、今までのぼくたちは殺人事件には全く関与をしていなかったことにしようよ」ヤツデは控えめな提案をした。

「おれは別にそれでもいいけど、その理由はどうしてだい?」ビャクブは不思議そうな顔をして質問した。「まさかとは思うけど、ヤツデは今回の件にはノー・タッチで押しとおそうって言うのかい?」

「ううん」ヤツデは「ぼくもそうしようとは言わないよ」と言うと簡単な説明を始めた。ヤツデとビャクブの二人は以前にコニャック村で起きたある殺人事件の時に村民に対してチコリーやユリという名の少女たちの口から殺人事件を解決したことがあるという前評判が広がってしまったことがあった。

ビャクブはヤツデへの信頼感から自棄に自信満々だったが、自意識過剰と思われても仕方はないのだが、当のヤツデの方は皆の無言の期待に応え本当に事件を解決などできるのだろうかとびくびくしていたのである。ヤツデはもちろん一つや二つの実績があるからといって単なる一般市民にすぎない自分がここでも期待されるとは思ってはいない。しかし、言っても言わなくても変わらないことなら、できれば、ヤツデは黙っていたい腹積もりなのである。ビャクブは「ああ」と理解のある反応を示した。

「わかったよ。それなら、ここではそうしよう。まあ、トイワホー国の国民はそんな前評判がなくてもおれたちのことを邪険にはしないだろうからな。しかし、前回は殺人と怪盗だったし、今回は殺人とストーカーなんて二兎を追うものは一兎をも得ずっていう教訓と真っ向から対峙しているな」ビャクブは「あ」と声を上げた。話に夢中になっていので、ビャクブはサフィニアが自分たちの目の前に来ていたことに気づかなかったのである。サフィニアは案の定「前回ってなんのこと?」と食いついて来た。

「盗み聞きはさすがの私も申し訳ないとは思ったけど、ヤツデくんとビャクブくんのこそこそ話を黙認しているのが我慢できなくなって来ちゃったの。ねえ。ヤツデくんとビャクブくんはなんの話をしていたの? 少しくらいは私にも教えてよ」サフィニアは言った。ヤツデは渋々と事情を話した。

 ただし、ヤツデは前回の旅行でも身の回りで殺人と窃盗があったということだけしか話さなかった。ヤツデはサフィニアから「ヤツデとビャクブはその事件では活躍したのか?」と聞かれるとまた渋々と話をした。とはいえ、ヤツデはこれまた解決を果たしたとは言わなかった。

例えば、自分はサイフが妙に潤っていたことから殺人の被害者による恐喝の事実を発見したり、ビャクブは加害者の不倫を見抜いたというようにして断片的にしか、ヤツデは事情を説明しなかった。ヤツデは嘘をつくことが嫌いなので、確かにどこにも嘘はついていない。

「すごい」サフィニアは素直な感想を口にした。「ヤツデくんとビャクブくんはやっぱり只者ではなかったんだね。それにしても、ヤツデくんとビャクブくんは行く先々で殺人事件と遭遇するなんて二人の背後霊って死神でしょう?」サフィニアは物騒なことを口にしている。ビャクブはバツが悪そうにして頭を掻いた。一方のヤツデは再び苦笑している。サフィニアは図星を指しているからである。

「そうなのかもね。ぼくたちは祈祷でお祓いしてもらった方がいいのかもしれないね。ここはましてや一年の内に二ケタの殺人事件の起きたことがないトイワホー国だしね。まあ、でも」ヤツデは気楽に言った。「こっち側にはビャクブがいるんだから、ビャクブはきっとどんな怪事件も解決をしてくれるよ」

「ヤツデはその根拠のないおれへの絶対的な信頼感をどうやって生み出しているんだい?」ビャクブは冗談で返した。ヤツデはきょとんとしている。ヤツデとしては冗談を言っているつもりはなかったのである。

「それはさておき」ビャクブは言った。「謎の男の件は置いておくとして早速にゼンジさんの事件についての話を聞かせてくれるかい?」ビャクブはサフィニアに対して聞いた。サフィニアは「ええ」と応じた。

「もちろんよ。まず、最近のおじいさまは滅多に外出をしなかったんだけど、実は昨日に外出していたのは私のせいなの。現場はこの未来館じゃなくてモスト駅っていうところでね。私のデザインした服がお店に並んでいるから、昨日のおじいさまはおばあさまと一緒にそれを見に行ってくれたの。そういう意味ではおじいさまが亡くなったのは私のせいでもあるんだよね。ごめんね」今のサフィニアは少しばかり感傷的になってしまっている。「今はしんみりとしている場合じゃないよね」サフィニアが言うと、ヤツデは「ううん」と言った。

「それは仕方のないことだよ。ぼくはサフィニアのせいだとは思わないけどね。その話から察するに、ゼンジさんは自分の足でサフィニアのデザインした服のある店まで行ったんだね? つまり」ヤツデは慎重に確認した。「ヘンルーダさんは車の運転手を務めなかったっていうことなのかな?」

「ええ」サフィニアは首肯した。「そういうことよ。たまには歩くのも悪くないって言っていたから、おじいさまとおばあさまはヘンルーダさんには車の運転を頼まなかったの。それに、その時のヘンルーダさんはお母さまとカスミ叔母さまの運転手をしていたみたいだしね。事件はおじいさまの帰り道で起きたの。正確には午後4時過ぎに起きたって聞いているけど」サフィニアは今では真剣な顔をして話をしている。

「話はよくわかったけど、だとしたら、容疑者はかなり絞り込むことができないかい? もしも、犯人が通り魔ではないとしたら、犯行は昨日のゼンジさんが外出をすることを知っていた人間にしか無理っていうことにならないかい?」ビャクブは中々に賢い指摘を入れた。ヤツデはここでは口を挟まなかった。

