シスターマーシャル
帝都にただひとつ建設を許された教会は種族平等のシンボル、聖母ソニアを讃えた異種混合の教会だった。第一次魔王討伐以降、慈愛の精神で人族やエルフ族、ドワーフ族などを和解させ魔王側の種族でも心を入れ替え、洗礼を受けたものを受け入れるよう尽力した人物が後の聖母ソニアだ。彼女の功績は今の世で最も評価され、帝国は平和の繁栄を祈願し通貨を彼女の名前に変えた。つまりはそれだけ偉大な聖母様の教会というわけだ。
「っと簡単な説明は以上だ、アンリエッタ分かったか?」
「まぁなんとなく、それにしても立派な教会なの」
アンリエッタがそう言うのは無理もない、目の前に立つと帝国王様の宮殿のように大きな建設物だ。
一礼してから門をくぐる。敷地内にはまず立派な噴水があり、小さな子供たちが修道服を着たシスターたちの後ろをついて回って見様見真似で掃除を手伝っている。
「あらセトマルさん、ちょうどよかった」
「マーシャルさん」
ごきげんようと手を振るシスターは銀髪で尖った耳が特徴的な女性であった。スフレを抱いたままのアンリエッタはセトマルに目配せするエルフを軽く警戒するも、セトマルはそんなことなどお構いなく近づいていく。
「セトマルさん今日はお仲間さんとお祈り?」
「いや、今日は司祭様へ相談に、ちょっと待っていてください」
セトマルは後ろを振り向いて二人を手招きする。眉をひそめて近寄ってきた。
「アンリエッタ、スフレこちらはシスター長のマーシャルさん」
「マーシャル・ファレファです」
「アンリエッタなの、マーシャルさんは純血エルフ?」
おいおい初対面の挨拶でそんなこと聞くなよと、口を出そうと思ったが、グラディウス卿のことを思い出して様子を見ることにした。純血に拘るエルフが多いとも言っていたしアンリエッタもそれなりに気になるのだろう。
「純血エルフですが、私はそんな些細なこと気になりません。人もエルフもドワーフもオークもオーガも洗礼を受けたならばみな兄弟ですのよ」
それを聞いてアンリエッタの表情が和らぐ。安心したように息を吐いた後、彼女の胸の中で顔を埋めているスフレをマーシャルに向けた。
「スフレ大丈夫だよ、マーシャルさんはシスターだ」
セトマルが優しい口調で挨拶を促すがスフレは頑として顔を上げない。
「どうしたんだスフレ」
「……マスター怖い、この人怖い」
その言葉に驚いた。マーシャルは常に女神の生き写しのように温和な笑みで誰とでも接してくれるし、今だって朗らかな態度でスフレに目線を合わせようとして腰を屈めてくれている。
「これは相当のトラウマがありますね、スフレさん私と同じ髪色のエルフに見覚えはありますか?」
スフレは何も答えない。もがくようにアンリエッタの胸からセトマルの胸にダイブして身を固くする。その怯え方は尋常でセトマルは彼女の震えを抑えるように頭を撫でた。
「セトマルさんこの子はどこで?」
「昨日グラディウス卿が売りにきたのです。呪われたダークエルフだと、無理やり自分と主従契約を結ばせてきて」
「なんと……あの腐れ外道め。そんなことを同族に」
口調は静かだがマーシャルのその瞳には確かに怒りが宿っていた。セトマルはそんな彼女の周りの冷たい空気に充てられて下半身の力が抜けそうになる。
「しかし、この子から呪われている生命体にまとわりついている禍々しいオーラは見えませんが」
「マーシャルさん半年前に譲り受けた『血塗られた修道服』を覚えてらっしゃいますか?」
「もちろん、改装中に地下室から見つかった特別呪着。まさかこの子が纏っている服が?」
「はい」
「なんてこと、そんな危ないものをあなたはこの子に装備させたのですか?」
信じられないと言ったように目を丸くする。マーシャルはもはやセトマルの人格すら疑い始めていた。
「マーシャルさんがそう思うのも否定しません。しかし、この特別呪着はスフレの前では呪いを発動させないどころか、彼女によく馴染み、それどころか彼女の呪いを打ち消してくれている。まるで厄災からスフレを守るように」
「守る?」
「はい、自分は仕事柄少しですが装備品の声を感じることができます。今までどんなに除呪を行おうと心を開いてくれなかった『血塗られた修道服』が今や喜んでいます」
「にわかに信じられませんが、あなたがそう感じるのなら信じましょう」
「ありがとうございます」
マーシャルとの話がひと段落してもスフレの震えは止まらなかった。
「司祭様への相談事というのは彼女のことですね」
「はい、お会いできますでしょうか」
「もちろんです。大聖堂へご案内いたします」
マーシャルは踵を返し大聖堂へ向かって歩き出す。セトマルとアンリエッタはここにきてからずっと顔を伏せているスフレに寄り添いながらマーシャルのあとを歩きだした。
☆☆☆




