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コバコのコ  作者: 柏木椎菜


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十七話

 その後、あたし達は警察の元へ行って一連の事情を説明した。監禁の事実をドラも認めたため、彼女は捕まり法廷で裁かれることになった。その様子を見たグリゴールさんによれば、ドラはあたし達に話してた時とは打って変わって、終始大人しく、反省した態度を見せてたようで、下されたのは七ヶ月の強制労働刑だった。あたしとしては監獄へ送ってほしかったけど、お姉ちゃんはどうにか無事で、本人も謝ってたってことで、この結果になったらしい。まあとにかく、あたし達の前に二度と現れなきゃそれでいいけど。

 監禁されてたお姉ちゃんはというと、助け出した後、すぐに病院へ運んだ。あの地下にいる間、一応食事はできてたらしいけど、一日一食で、たまに水がなかったり、食べ物そのものが出されない日もあったようで、脱水症状を起こしてた。それと栄養不足も相まって、歩くとひどくふらつくほど弱ってたから、回復するまで入院することになった。幸い大きな怪我や病気はなく、安静にしてれば数日でよくなるだろうと言われて一安心した。

 あたしは毎日病室へお見舞いに行って、お姉ちゃんの話し相手になった。今回のことを詳しく聞きたがってたから、あんまり気は進まなかったけど、自分のことを含めて話して聞かせた。そうしたら案の定、お姉ちゃんはあたしやいろんな人を巻き込んで迷惑かけたことを申し訳なさそうに謝った。でもお姉ちゃんは謝ることなんてない。被害者なんだから。それを何度も伝えてるうちに、暗かった表情にも少しずつ笑顔が見えてきて、入院から八日目に退院することができた。

 次に借りる部屋をまだ見つけてなかったから、お姉ちゃんもあたしと一緒にグリゴールさんの家に居候することになった。奥さんは娘が二人に増えたって喜んで受け入れてくれた。この厚意には本当に感謝しかない。あたし達は家事を手伝いながら部屋を探しつつ、お姉ちゃんは舞台に復帰するために歌の練習を始めた。長い監禁生活で歌声は前より弱く、艶や透明感もなくなってた。だけどお姉ちゃんに焦りはないみたいだった。歌える環境があれば元に戻せると自信を見せてた。何より、大好きな歌を歌えることが幸せそうだった。だからあたしも余計な心配はせず、見守り続けた。

 そんな日々を過ごして一ヶ月が経った。

 白い雲が流れる青空の下――木立と芝のある開けた景色にポツリポツリと立つ墓石。その一つの前にあたしとグリゴールさん、そしてゼレアさんがいる。そのさらに前には、舞台衣装に外套を羽織った姿のお姉ちゃんがいる。静かに息を吸い込んで、そっと歌い始める。穏やかに、そよ風みたいに。歌声は伸びやかに響き渡って、揺らいで、大きくなって、見えない魂に思いを伝える。ありがとう、と――歌い終わった瞬間、あたしは思わず拍手しそうになったけど、ここが墓地だと思い出して心の中だけで盛大に拍手した。綺麗な歌声……これならもう大丈夫だ。頑張ったんだな、お姉ちゃん。

「ありがとう。娘のために……天国できっと聴き惚れていることだろう」

 ゼレアさんはそう話しかけると微笑んだ。

「お礼を言うのはこちらです。あなたと娘さんがいなければ、妹のアナは小箱に閉じ込められたままだったでしょうから。言わば命の恩人……それを知った時から、娘さんには必ずこの歌を届けると決めていたので」

 お姉ちゃんは笑顔で言うと、目の前――花が供えられ、リディヤ・ステファネスクと刻まれた墓石を見つめた。今は亡きリディヤちゃんのことを話したのはもちろんあたしだ。生前、彼女がお姉ちゃんの歌をまた聴きたいって言ってたのを教えたら、じゃあ復帰した最初は彼女のために歌うって言ってくれて、その約束を今日、果たしたってわけだ。

「舞台には今夜から立つそうだね」

「ええ。まだ様子見で短い時間ですけど、店長が用意してくれました。順調に行けば、また音楽堂でも歌えたらと思っています」

「そうだな。今夜は予定があって聴きに行けないが、君の歌声は何度でも聴きたくなるほど美しいものだ。近いうちに時間を作って、必ず聴きに行かせてもらうよ」

「ありがとうございます。その時を心待ちにしています」

 にこやかにお姉ちゃんとの話を終えたゼレアさんは、次にあたしのほうへ向いた。

「君と話すのは初めてではないが、一応初めましてと言うべきかな」

「妖精じゃなくて、がっかりした?」

「まさか。むしろ可愛らしい少女で安心したよ。だが、もうナーナと呼べないのは少し寂しい気もするが」

 ゼレアさんは冗談めかして言う。リディヤちゃんがつけてくれた名前……何だか懐かしいな。

「後悔してない? あたしなんかのために大金払ったこと」

「するものか。律儀に気にしているのなら無用な気遣いだ。あれはリディヤのためを思って使ったものだ。しかも所有者だった奥方とそのお嬢さんの助けにもなれた。後悔など頭に浮かびもしていないよ」