「ええ」サフィニアは応じた。「そういわれてみると、そうだね。でも、おじいさまの外出のことは私の家族だけしか知っていなかったはずなのよ。だとすると、犯人は私の家族の中にいるっていうことなのかな? それに、インターネットで調べてみたら、トイワホー国では通り魔による殺人事件は一度も起きたことがないっていうの。だから、私には訳がわからない」サフィニアは無念そうである。「私はお手上げ状態なの」

「ビャクブの指摘はかなり適格だけど、犯人は通り魔ではなくサフィニアの家族でもない可能性は十分にあるよ。ゼンジさんはインターネットでチャットやブログをやっているっていうことはなかった?」ヤツデは聞いた。可能性は低いだろうとヤツデは思ったが、一応は確認のために聞いたのである。

「え?」サフィニアは虚を突かれた。「チャットやブログはやっていなかったと思うよ。おじいさまの部屋にはテレビはあるけど、パソコンはないもの。おじいさまはそもそもスマホすら持っていなかったのよ」サフィニアは説明した。それでも、ヤツデはよく考えてから次の発言を口にした。

「そっか。この可能性は空振りか。それなら、サフィニアの家族の誰かしらが悪意の有無は別にして昨日のゼンジさんの外出についての情報を外部の人間にもらしたっていう可能性も考えられるよね?」ヤツデは落ち着いた口調で言った。事実は本当にそうなのか、犯人はサフィニアの家族にはいないのか、現時点ではヤツデにも判断はできないが、とりあえず、ヤツデの性格はやさしいので、ヤツデはサフィニアのことを気づかってそういうことを言っている。ヤツデの相棒のビャクブは当然の如くそれには気づいている。

「ヤツデはさすがに鋭いところを突くな。そう言えば、ゼンジさんはオリーブさんと一緒に出かけたんだよな? となると」ビャクブは聞いた。「オリーブさんはゼンジさんを殺害した犯人を目撃したのかい?」

「いいえ」サフィニアは否定した。「おばあさまは帰り道の途中でおじいさまと別行動を取ることにしたみたいなの。おじいさまはおばあさまと別れたあと家に帰るために地下鉄で電車を持っていたんだと思う。おじいさまはその時に犯人によって包丁で刺されてしまった。それから、これは必ずヤツデくんとビャクブくんに聞いておかないといけないことなんだけど、警察の人の話ではおじいさまの血で『三本の縦棒』が書かれていたみたいなの。ヤツデくんとビャクブくんにはこれがなんのことなのか、わかる?」サフィニアは聞いた。

「つまり、それはゼンジさんのダイイング・メッセージという訳だね。ゼンジさんがそこまでして伝えたかったのなら、ぼくらはその意図を汲んであげないとゼンジさんも浮かばれないね。考えられるのは漢字の『川』と数字の『111』と漢数字の『三』くらいかな。どちらにしても、ぼくにはどんな意味があるのか、すぐにはわからないね。ビャクブにはどんな意見がある?」ヤツデは話を振った。ビャクブは応じた。

「ヤツデの言ったもの以外には大文字のアルファベットで『lll』とも考えられそうだけど、その意味となると、見当はおれにもとんとつかないよ。ただ『三本の縦棒』はこの事件を解決するための手掛かりにはなりそうなんだけどな。サフィニアの家族はそのことについてはなんて言っているんだい?」

「もちろん」サフィニアは応じた。「抜かりなく全員に意見は聞いたけど、私の家族にはそれがなんのことなのか、誰もわかる人はいなかったの」サフィニアはその時のことを思い出して再び残念そうにした。

「そっか。まあ、ダイイング・メッセージについては帰ったあとも考えてみることにするよ。ここまでの話で確かなことはサフィニアが犯人である可能性はないっていうことくらいだね。ゼンジさんの死亡推定時刻は5時過ぎなら、その時のサフィニアには『仲良しトラベル』のツアーに参加していたっていう確固たるアリバイがあるからね」ヤツデは穏やかな口調で言った。もっとも、サフィニアには共犯がいる可能性も捨てきれないが、ヤツデはわざわざそのことを口に出す程に失礼な人ではない。

「今のところ」サフィニアは発言した。「私から話せることはそれくらいかな。次はおばあさまからお話を聞かせてもらいましょう。おばあさまは二階の自分の部屋にいるはずだから、ヤツデくんとビャクブくんは私について来てくれる?」サフィニアはそう言うとヤツデとビャクブの二人には有無を言わせずに立ち上がりさっさと歩き出してしまった。ヤツデとビャクブの二人には特に異論はなかった。ヤツデたちの三人は螺旋階段を上った。未来館は大きいので、階段には踊り場までついている。

 サフィニアは声をかけるとオリーブの部屋のドアをオープンした。その時のオリーブはちょうど掃除機をかけていたので、オリーブにはサフィニアの声が聞こえていなかった。オリーブはサフィニアがやって来たことに気づくと掃除機のスイッチを切った。オリーブは人のよさそうな顔をサフィニアの方へと向けた。

「唐突に入ってきてごめんなさい」サフィニアは「私は昨日に話したヤツデくんとビャクブくんを連れてきたの」と言うとヤツデとビャクブの二人の方を見た。ヤツデは「はじめまして」と言った。

「ぼくはヤツデです。こっちはビャクブです。もし、オリーブさんはお忙しいのなら、ぼくたちは出直してきますが」ヤツデはまだビャクブと一緒に部屋の外にいる。オリーブは「いいえ」と応じた。

「お話は今でも結構ですよ。私はおしゃべりが大好きなんです。ですから、聞いてくれる方がいるなら、その方のことはいつでも大歓迎です。どうぞ。ヤツデさんとビャクブさんも入ってきて下さい。それとも」オリーブは問いかけた。「お二人は私の与太話を聞きにいらっしゃった訳ではないのかしら?」

