第二話 トウソウシャ
「さっきのって、彼女さんで合ってた?」
「合ってますよ、最近付き合い始めたんです」
「そうなのか、それはめでたいね」
「ありがとうございます」
警察の人に連れられて、かれこれ五分程度が経過した。
名前はスザクというらしい。
どこに行こうとしているのだろうか。
この辺りにはもう人が居ない。
先程の騒動のこともあり、皆そちらへ集まっているようだ。
そんなことを考えていると、路地裏へと入り込んでいった。
「単刀直入に聞くけどさ、キミはあの時、無防備にもかかわらず、なんで犯人の方へ向かっていったんだ?」
やはり、闇雲に突っ込んでいったことへのお叱りか。
俺に背を向けながら発せられたその言葉は、周囲に反響し、俺を責めるようにして鼓膜へと進行していった。
「あーその……策もなしに突っ込んでいったことなら謝ります。すみません。ただ、なんていうか、信じてもらえるか分からないですけど、あの時は何故か、行ける気がしたんです」
慌てふためく感じで、浮気がバレた時の言い訳をする感じで、俺は煩く手を動かしながら説明し始めた。
銃を持ち、人質をとった強盗へ生身のまま走って向かおうとする一般人、果たしてその行動の根拠が何となくという曖昧なものでいいのだろうか。
内心こんなに怪しいやつは居ないだろうと自分で自分を疑い、冷や汗をかき始めた。
「その、何でかは分からないんですが」
あはは、なんて乾いた笑いを零しながら、苦笑いをする。
そこから少しの妙な間が生まれた。
コツ、コツとスザクさんの履いたヒールが薄暗い路地裏の中に華のある音を響かせる。
ヒールの音に釣られて自然と、スザクさんの脚に目が向いた。
黒いタイツに、短い制服のスカート、女性の人を見る度に思うが、寒い季節にこういった服装は寒くないのだろうか。
「……ふむ、そうか。つまりキミは、自信があった訳だね? 根拠の無い、銃に立ち向かえるという、自信が」
「ええ、まぁ、そんなところです」
急に打ち破られた間に驚き、反射的に顔を上げた。
そして、俺がそう答えると、スザクさんは立ち止まった。
路地裏の奥側、この先は行き止まりだ。
「なら、今この場でも、その自信とやらは発揮できるのかな」
「? それって、どういう……」
スザクさんが振り返ると、驚くべきものがその手に握られていた。
「っ!?」
銃だ。
しかも、元より撃つ気だったのか、既に発砲する準備も整っているように見える。
左手を下に添え、右手で引き金を引く、よくテレビで見るようなスタンダードな銃の構え方だ。
灰色がかった空間の中に唯一として存在する小さな黒いそれを確認して俺は、先程までかいていた冷や汗を一気に飲み込むくらい、大きく喉を唸らせた。
「キミが私の脚をチラチラと見ているうちに取り出させてもらったよ」
バレてた!?
「今現在この銃の中には五発の弾が装填されている。そんなにたっぷりの自信があるというのなら、是非私のこの銃も蹴飛ばしてみてくれ」
「は、はぁ?」
正気かこの人。
仮にも警察ともあろう人が、一般人に銃口を向けるなんてことがあっていいのだろうか。
いや、いいはずがない
なのに、何故この人はそれを実行しようとしているんだ?
