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『キミガスキ』  作者:
6/7

「オマエの手で ②」

沢島美容院は建物の一階部分に店舗がある。今日は定休日だから、白いタイル張りのフロアはしんと静まりかえっていた。

こつこつと、二人分の足音だけが響く。


「中村、ここ、座って」


そう言って基樹は空色の椅子を一つ示す。

響は軽く頷いて、それに身を預けた。

前方に据えられた鏡に、自分の姿が映し出される。

それに思わず苦笑が込み上げた。


ー沢島の言う通り、結構伸びてる…。


自分自身さして気にも留めていなかったことだ。

それなのに、基樹は敏感に気が付いてくれた。

悪い気はしない。

響は笑みを浮かべて、基樹が準備している姿を鏡越しに眺める。

美容師になろうとしているのだから、当たり前なのかもしれない。そうかもしれないが、自分をよく見てくれているのだと、自惚れるのは自由だろう。

基樹がよしと小さく呟いて響を向いたから、こぼれそうになる笑みを瞬時に引っ込めた。


「中村、髪濡らすからメガネとって」


「ああ」


響はメガネを外して鏡台に置いた。それから、あまり良く見えない目を凝らして、鏡の中の基樹をじっと見詰めた。


「…くれぐれも失敗はするなよ」


「わーってるよ」


基樹は白い布をばさりと響にかけた。


「苦しくない?」


「ああ」


「そんなら中村、どんな感じに切る?」


そう訊ねながら、基樹は響の髪をしっとりと濡らしていく。

その手つきは壊れ物を扱うように丁寧だ。

その心地よさに、響の心臓は柄にもなく大きな鼓動をたてた。


「好きにしていい。ただし、僕が気に入るようにな」


そんな風にどぎまぎしているのを知られまいと、響は平静を装って答えた。

それに対して、鏡に映る基樹の顔が苦笑した。


「素直に、任せる、でいいじゃねぇか」


「任せる、だとプレッシャーにならないだろう」


「はいはい」


含み笑いをして、基樹は響の後ろ髪を一房、掬い上げる。


「じゃ、始めるぞ」


「ああ」


響はそう言ってゆっくりと目を閉じた。

カシャ、と基樹がハサミを取り上げる音が耳を打った。




「なあ、何でずっと目ぇつぶってんだよ?」


しばらくカットに集中していた基樹が、響の耳元で言った。

響は敢えて聞こえないふりをする。


「…何だよ、寝てんのか?」


基樹は呟いて、こめかみあたりの髪を切り始める。


「俺の雄姿見ねぇで寝るとはな」


苦笑交じりの基樹の言葉。

響は、ー…だって、と心中でほくそ笑んだ。


おもむろに響は目を見開く。

それに驚いた様子の基樹の姿を一瞥し、自分の髪を切る手を捕まえる。

それから基樹を引き寄せて、そっと触れるくらいのキスをした。


「なぁっ…!?」


面食らった表情の基樹に、響は口の端を曲げて笑う。


一生懸命な基樹の姿を見ていたら、理性がもたない。

こんなこと口が裂けても言えないから、響は何事もなかったかのように再び瞼を下げた。





ーオマエは僕の髪を他人に触られたくないって言ったな。

…僕だって、オマエ以外の奴に髪を触られるのは、ごめんだ。



「響」


「ん?」


「明日、定演だろ。切っとく?」


「ああ、風呂上がったら頼む」


「何なら風呂で切ってやるか?」


「襲うが?」


「……!さっさと入ってきやがれ!」


「はいはい」



ま、どっちにしろ後で…。

響は笑みを隠して風呂場に向かった。


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