行方
二人の行方は、ようとして知れなかった。
匡儀が焦って必死に自分の領地内に目を凝らしている横で、弓維が黎貴に気遣われて座っていた。
そこへ、維心と志心が揃って侍女に案内されて入って来た。
「匡儀。」
維心が言うと、匡儀は項垂れて言った。
「維心、すまぬ。あれだけ重々頼むと書いておったのは、こんなことが起こることを予想しておったからなのか。我はまた心配性だなと、それぐらいにしか思うておらなんだ。我の責ぞ。」
だが、志心が首を振った。
「主の結界内で何があると申すのだ。我らにも予測などできなんだわ。」
維心も、渋々頷いた。
「…その通りよ。北の辺りでベンガルの子らが失踪し、死んで見つかった事態はあったが主の結界内で何かあるとは思うておらなんだ。仮にここで無事であったとしても、拐った相手がその気になったら我の結界内からでも同じように拐ったであろう。何しろ、ここへ来るまでに志心には話したが、月にも地にも、闇にも行方は分からぬ、見えておらぬと申すのだ。」
匡儀は、驚いた顔をした。
「あれらにも?ならば、我らには絶対に無理なのでは。」
志心は、頷く。
「その通りぞ。ゆえ、足掻いてもしようがないから、今は対策を考えようと維心にも話して、落ち着かせたところなのだ。ベンガルの若者がもう一人、逃げておるが生死は定かでない。普通、月は繋がって居る限り、相方の月の居場所が分からなくなることなどないのに、十六夜にすら分からぬようになったということは、我らには心当たりがあっての。」
匡儀は、顔を上げた。
「座れ。」と、二人が座るのを見てから、隣りに涙を流して立つ、弓維とそれを気遣う黎貴を見た。「主らは戻れ。後は我らに任せよ。」
黎貴は頷いたが、弓維はすがるように維心を見た。
「お父様…お母様が我に会いに参られたばかりに。」
維心は、首を振った。
「主のせいではない。今も言うたように、我の手元に居ってもあり得たことぞ。母のことは、我に任せよ。」
弓維は頷いてから深々と頭を下げ、そうして黎貴に連れられて、そこを出て行った。
それを見送ってから、匡儀は言った。
「それで。心当たりとは何ぞ?」
志心が、答えた。
「ベンガルぞ。」匡儀が顔をしかめるのに、志心は続けた。「その昔、北と交流を始めた頃に、同じように維月が月と分断されたことがあった。その頃ドラゴンのその頃の王であるヴァルラムと交流をしておったのだが、それと対立しておったベンガルのイリダルが、代々受け継がれる面倒な膜の術を使って維月の人型を月から分断したことがあった。その術は、相手の気を操って膜に籠め、気を消費させてじわじわ殺す面倒なものでな。維心でさえも、一度それにやられたことがある。」
維心は、頷く。
「己の気を使わせられておるから、その膜を壊そうと中で気を放つと膜を維持するための気と、放つ気で己の体内の気を消費され、より早く気が尽きて己の首を締めることになる。恐らく維月は分かっておるから、中でじっとしておるだろうが、もしもそれなら、見つけて浄化の炎を外から放てば、何とかなるのだ。ベンガルの失踪が絡んでおるし、その膜に囚われたと考えるのが妥当ぞ。」
匡儀は、ホッとした顔をした。
「ならば対策は分かっておるのだの。」
だが、志心は首を振った。
「それが、此度はそう簡単には行かぬのだ。」匡儀が驚いた顔をすると、志心は続けた。「何しろ、今も言うたように、月にも地にも、居場所が分からぬことぞ。膜に籠められたら、確かに気は感じ取れぬようになるが、目視はできる。なのに、此度は違う。十六夜が言うには、その場からいきなりに消えたらしいのだ。必死に気を探りながら辺りを見回したが、力の痕跡も二人の姿も、かき消えたのだそうだ。そこから、地の碧黎ですら見えぬと慌てて探しておるのに、見つけられておらぬ。闇のルシウスも、霧に命じて探しておるが、全く分からぬのだとか。陰の月を霧が見付けられぬなど、余程のことぞ。この術は、相当な手を加えられた厄介な物なのではと、我らは思うておるのだ。」
気も姿も見えないのか。
匡儀は、それではもう探しようがない、と眉を寄せて黙り込む。
維心が、言った。
「…思えば、ベンガルの若者達の失踪も、ルシウスには見えておらなんだと話しておったのだ。もう一人、遺体が見つかっておらぬ若者も、今皆が血眼になって探しておるのに見つからぬ。恐らくは、同じ相手の仕業なのではないかと。相手はそれらから、何か力を得て術を作り、皆を隠し仰せているのではないかと考えておる。とはいえ、神にそのような動きがあるかと言われたら、ここ最近我らに反感を持っておるような輩はおらなんだ。気取れておらなんだだけやも知れぬが、平和な世を乱して戦をしようという動きはどこにもなかったはずよ。ゆえ、どこへ連れ去られたのか、見当もつかぬのだ。」