「いえいえ」ビャクブは取り成した。「おれたちはせっかくオリーブさんとお知り合いになれたんです。オリーブさんがお話をして下さるのなら、おれたちはどんなお話でも喜んでお聞きしますよ」ビャクブは社交辞令ではなく心から言った。それはヤツデにしても全くの同意見である。サフィニアは「ほらね?」と胸を張った。

「ヤツデくんとビャクブくんはやさしそうな人でしょう? それじゃあ、二人にはおじいさまとのなれそめのお話を聞いてもらいましょうよ。あれはおばあさまの一番の自慢話でしょう?」

「まあ、あの話は自慢というほどではないけど、私は挨拶代りにお話をしましょうかしら? ああ。ごめんなさい。どうぞ。ヤツデさんとビャクブさんはお座りになって下さい」オリーブは言った。ヤツデとビャクブとサフィニアの三人は絨毯の上に腰を下ろした。今のこの部屋は床暖房がオンになっている。

オリーブは早速にゼンジとの出会いの話を始めた。何度か、聞いている話ではあるが、サフィニアは一緒にそれを聞いて必然的にヤツデとビャクブの二人も真剣な顔でその話を聞いた。

 今は何が今回のゼンジの殺人事件と関与しているのか,ヤツデにもまださっぱりとわからないので、ヤツデはかなりまじめになってオリーブの話に聞き入っていた。一方のビャクビは今一つ集中力に欠けている。

「ね?」サフィニアはオリーブの話が終わると発言した。「おばあさまはロマンチストでしょう? でも、地下鉄はおじいさまとおばあさまの出会いの場でもありお別れの場もあるなんて皮肉な話よね」

「それでも」オリーブは謙虚に言った。「私は地下鉄が嫌いではないのよ。地下鉄はこんな自分にもやさしくしてくれる人がいるんだっていう感動を与えてくれた場所ですからね。もしかすると、私はもうちょっとで轢死体になるところだったかもしれないのに、今はこうして生きている。喜びと悲しみはどんなに時間はかかったとしても必ず交互にやってくるものなんですね。年寄りの昔話なんてものは戯言に聞こえなければいいのですが」ビャクブは「とんでもないです」と言って取り繕った。

「おれたちはとてもいいお話を聞かせてもらいました」ビャクブは別にメロドラマのような話が好きな訳ではない。しかし、ビャクブは割と聞き上手なのである。

「ぼくもそれは同意見です。話は変わってしまいますが、オリーブさんはご自身の家族構成を教えて下さいませんか?」ヤツデは謝意を表した。「立ち入ったことをお聞きしてしまってすみません」

「いいえ」オリーブは応じた。「それくらいは別にいいのですよ。ヤツデさんとビャクブさんはサフィのお願いで探偵を買って出て下さっているのですものね。サフィからはヤツデさんの推理力の高さもよく聞いているので、お二人には全面的に協力をさせてもらいます」オリーブは話を切り出した。「私には4人の子供がいたんです」オリーブは真剣なので、ヤツデは相も変わらずに真剣な顔をして話を聞いている。

「オリーブさんのご家族はやっぱり大家族なんですね。ですが『いた』ということはどなたか亡くなってしまったんですか?」ビャクブは質問した。オリーブは「ええ」と肯定した。

「おっしゃるとおりです。長男のシーカーという名の男の子は7歳の時に亡くなっているんです。親バカだと言われるかもしれませんが、シーカーは間違い探しとマンガの大好きなとてもいい子だったんです。ある時のことです。私は『ゴミのポイ捨てはいけないことだ』と言い聞かせたら、シーカーは『拾うのはいいのか?』と言うのです。私は『それはもちろんいいことだ』と言うと、シーカーはその日からビニール袋を持って小学校の通学路でゴミ拾いをするようになったんです。シーカーは地面を注意深く観察していたおかげで定期券を拾って帰ってきたこともありました」オリーブはしみじみとした口調で言った。

「それはすごいことですね。オリーブさんのおっしゃるとおり、シーカーくんは確かにとてもいい子だったんですね。おれは親バカなんかではないと思いますよ。そのシーカーくんはどうして亡くなってしまったんですか?一体」ビャクブは核心をついた。サフィニアは口を挟まずに話を聞いている。

「うちはプリマス県に別荘を持っているんです。シーカーにそこでお遣いを頼んだことが失敗でした。シーカーはバスに乗っていたのですが、運転手さんは心臓発作を起こしてしまったのです。そのバスは崖から転落してしまったんです」オリーブは重々しく言った。ヤツデは神妙な顔をしている。オリーブの人生はシーカーの事故死やひったくり事件やゼンジの殺害事件といったように犯罪や危険と隣り合わせになっている。

トイワホー国では全国民の津々浦々を見渡してみてもオリーブほどに波乱万丈な人生を送っている人間は相当に珍しいから、オリーブは自伝を書いたら、おそらくは皆の耳目をひきつけるのではないだろうかとビャクブは考えた。一方のヤツデは事実をよく咀嚼しているだけである。問題のバス会社は損害賠償として多額の慰謝料を支払おうとしたが、慰謝料はその半分しか、ゼンジは受け取らなかった。それはゼンジが逆上していたからではなくゼンジにはお金がない訳ではないし、バス会社の誠意はゼンジとオリーブにも十分に伝わった結果である。トイワホー国では基本的に事故の加害者という存在はものすごく腰が低いのである。

「つまり」サフィニアは話を簡潔にまとめた。「おばあさまとおじいさまはつらい経験をしたっていう訳なの。でも、おばあさまはシーカー叔父さまが亡くなってしまったこともあって私のお父さまのことは随分とかわいがったそうなの。そうよね?」サフィニアはしっかりと自身の祖母のオリーブに対して確認を取った。