いくらさっきの行動が危険だからといって、この対応は度が過ぎている。
ハッタリか? そうだ、ハッタリに違いない。
きっと、ちょいと俺をビビらせて、ある種その身をもって「これからは危険な行動を控えるように」というメッセージを伝えるつもりなんだ。
そうでなければ、おかしい。
「言っておくが、私は本気だぞ?」
「へ?」
その時、盛大な発砲音が周囲を覆った。
「はぁ……はぁ……」
間一髪だった。
無駄に視力が良いもんだから、引き金を本気で引きに行っているのが目に見えた。
飛び移るようにして、先に横へ飛び跳ね、弾丸を躱し、無意識に止めていた呼吸を一気に解放する。
避けていなかったら、弾は間違いなく俺の顔面を貫いていた。
……本気だ、この人。
「なるほど、元より運動神経や反射神経は良いのか。なるほどね、ふむふむ」
スザクさんは不敵な笑みを浮かべながら、左手を顎に当て、頷き、勝手に一人で納得した。
「だが、それだけじゃ足りないな。キミの言う自信とやらには、まだ足りない。現にキミは今避けたんだ、避けるくらいの自信はあったのやもしれないが、こちらへ向かえる程の自信は、なかったのだろう?」
「はは、いやいや、避けるでしょ普通。何言ってるんですか、警察なら十分銃が危険だってこと、理解してますよね」
「無論だ。だが、そう言いながらもキミは、先程向かっていったのだぞ、銃に。何かあるはずなんだ、キミのその運動能力以外にも、自信に繋がる何かが。私はそれを知りたいものでね」
「それの為に、わざわざ人目を避けて、警察ともあろう人が一般人に向かって発砲したって……?」
「何か?」
イカれてやがる……。
初対面だからと、ただ警察に呼ばれただけだからと、何となくで認識していたこの人への印象が一気に、俺との因果関係を表す宿命の敵といった印象へと変化した。
俺にとってのモブキャラから、キーキャラになったのだ。
鼻息はある程度落ち着いてきたものの、この状況を未だに飲み込めないでいる。
太陽光に照らされて煌めく漆黒の銃口と、そこから出る白煙が、異様に恐ろしく見えた。
また、スザクさんは銃を構える。
「残り四発だ。その間に、失った自信でも蓄えてくれよ」
……来る。
煙が消えかけた時、風前の灯のライターを再点火する時のようにもう一度、スザクさんは発砲した。
先程と同じようにして、また避けた。
奇跡と呼んでも差し支えないんじゃないだろうか。
だが、避ける方向をミスったようで、右肩がゴミ箱の側面にぶつかった。
つまり、これから先、避ける軌道は二択に絞られた訳だ。
左に避けるか、はたまた動かないか。
「すごいね。もしかしたら、君なら本当にその自慢の脚だけで銃に向かっていったのかもしれない」
「へへ、これでも、陸上部のエースなんで……」
先程まで負け組の称号のようにも思えた陸上部のエースという肩書きが、今は役に立った。
もっとも、そんなことを言っている場合じゃないが。
「けど生憎、警察は疑う職分でね。やっぱり信じられないや」
また、引き金に手を添える。
……来る。
どうすればいいのか、それを考える隙すらないまま、次の弾が来てしまう。
「三発目」
「くっ……!」
また、横に避けた。
先程と同じ手順で、真逆の方向へと、避けた。
だが、その行動が願いに実ることなく……。
「っってぇええええ……!」
不運にも弾丸は命中し、右腕の肘あたりを掠めた。
掠めたと言っても、弾丸相手だ、猛烈な出血が俺を襲う。
即座に出血箇所を押さえるも、指と指の間から、血はとめどなく流れていく。
「まだ避けようとするのか。なぁ、気づいているかい? 先程からキミを狙っていた弾丸は徐々に、キミに狙いを定めて、避けようとするキミに近づいていっているんだ。三発目は掠めた。なら四発目は、少なからずとも致命傷にさせる」
「……は……はぁ……!」
ただ息切れを起こしただけじゃない。
間違いなく死ぬ、そんな感覚が明確に俺を襲ってきている。
負傷した今、余計に避けるのは困難になった。
どうする? 後二発、避け切れる気がしない。
助けを呼ぶか、いや、背中を向ければその間に射殺されるだろうし、声をあげたところで、ここらに人が居ないことは先程確認済みだ。
それにしてもこの人、一体何を考えているのだろう。
俺が銃へと立ち向かった自信の源を知りたい、確かそんなことを言っていた気がする。
それを知ってどうするというのだ。
いや、もしかしたら、俺がさっきあんなに速く走れたことについて、何か知ってるんじゃないか?
それでもう一度、さっきの光景を引き出そうとしているのか?
「残り二発だ。もう避けるのは限界だろう。そろそろ来てくれないか」
間違いない、そうだ。
スザクさんは、こちらに向かって正確に銃口を向けてきた。
……いいだろう、ならばもう一度、アンタに向かって走ってやる。
地が血に染まるように、俺はまた先程と同じ、無意味なクラウチングスタートのポーズをとった。
こうすれば先程のように、自信が湧き上がって爆速を出せるはずだ。
そうだ、現に俺の心臓はドクドクと、また大きな脈を、ドク、ドクと……。
「ほう、遂に見せる気になったのか。キミの言う自信が、湧き上がってきたのかな?」
……。
…………。
いや、違う、待て、これは。
「なら、改めて撃たせてもらうとしよう」
死ぬことに対しての、絶対的な自信だ!
