呪われエルフ
「これに触れてみなよ、きみの鑑定スキルならこれの正体がわかるはずだ」
グラディウスは少女の背中をポンと押す。少女はつんのめったようにしてセトマルの目の前まで来た。
「ほらはやくしろ、僕は忙しくてね」
促されるままセトマルは裸の少女に手を伸ばす。震える少女の頬に触れると身体全体から寒気が襲ってきた。急いで少女から手を離すと目の前にはどす黒く蠢くいくつもの何かが睨んでいた。その威圧感に恐怖と不安に掻き立てられ呼吸が乱れてしまう。胸を押さえながらもがき苦しむセトマルの耳元でパンと乾いた音が響いた。
「驚いたかい?」
グラディウスの声だ。セトマルは我に返って上体を起こすと目の前にはグラディウスがいて、得体の知れない何かがいた場所には少女が立っていた。
「驚いた?」
嬉しそうなグラディウスの声。それはこうなることを予測していた男の意地の悪い微笑だった。
「な、なんなんだこの子は?」
「ダークエルフって聞いたことある?」
グラディウスは手を差し伸べてセトマルは丁寧に立たせる。まだ現実に戻り切れていないセトマルが正気に戻るのを待ってから口を開いた。
「まぁいいや、我々エルフ族って長寿がゆえに繁殖能力が乏しいんだ。ほら人間って年がら年中発情しているよね。でも僕たちはしっかり周期があってある時期にみんな発情を迎えて次世代の子を成すわけだ。ここまではいいかな」
「……あぁ、よく知っているよ。馴染みのお客にエルフがいるから」
「そうか、では踏み込んだ話をしよう。この世界にいるエルフたちが一斉に発情を迎えて同族同士で子を成すわけだけど、それって一気に数が増えるってことなんだよね、数が増えれば当然、欠陥を持った子も生まれるわけだよ。それでここからが厄介なんだけど、僕たちは人間たちのように欠陥のある子を身ごもった段階でおろしたり、なにか理由をつけて外国に売ったりすることを禁忌としていたんだ。かなり昔からの風習といってもいい」
「何が良いたいんだ?」
「はやるなよ、だけどそうやって生まれてきた子はどうしたって迫害を受けてしまうんだ。親からも仲間からも差別を受けて育ったエルフは心を闇に落とし肌の色さえ変わってしまった。それがダークエルフの起源と言われているんだけど、グローバル化した今の世の中ではそう言った差別の歴史はエルフ族の消しさりたい闇でね。公になる前に彼らの住処を襲って数を減らしているんだ。でも帝国のお偉い様がたはエルフが好きらしくてね、彼女のようなダークエルフを貢物として献上しているのさ」
淡々とそう喋るグラディウスには罪悪感とか嫌悪感とは一切なく、衝撃的なエルフ族の闇をまるで昨日の夕飯を思い出すような口調にセトマルは後ずさりしていた。
「きみも今さっき体験しただろうけどこれには強力な呪いがかけられていてね、これを購入して使用した貴族議員が呪い殺された、これって我々エルフ族にとってもまずいことなんだよね、ほらエルフって異世界人よりも帝国で優遇してもらっているでしょ。だから見せしめに議員たちの前で殺戮ショーでもやろうかと思ったんだけど、それを企画した僕の仕事仲間全員死んじゃった……ここからは僕の愚痴なんだけど、悪い噂ってすぐ広がるでしょ。これの所有権をもった輩が相次いで不幸になって、捨てることも使うこともできないからあの手この手で所有権を譲って譲って、最終的に僕のところまできたわけ」
「それで今度は俺にこの子を押し付けにきたのか?」
「半分正解、よろしく頼むよ」
「冗談じゃないぞ、あんたたちの怨恨に俺を巻き込むな!」
握手を求められた手を薙ぎ払ってグラディウスを睨んだ。
「いいや、きみはこの商談を破談にはできない」
グラディウスは無理やりセトマルの手を引き寄せて左手をセトマルの背中に回した。
「忘れたとは言わせないよ、ろくな力も持たずに異世界転生してきたきみが市民権を得てこうやって帝都に店を構えることができているのは誰のおかげかな」
「そ、それは……」
「僕は今帝国の官僚にも顔が利く。それに我が一族の闇を聞いてしまったんだ。僕の気持ち次第できみをこの世界から消すことだってできるってことを忘れないでね」
背中に冷たいものを感じる。返答次第ではこのまま殺されることが確定していた。
「……分かった。この子を買い取る」
「ありがとう。でももしきみがこの子の呪いを取り除くことができたら言い値で買い取ることを約束するよ。こんなんでも子どものエルフは人気だから」
グラディウスは望んだ答えを聞くことができて満足したようだった。それから何かを耳元でつぶやくと少女の首輪の鎖がセトマルの右腕に何重にも巻き付けられると金色のブレスレットに変化する。その瞬間から少女の所有権がグラディウスからセトマルに譲渡されたことを示していた。