「ええ」オリーブは肯定した。「シーカーの二の舞にはさせたくなかったから、フレークのことは手塩にかけて育てました。ああ。失礼しました。説明は不要かもしれませんが、フレークとはサフィの父親のことです。私から見ると、フレークは次男です。ヤツデさんとビャクブさんはもうご存知かもしれませんが、今のフレークはおじいさまから引き継いでドリーム・アクセサリー社の社長をしています。仕事のことは正直に言うと、私にはよくわからないのですが、会社でのフレークの評判はそこそこだと聞いています。そのフレークの奥さんはアオナさんです。アオナさんはサフィの母親です」オリーブは親切な口調で教えてくれた。

「そうなんですか。まあ、ぼくらは今日の一日だけで全員の方からお話を伺うのは時間的に無理があるかもしれませんが、そのフレークさんとアオナさんはご在宅なのですか?」ヤツデは問いかけた。

「いいえ」オリーブは応じた。「今は喪中なのだから、フレークとアオナさんは家にいてもよさそうなものですが、フレークは仕事で家を空けていますし、アオナさんは先程『買い出しに行く』と言っていました。話を戻しますが、私とおじいさまの間にはカスミという長女もいます。カスミはラルフくんという方と結婚して夫婦でこの未来館に住んでいます。私はまた親バカだと言われても仕方のないことかもしれませんが、学生時代のカスミは文武両道だったんです。一度なんかはバレエで全国大会に出たこともあるんです。カスミの夫のラルフくんは典型的なスポーツ・マンで色んなスポーツを嗜んでいるんです。ですから、ラルフくんは今もスポーツ・ジムでインストラクターをしているんですよ」オリーブは幾分か誇らしげにして話をした。

「へえ」ビャクブは言った。「そうなんですか。となると、ラルフさんはゼンジさんとも気があったんじゃないですか? オリーブさんは先程のゼンジさんとの出会いのエピソードの中でゼンジさんにも護身術の心得があったということにも触れていましたからね。なにか、ゼンジさんはラルフさんのように格闘技をやっていたんですか?」ビャクブは独自の見解を交えながら質問を発した。ヤツデはじっとその話を聞いている。

「ビャクブさんは中々に鋭いお方ですね。おじいさまは以前に空手をやっていたんです。一方のラルフくんは柔道で黒帯も持っているんです。ビャクブさんのおっしゃるとおり、おじいさまとラルフくんの二人は話があったし、おじいさまはラルフくんのお仕事をよく応援していました。実は私とおじいさまの間には三男もいます。三男はコリウスというのですが、コリーには昔からやんちゃで手を焼かされました。コリーは大人になっても問題を起こし、今はフレークの会社で働かせてもらっているんです。差し当たりは未来館で暮らしている私達の家族の説明は以上です。執事のヘンルーダさんは住み込みではありません。ですが、ヘンルーダさんはおじいさまが見込んで連れて来てくれたのです」オリーブは話を終えた。

「お話はよくわかりました。オリーブさんはご親切にぼくたちのために説明してくれてありがとうございます。今までのお話からも推測することはできますが、一応はお聞きしておくと、ゼンジさんはオリーブさんから見てどのような方でしたか?」ヤツデは聞いた。ヤツデはゼンジに関するあらゆる情報を求めている。ヤツデはいよいよ話の主導権を握ったので、サフィニアは期待感を膨らませている。

「今度は妻バカと言われそうですが、おじいさまは浮いた噂の一つもないまじめな人間でした。ただ、宝石会社としての事業には確かに成功はしましたが、おじいさまは決して完璧な人間ではなかったと思います」オリーブは意味深なことを聞いた。「ヤツデさんとビャクブさんは口が堅い方ですか?」

「まあ、おれらは他人に言うなと言われたら、とりあえずは軽々しくそのことを口にはしませんので、もし、オリーブさんがそうおっしゃるなら、おれはこれからお聞きする内容を口外しません。それはヤツデも同じだよな? もちろん」ビャクブは当然のようにヤツデからも同意を求めた。ヤツデは「うん」と言った。

「それはお約束します。そのお話はゼンジさんの事件と関係があるかもしれないので、ぼくは右から左へ受け流すのではなくしっかりと真剣に耳は傾けますけどね」ヤツデは安心させるように言った。

「それで?」サフィニアは言った。「おばあさまはなんの話をしようとしているの? 私はもしかして席を外さないといけないようなことなの? 私はおしゃべりだけど、おばあさまとの約束はちゃんと守るよ」

「そうね。サフィのことは私も信じているのよ。それはヤツデさんとビャクブさんとて同じことです。それでは他の人には口外してはいけないということを前置きにさせてもらいお話させてもらいます。これは30年も昔の話ですが、おじいさまはアタッシュ・ケースを持って駅のホームで電車を待っていたんです。その時は線路の近くに立っていたので、おじいさまアタッシュ・ケースを線路に落としてしまったそうなのです。ですから、おじいさまは電車の緊急停止ボタンを押しました。ですが、電車はすぐそこまで来ていたので、電車の停止は間にあわなかったのです。結局のところ、おじいさまには何もできませんでした。それでも、事故にはなりませんでした。なぜなら、そこにはラルフくんのお父さまがたまたまおじいさまと一緒に居合わせており、ラルフくんのお父さんは線路に飛び込んでゼンジおじいさまのアタッシュ・ケースを拾ってすばやく手前の窪みに身を隠したからです。以上の話は恥ずかしがって私にしか、おじいさまは話していないそうなのです。ですが、このお話はラルフくんのお父さまの武勇伝だから、実のところ、私は誰かしらに話したかったんです。この話をお聞きになって下されば、ヤツデさんとビャクブさんもおじいさまは決して完璧な人間ではなかったということがわかって頂けたんじゃないかと思います」オリーブは言った。サフィニアは初めて聞く話に感銘を受けている。今度のヤツデは間髪を入れず「確かに」と返答した。

「人はゼンジさんに限らず、失敗というものはしてしまうものですからね。ゼンジさんも人間味のある方だったのですね。オリーブさんは貴重なお話を聞かせて下さってありがとうございます。話は変わってしまうのですが、昨日のゼンジさんはサフィニアのデザインした服を見るという用件が終わったあとオリーブさんとは別れて一人でお帰りになられようとしていたみたいですが、その時のオリーブさんにはなにかしらの用事があったのですか?」ヤツデは真剣さを崩すことなく質問した。

