その正体
先に飛んでいたルシウスは素通りしたが、十六夜はふと、足元に転がる何かに目をやった。
それは、人であったものの成れの果てで、死んでから時が経っているのか、ミイラのような状態になってそこに横たわっていた。
髪は黒髪で、髪だけはやたらと綺麗だった。
…こんな荒野に、一人で居たら行き倒れもするわな。
十六夜は気の毒に思ったが、何かが気になって足を止めた。
そして、そこに浮いてその死体を見下ろした。
維心が気付いて、後ろを振り返った。
「…どうした?ここらは人の遺体など多く野ざらしになっておる地域であろう。珍しくもない。」
だが、十六夜は手を振って維心を黙らせ、その遺体の側に降りた。
向こうで、キリルを抱いたルシウスも宙に浮いたまま止まってこちらを見ている。
十六夜は、じっとそれを観察して、ハッとした。
…見覚えがある。
「なんだ?」あまりに十六夜がそれを凝視しているので、ルシウスが戻って来た。「人の遺体がどうした?ここまであちこちに転がっておったではないか。」
十六夜は、まだそれを見ていたが、言った。
「…ニコールだ。」
え、と維心が上からそれを見下ろす。
「これが?」
十六夜は、頷いた。
「そう。多分、漸が来たら分かるんじゃねぇか。あいつ、オレが見た時は髪が茶色かったのに。母親と最後に言い合いになってて、母親は黒髪を染めたことを気に入らないって騒いでて、ニコールは染めてない、勝手にこうなったって反論してた。でも、死んだ今は黒髪だ。それも、こんな場所に転がってて。これって、どう思う?」
維心は、眉を寄せて言った。
「…仮に神憑きだったのだとしたら、その神の元の外見に引き摺られて色が変わることもある。抜けたら戻る。つまり」と、ニコールだった遺体を見下ろした。「ニコールは、茶髪か金髪の神に憑かれておって、髪色が変わっておったのやもな。それにこれは、ニコールだというのなら、死んでからそう時が経っておらぬのにこの姿。髪の状態からもまだ死んで間無しよ。生気を抜かれて死んだの。そこから推測できるのは、金髪の闇に憑かれたルキアンが、これに憑いておって抜けた時に生気を抜いて行ったということになるな。あくまでも、推測だがな。」
十六夜は、心底ニコールに同情した。
こんなことに巻き込まれたばかりに、真面目に生きていたのにこんな姿で死ぬことになってしまった。
「…せめて、安らかに黄泉へ行けるようにしてやりてぇ。」十六夜は、手を上げた。「ニコール、あっちで母親と幸せにな。」
十六夜の浄化の光が、天から降りて来る。
それがニコールの遺体に降り注いだ時、ニコールの遺体は若々しい姿へと戻り、口許にはうっすらと笑みが見えるような、安らかな顔になった。
ルシウスが、それを無表情に眺めながら、言った。
「…つまりは、これが必要なくなったということぞ。」維心が、ルシウスを見る。ルシウスは続けた。「いや、人の器であったなら、力が制限されるゆえ、捨てたと見るのが正解であろう。術を構築する間、隠れる器が必要で、ゆえこれを使っておったと考えたら合点が行く。生気を吸い取ったのはついでであろう。人は気が小さいゆえ、隠れるのは絶好ぞ。いよいよ、我が知らぬ闇が居るな。それにしても、発生当初からそんな知恵を持つなど…そも、発生する時のエネルギーは、膜でなければ我に隠すことはできぬはず。我には、全く気取れなかった。膜も無しに…何故?」
十六夜は、気で近くに穴を掘ってそこにニコールを安置しながら言った。
「そんなもの、オレにだって分からねぇよ。オレだって気取れなかったんだからな。だが、真面目に生きてた人をこんな風に殺すのには我慢がならねぇ。その闇は、オレが消す。生かしておかねぇ。」
十六夜は、人に対する愛着が深い。
その昔、代々維月や蒼へと続く、家系の人を守り続けた記憶があるので、余計に我慢がならないのだろう。
維心は、言った。
「我も同じ。人は護るべき存在ぞ。参ろう。今は維月と多香子を助け出すことぞ。」
十六夜は頷いて、そうして先を急いだのだった。
広い荒野の真ん中で、他と何も変わった所のない場所に、ルシウスは止まった。
そして、言った。
