スフレ
「ひとり者がつくる夕飯だからこんなものしか作れないけど」
自虐的にそう言って少女の前に置いた大皿にはパンとチーズと焼いた肉。特に味付けはしていないので三種類の調味料を並べてみた。
「……」
無言の少女を前にセトマルは自分の大皿にある少し焦げた肉の塊をかじる。
「どうしたの? お腹空いてるんじゃない?」
「……」
少女はセトマルの問いかけに答えることはなく、ただじっと目の前の料理を眺めていた。
――やっぱ肉の塊をそのまま焼いたのがいけなかったかな。
鼻の頭を撫でながら熟考したあとで、ひとつの答えに辿り着く。それはセトマルにとって苦渋の判断だったが、腹の虫を鳴かせていた少女を前にもはや迷ってられなかった。
バックヤードの隣にある調理室の冷蔵庫からデザートを取り出す。それは、シスターアンネからもらったスフレだった。
「これこの帝都で一番歴史がある教会のシスターから昨日いただいたものなんだけど、きみにあげるよ」
「……」
本当は食べずに防腐効果のある魔粉をかけて飾っておこうかと思ったが、背に腹は代えられない。魔力が清らかで心に一切の濁りがないシスターが丹精を込めて作ったものはならば口にしてくれるかと思ったが、
「もしかして」
セトマルは右腕に巻き付かれた鎖に目を移した。『服従の鎖』そういえば眠る前にパンをひとかじりしていたことを思い出す。
「いっぱいお食べなさい」
そう言うと、少女の指先が動いて差し出したスフレを受け取り有無も言わさず口に運んだ。
――あぁそうだやっぱり、こいつのせいで命令しないと行動に移すことができないんだ。
「自由に食べな」
そう言うと少女はゆっくりスフレをかじる。自由に食べていいといったのに他の料理には手を付けず小さな口でスフレだけを口に入れていた。
「きみ名前は?」
食べ終わり見計らって訪ねてみると、少女は口を閉ざしてしまう。
――名前を忘れてしまったのか、もしくはそもそも名前がないのか。
「……もし、よかったらだけどきみにここでの名前をつけてもいいかな。もちろん本当の名前を思い出したら教えてほしい。その名で呼ぶから」
静かに頷く。セトマルは拒絶されなかったことに安心したが、これといって候補の名前も考えていなかった。手持無沙汰になって肉の塊を口に放り込む。スジばっかりでちっとも柔らかくない肉を咀嚼していると、少女は指先を舐めて満足そうに笑った。
「……スフレ、きみの名前は今日からスフレだ」
セトマルは床に転がっていたペンを拾い上げて、少女の隣に移動する。ポケットの中にあった紙の切れ端に少女の新しい名前を書きこんだ。
「文字読めるかい?」
「……すこし」
「そうかよかった。きみが名前を思い出すまでの名前だよ」
不安がるスフレへ丁寧に語り掛けセトマルは大仕事をやり遂げた後のような感覚に陥っていた。
「さて食事の続きをしよう」
椅子に戻ると残りの肉を胃に収めて、パンとチーズを交互にかじった。スフレはセトマルの食べ方を真似し、二人の緩やかな夕飯は始まった。