「まあ、あれは用件という程に大したことではありませんでしたが、昨日は少しショッピングで羽を伸ばそうと思ったんです。知らなかったとはいえ、おじいさまがあんなことになったのにも関わらず、私は羽を伸ばすなんて不謹慎に聞こえてしまうかもしれませんけれどもね。まさか、ヤツデさんとビャクブさんは私のことをお疑いかどうか、それはわかりませんが、一応はその証拠もあります」オリーブはそう言うと机の上のバックのところへと向かった。オリーブは高そうなサイフを出し一枚のレシートを持ってヤツデとビャクブとサフィニアのところに帰ってきた。オリーブは近くにいたビャクブにそのレシートを手渡した。

 ヤツデとサフィニアはビャクブの手元のレシートに目を向けた。そのレシートには午後5時8分に洋服屋でスカーフとダスター・コートを一着ずつ購入したと記されていた。スカーフはオリーブが自分のために購入したのである。コートは息子のコリウスのために購入したのである。

「おじいさまの事件のあった時刻は5時から5時10分の間と聞いております。ようは私がおじいさまと別れたのが5時で第一発見者がおじいさまの倒れているところを見つけたのが5時10分だったという訳です」オリーブは聞いた。「これではレシートなんてものは無意味かしら?」

「いや」ヤツデは言った。「そんなことはありませんよ。一応はお聞きしておくと、この洋服屋は事件のあった場所から何分くらいのところにあるんですか?」ヤツデは問題のレシートを横目にして聞いた。

「普通の人なら、洋服屋までは一分もあると行けてしまいますが、私は年寄りなので、その倍の二分はかかってしまったと思います。買うものは決めてあったし、何度か、私はその店にも行ったことがあるので、実際に商品を選ぶのにほとんど時間はかかりませんでした」オリーブは落ち着いて弁明した。

「なるほど」ビャクブはレシートを返すと神妙な顔をして頷いた。「そうでしたか」ビャクブは実に単純である。現在は十八番の『白と黒の推理』を大いに役立てているので、ヤツデはオリーブの証言を信じながらも疑ってもいる。もし、オリーブがセンジを包丁で刺してから買い物に行ったのだとしたら、レシートはなんの意味もなさなくなるからである。しかし、それは口に出さず、ヤツデは考えの内に入れておくだけで留めておいた。人のことを疑い出したら、切りがないので、熟考はヤツデも後回しにしたのである。

「オリーブさんからはとても役に立つ情報を聞かせて頂きました。オリーブさんはどこの馬の骨とも知れないぼくたちに親切にして下さってありがとうございます。最後にお願いがあるのですが、ぼくらはゼンジさんのお部屋を拝見させてもらえませんか? もちろん」ヤツデはすぐに言い足した。「ぼくたちはゼンジさんのお部屋を荒らし回るようなことはしません。金輪際」ヤツデはオリーブに対して言った。

「ああ」サフィニアは反応した。「そうか。事件の手掛かりはおじいさまのお部屋にもあるかもしれないものね。それくらいはいいでしょう?ヤツデくんとビャクブくんの二人の捜査には私も立ち会うよ」サフィニアは主張した。オリーブは「ええ」と穏やかな口調で応えた。

「それくらいはもちろんOKよ。ヤツデさんとビャクブさんは頼もしそうだから、よろしくお願いします」オリーブはヤツデとビャクブのことを信頼して発言をした。

「わかりました。ゼンジさんのお部屋をせっかく見せて頂く以上はおれも見落としがないように目を光らせることにします」ビャクブは自信を持って請け負った。この場合は信頼することのできるヤツデという相棒がいるからこそ、ビャクブは胸を張ることができているのである。

 ヤツデは改めてお礼を言うとビャクブとサフィニアの二人と一緒にオリーブの部屋を出た。ビャクブは金や銀やプラチナといった貴金属を扱っており多くの企業を傘下につける大企業の元会長であるゼンジはどんな部屋にいたのかと興味深々である。それはヤツデにしても気になるところである。

ヤツデとビャクブの二人はサフィニアにより案内されゼンジの部屋に足を踏み入れた。ゼンジの部屋のインテリアはオリーブのそれと似たり寄ったりである。オリーブの部屋とは大きく違う箇所はゼンジの部屋にはマッサージ・チェアではなく安楽椅子が置かれていることくらいである。

「へえ」ビャクブは言った。「これはまた一杯あるな。ゼンジさんはよほどボード・ゲームが好きだったんだな」ビャクブは感想を口にした。部屋の中には確かに将棋盤を初めとしたボード・ゲームが置かれている。

生前のゼンジは長男のフレークを相手にしてよく将棋やバック・ギャモンやマージャンといったものをやっていたのである。実はゼンジの設立したジュエリー・オセロはボード・ゲームのオセロから命名されていたのである。つまり、先程のビャクブの読みは当たっている。ロー・テーブルには一つのガラスの灰皿が置かれている。昔は刻みタバコをキセルにつめて吸っていたが、それはあくまでも昔の話である。ゼンジは20年以上も前に禁煙していた。ゼンジは来客用としてか、あるいは置物として灰皿を利用していたのである。

 サフィニアからきちんと許可を得ると、ビャクブはゼンジの大きな机の引き出しを開けてみることにした。そこにはパスポートやクリップや乾電池といった種々雑多なものが入っていた。

「あれ?」サフィニアは言った。「おじいさまは『幸せギフト』の図書カードを持って行かなかったんだ」サフィニアはビャクブが開けた引き出しに入っていた図書カードを横からのぞき込むと意外そうにした。

