「バイオリン・ソナタとオマエ」
初めて君に気付いたのは
演奏がどうしても上手くいかなくて
柄にもなく落ち込んでいたあの日―――
「?」
音楽室に入った途端、中村響は異変に気が付いた。
掲示用の衝立の端から、ほんの少しだけ学生服と明るい茶髪がのぞいていた。
明らかに誰かいる。
「誰?」
声を掛けてみても反応はない。
耳をすますと小さな寝息がきこえた。
どこのどいつか知らないが、音楽室を仮眠場所として利用する不届者を、響は黙って見過ごす訳にはいかなかった。
とりあえず、いつも通り楽譜と楽器を準備した。
そして、バイオリンを顎と肩の間に挟んで弓を構える。
「すっ」
響は鋭く息を吸い込んだ。
と同時に、弦にあてた弓を滑らせる。
―ギィィイィィッ!!!!
不協和音が大音響で発せられた。
しかも、そこそこ反響する部屋だから、いつまでもわんわんとうるさく鳴る。
自分でやっておいて、不快な音に気分が悪くなる。
それでも響は、音が出た瞬間、そいつの身体がびくりと跳ねたのを見逃さなかった。
幸いなことに、どうやら衝立の後ろの男を叩き起こすだけの効果はあったようだ。
これでさっさと音楽室から出ていくだろうと響はたかをくくっていた。
がしかしー
予想に反して、茶髪は衝立の後ろに引っ込んだまま、いつまでも出てこようとしない。
といっても寝息はきこえないから、眠っているわけではなさそうだ。
―もしかして、僕の演奏を待ってるのか?いや、でも…そんなはずは…
ぐるぐると考えを巡らせているうちに、響はもうどうでもよくなってきた。
聴きたいなら、聴かせてやればいい。
この僕の音楽を。
ただ、眠るのは許さないけど。
「…アレ、わざとだったのか…」
「当たり前だろ?おまえ…この僕があんな音、意識しないで出せると思ってたのか?」
「怖い怖い顔怖い」
「ったく、おまえが居眠りこく度にわざわざ起こしてやってたんだから、感謝されこそすれ…」
「つーかさ、俺がいっつもいるって気が付いたのはいつだよ?この話だと、まだ確信してなかったみたいじゃん?」
「ああ。基樹が昼休みに僕に見つからないようにコソコソ音楽室に入ってくのを数回見かけて確信したね。こいつ、やっぱり僕の演奏目当てだって」
「演奏目当て…まあ、強ち間違ってはいねぇけど…」
「まさか演奏じゃなくて、僕目当てだったって言いたいのか?」
「え…いや、その」
「非常に複雑な気分だが…何か腹立つ」
「って何で俺の腕押さえつけてんだ!?」
「僕を腹立たせた罰だよ」
「理不尽だっ!!」
「暴れるな、大人しくしてれば…ふふん」
「わっうわっ!やめろ~~!!」
※この後の展開はご想像にお任せします※