 ゼレアさんは笑いながら言った。そこには満足そうな顔があった。まあ、お金持ちみたいだしね。わざわざ心配してあげることもなかったか。

「とにかく……アナ、君を助けることができてよかったよ。これからも素晴らしいお姉さんと手を取り合って頑張るんだぞ。もし困ったことがあれば気兼ねなく言ってくれ。喜んで助けになるよ」

「今回以上の困り事なんてないと思うけどね。でもありがとう。ゼレアさんも元気でね」

「ああ。では、失礼するよ。……グリゴール殿も帰るのなら、私の馬車で送って行こうか?」

「よろしいのですか? それはありがたい。ここから自宅までは結構な距離がありますからな。……そう言えば、君も同じ方面へ帰るんじゃなかったか?」

 思い出したようにグリゴールさんはあたしを見た。

「そうだけど、まだ帰らないから。お姉ちゃんに付いてお店に行くの」

 実は数日前に、グリゴールさんの家からほど近い場所で新しい部屋を借りて、また姉妹での生活を始めたばっかりだ。前の大家さんから荷物を引き取ったはいいけど、金銭面的にまだ足りないことが多いから、グリゴールさんには今も面倒を見てもらってるようなもんだ。もちろん、この恩はあたしもお姉ちゃんも倍にして返すつもりでいる。

「そうか。では気を付けて行くんだぞ。私は先に帰らせてもらうとしよう」

 グリゴールさんはゼレアさんとしゃべりながら、ゆっくり墓地を去って行った。それを見送って、あたしはリディヤちゃんのお墓の前にしゃがんだ。

「じゃあ、またね。また会いに来るね」

 刻まれた名前を一撫でしてから立ち上がる。次はどんな色の花を持って来ようかな……。

「本当にいい娘だったのね」

「うん。いい娘なのに……神様は何やってんだろう」

「神様のお考えなんて誰もわからないわ。それよりも、リディヤという娘がいたことを、アナがずっと憶えててあげなさい。そうすればこの娘はあなたの中で生き続けていられるから」

「さすがお姉ちゃん。歌の歌詞みたいなロマンティックなこと言うね」

「茶化さないで。真面目に言ってるのよ? 私はお母さんとお父さんのこと、今まで忘れたことなんてないわ。だから心の中で今も、二人とも生きてるんだから。アナもそうでしょ?」

「……うん。そうだね。あたしの中で、明るく笑っててもらわないとね。……それじゃあ、行こうか」

 踵を返して、墓地内の小道を歩いてた時だった。その脇の木の陰から突然人影が飛び出して来て、あたしは咄嗟にお姉ちゃんをかばって前に出た。

「だっ、誰――」

 意気込んで睨んだその顔を見た瞬間、あたしは拍子抜けして力が抜けた。

「……って、何であなたがここにいるの?」

 うつむき加減に、心なしかモジモジした感じで立ってたのは、お姉ちゃんが入院してからは一度も会ってなかったイサーク君だった。

「いや、ずっとここから見てたんだけど……」

「は? 見てたって……まさか、あたし達のことつけて来たの? こっそり黙って?」

「違うって! ちゃんと先生の許可は取ったよ。マグダが復帰して、初めて歌うって聞いたから……でも邪魔はするなって言われて、だから離れたここで見てただけだよ」

 これでも気を遣ったんだろうけど、でも何か違う気がするのはあたしだけかな。そもそもとして、グリゴールさんもファンに今日のこと教えちゃうのはどうかと思うけど。

「まあ、あなたは関係者だし、知った顔でもあるから、問題ないとは言えるけど――」

「マグダ、舞台への復帰、おめでとう! 俺も含めてファンがこの瞬間をどれだけ待ち望んでたか! こんなに嬉しくて幸せなことはないよ!」

 あたしを無視してイサーク君はお姉ちゃんに熱烈な言葉と眼差しを送った。……おいコラ、あたし達は姉妹だぞ? 扱いの差がひどすぎるでしょ!