「…そちら。その、脇に見えておる大岩の下辺りぞ。あまり近付くと、十六夜の気は抑えておっても強烈であるので、闇なら気取るだろうとあえて離れておるが、この距離でもあちらの気の大きさによっては気取るやもしれぬ。一応、霧には我と主がここへ来ておるのをあちらには知らせるなと命じてあるがな。」
維心は、言った。
「ということは、霧にとっては主の命が最優先であるから、あちらで他の闇が何かを命じたとしても、聞かぬということか?」
ルシウスは、答えた。
「正確には維月が最優先であるが、闇の中では我以上に霧を操作できるものは居らぬ。とはいえ、膜の中に籠められておって、我の指示が伝わっておらぬのならこの限りではない。我が探っておる感じでは、今はまた大きな膜を上から構築したようぞ。地下に大きく霧が無く見えておる所が出現しておる。」
十六夜が、言った。
「お、志心と漸が来たぞ。」
見ると、あちらから漸と志心が飛んで来る。
こちらへ急いで寄って来た、漸が言った。
「ここへ来るまでに、あの家の人の匂いが強い場所があったぞ。神の匂いは消えており、死臭が混じっておったが、もしや死んだか?遺体はなかった。」
維心が、頷く。
「あの場で干からびて死んでおったのを、十六夜が見つけて地中に埋めて弔ったのだ。」
志心が、眉を寄せた。
「…捨てたか。」
維心は、頷く。
「恐らくはの。膜があるゆえ、もう必要ないと思うたのではないか。人の体は、隠れるには絶好の場であるからな。」と、ハッとした顔をした。「…そういえば、十六夜も闇が人の体に隠れたら、気取れぬとか言うておらなんだか。」
十六夜は、うーんと顔をしかめた。
「まあそうなんだけどよ、そもそも闇が入ったら人には耐えられずに消滅するだろ?神じゃあるまいし。今度の場合、ルキアンに闇が憑いてて、そのルキアンがニコールに憑いてたから無事だったんじゃねぇかって。前世に裕馬に憑いてた闇が、涼を殺そうとしたりとかあったけどさあ、あれはオレが昔にツクヨミと封じた、闇の残りカスみたいなやつだったからあいつは平気で…」と、言いかけて、ふと、止まった。「…カスって言えば、ルシウスには残りカスは気取れるのか。」
ルシウスは、首を少し傾けて考える。
「…気取れる。が…大きさにもよるのやもしれぬ。霧と同じように見えるのかもしれぬからの。霧ではないと判断できるのは、それが意思を持っておるような動きをすることと、他の同じような霧と同じ波動を感じるからぞ。これで、霧は一つとして同じ物はなく、同じということは一個体が分かれておるのだろうと考える。この前、己を隠すためにバラバラに存在しておった、闇の時にそれを学んだ。とりあえず、闇というのは断片になっても濃いので、判断できるというのもある。」
維心が、言った。
「それは…もしかして、だが、欠片が人の中に潜んでおったりしたら、分からぬか?」
ルシウスは、維心を見た。
「直接探ってみなければわからぬだろうの。」と、言われて悟った顔をした。「…もしかして、闇の欠片が?」
維心は、頷く。
「我は、今そうではないかと思った。ルシウスが言うておったように、この闇がいくら姑息であっても、生まれ出る時の気を気取られぬようになど無理であろう。生まれていきなりに同じ闇から隠れねばならぬ事と、その術のことを知っておるとも思えない。そう考えたら、あの時の闇の欠片がまだどこかに残っておって、それがじっと時を待って策を練り、此度こそ維月を取り込もうとこんなことをしておるのでは…?」
だとしたら、維月は恐らく、取り込まれはしないだろう。
何しろ、あの闇への感情は最悪のはずなのだ。
とはいえ、だからこそ闇は、別の方向から攻めようと、ルキアンに入って別の誰かになりすまし、維月の同情を引こうと考えているのかもしれない。
維月はまだ、その闇が前の闇の欠片だなどと、知らないはずだった。
本当にあの時の闇の欠片がこんなことをしでかしているとしたら、それが一番、今の状況の説明がつくように思えて、十六夜も含めた皆がそこで、深刻な顔をしていた。
十六夜が、ハッと顔を上げた。
「…維月が、何かを警戒してる。」十六夜は、何かを見るように宙へと視線を向けて言った。「強い警戒だ。だから、オレに伝わってる。何かあったんだ!」
「行かねば!」
維心が、先ほどルシウスが言った大岩の辺りへと飛んだ。
志心も、それに続いて飛び、ルシウスと十六夜も、頷き合ってそれを追ったのだった。