匡儀は、黙って頷く。
そこへ、義心が入って来て、膝をついた。
「義心。」
維心が言うと、義心は深く頭を下げて言った。
「王。誠に申し訳ございませぬ。我の責でございます。維月様の行方は、ようとして知れず…。帝羽も今捜索に加わって、探しております。」
維心は、首を振った。
「良い、主のせいではない。恐らくは、ベンガルの失踪と関係しておると今話しておったところよ。」
義心は、答えた。
「は。我もそのように思い、維月様を捜索しながら北へ急ぎ飛んであちらの様子を見て参りましたが、あちらは必死に残りの子を探しておって。こちらの騒ぎなど、知らぬ様子でありました。イゴール様は、なので此度のことはご存知ないかと。」
もう調べて来たのか。
志心と匡儀が気の回る義心に驚きながら見ているのに、維心は頷いた。
「だろうの。あやつが今さら世を乱してどうの、無いのは分かっておる。とはいえ、維月はいったいどこに。急がねば気が尽きたら終わりぞ。何か心当たりはないか。」
いくら義心にも、そんなことは分からないだろうと匡儀達は思ったが、義心はやはり首を振った。
「何も…申し訳ありませぬ。」それを聞いて維心がため息をつくと、義心は続けた。「ただ…気になることがございました。とはいえ、我の妄想であるやもで…申し上げるほどのことでは。」
え、と三人が義心を見る。
維心は、身を乗り出した。
「なんぞ?この際何でも良い、申せ!」
義心は、食い気味に言う維心に驚いた顔をしたが、頷いた。
「はい。結界外、川を渡った向こう側、我が地上を睨んで飛んでおりました時に、何かがふと、呼び止めたような気が致しました。維月様の気配を感じたような気がして振り返りましたが、そこには何も。ただ、維月様の香りが、したような気が致しました。すぐにかき消えたように感じなくなったので、維月様を探すあまりに感じた気のせいなのかと、思うたのですが…もしかしたら、と。何しろそこには何もなく、気配もなくなり…流れるように、西へ香りが動くようにも感じましたが…それも定かではなく。」
そうだ、匂い。
維心は、思った。
もし、この相手が神ならば、匂いなどと言うものを追う神が居るとは思わないだろう。
犬神が出て来るまで、それをする神が居なかったからだ。
気を遮断する膜ですら、匂いを隠してはいなかった。
維心は、言った。
「ならば、それは維月だったのでは。」皆が驚いた顔をする。維心は続けた。「義心には維月の匂いがわかるのだ。漏れておったのでは?!」
しかし、義心は困った顔をした。
「本当に僅かなもので。本来、もっとハッキリ分かり申します。なので我も、気のせいだと思うたので…ハッキリ分かれば、その場から匂いを追いましたでしょう。ですが、本当にかき消えてしまい、その匂いがあったのかも今では定かではなく。なので申し上げるのは、我も心苦しい次第で。」
だが、維心は首を振った。
「良い!この際、碧黎にも十六夜にも見えぬと申しておるのに、匂いを探してそれで何とかなるのなら、漸に頼むわ!宮へ帰る、一度維月の着物をあれに嗅がせておかねばならぬ。」
維心が立ち上がると、志心が言った。
「待て。」と、志心も立ち上がった。「我も探す。とはいえ、漸でなければ分からぬやもしれぬ。主は一度戻って漸に話して参れ。我はここから、維月の匂いを探してみるゆえ。」
維心は、驚いた顔で志心を見た。
「しかし主…そんな事はせぬのではないのか。」
志心は、首を振った。
「そんなことを言っておられると思うか。我が妃になる女を攫われておるのに、変な意地など張っておる暇などないわ。主とて維月を失ってはまた呆けて我らが迷惑なのだ。とにかく、我は確かに主らより嗅覚は優れておるが、使い慣れておらぬのと、漸よりは劣ることが分かっておるゆえ、此度の相手には難しい事もあるやもしれぬ。主は漸に話してここへ連れて参れ。あれなら、長年多香子の王であったのだから匂いも知っておろうし、探すのも早かろう。急げ。」
維心は、志心がそれほど多香子を探し出したいと思っているのかと少し、驚いたが、しかし志心の言うことはもっともなので頷いて、そうして匡儀には引き続き軍神達には探させるように言い、義心を見た。
「主は、ことの次第をイゴールに知らせてあちらもこの術に心当たりがないか聞いて参れ。我は漸を伴ってまたこちらに戻るゆえ、報告はこちらへ。」
義心は、頭を下げた。
「は!」
そうして、さっと出て行く。
維心自身はまた、漸に話すために島へと取って返したのだった。




