油断
セトマルは満たされたお腹をさすりながら深呼吸を繰り返す。左手に聖書を掴み、携帯用としていくつか持ってきたステロイドポーションの極小瓶のひとつ取り出して蓋をあけた。
「あぁ来たこれ」
一気に熱くなる。一時的ではあるが魔力が脈を暴れまわっているのを感じる。
「チクヨさん入ってもいいですか?」
「よかよー」
「では、失礼します」
シャワー室の扉を開ける。そこにはセトマルが言ったとおりに祈りのポーズをしながら冷水をあびている彼女が立っていた。
「言われた通り準備できたっちゃけど、こんなんでよか?」
「大丈夫です」
そうは言ったがその恰好自体は非常に大丈夫ではなかった。
そもそも裸にエプロンを着用しただけの装備だ。呪われていて解除不可能とは言え、エプロンは布でできているわけで、それが濡れて肌に張り付いているわけだから、彼女のボディーラインはおろか、恋人以外には見せてはいけない部分の色や形もぼんやり見えているわけで、、、、、
「やっぱり背中を向けてくれますか?」
背中の方がまずいと思ったが、セトマルは考えを改める。
「よか」
シャワーの水圧で瞼を閉じたままのチクヨは背中を向けた。
セトマルはもう一度深く呼吸を整えながら、咳払いをして気持ちを固める。
「ありがとう、ではさっそくはじめちゃいましょう……ってなんでアンリエッタがいるんだよ?」
自分の背後に気配を感じて振り返る。そこには先ほどと比べ物にならないほど不機嫌になったアンリエッタが仁王立ちしていた。
「別になんでもないの」
「なんでもないなら出てってくれよ。集中できないだろ」
「それは無理なの」
「なんでだ?」
「セトマルエッチだから間違いがあったらいけないと思うの」
「……ちょっとチクヨさんごめんなさい。一回中断します。そのままで待っててください」
シャワー室の扉を閉めて、アンリエッタに相対する。
「バカなこと言うな」
「言ってないの」
「言ってるじゃん、お、俺がエッチとか」
「だってそうなの、呪縛解除したらあの人もおかしくなっちゃうでしょ」
「そうかもしれないけど、俺は冷静だ。だったら問題ないだろ。それに大人しくなるまで待ってればいいだけだ」
「……」
「はぁ、わかったよそんなに俺が信用できないならそこで見ててくれ」
扉を開ける、アンリエッタの視線は痛いが目の前の呪いを対処しなければ何も始まらないのだ。
「お待たせしました。それじゃあいきます」
右手をチクヨの背中に触れる。
「呪は罪……」
「痛っ!」
「あっごめん」
セトマルは慌てて魔力の出力を抑え、チクヨの体質に合う魔力の質量と流れのスピードをラジオのチューンイングをするような要領で少しずつ合わせていく。
「どうだろう? これだと痛くない?」
「う、うんそうやね、ちょこっとだけむずがゆいけん。やけど大丈夫」
「分かった。じゃあこのままいきますね」
セトマルは同調させた魔力の出力を意識して自らの魔力をチクヨに流し込みはじめる。
「呪は罪ならず」
「……うん?」
アンリエッタはチクヨの反応が変化したことにとがった耳をぴくりと動かす。
「きみ万事をせめることなかれ」
「あれ、あれ」
チクヨのお尻が小刻みに震えだす。
「あぁぁぁ、セ、セトマルくん、か、身体が……」
「頑張ってください。あと少しです」
「や、やけん、こ、これダメなやつじゃなかと?」
セトマルはチクヨの言葉を遮ってクライマックスに向けて魔力の出力を上げた。
「あふれんばかりの祝福を糧に」
聖書を強く胸に抱く。チクヨが体験しているエクスタシーと共鳴していた。
「呪力よあるべきところへ帰せ」
最大出力で魔力を解き放つ。チクヨはアンリエッタと同様にゆっくりと膝から崩れ落ち、呪われたエプロンはシャワーの勢いと一緒に彼女の身体から離れた。
「ふぅぅぅ、呪縛完了」
タイルに落ちたエプロンを拾いあげ、回収用の袋に入れてしっかり封を閉じた。
「チクヨさん大丈夫?」
アンリエッタとは対照的に儀式が終わっても黙り込んでいるチクヨに声をかけてみる。
「……チクヨさん、それじゃあ落ち着いたらでいいから……!?」
そう続けようとしたセトマルの口をアンリエッタが反応することができないスピードでチクヨの唇が重なっていた。
「えっ……」
「なっ!」
二人の反応を嗜むように楽しんでからチクヨはセトマルの唇を開放すると、普段の彼女からは想像できないような艶めかしい笑みを浮かべて
「セトマルくん、謝礼は明日払いにいくけん、今日お店閉めてくれん?」
「あっ、はいじゃあ外の看板を片付けて、臨時休業の張り紙張っときます」
「あ、ありがと。じゃあまた」
シャワー室の扉が強めに閉まり、シャワーがタイルに当たる音が激しくなる。
「……ハッ、ちょっとなにやってんの!」
「あっ、えっ何って……」
セトマルは唇を抑えたまま固まっていた。
「何キスされてるの? いつも私には呪縛解除したあとが一番危ないって言ってるのに、なんでさっき無警戒だったの?」
「いやだって、チクヨさんアンリエッタみたいに騒がないから大丈夫かと……」
言い訳を考えようと脳みそを働かせているその刹那の間にアンリエッタが強引にセトマルの口にキスをした。それはあまりに強引であり、歯に反動が伝わるほど勢いがあり、柔らかさなどは皆無であったが、お互いの口が接触し合ったのは事実なのだ。
「い、いきなりなにすんだ!?」
「バカっ!」
顔を真っ赤にしたアンリエッタはスフレが待っているフロアまで足早に戻っていく。
「な、なんなんだよ」
その小さな背中を見送るセトマルはどうしていいかわからずにいたが、とりあえずアンリエッタを追いかけるためにフロアに足を向けた。




