「オマエの手で ①」
基樹、美容理容専門学校1年目
響、音大1年目の夏―
基樹の家にて―
何とはなしにベッドに寝転ぶ基樹の目に留まったのは、響のさらりとした髪の毛だった。ベッドに寄りかかって雑誌を読んでいるから、形の良い後頭部がこちらを向いている。
「なあ、中村」
「んー?」
基樹の手が、ぱらぱらと伸びた響の襟足を掠める。
「髪、伸びてる」
「ああ」
響は読んでいた雑誌から顔をあげて、前髪の端を摘まんだ。
「そう言えば、この前切ってから結構経ってるかも」
「じゃあ!…あのさ…」
基樹はベッドから跳ね起きてそう切り出した。
だが、なかなか言葉が続かない。
響は訝しげに基樹の方を向いた。
「言いかけてやめるなよ」
「だって…」
「さっさと言わないと帰るから」
響は意地悪く口の端を曲げた。
それでも基樹はしばらく躊躇って、響を僅かに苛つかせる。
顔に似合わず、基樹にはこういうところがあった。優柔不断というか女々しいというか…。
「中村の髪、俺に切らせてくれねぇか?」
「…」
まあ、こういう予想外の不意打ち発言で全て帳消しになるのだが。
しかし、ここで素直に喜ぶような心根を響は持ち合わせてはいなかった。
息を飲んで答えを待つ基樹を、響は呆れ顔で見返す。
「それは僕に練習台になれってことか?」
「なっ、ちがっ…」
「違うことあるか。専門学校に行ってると言っても、お前はまだまだ、研修生見習いだろうが」
「研修生以下かよ!ってそうじゃなくてっ!俺は…」
基樹が言葉を飲み込んで視線を下げた。
それから、ごにょごにょと消え入るような声で続ける。
「…他の奴に中村の髪、触られるのが許せねぇ」
「バカ」
響は刹那の速さでそう言って、基樹の顔を覗き込む。
そこには困ったような表情の、真っ赤な顔があった。
それを見た響の心中に、何かが込み上げてきた。
「やっぱり…嫌だよな」
そんな風に、あからさまに残念そうに言われて、どうして断れるだろう。
「…別にいいけど」
「え」
基樹の頭が上がる。
丸い目が、響を見つめた。
「いいって…」
「切って、いい。何度も言わせるな」
響はふいと基樹から顔を背けた。