「あ、ありがとう。えーっと、あなたは確か、私を助けてくれた、魔術師養成学校の……」

「イサーク・フィリモンです! お、俺のこと、憶えててくれてたんだ……」

「命の恩人だもの。忘れるわけないわ。あの時は本当にありがとう。話じゃ、あなたがいなかったら私は助かってなかったかもしれないって聞いたわ」

「いやあ、それはちょっと大げさだよ。俺はただ自分のしたことを正直に話しただけだから」

「そうだよ、お姉ちゃん。イサーク君は恩人って言うより、あの事件を手助けした側だからね。そこまで感謝する必要ないって」

 そう言うと、イサーク君は生意気にもあたしを横目でジロっとねめつけてきた。……何よ。だって本当のことじゃない。

「アナ、助けてくれたことには違いないんだから。そんな冷たく言わないの。……あなたも、ドラに利用されただけで、悪気はなかったのよね?」

「も、もちろんだよ! あの女のたくらみを知ってたら、絶対話なんか聞かなかったよ。今はしっかり反省してるから」

「反省と言えば、偽造入場券のこと、どうなったの? グリゴールさんから厳しく怒られた?」

「ああ、まあね。でも、先生がマグダの救出に貢献したことを伝えてくれたから、退学にはならずに、反省文十枚で済んだよ」

「ふーん、反省文ね……お姉ちゃん、どう思う?」

 聞くとお姉ちゃんは頬に手を添えて、何とも複雑な表情を浮かべた。これを見たイサーク君は顔を引きつらせて慌てて口を開く。

「偽造は、その、出来心で、魔が差したって言うか……ファンとして絶対にやっちゃいけないことだってわかってる。今後は二度としないって、今ここで誓うよ。だから、これからもマグダの歌を聴きに行っても、いいかな……?」

 お姉ちゃんはイサーク君をじっと見てたけど、ふっと表情を緩めると笑った。

「入場券のお金は私だけが必要なものじゃないの。舞台を作り、支えてくれる人達にも必要なものなの。それをごまかされちゃうと、私の舞台は続けられないわ。あなたがそれを長く見たいと思ってくれるなら、言葉に出して誓ってくれたように、もう二度とやらないでほしい。そして、それを忘れずに、また私の歌を聴きに来てちょうだい」

「俺、行っても、いいの……? ありがとうマグダ! よかった……来るなって言われたらどうしようかと思った……」

 大きな息を吐いて、イサーク君は安心した笑みを見せた。

「偽造する客なんて、本当ならお店出禁だからね。お姉ちゃんの慈悲に感謝しなさい」

「するよ! 一生感謝する! 今夜の舞台もファン仲間と一緒に行くから、楽しみにしてるよ。じゃあ、また夜に会いに行くから!」

 元気にそう言ってイサーク君は小道を遠ざかって行く。軽い足取りが見てても嬉しそうだ。そりゃ大好きな人に許してもらえたら心も身体も軽くなるよね――と眺めてたら、急に向きを変えたイサーク君がこっちへ駆け戻って来た。

「……何? まだ言い足りないことでもあるの?」

「マグダの言葉が嬉し過ぎて、すっかり忘れてた」

 するとイサーク君はズボンのポケットから何かを取り出した。

「……これ、舞台復帰のお祝いに、プレゼント」

 差し出された右手には、手のひら大の小さな箱があった。小箱――見た瞬間にあたしの胸がざわめいた。

「マグダの趣味かわからないけど、気に入ってもらえれば……あ、いらなかったら捨ててもいいよ。高いもんじゃないし」

「何なの? 何が入ってるの?」

 横からあたしが手を伸ばすと、イサーク君は迷惑そうに小箱を遠ざけた。

「これはアナさんじゃなくて、マグダに渡すものだ。……どうぞ」

 あたしを避けて出された小箱をお姉ちゃんは受け取った。

「お祝いだなんて……ありがとう。お店に来てくれるの、待ってるわ」

 イサーク君はデレデレした笑顔を浮かべながら、そそくさと去って行った。

「……何が入ってるのかしら」

 受け取った小箱を開けようとするお姉ちゃんを、あたしはすぐさま止めた。

「待った! あたしが開けるから」

「何を警戒してるの? これは彼が私へ――」

「わかってる。でも念のためね。あいつ、ちょっと気持ち悪いところもあるから、危険がまったくないとも言えないし……」

 怪訝な顔のお姉ちゃんから小箱を受け取って、あたしはそれをまじまじと見た。木製の簡素な小箱。あたしが閉じ込められた小箱は金属製で、大きさはこっちのほうが小さいけど、でもイサーク君が用意した小箱には違いない。封印魔法が仕掛けられてるなんて思ってはないけど、それでもあたしの中じゃ小箱はトラウマにでもなったんだろうか、妙な胸騒ぎを覚えて警戒しちゃう。両手を伸ばし、顔からできるだけ遠ざけて、小箱の蓋をそっと開けてみる。お姉ちゃんへのプレゼント、一体何が入って――

