第57章:運命の日
「ここにキラがいる...」
この言葉を読むと、心の中でささやきながらも、吐き気がする。
どうして?
どうしてこんなものを見なければならないの?
心を放っておかない!
ヘリアはバラとチューリップの花を墓石に供え、体から水分が抜けたように乾いた涙を流す。従兄弟と弟の間に立ったテンセンは、二人の肩を抱き、沈痛な面持ちで墓を見つめる。お調子者のように見える彼の態度は、強さのような錯覚を抱かせる。
「キラの眠るこの地上に一緒に来てくれてありがとう。この一年、お二人にとって...私たちみんなにとって、大変な一年だったと思います。お二人が力を合わせて作られたフラワーアレンジメントは本当に素晴らしいです。きっとキラは...天国から微笑みかけていると思います...くすん」。
「...」
テンセンの目が潤み始め、本来の自分の姿が表情の隙間からこぼれ落ちた。涙が出る前に、すぐに目を拭う。
兄は英雄です。喪失と絶望の痛みに悲嘆しながらも、私たちが泣けるような強い柱になろうと頑張っている。
彼は僕より優れた人間だけど、僕は人間なんだろうか?前世の悪魔の生まれ変わりに違いない。
やっていることは、悪魔がするように、キラの人生を気遣うふりをすることに過ぎない。
「なんで...」
「?」
悲痛な沈黙を破り、ヘリアが一言発した。この一言は、その直後に起こるであろうさらなる出来事を暗示し、従兄弟たちの注目を集める。
「... なんで彼女じゃなきゃいけなかったの?私なら死ぬべきだったのに!」
強引にテンセンの腕から体を離すヘリア。そんな突然の暴挙の反動で、彼の顔には不安の表情が広がる。というより、一時的に素顔を浮かび上がらせざるを得なかった。
「ヘリア、自分を責めないで。君のせいじゃないん--」
「もしジーンが私の命を救わなかったら、代わりにキラの命を救っていたかもしれない!私の生存が運命を変えたに違いない!自分のせいだ、自分のせいだ、自分のせいだ、自分の--」
テンセンの慰めの言葉も気にせず、ヘリアは耳をふさぎ、他の世界から自分の世界に閉じこもった。
「!」
いやいやいやいや...こんなときに!ヘリアの中には生存者の罪悪感がたまっていて、今、それをぶちまけようとしている。呪いの治癒能力を否定して以来、この考え方を合理化してきたに違いない。彼女に理由を説明しなかった僕の責任だとわかっているが、負担をかけるわけにはいかなかった!
誰も僕に精神的な負担を強いられる資格はない。
誰も...
「何を言ってるんだ、ヘリア?何があったの?」
何の兆候も前触れもなく、ヘリアは突然、うずくまった状態からジーンに強くしがみつくようになった。ジーンはヘリアの不可解な行動に圧倒され、後ずさりしようとするが、足が動かない。
「ジーン、お願い...私から血を抜いて、キラに渡して!まだ救えるかもしれない!」
「...」
「ヘリア、君は馬鹿げてる」、普通なら彼女の妄想に対して言うべき言葉だが...そんなことを言う権利はない。
ただ、ヘリアが悲しみを吐き出すのを黙って見守ることしかできない。
ヘリアの指が彼のシャツに食い込んでなかなか離そうとしないにもかかわらず、テンセンはヘリアをジーンから引き剥がした。役割を逆転させ、ヘリアの体を自分のほうに向け、彼女の顔に迫る。互いの息の重みが感じられる。
「ちょっとヘリア、僕の言うことを聞いて気を取り直してくれ!なんでまたジーンの血の話をしてるの?説明をしてくれ、君に落ち度はないと約束する」。
それでもテンセンは、ヘリアに自分の重荷を自分に投げかけてくれるよう懇願する。
「ぐすん...」
テンセンからのプレッシャーを感じながら、ヘリアは一瞬、精神的に明晰になった---目を拭い、視線をそらす。息を止め、何かを思いやるように、それ以上自分の考えを口にするのをためらった。
「頼むから...話してくれ」。
「...3年前、私はツノカワウソに怪我を負わされました。腕と、ほとんど全身に致命的なケガを負いました......」
ヘリアの声はかろうじて唇を通り過ぎ、次第にかすれ、こだまのようになる。この反響がテンセンの当惑をさらに強める。
「ツノカワウソに襲われたのかい?ヘリア、カワウソの角から出る毒はとても致命的なんだ!どうやって生き残れたんだ?!」
テンセンがヘリアにそう質問するのを聞いて、僕は二人に背を向けた。この後どうなるかは分かっているし、避けられないことに抵抗する意味もない。自業自得の運命がついに追いついたのだ...