つまり、無鉄砲な、本当の本当に闇雲な突撃!
違う、ダメだ、こんな自信の湧き上がり方じゃない。
いける感じがしない。
逝ってしまう。
ダジャレを言ってる場合じゃないが、本当に違う。
違う、違う違う。
「四発目だ」
……逃げなければ。
引き金が引かれる瞬間を確認するよりも前に、俺はスザクさんに背を向けて走り出した。
路地裏の入口へ入口へ、無理で無意味と分かっているが、無目的に走り出した。
「……はぁ……はぁ!」
緊張とか何やらで心臓と肺がはち切れそうだった。
色んな意味で死にそうだ。
どうしよう、どうしよう。
気づけば逃げていた。
本能の如く、ただ流れのままに。
「おや、なんだ。逃げるのかい? ……はは、残念だな」
瞬間、銃声が聞こえてきた。
エコーがかったそれは何度も音を反響させ、徐々にその音も小さくなっていく。
だが不思議なことに、その後どれだけ待っても、人が倒れるような音は響かなかった。
それは何故か。
俺は、スザクさんの背後に回り込んでいた。
あの時と同じだった。
向かう意思に反して体が逃げ始め、そして最終的には、本能的に闘う場所へと俺を誘う。
発砲音が聞こえてから動いた。
俺は、本当に弾よりも速く走ったのだ。
あの時のような自信は湧き上がらず、どうしようかと思っていたが、どうやら今回は、自信が湧くタイミングが違ったようだ。
……今がその時だ。
「……消えた」
スザクさんは俺を見失ったようだ。
弾丸よりも速い動き、当然だ、俺を追えるはずがない。
それにしてもこの力、俺は一体どうしてしまったのだろう。
まぁいいか、とりあえず今は、この状況を何とかしなければならない。
そう、本能的に言うならば、今度こそ本当に。
闘わなければならない
自信ありげに、クラウチングスタートの構えをする。
自然とその動きが、俺にとってのルーティンのようなものになった感覚がある。今なら何を考える暇もなく、先程の動きを再現できる。アスリート選手でいうゾーンのような状態に入った感覚があった。
アドレナリンが溢れているのか、もはや腕の痛みは気にならない。
「一体どこに? ……ん?」
スザクさんは、自身の左手前辺りを見て何か疑問を抱いたようだった。
そして、先程と同じように、左手を顎に添え、勝手に一人で頷き始める。
「ふむふむ、なるほどね。そうかそうか」
大方、俺が消えたことに対して何か勘づいたのだろう。
だが、そんなことはお構いなしに、俺は着々と準備を整える。
そして、弾丸が放たれる時のように、俺は発進した。
一気に加速し、スザクさんに飛び蹴りを食らわせようとする。
だがそこで、スザクさんはこちらへ振り向いた。
「やっぱりキミ、トウソウシャか!」
「!?」
人が反応するのに一秒はかかる。
だが、事前に何かが来ると分かっていれば話は別だ。
その何かが来そうなタイミングに合わせて、用意していた反応を繰り出せばいい。
つまりスザクさんは、俺が後ろから向かってくると分かっていたのだ。
だがどうして?
その疑問が解決するよりも早く、俺の目には嫌なものが見えていた。
銃だ。
「生憎だが、まだ一発残っているよ!」
マズイ、まずいマズい不味い!
俺の自信か、心臓がまた悲鳴をあげたのか、呼吸は荒くなり、脈が大きく波打った。
そして案の定、俺の蹴りよりも速く、弾丸は放たれた。
その弾丸は右肩に直撃した。
ただ、そんなことは正直どうでもよく、薄れゆく意識の中で見えたそれだけが気になった。
それは、日光に照らされてうっすらと見える、先程俺がスザクさんの背後に回り込んだ時に立ち上がった砂埃だった。
ああなるほど、それで反応できた訳だ。
そのまま俺は、右肩や右肘に走る激痛ではなく、何となく死ぬだろうと思い抱いていた恐怖心から、気絶してしまった。
不定期更新です。