 『幸せギフト』とはトイワホー国の政策の一つでありトイワホー国においては誕生日の人には国から二つのプレゼントが貰える。その片方は自分のものにするのではなく誰かに幸せのお裾分けとしてわけ与えるのがしきたりになっている。『幸せギフト』のプレゼントは図書カードだったり商品券だったりすることもある。ゼンジの誕生日は10月なので、問題のカードは二カ月前にゼンジへと送られてきたことになる。

「なるほどな」ビャクブはしたり顔である。「昨日のゼンジさんは外出をした時にこの図書カードを誰かに上げようとしていたのか。もっとも」ビャクブはしみじみとした口調で言った。「人はそういったうっかりミスなんてものは誰でもしてしまうものだよな」ビャクブは捜査を終了しようとした。ビャクブはいつだって諦めが早いのである。サフィニアはヤツデの方を見た。当のヤツデはあるものに目をつけた。

「それにしても」ヤツデは言った。「これは大きな本棚だね。あれ? しかも、よく見てみると」ヤツデは「並んでいるのは本だけじゃないみたいだね」と言うとゼンジの書いた日記ダイアリーの観察を始めた。その問題の日記はゼンジが仕事を引退する少し前の35年前から書き始められている。

「そうだ」サフィニアは口を挟んだ。「日記は最近の6年分がないでしょう? おじいさまは三年前に日記を書くのを止めちゃったの。それじゃあ、その日記はなんでさらに三年分もないのかというと警察の人が持って行っちゃったからなの。そう言えば、おじいさまは一週間くらい前に『また日記を書き始めようか』っていうようなことを言っていたけど、結局は書かずじまいになっちゃったみたいね。あれ?」サフィニアは不安そうにして聞いた。「ヤツデくんは完全に固まっちゃっているみたいだけど、どうしたの?」

 ヤツデは確かになにかを悩んでいるような感じで片膝をつき完全に考える人になっている。

「一応は確認なんだけど、ゼンジさんは几帳面な人だった? ゼンジさんはいつもこの部屋にいることが多かった?」ヤツデは聞いた。ビャクブは不思議そうにしている。

「うーん」サフィニアは考え込んだ。「在宅中は格別に几帳面でもないし、だらしなくもなかったとは思うよ。どちらかというと、おじいさまはリビングにいることが多かったと思うよ。まさか、おじいさまは閉所恐怖症とまではいかないまでも人とお話をするのが大好きだったからね」サフィニアは聞かれたことに答えた。ビャクブは未だにヤツデの質問の意図を計りかねている。

「普段」ヤツデは質問した。「この部屋に出入りする人はゼンジさんの他には誰かいたかな?」

「ここのお部屋には用がある人は気軽に誰でも入っていたけど、この部屋の出入りはヘンルーダさんが一番に多かったと思うよ」サフィニアは言った。「ヘンルーダさんはおじいさまのために夜食を運んでいたから」

「そっか」ヤツデは言った。「サフィニアは質問に答えてくれてありがとう。現状ではこの部屋で知りたいことは知れたから、このお部屋からはもう出ようか。ビャクブにはまだ用事はある?」ヤツデはビャクブへの気遣いを忘れなかった。ヤツデはすでに満足そうな顔をしている。

「いや」ビャクブは否定した。「特におれにもこれ以上の用事はないよ。少なくとも、ヤツデには収穫があったのなら、よかったよ。おれには収穫はなかったからな」ビャクブはとても正直な人間である。「全然」

 サフィニアは退室しながらもビャクブのことをフォローしてくれた。その気持ちはヤツデも同じだったし、ヤツデはビャクブの今後の活躍にも大いに期待している。

 一階に降りると、ヤツデとビャクブとサフィニアの三人は少し話をまとめるためソファに腰をかけた。一度は推理をするにあたって落ち着いてみるというのも大切なことの一つである。

「どう?」サフィニアは聞いた。「ヤツデくんはおじいさまの日記にこだわっていたけど、他にはなにか気になる点はあった?」サフィニアはヤツデに期待をかけている。それはビャクブとて同じである。

「うん」ヤツデは頷いた。「日記のことはまだ単なる確認の段階に過ぎないんだけどね。まず、ぼくはゼンジさんの行動に含まれている矛盾が気になったんだよ。ゼンジさんはラルフさんのお父さんにより窮地を救ってもらいそのことを黙っていたみたいだけど、ぼくとしては少しこの行動が不可解なんだよ。オリーブさんはゼンジさんをまじめな人だって評していたからね。ゼンジさんが本当にまじめな人なら、普通は自分の失敗をそこまでして隠そうとはしないような気がするんだよ」ヤツデは考え考え発言した。

「なるほど」ビャクブは頷いた。「となると、ゼンジさんはなんらかの理由でラルフさんのお父さんにピンチを救われたことを隠しておかないといけなかったっていう訳だな。なぜだろう? だけど、その理由はどうやって突き止めたら」ビャクブは言い淀んだ。なぜなら、こちらには不意に一人のコリウスがやって来たからである。まず、コリウスは姪のサフィニアに目をやってからヤツデとビャクブのことを見た。

「やあ」コリウスは言った。「サフィは今日もボーイ・フレンドを連れてきているみたいだね」

「今は真剣な話をしているんだから、叔父さまは茶化さないでよ」サフィニアは振り返ってコリウスのことを睨みつけながら膨れ面をして見せた。サフィニアが男友達を家に連れてくるなんていうことは稀有であるというのが事実である。それはサフィニアが幼稚園生だった時まで遡らないといけない。そんなサフィニアもヤツデの人柄とやさしい物腰を見込んでヤツデのことを家に招待したのである。

一度は話にあったが、例えば、ここには道に迷って困っている人がいるとしてその場にヤツデがいれば、可能性としては100パーセントの確率で道に迷っている人はヤツデに対して道を聞くことになる。

ヤツデはそれ程にやさしそうな雰囲気を醸し出しているのである。もっと言うと、ヤツデはやさしさを体現したような容姿の持ち主なのである。サフィニアはすぐに笑顔に戻った。