 太陽の光を反射して、中で何かが光った。キラリと輝いた緑色……そのまま蓋を開けてみると、そこには青い布のクッションに囲まれた緑の石のブローチがあった。

「わあ、ブローチね。綺麗……この石は、ヒスイ、かしら……」

 金細工の土台の中央に緑の丸い石がはまってる。本物の宝石なんて間近で見たことないけど、持ってみるとやけに軽い気がする。実際の宝石って重さがあるって聞くけど……。

「これ、偽物の宝石じゃない?」

 お姉ちゃんに渡して確かめてもらう。

「……ヒスイの模造品、のようね」

 イサーク君、偽造入場券で迷惑かけておきながら、模造品のブローチ送るって、どういうセンスしてるの? その真意を聞きたいわ。

「お姉ちゃんの復帰祝いに、偽物送るとか……あいつ、本当にファンなの?」

「アナ、プレゼントがどういうものであろうと、送り主の想いが詰まってることには違いないでしょ? 本物だろうと偽物だろうと、それは関係ないわ。それに彼は言ってたじゃない。高いもんじゃないって。彼はこのブローチが私に似合うと思って買ってくれた。宝石を使ったものを買いたかったわけじゃないのよ。きっと、私に合うかどうか……それだけを考えて買ってくれたんだと思うわ。だから模造品なんてことはどうでもいい話よ」

 そう言ってお姉ちゃんは太陽に輝くブローチを眺めてニコニコする。気に入ったのかな。

「あんなひどい目に遭わされたっていうのに優しいね。お姉ちゃんは」

「だから、彼は利用されただけで悪くないわ。反省もしてくれてるし。そう言うアナも優しくなったんじゃない? リディヤちゃんの願いを叶えてあげるなんて」

「叶えたのはお姉ちゃんだよ。あたしは聴きたがってたって伝えただけだから」

「でもアナが他人のために何かするなんて初めてじゃない?」

「失礼な言い方しないでよ。まるで冷たい人間みたいに……訳もわからず小箱に閉じ込められてたから、どうしたって他人に助けてもらうしかなかったの。その中で偶然聞いちゃったことで、それを無視するってのも、何か気分悪いから」

 ふと見ると、お姉ちゃんは微笑みながらこっちを見てた。

「……何? 普通のことでしょ?」

「ええ、そうね。……アナ、前よりおしゃべりになった?」

「え? そ、そうかな? 自分じゃわかんないけど。ちょっとうるさい?」

「そんなことない。そのままでいいわ。災難に見舞われたけど、小箱の狭い中でも少しは成長したみたいね」

「本当? まあ、いろんなことがあったからね……そう言えばお姉ちゃんにはまだ、あたしの小箱暮らし中の話、してなかったよね」

「ええ。全部は聞いてないわね。聞かせてくれるの?」

「聞く? 聞きたい? すごく大変だったんだから。泥棒に魔術師にお金持ち、いろんな人のところへ行ったんだけど、まず最初に出会ったのは幸せそうな三人家族で――」

 あたしは小箱にいた時の体験をお姉ちゃんに話して聞かせた。そうしながら脳裏には出会ってきた人達の顔が次から次へと浮かぶ。いい人もいれば嫌な人もいたけど、今となっちゃ全部が忘れられない思い出だ。あの人は今頃どうしてるかな、なんて思ったりするけど、向こうはあたしを見たって気付かないだろうな……。助かったから言えることだけど、普通ならまずない経験ができたことは、あたしにとってよかったのかも……いや、よかったっていうのは言い過ぎか。でも決して悪いことばっかりじゃなかった気がする。人助けもできたし。お姉ちゃんが言うように、あたしはちょっとでも成長したのかな。まあ、してようとしてまいと、これから先も頑張るだけだ。お姉ちゃんを応援しながらね。今回のことで学んだことがあるとすれば、しぶとく生きてれば、いつか必ず道は開けるってことだ。小箱から生還したあたしだから言える。でもなかなか道が開かない人もいるから、そういう時は気付いた人が助けてあげるんだ。困ってる妖精の声が聞こえた人が。今度はあたしが誰かを助けられたらいいけど……でも、もう妖精はどこにもいないかもね。それだけはちょっと残念かも。

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