第56章:血に染まった涙
さまざまなネオンで照らされた暗い部屋の中で、2人の兄弟がモニターを食い入るように見つめている。
背中を丸めて、自分たちが没頭しているデジタルの世界の外側の何もかもを聞き流している。兄の膝の上で遊んでいる小さな女の子でさえ、この瞬間から彼らを連れ出すことはできなかった。
「へぇ、弟くん、思ったよりずっと格闘ゲームが上手になったね!」
「僕が君を超えるのは当然だ、テンセン。お前が大人になるのに忙しい間、腕を磨き続けてきた。正直、君は弱くなったよ」。
「おい、それは不公平だ。君みたいな10歳の子には、15歳を過ぎたらどれだけ生活が苦しくなるか想像もつかないだろう!ましてや暴れん坊の娘2人の面倒を見なきゃならないんだから」。
「言い訳はうんざりだ。他にも同じ17歳のエリート選手が何人もいるじゃないか......もっと年上の選手だっているんだぞ!」
「そうか?まあ、大目に見てくれ。リカちゃんは膝の上にいて、コントローラーから手を離さないの。本当に、邪魔じゃなかったら......」
「そう、リカが邪魔になるとわかっていながら、さっき膝に抱っこしてくれと言ったわけだ!この負けは自業自得だぜ、兄さん」。
「チッ!この悪ガキ!」
「へへっ、この際、幼児用のハンディキャップがあってもお前に勝ってやるぜ」
「そうか?じゃあ、この試合が終わったら、リカにお前の膝の上に座るように言ってやるよ。どう思う、リカちゃん?パパがおじさんをいつもしていたように、おじさんの代わりにするのを見る準備はできてる?」
「やったー!」
父親の提案に興奮した梨花は、テンセンの膝の上で無邪気に両手を上げて跳ねる。その動作が、うっかりテンセンの目の先を擦った。
「痛い!」
「これでまた勝利だ!」
梨花は自分が引き起こした大惨事に気づかず、父親の 「変顔 」に苦笑した──ピンクの目が刺さったときのヒヤヒヤした顔だ。
「ほら、見た?リカに目を殴られて見えなくなったんだもん!」
「どうせ勝てる見込みなんてないんだから、リカはお前を苦しめただけだ。いい子だ、リカちゃん!」
ジーンがリカに親指を立ててほほ笑むと、リカは感受性の強い赤ん坊のように、おじさんの真似をした。
「ああ、早く次のラウンドでそのドヤ顔を拭いてやりたいよ!」
「そうだね、頑張ってね。リカちゃん、ジーンおじさんのところに座って--」
「テンセン、ジーン、緊急です!!」
ヘリアが突然、ゲームルームに飛び込んできた。外からの明るい光で、ゲームルームは閃光に包まれた。いとこたちは本能的にすぐに目を覆ったのだが、まもなく彼女の叫び声が脳裏によみがえった。さらにためらうことなく、彼らはコントローラーを置いた。
「ヘリア、どうしたの?妻と前庭でキラと遊んでたんじゃなかったののか!」
「遊んでた...まで...まで...」
脳から言葉を伝えることができず、ヘリアの目が暗くなり、口がループする。
「何が?教えてください!」
「...キラが突然地面に倒れて、目を覚まさないんです!」
口と心が再び同調し、ヘリアは口に出せなかったメッセージを伝えることができた。部屋中に恐怖が広がった。
「まさか...まさか!彼女は...彼女はまだ...」
「ジーン、リカを運んでくれ。すぐに病院に行くぞ!」
即座に行動を起こしたテンセンは、ゲームチェアから立ち上がり、部屋を飛び出した。ヘリアとジーンは顔を見合わせ、あえて何も言わない。というか、顔から伝わってくる以上のことは何も言えない。
どうしてこんなことになったんだろう?襲われたのか?呪われたのか?病気なのか?
キラ、どうか大丈夫でいてほしい!
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「先生、娘の状況はどうですか?何が悪いのか教えてください」。
テンセン、ディアンヌ、ジーン、ヘリア、リカは病院の手術室で、無力なキラの手当てをしている。ディアンヌがリカ(眠っている)を抱いている間、テンセンは医師と対峙している。彼の口調の選択は、敬意に満ちた自己主張であり、医師に慎重な服従を迫る。
「ニアスさん、率直に言いますが、あなたの娘は助からないかもしれません」。
「何だって?! この5時間、ずっと手術していたのに、誰も治せなかったんですか?!ふざけていたのか?!」
「ダーリン、お願い...」
心の奥底に抱えたくない知らせに、テンセンは歯をむき出して怒りをぶつけた。テンセンの攻撃的な態度にもかかわらず、医師は厳しい表情を崩さない。
兄がこれほど動揺しているのを見るのは初めてだ。この状況は異様で恐ろしい...