「私達の味方は増えたみたい」サフィニアは紹介した。「彼は私の叔父さまよ」

「はじめまして」ヤツデは逸早く名乗り出た。「ぼくはヤツデです。こっちはビャクブです」

「はじめまして」コリウスはそう言うと「コリウスです」と名乗った。「お二人のことはサフィから聞いています。ヤツデさんとビャクブさんには姪がお世話になっています」コリウスは手を差し伸べた。ヤツデとビャクブは順々にコリウスと握手を返した。一度は話に出たが、コリウスは独身であり結婚したこともないので、コリウスには子供がいない。コリウスはそういう事情もあり自分の娘のようにして兄の娘であるサフィニアをかわいがっている。コリウスは子供好きでもある。そのため、コリウスはサフィニアが小さい時にはよくテーマ・パークに連れて行ってあげたりとなにかと世話を焼いたりしていた。

 コリウスはヤツデとビャクブの向かいのソファに腰をかけた。先程までの話は中断される形になったが、ヤツデとビャクブの二人はコリウスのことを歓迎している。

「どうやら、ヤツデさんとビャクブさんはサフィに焚きつけられて本当に探偵ごっこをして下さっているみたいですね」コリウスは丁寧な口調で聞いた。「ご迷惑ではありませんか?」

「はい」ビャクブは首肯した。「大丈夫です。おれはむしろなにかしら役に立つことができればいいなと思って使命感に燃えているくらいです」ビャクブは些かおどけたような感じで返答をした。

「ははは」コリウスは笑んだ。「そうですか。それではおれもヤツデさんとビャクブさんのお二人に協力させてもらいましょう。ヤツデさんとビャクブさんはご存知ですか? 犯人は左利きの人間である可能性が濃厚なんだそうです。もちろん」コリウスは続けた。「犯人とはうちの親父を殺害した人物のことです。警察の方は包丁の刺し方からそう判断したと言っていました」コリウスはとっておきの情報を提供した。

「そうだったんですか」ヤツデは返答した。「その情報は初耳です。失礼ですが、コリウスさんのご家族には左利きの方はいらっしゃるのですか? 無論」ヤツデは微笑んだ。「ぼくは左利きの方がいたからといってその人を疑ったりはしません」ヤツデの愛嬌は天下一品である。

「ヤツデさんのおっしゃりたいことはおれにもわかっています。ましてや」コリウスは言った。「ヤツデさんはサフィからすごくやさしい人だとも聞いていますからね。左利きの人は二人います。該当者はおれの義理の姉のアオナさんと義理の兄のラルフさんです。そう言えば、親父は両利きでした。最後の情報は関係がなかったかもしれませんね。それに、犯人は右利きなのに、包丁は逆手の左手で刺したっていうことも考えられますよね?力のある人なら、それも可能なのではないかとおれは思っています。それはあくまでも単なるおれの主観ですけどね」コリウスは慎み深い一面を覗かせた。

 ビャクブは少し意外そうにしている。ヤツデは構わず「ですが」と話を続けた。

「ぼくもその可能性は大いにありえると思いますよ。重ねて無礼なことをお聞きしますが、コリウスさんは事件があった際にはどちらにいらっしゃったのですか?」ヤツデは思い切って聞いた。

「おれはアミューズメント・センターにいました。現場の駅からは車で30分はかかります。おれは一人でいたので、アリバイは証明できないかもしれませんけれどもね。なんにしても、おれは親父が大変な時に呑気にビリヤードのキューをついていたという訳です。それはそれで親不孝な話ですよね?」

「いやいや」ビャクブは取り成した。「そんなことないと思いますよ。誰にだってそんなことは予測するなんて芸当はできませんからね。それじゃあ、コリウスさんには事件に関係がありそうなことでなにか思い当たることはありませんか?」ビャクブはヤツデほどにうまくはないとは思いながらも質問した。

「断言はできませんが、思い当たることはあると言えば一つあります。昨日のおれは親父にスマホを貸したんです。親父はスマホを持っていませんが、おれは二台も持っているのでね。そのことはどこで事件と関係がありそうなのかというと、親父はお袋と別れる前にトイレに行ったというんです。となると、その時の親父はもしかしたら犯人とスマホで話をして結果的に現場となった場所まで呼び出されたのかもしれませんよね?おれの深読みのしすぎだと言われれば、それまでの話ですが」コリウスは言葉を切った。

「それに」コリウスは話を続けた。「親父は建前の上ではお袋と逸れた時の連絡用としておれのスマホを借りたいって言っていましたからね」コリウスは自分の意見をしっかりと主張している。

「仮に」ビャクブは言った。「ゼンジさんは犯人にスマホを持って出るように言われていたのだとしたら、犯人はどうやってゼンジさんとコンタクトを取ったのかまた謎ですね」

「確かにそれは言えているね。もしかしたら、理由はゼンジさんが言ったとおりなのかもしれないし、あるいは犯人がうまい方法を使って連絡したっていうフェイクなのかもしれませんね。それに、ゼンジさんは犯人の指示でスマホを持ち出し本当に着信を受けても、犯人なら、その履歴は容易に消すこともできますしね。となると、犯人はなぜそこまでして危ない橋を渡るのかという新たな疑問も出てきてしまいます。話は変わりますが」ヤツデは聞いた。「ゼンジさんはコリウスさんから見てどのような方でしたか?」ヤツデは妙に聞き込みが手慣れているので、サフィニアは改めて感心している。コリウスは応じた。

「これは息子のおれが言うのもなんですが、親父は好々爺っていう感じでした。やり手の社長というと、なんだか、親父には覇気があって凶暴そうなイメージがあるかもしれませんが、其のイメージはうちの親父とは似ても似つかないものでした。親父には温厚篤実っていう表現がぴったりだったんじゃありませんかね。おれなんかは怒られた記憶がほとんどないんです。親父が怒っていたとしたら、肩くらいのものでしたよ」コリウスはユーモラスに言った。ビャクブの頭の中にはコリウスの最後の言い回しに対して瞬間的に?(はてなマーク)が現われた。サフィニアは伯父のふざけたジョークにさめざめとしている。