「... ジーンに血を一滴、口に流し込まされた。結局、意図せずそれを飲み込んでしまった...しかし、そのおかげで腕は完治し、体内の毒は浄化された。今まで経験した中で最高の奇跡だった...」
まだヘリアの告白に戸惑っているテンセンは、彼女を離し、ジーンの方を向いた。
「ジーン、言っていることは本当なのか?本当に君の血で治した?」
「...」
ドンドン
ドンドンドン
審判の日がやってきた
... ドンドン
...心は知っている
兄の目をあえて見ようとせず、背中を向けたままのジーン。
「うん......3年前、ヘリアの怪我を見て、自分の本当の呪いに気づいたんだ。自分の血が、出してくれと訴えているようだった。うまく表現できないけど...」
「それなら病院にいたとき、君は...君は...」
「はい、嘘をついたんです。ヘリアは僕の血の呪いについて本当のことを言っていたんだけど、それを秘密にしておきたかったんだ。こんなことになって...ごめんなさい」。
不快な重圧から解放されるのを感じながら、ヘリアは肩をさすりながら下を向くが、完全ではない。言葉を失い、テンセンはピンクに染まるほど拳を握る。その鋭い視線と同じように、眉をひそめる。
「ごめんなさいって?君は... 謝っているのか?違うよ、僕が本当にすまなかった....」
真正面からテンセンに向き直るジーン。完全に胴体を回転させる前に、テンセンはジーンをしっかりと握りしめ、シャツの上から引っ張った。
「?!」
「君を信用したことをすまなく思っている!お前病室でキラの死体を見つめていたのに、何もしなかったのか?! だってキラを生き返らせる方法を必死に探していたのに、お前何もしなかったじゃないか!葬儀に参列し、遺体が埋葬されるのを見届けたのに、何もしなかったのか?! 寄生虫がリカの体に入り込み、徐々にリカの命を奪っていることに気づいていたのに、それでも何もしなかったのか?!」
「テンセン、自分は...」
「いや、何もしないよりもっと悪いことをした---嘘をついたんだ。妻に嘘をつき、娘たちに嘘をつき、そしてたった一人の兄に......嘘をついたんだ!」
泣いている。兄を泣かせてしまった。兄が悲しんでいると言ったら不正確だろう。涙の一粒一粒に、兄が叫ぶ言葉の一語一語に、怒りがこもっているのが感じられる。
「それなのに、顔に向かって、ごめんなさいなんてウソをつくなんて......!敵と何が違うんだ?!」
「テンセン、本当にすまないと思っているんだ。それは嘘じゃない...」
吐き気がする。
「それなら、目を見て、どれだけ謝っているかを証明しなさい!今、お前の血管にはリカに必要な治療薬が流れている。血液を少し貸してくれれば、リカに移そう」。
「すまない、テンセン、僕は--」
「お前から出てきてほしいのは、お前の血だけだ。血を流して、僕に渡してくれ!」
「テンセン、よく聞いてください。それは.--」
「リカは毎回私たちに泣きつくでしょ。仲間たちと遊びたいと言うたびに、私たちはダメだと言う。子供なら誰でも経験したいようなスリリングなことをしたくても、私たちはダメだと言う。普通の子供としての生活を送りたいだけなのに、私たちはダメだと言う。体の命を使い果たす前に、できる限り彼女の体を長持ちさせなければならないのに、私たちにできることは何もない。どれだけ私たちが傷つくかわかる、ジーン?内面をどれだけ傷つけるか!」
「僕は...」
「リカが普通の生活を送れるかどうかは、お前にかかっているんだ。リカはまだ若いし、これからの人生もある。もう一度言うぞ、ジーン、お前の血をよこせ!」
「...できない」
「できないだって?ヘリアには血をあげられるのに、自分の姪にはあげられないのか?! 神のふりをして、誰が生きるか死ぬかを選んでいるのか?娘たちは生きる価値がないのか?!」
「それは違う...」
「ではなぜ?なぜ拒否するんだ!」
彼にすべてを説明したい。
日々感じている絶え間ない苦痛とストレス。
いつ襲ってくるかわからない痛み。
自分のものではない痛み。
自分に原因がないのに、どうすることもできない痛み。
自分の痛みと一緒になって、事態を悪化させる痛み。
痛みを押し殺し、愛する従姉妹が私が治療することに罪悪感を感じないよう、痛みを自分の中に留めておく精神的ストレス。
この罪悪感は自分一人が背負わなければならない。
この感情を表現する言葉が、出てこない。
「...」
「...ゴミ兄弟」
テンセンの怒りの表情は消え失せたが、感情はそのままで、嫌悪という形をとった──凶悪な犯罪者を憐れむような嫌悪だ。突然、指に溜まっていた緊張を解き放ち、ジーンを地面に倒れ込ませた。
「さあ、ヘリア、家まで送るよ。ジーンは...」
後ろにいるものの方向を見ようともせず、テンセンは歩みを止める。
「家まで送る人を手配しよう。待ちたくないなら、自分で帰り道を見つけなさい。まだ賢い子だ...ただ、道徳的ではないだけだ」
「...」
テンセンとヘリアは、地面に倒れたままのジーンを置き去りにする。ヘリアはもう一度ジーンを見つめ、一筋の涙を流した。言葉を使わなくても、ジーンは彼女のメッセージを理解することができた。