...血が脈打つのを感じる。
「ニアスさん、娘さんの胸の中に心臓のような臓器が見つかりました。それがキラの体から生命力を奪っていることを確認しました。今現在、彼女の体を活性化させる生命力はほとんど残っていません。」
「何を待っているん ですか?その寄生虫を体内から取り出してください!」
「何度も試しましたが、無駄でした。臓器に近づこうとするたびに、防衛機制のように瞬時に消えてしまう。内視鏡カメラでさえ、臓器に近づくと消えてしまうのです」。
「じゃあ、薬を飲ませなさい!このような緊急事態のための特別な薬があるはずでしょう!」
「ニアスさん、そのような薬はありません。寄生虫駆除薬をいくつか試しましたが、どれも効果がありませんでした。この臓器は器質的なものではなく、彼女の呪いが覚醒したものだと思われます」。
「呪いが目覚めた?どうしてそれが原因なのですか?
「彼女は双子で、しかも年下の双子なので、この突然の不可解な現象は、呪いが活性化したためだと推測さ れます。このような寄生臓器は、私たちの知る限り記録されたことがないので、私たちの推測はおそらく正しいと思います。脳の活動を調べるために脳スキャンを行ったところ、奇妙な結果が出ました。キラが強い刺激を感じると、臓器はより速く鼓動し、体からより多くのエネルギーを排出していたのです」。
「娘が刺激を感じれば感じるほど、体から生命エネルギーが奪われるということですか?
「おそらくそうだと思いますが.....娘さんはまだ幼いので、その影響はより甚大です。娘が大きくなれば、もっと緩和されるかもしれませんが、今はまだ、体内には多くの生命は残っていません」。
「それなら、何か手を打てばいい!息をしている限り、解決策を見つけるまで昼夜を問わず働くべきだ!」
「ニアスさん、心配なのはそれだけではありません。キラとリカは双子ですから、リカが亡くなれば、この呪いはリカの体に移ることは確実です。私たちはそのプロセスを邪魔することはできないので、梨花の体を準備することを勧めて--」
「最後まで言うな!あんなものにキラの命を奪われるくらいなら、リカに近づく前に死んでやる!」
医師を睨みつけ、その目は彼女の目を鋭く射抜く。しばらくの沈黙の後、医師はため息をついた。
「わかりました、ニアスさん。キラの生存に全力を尽くします。ちょっと失礼します」。
頭を下げ、部屋から退出する。テンセンは顔を緩めながら、妻と意識のない娘を抱きしめ、静かに涙を流す。ジーンとヘリアはキラの遺体に近づき、病院のベッドで安らかに眠るキラの姿は、彼女の中の戦争とは対照的だった。
「キラ...どうか良くなって...」
頭がクラクラしている。
胃がキリキリしている。
そして何よりも....
...血液が体内で脈打っている。
爆発しそうな感じだ!
「ジーン! ジーン、鼻が..!それはー」
「?」
ヘリアの突然の暴言にびっくりしたのと同時に、テンセンとディアンヌの目にも留まった。鼻の穴に触れ、あまりに馴染みのある温かい感覚を覚えた。
鼻から血が漏れている。
「弟、大丈夫?まさか君も具合が悪いのかい!」
「いや、本当に大丈夫だ。鼻を拭きたいだけだから...」
「これはいいことだ、テンセン!」
「ジーンの鼻血?何だって?」
絶望的な希望にしがみつきながら、ヘリアが口を挟む。
「ジーンの呪いよ!彼の血は何でも治すことができるから、キラに飲ませれば--」
「気にするな、彼女はただの妄想だから! やめろ、ヘリア!」
「でも、ジーン、前に血で私を治したじゃない--」
「やめろと言ってるんだ!効果があるような乱暴な妄想をしてる場合じゃない!キラのことはみんな心配してるけど、そんな馬鹿な考えに必死になる必要はないんだ!では失礼して、ちょっとトイレへ行ってくる...」
「ジーン...」
ヘリアはジーンに眉をひそめ、突然の希望を奪われ、困惑の表情を浮かべる。ジーンも眉をひそめたが、すぐに目を伏せた。
「いとこ、心配してくれてありがとう。いや、お二人とも感謝してる。今、妻と話したいことがあるんだ。ヘリア、ジーンと一緒に待合ロビーまで出てくれないか?お願いね」。
「...」
「さぁ、ヘリア、聞いただろう。鼻の掃除から戻ったらロビーで会おう」。
それ以上言葉を交わすことなく、二人は静かに歩き出す。ヘリアは戸惑い、取り乱し、今にも涙がこぼれ落ちそうな目をジーンに見られないように顔を背けた。
ホールを反対方向に歩きながら、ジーンは片手で鼻を覆い、もう片方の手で胸を強くつかんだ。
できない。
痛みが...
できない。
できない。
本当にできない。
ごめん、兄さん。
ごめん、ディアンヌ。
ごめんねリカちゃん。
ごめん、ヘリア。
キラちゃん.....本当にごめん。
最悪のおじさんでごめん。
目から涙が一滴、一滴と漏れていく。ある視点から見れば、その涙を血の雫と勘違いしても仕方がないのだが。