「なるほど」ヤツデは素早く正確な答えを提示した。「ゼンジさんは怒り肩だった訳ですね」

「ええ」コリウスは言った。「おっしゃるとおりです。ヤツデさんには下らない冗談に付き合わせてしまってすみませんね」コリウスは謝った。コリウスはトイワホー国の国民らしく基本的には善人なのである。ヤツデは「いいえ」と言って取り繕った。ビャクブはようやく話に追いついた。

「下らなくはありませんし、ぼくは構いませんよ。ゼンジさんはご隠居されていたそうですが、未来館には親しい友人が訪ねてくるというようなことはなかったのですか?」ヤツデは問いかけた。

「昔はよくありましたが、最近の一年は親父も手紙のやり取りだけで実際に誰かと会うっていうようなことはなかったと思います。おれが子供の頃の話ですが、何度か、おれは親父の知り合いの家にホーム・シアターを見せてもらいに行ったことがあるんです。おれの知る限りではその知り合いっていうのが親父の一番の親友だったと聞いています。だから、何度か、彼はこの家にも遊びに来ることがあったのですが、彼は三年くらい前からこの家に姿を見せなくなったんです。彼とはおれも面識があったので、おれは親父にそのことを聞いたことがあったんですが、なんてことはありませんでした。彼は亡くなっていたり親父と仲違いしたりという訳ではなく海外に移住していただけだったんです。その親父の知り合いは子供の頃に住んでいたところを最期の地にすると決めていたらしいんですね。話を戻しますが、親父は一番の親友とも疎遠になっていたという訳なんです。となると、袋小路に入った感じは否めませんね。確かに親父以外の知り合いや宅配便の人もこの家を訪れることはありますが、仮に、その中に昨日の親父が外出することを知っていた人がいなければ、密告者はもしかするとおれたちの中にいるということになりますからね。犯人はトイワホー国史上初の通り魔だというのなら、話は別ですが、おれたちの家族としては別にそんな新記録をもらっても仕方がありませんからね」コリウスは呆れた感じで言った。ヤツデは「それは最も至極です」と言ってコリウスに調子を合わせた。

「主観的な意見を述べさせてもらえるなら、その可能性は低いと思います。かといって」ヤツデは続けた。「ぼくはコリウスさんの家族に犯人がいると断言はしませんけどね。今のところはコリウスさんにお聞きしたいことは以上ですが、コリウスさんはこれからお出かけをされるところだったのですか? だとしたら、ぼくたちはお引き止めしてしまってどうもすみませんでした」ヤツデは律儀に謝罪した。

「いえいえ」コリウスは取り成した。「そんなことは別にいいですよ。おれは確かにこれから食事でも買ってこようかと思ってはいましたが、全く急ぎではありませんでしたからね。サフィニアの評判のとおり、お二人は事件の重要な手掛かりを見つけられそうな気がしますから、お二人のことはおれも影ながら応援していますよ。それでは」コリウスは「おれは退場をさせてもらいましょうか」と言うとゆっくりとソファから腰を上げた。ヤツデはコリウスの一挙手一投足を注意深く観察している。

「叔父さまはお話をしてくれてありがとう。叔父さまは買い物も気をつけて行ってきてね」サフィニアは気遣いを見せた。サフィニアに返事をすると、コリウスは玄関の方へ行ってしまった。ビャクブは何も口を挟まなかったということは特にコリウスから聞きたいことはなかったということである。

「オリーブさんはコリウスさんのことをやんちゃで昔から手を焼かされたみたいなことを言っていたから、実際はどんな人なのかと思っていたけど、コリウスさんは礼儀も正しくてきちんとした人だったな」ビャクブは感想を漏らした。ビャクブには事件に関するコメントは特に頭に思い浮かばなかったのである。

「まあ、叔父さまも年を取っているからね。そりゃあ、子供の頃よりはきちんとしているんじゃない?少しはおばあさまも触れていたけど、ここだけの話」サフィニアは秘密めかした。「当初の叔父さまは自分で就職口を見つけていたらしいんだけど、聞いた話ではクビになったらしいの。その理由がまたかっ飛んでいるの。自分の実力はどの程度のものかを確かめるために少額のお金を横領していたみたいなの。結局のところ、叔父さまはそれがバレて自分で会社を辞めブラブラしていたから、今は私のお父さまとおじいさまの取り計らいによってドリーム・アクセサリー社で働いているっていう訳なの。とはいっても」サフィニアは弁解した。「ビャクブくんの評価してくれたとおり、叔父さまは悪い人ではないのよ。少なくとも、叔父さまは底意地の悪い性格はしていない。叔父さまは横領の一件よりあとには悪いこともしていないしね。あれはきっと若気の至りだったんだと思う」サフィニアが言い終わると、ヤツデは「うん」と頷いた。

「サフィニアの言いたいことはよくわかるよ」ヤツデはやさしく言った。「その話を聞いたからといってコリウスさんのことを色眼鏡で見るようなことはしないから、サフィニアは安心してね」

「それはおれも同意見だよ。それで?」ビャクブは聞いた。「次はどうするつもりなんだい? おれたちはまたサフィニアの家族から話を聞かせてもらうかい? 今度は謎の男の正体を突き止めることにするかい?」

「この家にはもうおばあさましか私の家族はいないはずだから、次はヘンルーダさんから話を聞かせてもらいましょう。謎の男の件はそのあとにするっていう段取りでどうかしら?」サフィニアは聞いた。ヤツデとビャクブの二人はそれに同意した。そのため、サフィニアは熱帯魚にエサを上げていたヘンルーダをこの場に呼んで来た。

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